◆24 私の息子を殺した犯人を裁いてください!
聖女エールが、いまだシーツにくるまって寝入っていたときーー。
夢の中で、いきなり金髪碧眼の美女が姿を現し、細い両腕を広げて、舞踏を始めた。
クルクルと身体を旋回させるに従って、金髪がキラキラと輝きを放ちながらたなびく。
(美しいわねえ……)
その姿を眺めて、エールはうっとりとする。
そんなエールに向かって、舞姫は綺麗な碧眼でジッと見据える。
舞を終えた後、金髪の美女は、凛とした佇まいで座り、三つ指をついてお辞儀をする。
それから面を上げ、碧色に輝く瞳を目一杯に広げて訴えてきた。
『どうか神様。
私の息子を殺した犯人を裁いてください!』と。
夢を観ていると自覚しているエールが、思わず気圧されるほど、金髪碧眼の美女は、気迫が篭った表情をしていた。
エールは驚いて、紅い瞳を大きく見開く。
視界に入ったのは、ベッドを覆う白い天蓋だった。
いつもの寝所だった。
ベッドの上で、エールは深く深呼吸する。
(ああ、ビックリした。
せっかく美しい舞を見られたのに、いつもの日常に逆戻り、か……)
ベッドの上で半身を起こし、エールは輝く銀髪を掻きむしった。
◇◇◇
エールは食卓に就くと、パンとサラダ、チーズをがっつき、スープとミルクで腹に流し込んでから、頬杖をついた。
「それにしても、じつに美しい舞だったわ。
いつもの訴えも、あれぐらいのサービスをしてくれたら、私もやる気になろうってものよ」
エールの口許を布巾で拭いながら、白騎士ディアユーグが語りかける。
「舞ということは、やはりペーテルフェア港での事件が訴えられて来たんですね」
「なに、そのペーテルフェア港って」
少女の疑問に、白騎士は、ポットからカップに紅茶を注ぎつつ答えた。
「我がペルソナ聖皇国の南、辺境に位置付くガハラマシ領にある良港です。
豊かな海産物を生み出すと同時に、様々な神事が催される所でもあります」
珍しくペルソナ聖皇国内での事件が、夢の中で訴えられたらしい。
ガハラマシ領のペーテルフェアは百二十年ほど前に自治都市となった港町であり、宗教的には、二十年ごとにコノハナ神に舞を奉納する聖地として有名であった。
ところが今年、何百年と続いた神事が途絶えた。
初めて奉納舞がなされなかったのである。
奉納舞は海辺に突出した舞台の上で、三人の舞姫によって舞われる。
だが、そのいずれもが欠席した結果、奉納祭が中止となったのだ。
しかも、翌朝、領主コルネリウス・ガハラマシの息子レジャルディの斬殺死体が舞台の上に残されていて、大騒ぎになった。
「奉納舞ーーなるほど、夢で見た舞は神様にお見せする舞だったわけか。
あれ?
たしかコノハナ神に捧げる舞ってことだから、今回の訴え人はコノハナ神に裁きを願ったってわけ?」
どうやら私の裁きを取りなす神はエンマ神とは限らないようだ。
「でも、『私の息子を殺した犯人を裁いてください』と言っていたわ。
舞姫も、あまり年配には見えなかったけど。
息子さんって何歳?
幼いの?」
「いえ。十八歳で、成人しております。
金髪碧眼の美青年だそうですよ」
「金髪碧眼ーーそう。
お母様譲りの美貌ってわけね。
となると、夢に出て来たのは領主の奥様なの?
若い美貌の舞姫だったけど」
「領主の奥様は、前回、二十年前に行われた奉納舞での首席舞姫だったんですよ」
領主の妻フィルミアニ・ガハラマシ夫人は現在、三十八歳。
息子さんの遺体があまりに酷い状態で、フィルミアニ夫人は卒倒したそうだ。
「被害者の惨状は酷いもので、血塗れなだけでなく、頭蓋骨がカチ割られて脳漿が溢れ落ち、腹はズタズタに裂かれて内臓が飛び出ていたというから、犯人は相当、深い恨みを持っていたようですね」
「南の辺境の自治都市ってことは、中央聖都の管轄ではないわね。
ならば取り調べるのは騎士団ではなく、裁判を開くのもーー」
「はい。辺境都市ですからね。
捜査を行うのは自警団でしょうし、裁判は領主主導の下、領主館で行われるでしょう」
「マズいわね。
事件被害者の親が裁判長じゃ、ヤバイでしょ!?
高確率で冤罪が生み出されてしまうわ」
どうやら母親の方は恣意的な判決を嫌い、真実が知りたい、と見える。
だから、自慢の舞を踊って、神様に訴えかけたと考えられる。
エールは席を立って更衣室へと出向く。
そして、白いドレスの上に蒼い法衣をまとう。
「教皇様に、出立する旨を伝えておいて。
私は黒騎士を伴ってすぐにも出かけます。
私、〈裁きの聖女エール〉の名の下に、裁判を開くのです」
エールは首周りを白いウィンプルで覆い、頭にはヴェールをかぶって気合いを入れた。
◇◇◇
エールは、黒騎士ジャンフリーを伴って、ガハラマシ領の教会へ転移した。
教会の老司教が驚き、慌てて片膝立ちとなる。
「これは、これは。
〈裁きの聖女様〉が如何様な御用が?」
いまだ幼い容姿が残る、十三歳の娘が、精一杯背伸びをして答える。
「領主様のご子息を殺した犯人を、私が裁きます」
「それは遅うございました。
今頃は公開処刑がーー」
「いつの間に裁判が!?」
「裁判は開かれておりません。
領主様は最愛のご子息を亡くされて気落ちなさっておいでなので、自警団が引っ立てた犯人を即座に死刑に処すとの報せが……」
「馬鹿ッ!
どうして止めないのよ!?」
エールは、老司教に砂をかけるようにして駆け出す。
教会は丘の上にあり、ペーテルフェア港を見下ろせる。
かなり大規模な港町だが、海辺の方へ視線を向けると、異様な光景が目に映った。
砂浜が黒くなっていた。
砂浜に人だかりができていたのだ。
「あの砂浜で何かあるわ。
先に行って、ジャンフリー!」
「了解!」
黒騎士は黒猫に変化し、素早く駆け去る。
すぐに黒猫ジャンフリーが砂浜に到着した。
ところが、誰も猫が入り込んで来たことに気付かない。
皆の目線が波の向こうに注がれていた。
群衆が海に向かって罵声を浴びせかけていた。
海の上に一本の太い杭が突き立てられている。
その杭に女の子が一人、縛られていた。
それに向かって、群衆が罵っていたのだ。
亜麻色髪の女の子は気絶しているようで、ぐったりとしていた。
教会で借りた馬車に乗って、エールが砂浜に駆け付けたときには、杭に縛り付けられた女性に石が投げ付けられていた。
「やめなさい。
可哀想じゃないの!」
少女エールが、石や棍棒を手にして騒ぐ群衆の前に、両腕を開いて立ち塞がる。
だが、興奮した民衆は聞く耳を持たない。
「構うものか。
コイツは人殺しなんだ!」
「そうだ、そうだ。
せっかくの祭だっていうのに、この女が舞わなかったせいでーー」
「殺せ、殺せ!」
わああああ!
群衆は吼える。
民衆の勢いに押されるように、エールは海の方を見る。
少女が括り付けられた杭から左手に、木製デッキのように迫り出した舞台があった。
ここで本来なら奉納舞がなされるのだろう。
今は神域を示す白い紙を垂らした綱が四方に張られていた。
ここで領主の息子が斬殺死体で発見されたという。
事件発生の翌日から、自警団による捜査が始まり、ついに昨晩、舞姫のうちの一人を犯人として捕縛したのだ。
「だからって、杭に縛り付けて石を投げつけるだなんて!」
エールは頬を膨らませるが、人々は嗜虐意識に完全に酔っ払っていた。
暴徒の一人が生唾を飛ばす。
「殺されたレジャルディ様は、領主様の一粒種、次期領主様だったんだぞ!
おまえは傷心の領主様に裁判を開かせよ、と言うのか!?」
少女とはいえ、聖女も負けていない。
エールはツンのめるような姿勢で、
「ええ、そうよ!」
と応じる。
だが、暴徒は一言の下に否定する。
「無駄だ。
領主様ご夫妻のお心を痛めるだけだ。
犯人はすぐさま処刑して、せめてもの慰めとしないと!」
群衆の頑なさに辟易としながらも、エールは杭の方へ指さす。
「あの亜麻色髪の少女が犯人だとは限らないでしょ!?
裁判で審議しないで罰することはなりません。
それでは私刑です!」
小さな少女に抗弁され、群衆は余計にヒートアップする。
女の子に煽られたように感じたのだ。
怒りの矛先が、海上の杭から、目前の少女へと、向きを変えてしまった。
「ガキは黙ってろ!」
「そうだ、そうだ!」
エールは群衆から、石を投げつけられる。
「痛い!」
主人の悲鳴を耳にして、黒騎士ジャンフリーが慌てて人化して、立ち塞がる。
ゴツン、ゴツンと石が当たり、ジャンフリーの顔や腕から血が出る。
ここでようやく筋骨逞しい青年が、少女と群衆の間に、銀髪を振り乱して割って入った。
「やめよ!
この少女は事件とは関係ない。
おまえたちは、そんなにまで人殺しをしたいのか!?」
騒然とした中、白甲冑をまとった自警団団長ハノーバーであった。
彼の後ろには自警団メンバーが二十人ほど立っている。
さすがに自警団を敵に回すのは剣呑だと群衆が怯んだ。
その隙に、黒騎士ジャンフリーが、蒼い法衣をまとう銀髪少女に向けて手をかざす。
そして、朗々とした声をあげた。
「鎮まれ、鎮まれい!
このお方を、どなたと心得る。
畏れ多くも、審神エンマ様の寵愛を受けし〈裁きの聖女エール様〉なるぞ!」
砂浜に群がっている群衆は、石礫を投げようとする動きを止めた。
そして、騒ぎ始める。
「え? 聖女様だって?」
「〈裁きの聖女様〉ーーそうだ、最近、顕現なさったっていう……」
「まだ十歳ほどの少女じゃないか」
「いや、〈裁きの聖女様〉は美しい銀髪に、紅い瞳をなさっていると聞く。
まさに、そのお姿ではないか。
いままでも幾つもの難事件を解決したそうだぞ」
改めて黒騎士ジャンフリーが、額から血を流したままに叫ぶ。
「頭が高い!
聖女様が仲裁に訪れたのだ。
控えおろう!」
勢いに押されたように自警団団長ハノーバーが片膝立ちになると、自警団員たちがこれに倣う。
やがて砂浜に集まっていた群衆どもは両膝をつき、砂浜でひれ伏した。
「ははあ!」
当惑したものの、この少女が聖女様だとなると話は別だ。
ここは南の辺境とはいえ、ペルソナ聖皇国。
骨の髄までトリニティ教の信徒ばかりであった。
ふん、と得意げに鼻息を荒くするジャンフリーであったが、その一方で、群衆のあまりの態度変化に、エールは戸惑うばかりだった。
(なによ、『頭が高い!』だなんて。
やめてよお……!)
耳まで赤くなって、民衆に向かって、両手を振るエールであった。




