◆28 汚い噂と、真犯人を告げるカメオ
〈裁きの聖女〉エールは、改めて銀髪のセナク・アングレームと茶髪のローラ・ベルクを証言台に立たせて問いかけた。
「セナク嬢とローラ嬢。
お二人は、実際に、ピエレット嬢が領主令息のレジャルディさんを殺すのを目撃したのですか?」
セナク・アングレームは、自らの銀髪を撫で付けながら答える。
「見てないわ」と。
ローラ・ベルクも、褐色の瞳をクルクルとさせながらも断言した。
「ええ、私も。
でも、確かよ」と。
二人の舞姫が、ピエレット嬢を犯人と決め付けた理由は、彼女が領主令息レジャルディ・ガハラマシと付き合っている、と確信していたからであった。
二人の舞姫は言い募る。
「特別に親しかったから、痴情の絡れでもあったんじゃないの?」
「ピエレットはレジャルディ様と付き合ってたんでしょ?
知ってるんだから。
実際、あの人のお父上も白状していたじゃない!?」
彼女たちにとっては、
「領主令息レジャルディからピエレットが援助を受けていた」
という父親ギオネメルの証言を得て、長い間の疑問が氷解する思いだった。
舞姫修行をやっていくのには、それなりに出費が嵩む。
中央聖都に遠征練習に行くのにも、普段から必要な衣装代や化粧代も馬鹿にならない。
その点、 セナク・アングレームとローラ・ベルクは、姓持ち神職の家柄(セナクの両親は教皇庁勤めの神官、ローラの母親はガハラマシ教会勤め)だから、そういうことにお金をかけられた。
彼女たちなら、普段から、本物の宝石が嵌め込まれた装飾品で身を飾ったりもできる。
けれどもピエレットは、姓を賜った母親ベルニー・ジャルディノアンが失踪して六年が過ぎ、ジャルディノアンという苗字も名乗れなくなった平民である。
それなのに、衣装や化粧、宝石にまで身につけて舞姫修行をやり続けた。
大工の父親の収入だけでは無理と思われるのに。
そこで、神職者の子女が多い舞姫たちの間では、ピエレットが領主令息レジャルディを誑かしてお金を得ていると噂されていたのだ。
レジャルディ自身の悪い風聞ーー金銭でオンナを買っているという噂ーーも相まって、ピエレットの経済援助をしながら、
「そのかわり、お前の身体をもらうぞ」
と言って、身体をモノにしていたと、まことしやかに語られていたのだ。
「だから、本当はピエレットは神事に関わってはいけないのです。
芸能神コノハナ様は独身です。
いずれ神罰が下される、と信じていました」
「そうですよ。
いくら舞が上手いからって、汚れた身体なんです。
教皇様に舞姫として拝謁するに相応しくない女なのです」
ピエレットは顔を真っ赤にし、涙目になった。
「そんなこと、してません!
それに、私はレジャルディ様と付き合ってなんかいません。
実際、大嫌いでした!」
セナクとローラは一緒になって言い返す。
「嘘おっしゃい。
皆、噂してたわよ!」
「そうよ。
わたしたち、聞いたんだから。
貴女とレジャルディ様が肌を合わせているって!」
同僚の舞姫同士がキャンキャンと甲高い声で罵り合う最中、少女のエールが疑念を差し挟んだ。
「ピエレット嬢とレジャルディさんが付き合ったのを、誰か見たんでしょうか?
『肌を合わせていた』と言うからには、誰かが見たんでしょうが、その発言をしたのは誰なのかしら?
落選組の舞姫さんですか?」
「え? そう言えばーー?」
「だって、皆が噂していたわよね?」
セナクとローラの二人は互いに頷き合うものの、具体的な名前が出てこないようだった。
そこでエールは、地下室で、舞姫三人と男一人で、どのように過ごしたのかを尋ねる。
名誉ある奉納舞を踊るためには、領主令息レジャルディを殺さなければならないーーそのようなことを意味する書き置きが柱に貼られてあった。
でも、殺人は自分の将来を台無しににするのは間違いない。
しかも相手は領主のご令息なのだ。
結局、三人の舞姫はいずれも、この男を殺す決心はできなかった。
その地下室で泊まったのは一晩だけだった。
正確な時刻はわからなかったが、奉納舞を行う時間は過ぎ去ってしまったことは、三人とも感じていた。
それまでは声を限りに叫んだり、扉を拳が血だらけになるほどぶっ叩いたりしていたが、やがて諦めた。
誰が自分たちを地下室に閉じ込めたのかわからないけど、その人物が扉を開けてくれないことには、この窓ひとつない湿った地下室から脱けられないのだ、と嫌でも悟らされた。
そんなときである。
突如として、領主令息レジャルディ・ガハラマシが碧色の瞳を開けたのであった。
三人の舞姫は、それぞれにレジャルディが起きた時のことを思い出す。
彼は自分が柱に縛られて身動きできないと悟るやいなや、ピエレット、セナク、ローラの全員に対して悪態をついた。
「な、なんだ、おまえら!?
復讐か!?
サラに頼まれたのか?
それともパーラか?
とにかく、少しでも俺の身体に手を出してみろ。
絶対に許さないからな!」
ヨレヨレになった衣服に、薄汚れた金髪、そして猜疑心に彩られた碧色の瞳ーーその時の領主令息レジャルディは、普段の色男ぶりが片鱗も感じられない惨めなありさまだった。
結局、舞姫たちは怖いから手出ししなかった。
実際、レジャルディが目覚めた時刻ではすでに奉納舞を終えていたであろうから、殺しても無駄だったこともあった。
そのまま三人の女性と一人の男性は、同じ地下室で一夜を明かした。
というより、自分たちが地下室に閉じ込められていたのが一日だけだったと知ったのは、外へ出ることができた後であった。
どうやら三人の舞姫は全員、寝入ってしまったようだった。
ピエレット、セナク、ローラーー三人の舞姫たちの証言は一致していた。
翌朝、ガタン! と音がして、外側にあった閂が外された。
すぐさま扉を開け放てば、自分たちを閉じ込めた者の姿が拝めたかもしれないが、このとき、即座に動く者はいなかった。
実際、閉じ込めた犯人が凶暴な者だったら、扉を開けた途端に斧でも振り下ろされて殺されていたかもしれない。
そういった危険性は排除できなかった。
それから一刻ほども過ぎてから、ようやく扉を開けて家屋の外へ出て、初めて自分たちが閉じ込められていた地下室があったのは、浜辺のコテージだと知った。
当然、すでに奉納祭は終わっている。
結局、奉納舞はどうなったのか、そして自分たちはどういう扱いになっているのか気になって、セナクとローラはすぐさま実家へと走った。
二人の舞姫が言うには、その後はピエレットとレジャルディだけにしたから、それから何があったかは知らない。
だから、レジャルディが斬殺死体となったと聞いて、ピエレットがせっかく首席舞姫になったのに、奉納舞を踊れなかったという怒りに駆られて、レジャルディの身体を斬り刻んだのだ、と確信した、とセナクとローラは断言した。
その一方で、ピエレット自身に何があったかを問うと、彼女はレジャルディがぐったりしていたから哀れに思い、石柱に縛り付けていた縄を断ち切ってあげて、そのまま立ち去って家へと向かった、という。
レジャルディはその間、ずっと昏倒していて目を開けなかった。
その後のことは知らないーー。
舞姫たちの陳述を聞いて、エールは腕を組む。
「これじゃあ、誰がレジャルディさんを殺害したか、わかりませんね。
それなのに、どうしてピエレット嬢は捕縛されたのですか?
その後、何があったのかお答えください」
少女裁判長に促されて、被告人ピエレットは、コテージを脱出してからの出来事を訥々と語った。
彼女は家に帰ると、意外なことに、父親のギオネメルが暖かく迎え入れてくれた、という。
他の舞姫たちも同様で、どうやら親御さんたちは、揃いも揃って、奉納舞を踊る重圧から逃れるために、娘たちが三人一緒に共同してエスケイプしたと思ったようだった。
当然、娘たちは「そんなことはない。自分たちは不当に閉じ込められていたのだ」と訴えたが、奉納祭は昨日に終わってしまっているので、何があったかを明らかにしていくのは後日になってからのことということで、まずは食事を採った。
そうしてピエレットも、家の食卓で、父親と二人だけの夕食を終えた。
ところが、食後になってすぐに自警団の人たちが乗り込んできて、彼女は後ろ手に縛られて領主館へと連行されてしまったーー。
そうしたあらましを把握して、エールは父子家庭の父親ギオネメルに質問する。
「娘さんには黙っていたそうですけど、誰から援助を受けていたのですか。
正直に答えてください」
「あのう……誤解を解いておきたいのですが、娘が首席舞姫に選ばれたのは、その、領主家による贔屓があったとは思えません。
なぜならーー」
「ああ、そういった事情は、今はどうでも良いです。
実際に、貴方が、誰から、どのような援助をしてもらっていたのか、ということを知りたいだけです。
領主のコルネリウス・ガハラマシ、あるいはフィルミアニ領主夫人から直接、声をかけられたのですか?」
「いえいえ、滅相もありません。
さすがに、私の妻ならともかく、私などではお目通りも難しいお方ですので」
「では、なぜ領主からの援助だと信じたのでしょう?」
「それは援助物資を持ってきてくれる人が、領主ガハラマシ家の侍女の方だからです。
彼女が主にしてくれたのは金銭ではなく、舞姫に相応しい装飾品や宝石、ブレスレット、衣服などといった現物を調達してくれたのです。
これから中央聖都へ練習に出向く、中間発表会がある、合宿訓練がある、などといった娘がこれから体験するであろう事態に合わせた装飾品や宝石を適宜、与えてくれたのです。
領主家の侍女さんは、私の妻ベルニーについても良く知っていたというから、舞姫だったのではないか、と思います」
「そのとき援助してもらった装飾品や宝石は持ち合わせてはいませんか?」
「そうですねーーまさか、入用になるとは思わなかったので持ち合わせは……ああ、これだけはありました。
娘ピエレットのお気に入りでしたので、励ますつもりで、渡す機会があれば、と思って持って来たんです」
真っ赤な色を背景にして、白い姿の舞姫が舞を踊っている情景が象られたコーラルカメオ(珊瑚を使ったカメオ)であった。
エールはそのカメオを手にして、高く掲げた。
「誰か。
このカメオを知っている人はいませんか?」
少女裁判長の問いかけに、「ああ!?」と、嘆声をあげる人物がいた。
領主夫人フィルミアニ・ガハラマシが碧色の瞳を見開き、口に手を当てていた。
「それはメサージュの!?」
と呟いて。
次いで、神官カロン・アングレームも、
「真の首席舞姫だったメサージュのカメオだわ!」
と口にして、勢い良く立ち上がる。
二十年前に奉納舞を踊った舞姫二人にとって、良く知っているカメオだった。
彼女たちの驚く声を耳にするや、聖女エールも立ち上がり、白く光り輝き始めた。
誰もが直視できないほど眩しい光であった。
「裁きの神よ。
我は求め訴えり。
真実の証言を!
本来なら首席舞姫としてコノハナ神に舞を奉納するはずであったメサージュの魂よ、召喚!」
ドン! という音とともに、青白い光が空から下って来た。
やがてその光が立体的な形を造って、人の容姿を成していく。
青白く光る姿は、高貴な家にお仕えする侍女の服装を身にまとったものであった。
領主夫妻は言うまでもなく、今まで言い争っていたかつての舞姫たち、現在の舞姫たち、そして傍聴席に腰掛けていたすべての人々が腰を浮かせて、超常現象目の当たりにして身を強張らせていた。
聖女エールは、魂を具現化するという奇蹟を生み出し、胸を張って宣言した。
「私、エールには審神エンマ様から授かった権能があります。
裁きに当たって、事件関係者から魂を召喚し、真実を語らせることができるのです。
さあ、本来なら首席舞姫としてコノハナ神に舞を奉納するはずであったメサージュよ、語りなさい。
貴女が何者であり、この事件において何をしたのかを!」
すると、青白く光り輝く「メサージュ」の魂は口を開いて、縷々と語り始めたのである。




