◆27 神官の告発と、主婦の反撃
砂浜に設けられた裁判所は、にわかに騒がしくなっていた。
元三席舞姫であった神官カロン・アングレームが、振付師ヴァル・ペリシエを告発した。
振付師ヴァルが、領主令息レジャルディに落選組の舞姫たちを斡旋し続けており、挙句、奉納舞に合格した三人の舞姫までをも提供したのだ、それが今回、奉納舞が中止になった理由なのだ、と訴えたのである。
信頼厚い神官という立場からの告発だったので、傍聴席に座る者たちにあっという間に伝播していき、砂浜に設けられた裁判所はにわかに騒がしくなった。
それまで被害者然として、傍聴席の最前列に陣取っていた領主コルネリウス・ガハラマシは気まずそうに眉を顰める。
彼にとって、息子が舞姫をあてがわれて遊んでいたという事実はまったくの初耳であった。
だが、息子の素行が悪いことぐらいは知っていたし、その息子に舞姫を斡旋したヴァル・ペリシエに振付師の役目を任せたのは事実であった。
コルネリウスは二十年前、奉納舞の振付師であったので、従兄弟のヴァルにその役目を譲っていたのだ。
領主の妻フィルミアニ・ガハラマシ夫人は驚いた顔で、臨席する夫から身を離す。
それまで掲げていた息子の肖像画を、今は足下に打ち捨てていた。
彼女も息子の不品行については母親として幾度も苦い思いをしていたが、まさか舞姫に買春まがいのことをさせていたと知って衝撃を受けていた。
フィルミアニは前回の奉納舞における首席舞姫であったから、中央聖都で教皇様からお褒めの言葉を賜り、その栄誉をもって、領主となったコルネリウス・ガハラマシと結婚できた。
領主夫人フィルミアニこそ、奉納舞の舞姫であったことによる成功譚の代表者であった。
だが今や領主夫婦は「哀れな被害者遺族」から一転して、「性暴力を働いた犯罪者の両親」という立場へと転落してしまった。
夫婦揃って、憎悪を込めた目で振付師ヴァル・ペリシエを睨み付ける。
振付師ヴァルは頬に滝のような汗を流しつつも、必死に抗弁した。
「たしかに、落選舞姫をレジャルディ様に斡旋したことはございました。
認めます。
ですが、誓って申し上げます。
合格した舞姫ーーしかも、これから奉納舞を踊ろうとする際のピエレット、セナク・アングレーム、ローラ・ベルクの三人を、そのような扱いーーレジャルディ坊ちゃんにあてがったりはいたしません。
奉納祭間近にレジャルディ様をコテージにお招きして落選舞姫を何人か差し向けましたが、まさかそのコテージの地下室に、行方不明であった奉納舞姫たちが閉じ込められていただなんて!」
裁判官のエールは紅い瞳を見開いて、傍聴席で泣き喚く振付師ヴァルに尋ねる。
「では、レジャルディを地下室の石柱に縛り付けたのは、貴方ではないのですね?」
「もちろんです。
レジャルディ様はいつものように、浮かれ調子でコテージに入って行ったのを見ました。
ですが、それだけです。
部屋で待っているはずの落選組の舞姫たちも確認することなく、私は帰りました。
これ以上、若い男女が楽しむところに居るのは、居心地が悪いですので」
そうした言い訳を耳にして、憤慨した聴衆がヤジを飛ばす。
「ヴァル、貴様、振付師であることを良いことに、舞姫選別に色眼鏡を使ったんじゃあるまいな!?」
「そうだ、そうだ。
レジャルディ様に気に入られた舞姫を、不当に落選させて、あてがったりはーー」
ヴァルは痩せ細った全身に力を込めて叫んだ。
「それは、あり得ない!
信じてくれ!
私は振付師として、真面目に舞姫の選別をした。
芸能神コノハナ様に捧げる舞姫なんだ。
神に誓って、選別に色眼鏡は使ってない!」
だが、振付師ヴァルによる必死の弁明も、神官カロン・アングレームには通じない。
砂浜の地面にへたり込むヴァルのすぐ近くで、短い袖付き祭服を振り回し、熱弁する。
「如何なる理由であれ、舞姫が不在となって、二十年に一度の神事が行われなかったのは、振付師ヴァルと領主令息レジャルディの責任です。
レジャルディの方は恨みを抱えた何者かによって制裁を受けたものの、もう片方はノウノウと傍聴席に就いて、今回の首席舞姫を裁く舞台を見物している。
そのような罰当たりな行為をしていながら。
これが許されることでしょうか!
振付師ヴァルに相応しき罰を下すべきです!」
神官カロンの訴えに怯えて、振付師ヴァルは首を引っ込めるように縮こまる。
傍聴席最前列に並ぶ領主夫妻ともども、振付師という名誉職の権威までも著しく失墜されようとしていた。
いや、名港ペーテルフェアを擁するガハラマシ領全体の名誉が損なわれていくように人々は感じ始めていた。
傍聴席に座る面々は、一連の暴露を受けて、奉納舞中止の裏側で行われていた事態を、いまだ十三歳の少女である聖女エールに知られてしまったことに、激しい羞恥心を覚えていた。
だが、〈裁きの聖女〉であるエールは冷静だ。
木槌を一打ちして裁判を進める。
「傍聴席からのイレギュラーな告発と弁明でしたが、事件の背景を知る上で、とても重要な証言であったと認めます。
つまり、奉納舞の直前、振付師ヴァル・ペリシエが領主令息レジャルディ・ガハラマシを浜辺のコテージへと誘ったのは、落選舞姫をあてがうためであった、と。
ところが、レジャルディがコテージに入ってからは、どうなったか、ヴァルは知らない。
ましてや、奉納舞をするはずであった合格組ピエレット、セナク、ローラの三人がコテージの地下室に閉じ込められていたとは知らなかった。
ーーとするなら、地下室に三人組を閉じ込め、レジャルディを石柱に縛り付けた謎の人物が、振付師ヴァルとは限らない、ということになります。
ちなみに、その時、レジャルディに本来、あてがわれるはずであった落選舞姫にも証言していただきたいのですが、お願いできますか?
なぜコテージに居なかったのか、誰か怪しい人物を見なかったか。
振付師ヴァル。
あてがわれた落選舞姫とは誰か、何人いたのか、お答えできませんか?」
振付師ヴァル・ペリシエは、青い瞳を閉じつつ、
「その舞姫は、この場にはおりません。
この事件に関わりがないからでしょう。
どうしてコテージに、彼女たちが居なかったのかも、わかりません」
とだけ語って、以降、押し黙ってしまった。
それから、暫くの間、砂浜に設けられた裁判所は、沈黙に支配されてしまった。
誰もが気重な気分に沈んでしまったからだ。
ところが、その沈黙を破ったのは、またも女性による新たな告発によってであった。
「ハハハハ、笑わせるんじゃないわよ。
聖女様!
まずは、あの、したり顔の神官カロンを罰してください!」
それまで振付師ヴァルの犯罪行為を告発していた神官カロンを、いきなり非難する女性が登場したのだ。
振付師ヴァルの妻であるミュゼ・ペリシエであった。
褐色の瞳を見開いた彼女が、突然立ち上がって、斜め後方に立つ神官カロン・アングレームを指さした。
「カロンは神官でありながら、不義密通を繰り返しているのです。
それも下賎な漁師風情と!」
神官カロンから告発された振付師ヴァル。
そんな彼の妻が、今度はそのカロンを不義密通の罪で告発したのだ。
「神官カロンと私、ミュゼは幼馴染です。
二十年前、一緒に奉納舞に抜擢されるために練習に明け暮れた仲でした。
ところが、私は落選し、カロンはなんとか三席で合格しました。
本来、首席だった舞姫が練習中に怪我をしたことによる繰り上げ合格でした。
その結果、カロンと私は家も近所の平民同士でしたが、その後の人生に大きな違いが生まれました。
カロンは奉納舞を舞い踊り、私は踊れなかったからです。
カロンは神官となり、私は平民のままでした。
正直、悔しかった。
でも、そんな私を、ペリシエ家のヴァルが嫁に迎え入れてくださったのです。
おかげで私も合格組と同じように姓持ちとなれたのです。
しかもペリシエ家は領主様のガハラマシ家とも縁付く名家であったので、首席舞姫であったフィルミアニ領主夫人、次席舞姫のベルニー・ジャルディノアン、そして三席舞姫のカロン・アングレームとも親しくさせていただくことができました。
とはいえ、彼女たち合格組も含め、私たち全員、もともとは神職には関係していない平民の出自ゆえか、心根は庶民のままだったのです。
領主夫人、神官であろうと、それぞれ愚痴をこぼし合い、今まで仲良くお茶会や飲み会を重ねてきました。
それゆえ、それぞれの家庭の秘密をお互いに知り合っております。
ですから、領主令息レジャルディが良からぬ趣味を持ち、夫のヴァルがその性癖の面倒を見ていたことは、じつはカロンのみならず、領主夫人フィルミアニも、今は失踪してしまっているベルニーも半ば承知していた事実だったのです。
それなのに、自分の娘可愛さから、我が家の秘密だけを暴露して、カロンがしたり顔をするのは我慢なりません。
中央聖都におられる高名な神官ルオノ・アングレームと結婚したとはいえ、カロンは神官とは思えない振る舞いをしていたことを、私は知っています。
昔の元カレ、地元漁師の網元ベイル・ペテルと、神官カロンは、互いに家庭を持ちながら逢瀬を重ねているのです。
何かと理由を付けて地元に来ては、漁師の元カレと逢引きして、あそこの海に船を浮かべて、その船の上で情事を重ねていたのです。
おそらくは自慢の愛娘セナク・アングレームも、漁師との間に出来た娘ではないかと、私は疑っております」
まさに爆弾発言であった。
傍聴席に座る地元民は言葉を失うほどであった。
だが、そうした傍聴席の聴衆たちをそっちのけで、元舞姫たちが互いに罵り合い始めた。
神官カロン・アングレームは、頭巾を取って銀髪を震わせる。
「ミュゼ!
貴女は本来、落ちこぼれよね!?
だから、嫌だったのよ、奉納舞に選ばれてないオンナをお茶会に誘うのは。
なのに、フィルミアニが『親類になったのだから』ってーー私とベルニーには何にも関係ないってのに!」
ミュゼ・ペリシエも黙っていない。
正面から指さして、生唾を飛ばす。
「うるさいわね!
貴女なんて、娘ばかりにかまけて、夫に逃げられた女のくせに。
今回の奉納舞の首席舞姫にピエレットが選ばれたのが気に入らないとみえて、貴女は何かと言うと、『父子家庭の娘のくせに』とか、『平民の分際で』って口にしてたわね。
偉そうに、なにさ。
貴女だって三席舞姫に偶然繰り上がったおかげで神官になれただけなのに。
それに、ピエレットが首席に選ばれたのは、家柄で依怙贔屓しないウチの旦那ヴァルが公平に選んだからよ。
それを自分の娘 セナクが可愛いからって、『首席にしろ』ってゴリ押ししてきて、迷惑したのよ、私。
ほんとうは三席のローラよりも劣ってるところを、ウチの旦那が無理して次席にしてあげただけでも、ありがたいと思いなさいよ。
なにさ、自分のところは母子家庭同然なうえに漁師なんかとちちくりあっているくせに!
何が神官よ!
ウチの旦那が詰られるのは仕方ないけど、貴女にだけは言われたくなかったわ!」
「なにさ。
貴女こそ、旦那が、何人もの舞姫をあの馬鹿息子の生贄に差し出していたっていうのに、よくも善人ぶれたものね。
それに貴女、やたらと次席舞姫のベルニーと仲が良かったわよね?
彼女が失踪したの、じつは貴女が殺して海にでも沈めたんじゃないの!?」
「ベルニーは、貴女やフィルミアニと違って、私と気さくに接してくれたから、自然と交流を深めただけよ。
それにベルニーの娘のピエレットちゃんも素直な頑張り屋さんだったからね、可愛くも思うわよ。
貴女の娘も、フィルミアニの息子も、子供のくせにお高くとまって不愉快ったらなかった。
実際に接したことがあった人なら、誰もが、
『ピエレットちゃんが、殺人犯扱いになるのは可哀想。
馬鹿息子のレジャルディなんか、死んで当たり前』
って思っているはずよ!」
「良く言うわよ。
その馬鹿息子に何人も舞姫をあてがったのは、貴女の夫でしょ!?」
「だから、貴女が言うなって。
不義密通の淫乱女のくせに!」
聞くに耐えかねる罵り合いが展開する。
我慢できずに、領主夫人フィルミアニ・ガハラマシが最前列の席から立ち上がり、後方でいがみ合う二人の女友達を窘めた。
「二人とも、はしたないですよ。
皆さんがーーしかも、聖女様もご覧になっているんですから……」
ところが、この発言は、激昂した女たちにとって、火に油を注ぐものであった。
三席舞姫の神官カロン、そして親類のミュゼが揃って、領主夫人に怒鳴り返す。
「うるさい!
そもそも、貴女が馬鹿息子を甘やかすから、こんな事態になったんでしょうが!
多くの舞姫たちを喰い物にして、母親として恥じるところがないってのは、どうなのかしら。
領主様の奥方様として。
振付師が領主家に要らぬ媚を売るから、おかしなことになったんでしょうに!」
「そうよ、そうよ。
ウチの旦那は、たしかに貴女の夫のおかげで振付師になれたわ。
でもね、振付師としては、ウチの旦那の方が遥かに優秀で公平だったわ。
知ってるのよ。
今じゃすっかり領主面が板に付いてるけど、二十年前に振付師だったコルネリウス・ガハラマシが、殺された息子そっくりの遊び人だったってことぐらい。
それに振付師として、奉納舞の舞姫を選別する者として、ちっとも公平じゃなかった。
貴女が首席舞姫に選ばれたのだって、貴女を妻に迎えたいコルネリウスが、ズルをしたんでしょ!?
ほんとうは首席になっていたはずの舞姫に、無理難題を吹っかけて怪我をさせて辞退に追い込んだ。
その結果の首席舞姫でしょ?
そんなの、当時の舞姫たちは皆、知ってたわよ。
ほんとうは貴女が首席になんかなれなかったって。
忘れたの!?
私たち皆、あの娘に比べたらーー」
領主夫人フィルミアニ・ガハラマシは、金切り声をあげた。
普段のおっとりした振る舞いからは、想像もつかないほどの変貌ぶりであった。
「関係ないでしょ、そんな昔のこと!
こうやって私たちが言い争ったところで、息子を殺した犯人が捕まるわけじゃない!
少しは審議に身を入れてよ。
ウチの息子レジャルディは殺されたんですよ。
幾度も刺されて、頭蓋骨をカチ割られて、内臓まで飛び出してーー」
わあああ! と泣き出す。
さすがに言い争いが鎮まった。
そのタイミングで、エールが、木槌を強く打つ。
「現在の事件ーー領主令息レジャルディ・ガハラマシの殺人事件に、話を戻しましょう。
今一度、皆様に問いかけます。
ほんとうにピエレット嬢が、領主令息レジャルディを惨殺した犯人だと思われるのか、どうかを」
再び沈黙が場を支配する。
しばらくして、自警団団長ハノーバーは手をあげてオズオズと発言した。
「これまでの話を耳にして、私ども自警団は、ちっとも事件の背景に思いが至っていなかったと痛感しました。
正直に言います。
ピエレット嬢をレジャルディ殺しの犯人として捕まえたのは、彼女の同僚であるセナク・アングレームとローラ・ベルクが彼女を犯人に違いないと主張したからであります」
革武装姿の自警団団長が、大柄の体躯を縮こまらせる。
その結果、傍聴席にある人々の視線はもっぱら、「ピエレット嬢が犯人だ」と主張した、二人の舞姫セナク・アングレームとローラ・ベルクに注がれた。
大勢の大人から注目された二人の娘は、それでも自分の意見を翻そうとはしなかった。
あくまでピエレットがレジャルディ殺しの犯人と「思われる」と発言したのであった。




