◆25 疑われた首席舞姫
海に突き出た舞踏場ーー本来なら、ここで奉納の舞をするはずであった。
その場所のすぐ傍らで裁判が開かれた。
砂浜に簡易な椅子を六十脚並べて、舞踏場を背景に、蒼い法衣をまとう裁判長エールが独りで座っている。
視線を横に振り向けると、青い大海原が見渡せる。
風光明媚な所だ。
バカンスで来ていたら、どれほど気持ちが良かっただろう。
だが、エールの目の前には、亜麻色髪をした十八歳の女性が、茶褐色の単衣をまとって、被告人として立たされていた。
即席の傍聴席に腰掛ける聴衆は、様々に囁き合う。
「あの少女が、中央聖都から派遣されて来た聖女様だとよ」
「まさか、こんな田舎にまで、聖女様が足をお運びになるとは」
「見ろよ、領主様ご夫妻を。
さすがに気落ちなさっている」
「息子の殺人事件を、親自ら裁くのはお辛いだろうしな。
〈裁きの聖女様〉にお任せするってのは名案だ」
「なんでも、奥様みずからが、聖女様によるお裁きを求めになったとか」
「そんな必要があるのか?
もう犯人は捕まってるだろうに」
「聖女様の来訪は、何も裁判をするって理由だけではなかろう。
俺が思うに、奉納舞がなされなかったことに、聖女様もお怒りなんじゃないか?」
「領主の息子が殺されたから、裁きに来たのではないのか?」
「そんなことだけで、中央から聖女様がわざわざお越しになるものか。
二十年に一度の奉納舞だぞ。
このガハラマシで何百年も続けられた祭が中止になったんだ。
芸術神コノハナ様は、我らがトリニティ教が信奉する七柱の神様のお一人。
奉納舞が中断したことを、教皇庁が問題視しないはずがなかろう」
傍聴席で語り合いながらも、人々は緊張する。
聖女エールはヴェールを頭から取り、首周りを覆う白いウィンプルを脱ぐと、バサッと銀髪を掻き分ける。
「私は聖女エールと申します。
本来なら領主コルネリウス・ガハラマシ様が裁判長をお務めになるところ、奥様であるフィルミアニ夫人からの要請により、私が裁判長として裁判を仕切らせてもらいます」
そして、燃えるような光を宿す紅い瞳を見開いて、木槌でガン! と台を打つ。
彼女の力強い宣言を受け、砂浜を舞台とした裁判が開始されたのであった。
◇◇◇
被告ピエレットは三人の舞姫の中で、唯一の平民娘であった。
とはいえ、彼女の母親が行方不明になっていなければ、彼女も神職者の娘として、貴族並みに扱われていたであろう。
ペルソナ聖皇国においては、聖職に無関係の者を平民とする。
そして聖職者とその家族は、他国での貴族相当の扱いになっており、平民とは一線を画する存在である。
だが、その地位は世襲ではなく、聖職者とは、修道院もしくは神学校で学んでから個人の力量で成るものであった。(そうは言いながらも、神官の息子・娘も神官になる場合が多く、神官の家は事実上の世襲をしているようなものだったが)
ちなみに、被告人ピエレットの母親ベルニーは、二十年前に奉納舞を舞った次席舞姫であったために、貴族のようにジャルディノアンという姓を教皇から賜り、名乗っていた。
夫のギオネメルも、娘のピエレットもジャルディノアンという姓をいただいていた。
ところが六年前、突如としてベルニーが失踪してしまった。
失踪届が出されて三年間見つからなかったら、夫も娘も姓を名乗るのを許されない決まりで、結果的に、ピエレットは姓を持たない平民扱いとなってしまったのだ。
だが、今は、被告人のピエレット嬢は堂々と胸を張り、亜麻色髪をなびかせて立っていた。
つい先程まで、杭に縛り付けられていたが、その時の状態とはまるで違う。
精気に満ち溢れた様子であった。
潔白を表明するが如く、真っ白なドレスを身にまとう。
ピエレットは裁判長のエールではなく、聴衆どもを、ぐるりと首を廻して睨み付ける。
そして褐色の瞳を見開いて宣言した。
「私は誰も殺してなんかいません!
〈裁きの聖女様〉がいらしてくださったのなら、明らかにしていただけると安堵しました」と。
とはいえ、残りの舞姫二人ーー銀髪のセナク・アングレームと茶髪のローラ・ベルクは、
「ピエレット嬢が、領主令息レジャルディ・ガハラマシを殺した!」
と告発している。
二人は共に十七歳、ピエレットの同僚であったが、いずれも被告であるピエレット嬢の堂々とした態度に不満があった。
「よくもレジャルディ様を斬り刻んでおきながら、ノウノウと生きてますわね!?」
「そうよ!
傍聴席に座る方々を睨み付けるだなんて、何様のつもり!?
貴女は糾弾される身なのですよ」
同僚のピエレットを罵りながらも、二人の舞姫の視線は傍聴席へと向けられる。
傍聴席の最前列には、領主夫妻が涙を堪えつつ座っていた。
領主コルネリウス・ガハラマシと、その妻フィルミアニ夫人が、亡くなった息子レジャルディの肖像画を手にしていた。
怒りによって、息子の絵を入れた額縁が小刻みに震えている。
それでもピエレットは、勇を鼓して自身の無罪を訴えた。
領主夫妻が息子の死を悼むように、ピエレットの父親も証言に立った。
妻が失踪して以来、六年もの間、男手一つで娘を育てた大工職人ギオネメル、四十二歳である。
「あの子が領主の息子さんを刺し殺すだなんて、あり得ない。
そんなことをするはずがありません。
大恩があるからです。
領主の息子さん、レジャルディ様の援助で娘は舞姫をやっていけたんですから」
被告人の父親の弁明を耳にして、ザワザワと、聴衆はざわめき始める。
「援助?」
「レジャルディが?」
「ピエレットを?」
この港町に住まう者たちは皆、スターである舞姫の人間関係については知悉している。
が、領主ガハラマシ家の者が、父子家庭育ち同然のピエレットを援助していたとは初耳だった。
次席舞姫のセナク・アングレームと、三席舞姫のローラ・ベルクは勝ち誇った顔をする。
「ほら、やっぱり!」
「おかしいと思っていたのよね。
いくら次席舞姫を母親に持つといっても、父親は大工職人、その娘が奉納舞の首席を取れるだなんて。
贔屓があったんだわ!」
そして、娘のピエレットは父親の発言に驚いて身を震わせる。
「お父様はずっと、
『お母様が残した資産があるから、堂々としていなさい』
とおっしゃっていたのに。
違ったのですか!?」
聴衆がざわめくのを見て、そして娘を告発した舞姫どもが得意げな表情をし、当の娘が褐色の瞳を濡らすのを見て、父親ギオネメルは初めて自身の発言の重さを理解した。
自分の発言のせいで、娘が舞姫の首席となったことが、「領主の依怙贔屓の結果ではないか」と疑われることになってしまったのだ。
ギオネメルとしては、「自分の娘が、領主令息レジャルディを殺すことはあり得ない」と訴えたかっただけだったが、思わぬ墓穴を掘る羽目になってしまい、しどろもどろとした答弁になってしまった。
「いや、物質的な援助を少々得たのみでーー首席舞姫となったことには何の関係も……」
傍聴席に座る領主夫妻は二人して、さらに怒りに身を震わせる。
領主から青い瞳で睨み付けられ、弾かれるように立ち上がって声を上げた人物がいた。
領主の従兄弟であり、舞姫の振付師ヴァル・ペリシエである。
小太りでチョビ髭の三十過ぎの男は、甲高い声を張り上げた。
「舞姫の選抜と席次は、厳正な審査によって行われております。
加えて、領主様が特定の舞姫を援助することなど、あり得ません。
奉納舞は芸能神コノハナ様にささげるもの。
純然たる舞の技能で選んでおります!」
次席舞姫セナク・アングレームは銀髪を掻き上げて笑う。
「違うわよ。
ねえ?
舞姫の間では、レジャルディ様とピエレットが良からぬ関係になってるんじゃないかって噂になっていたわよ」
三席舞姫ローラ・ベルクも褐色の瞳を細める。
「ほんと、酷い話よね。
私たち、舞を踊るのは、生娘である巫女だということをお忘れなの!?
まあ、そう考えれば、奉納舞が中止になったのは良かったわね。
コノハナ神の怒りを買うところだったわ」
娘を助けたい一心で出た言葉によって、娘の名誉が疑われる事態となって、父親ギオネメルは顔色がサッと青褪める。
「ち、違う。
物質的な援助のみで、それ以上の関係はーー」
大工職人らしい大柄の筋肉質な身体が、驚くほど縮こまっている。
奉納舞は芸能神コノハナ様に捧げるものだが、コノハナ神は独身なせいか、処女を好むとされていた。
それゆえ奉納舞を舞う舞姫は生娘であることが第一条件で、二十年に一度の栄誉を賜りたい娘たちは恋愛することなく、舞に打ち込んでいた。
それなのに、浮き名を流す美男子でもある領主家の令息レジャルディから依怙贔屓されて首席舞姫の座を獲得したとなると、とんでもない不正行為であった。
まして肉体関係まで疑われる始末であった。
聴衆たちは怒声を張り上げ、足をズンズンと踏み鳴らす。
砂浜であったから、砂埃が舞う。
ピエレットは顔を真っ赤にさせて、同僚舞姫たちに向かって涙目で抗議する。
「そんなこと、あるわけないじゃない!
なによ、私たち、寝る間も惜しんで稽古に励んでいたのは、お互いに知っているじゃない!?
第一、レジャルディ様なんか、趣味じゃないわ!」
首席舞姫の弁明に対して、次席舞姫セナク・アングレームは舌打ちをする。
「そんなこと言っても、信じられないわ。
陰で密かに援助を受けていたことが事実なら、相手があのレジャルディ様だったら、身体の関係だったんじゃないかって疑われても仕方ないじゃない!?」
三席舞姫ローラ・ベルクは、傍聴席に座る領主夫妻に向けて、弾劾めいた発言をする。
「領主様ご夫妻がおられる前で言うのは失礼ですけど、ご子息レジャルディ様が女性の花を散らせては、取っ替え引っ替えしているという噂は舞姫の間で流れていましたわ。
だから私たち、真っ当な舞姫はお互いに言い合っていたんですよ。
『金に釣られて春を売るな。
奉納舞をする資格を失うから』と!」
溜まりかねたのか、中年の領主コルネリウス・ガハラマシが青い瞳を怒らせながら立ち上がった。
何かを発言しようと、口を開けたが、その瞬間、エールが木槌をガンガン! と叩いて、議論の流れを変えた。
「噂に基づく憶測はこれくらいにしてください。
とにかく今は、実際に、奉納舞が中止になったそのときに何があったのかを確認する必要があります。
まずはピエレット嬢、セナク嬢、ローラ嬢、貴女方はどうして奉納舞の舞台に立たなかったのですか?」
ピエレットが亜麻色髪を振り乱しながら、甲高い声を張り上げた。
「理由は簡単よ。
私たち、三人とも、何者かに気絶させられたのよ!」
次いでセナク、ローラともに言い募った。
「そう。
そして気付いたら、窓ひとつない地下室に居たわ。
私たち、三人一緒に拉致されたのよ」
「本番を明日に控え、最後の練習を終えた後、皆、気絶した。
最後の記憶が甘い香りだったから、睡眠薬か何かを嗅がされたのだと思うの」
「誰に?」
とエールが問うと、三人の舞姫が揃って首を横に振る。
「わからないわ。
私たちを眠らせて、地下室に運んだ人が誰だか、一切、接触していないもの。
でも、その犯人の代わりに、地下室の奥に彼がいたんです」
「彼?」
とエールが尋ねると、舞姫たちは口々に答えた。
「領主様のご令息レジャルディ様です。
金髪に生気はなく、碧色の瞳も伏せられていましたけど、当然、このときは生きておられたわ。
でも、地下室にあった石柱に全身が縛られていたのです」




