◆26 この男を殺せ。そうすれば、この地下室から出してやる。
本来なら、海に迫り出した舞台で、奉納舞が催される時刻ーー。
三人組の舞姫と、一人の男が、見知らぬ地下室に閉じ込められていた。
首席舞姫・亜麻色髪のピエレット、十八歳。
次席舞姫・銀髪のセナク・アングレーム、十七歳。
三席舞姫・茶髪のローラ・ベルク、十七歳。
そして唯一の男性、金髪碧眼の領主令息レジャルディ・ガハラマシ、十八歳ーー。
この中で、男性であるレジャルディだけが気絶している状態で、身体は柱に縛り付けられていた。
やがて三人の舞姫たちは、レジャルディが縛り付けられている柱に、一枚の紙が貼り付けられていることに気が付いた。
その紙には次のように記されていた。
『この男を殺せ。
そうすれば、この地下室から出してやる』と。
三人の舞姫は、互いに顔を見合わせる。
たしかに、今すぐ、この美男の領主令息の首を締めて外に出ることができれば、奉納祭に間に合うかもしれない。
奉納舞も舞うことができる。
三人の舞姫たちはこれまで、二十年に一度の奉納舞で踊ることに人生を賭けてきた。
実際、奉納舞を果たせば、それだけで三人とも聖職者扱いとなることは慣例で認められていた。
実際に、現在の領主の奥様は先代の首席舞姫であったし、次席舞姫も姓を賜って聖職者として地元ガハラマシ教会の教会長となったし、三席舞姫ですら教皇庁に勤める神官となった。
親から強く奉納舞を舞うように勧められてきた三人は、大いに悩んだ。
何度も手を伸ばして、意識不明の男の首を絞めようとも思った。
だが、事が露見すると、三人とも約束された立身出世が果たせなくなる可能性も高かった。
いくら奉納舞を舞い踊ったところで、殺人犯となっては聖職に就けようはずもない。
しかも、仮に領主令息を殺したところで、ほんとうにこの地下室から解放されるかどうか、わかったものではなかった。
いったい、誰が彼女たちを閉じ込めたのか。
まずは、それを知りたかったが、犯人は接触すらしてこない。
厚い扉を幾ら叩いても、向こう側に人が居る気配が感じられなかった。
首席舞姫ピエレット、次席舞姫セナク・アングレーム、三席舞姫ローラ・ベルクの三人は、地下室に閉じ込められている間中、何度も話し合った。
が、結局、誰も祭の奉納舞に間に合わなかった。
男をーー領主令息レジャルディ・ガハラマシを、誰も殺さなかったからである。
◇◇◇
舞姫はそれぞれ一人ずつが証言台に立って、それぞれの体験を語った。
だが、舞姫たちの証言を聞いた誰もが、首を傾げる。
彼女たちは皆、領主令息レジャルディを殺せなかった。
それをそれぞれに証言している。
それでは、誰がレジャルディを滅多刺しにしたのか、わからないではないか。
それなのにどうして、次席と三席の舞姫たちは、首席舞姫のピエレットが殺人犯だと決めつけているのだろうかーー。
誰もが思う疑問であった。
だが、裁判長エールは当事者たちの体験談を聞き終えると、今度は事件捜査に当たった者から事情を尋ねる。
「自警団の捜査状況について尋ねます。
どうしてピエレット嬢を殺人犯として逮捕したのでしょうか?」
革武装をした、筋骨逞しい銀髪頭の青年が、砂浜に据えられた証言台に立つ。
自警団団長ハノーバーが胸を張って説明し始めた。
「捜査手順は、まず被害者である領主令息レジャルディ・ガハラマシの生前の足取りを掴むことから始めました。
数々の証言から、領主令息レジャルディは奉納舞を見物するため早めに出向くと言っていましたが、意外な場所へと向かったことが判明しました。
海辺のコテージーーあそこにある建物です」
ハノーバーが陸に向かって指をさす。
樹々で隠れているが、一軒の大型コテージが、現在裁判が行われている砂浜から見える位置にある。
領主家が所有する別荘の一つであった。
「じつは、あのコテージの地下室で、舞姫三人組が囚われていたのです」
傍聴者の間で、ザワザワとざわめきが広がる。
ハノーバーの捜査結果の開陳が続く。
「そして、馬車の御者に命じて、このコテージへとレジャルディ様を誘導した男がいました。
その場所を知り、同行していた人物ーー彼が居た証拠ーー紋章印が入った指輪が落ちていたのです。
言うまでもなく、紋章印とは書状などを封蝋するためのものですが、彫られていた紋章は『山に竜と炎』ーーペリシエ家の紋章でした」
傍聴席でのどよめきが、さらに大きくなった。
現在、ペリシエ家の当主になっているのは、銀髪に青い瞳をした三十二歳の男、ヴァル・ペリシエであることは、この港町の誰もが知っていた。
彼は先代領主の弟の息子ーーつまりは現領主コルネリウスの従兄弟にあたり、今回の奉納舞を舞うはずだった三人の舞姫の振付師であった。
彼、ヴァル・ペリシエも砂浜の傍聴席の中段あたりに腰掛けていて、裁判の成り行きを見守っていた。
ところが、突然、自分に話が振られて来て、彼は目を丸くした。
痩せ細った三十路男は、慌てて立ち上がって弁明を始めた。
「いや、別に私は何もしていませんよ。
ましてやレジャルディ坊ちゃんを殺したりなんかはーー」
だが、そこまで口にした段で、甲高い叫び声が砂浜にとどろいた。
「この裏切り者!
おまえが娘の奉納舞を邪魔したのか!?」
振付師ヴァル・ペリシエに猛然と襲いかかる人物がいた。
灰色の祭服に、頭巾をかぶった女性ーー次席舞姫セナクの母親、神官カロン・アングレームであった。
女性神官が金切り声をあげて、痩せ細った振付師の髪の毛を掴んで引っ張りあげる。
男の方も必死に手足をバタつかせる。
突然、沸き起こった、傍聴席での乱闘だ。
砂浜が舞台だったので、砂埃がモウモウと立ち昇る。
元三席舞姫である神官カロンは、現在、教皇庁に所属し、このガハラマシ領と中央聖都の間を行ったり来たりしていた。
彼女は人一倍、自分が奉納舞を舞ったメンバーの一人であったことと、神官であることを誇りに感じていた。
だから、当然のように、自分の愛娘セナクにも、自分と同じ道を歩ませたかった。
奉納舞を舞うことによって、教皇様からお褒めの言葉を賜って神官となるという道を。
ところが、何者かにコテージの地下室に閉じ込められて、娘が奉納舞をし損ねてしまった。
これでは、教皇様からお褒めの言葉をいただけない。
神学校がない、この辺境地ガハラマシでは、神官となる将来が難しくなったことに腹を立てていた。
「貴方が、領主のバカ息子に阿ったばかりに、私のセナクの将来がフイになっただなんて。
こんなことなら、貴方の罪を見逃すべきじゃなかったわ!」
エールが黒騎士ジャンフリーを向かわせて喧嘩を止めようとする。
だが、それより先に、勝手に振付師ヴァル・ペリシエの罪を、神官カロンが公衆の面前で暴露してしまった。
「この振付師ヴァルは領主息子レジャルディに、選考に落ちこぼれた舞姫を、売り渡し続けたのよ。
処女好きの変態令息にね!」
激情に駆られた神官カロンは、衝撃の告発を始めた。
彼女によれば、この男、ヴァル・ペリシエは、領主夫妻に働きかけることによって、振付師に収まることができた。
領主が元振付師だったから、二十年ぶりの後任を選定する権限を有していたからだ。
ヴァルは名誉職でもある振付師になれて喜んだ。
そして、その返礼とばかりに、領主の息子レジャルディに舞姫の落選者を当てがい続けていた、というのだ。
神官カロンは、振付師ヴァルの銀髪を掻きむしりながら金切り声をあげた。
「奉納舞を舞おうと努力している娘は、いずれも処女だからね。
レジャルディの趣味に合致したのさ。
振付師ヴァル・ペリシエと、領主コルネリウス・ガハラマシ、そして領主夫人フィルミアニーー貴方たちは、それでも平気なの!?
大勢の舞姫たちを、レジャルディが手籠にするのを許すの!?
それも、あの色ガキのヤツは、女に結婚を匂わせて、『いずれは領主夫人に収まるかも』という夢を見させて、関係を迫った挙句、身体をモノにしたら捨てていく。
その結果、女たちは傷物になったから、奉納舞を舞う資格も、高貴な家柄の男性と婚姻する望みも失ってしまう。
そんな舞姫たちの末路は酷いものよ。
馬鹿息子が、『あの舞姫とやった』と得意げに酒場辺りで吹聴するものだから、それを耳にしたならず者にまとわりつかれて婚期を逃し、どれだけの舞姫が自ら生命を絶ったか。
そんな悪童レジャルディが死んだって?
はん、そういうのを吉報って言うんだよ。
ザマァないね。
実際、ピエレットが犯人だとは限らないよ。
レジャルディを憎んでいる奴なんて、舞姫たちの親類縁者を含めたら、腐るほど居るんだから!」
ガハラマシの領民にとって、驚愕の告発であった。
神官カロンの告発は、自分の娘可愛さから出た暴言ではあった。
だが、もとよりペルソナ聖皇国において聖職者は特権階級であり、法的にも独立しており、たとえ罪を犯しても、領主が主催する裁判では裁けない聖別された存在であった。
そんな神官の言葉には信憑性があった。
神官カロン・アングレームは振付師ヴァル・ペリシエの胸倉を掴んで、涙ながらに訴えた。
「まさか落選組だけでなく、合格組、しかも、これから舞おうとする私の娘までをも、バカ息子に売り渡すだなんて、許せない!」
彼女は信じていた。
落選組の舞姫たちを領主令息にあてがうように、遂には、奉納舞に合格した三人の舞姫を、変態男に提供したのだ、と。
そして、そうした憶測は、神官という神職に対する信頼も相まって、傍聴席に座る者たちにまたたくまに伝播していった。
「なんと!
ヴァルはそんなことをしていたのか!?」
「事実なら、あまりに酷い。
職権濫用もいいところだ」
「これじゃあ、レジャルディは殺されても仕方ないではないか」
「領主ご夫妻は知っていたのだろうか?
嫡男の犯罪行為を」
「母親が元首席舞姫だからって、自分も父親のように、舞姫を寝取りたいと思ったのだろうよ」
「それにしても振付師の振る舞いはなんだ?
舞姫を領主令息にあてがうなどと。
本来なら、親類として、不品行を諌める立場であろうに!」
砂浜で設置された裁判所は、騒がしくなる一方であった。




