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〈裁きの聖女エール〉の異世界裁判記録ーー神の秘蹟「魂の召喚」発動! 他人に罪をなすりつけて平然としている者どもの悪事を炙り出し、鉄槌を下せ!  作者: 大濠泉
閑話③聖人アランの死、そして続く死屍累々

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◆23 魔女の末裔

 聖人アランが突如として亡くなった。

 死因は公表されていないが、アランチルドレンのソーンダイク修道士によれば、「聖人アランは何者かの手によって殺害されたのだ」という。

 そして、アランに害を成した可能性のある、ヘル商会番頭ダレムをはじめとした、諸国に跨る有力者たちが、聖女エールの前に、顔を揃えていた。

 森の中で行われた聖人アランの密葬に参列したというから、堂々としたものである。

 彼らの共通点は、皆、聖女エールの裁きの権能によって活動を阻害されたという点にあった。


 だが、不思議なことにダレムばかりか、その後ろに控える高貴な方々もまるで動かず、聖女エールを前に片膝立ちになったまま、襲い掛かろうともしない。

 武器を手に取ることすらしていないのだ。


 おかげで白黒の騎士が駆け付けてくれて、エールの前で立ちはだかってくれた。

 白騎士ディアユーグが、少し顔を振り返った状態で、


「これほど大勢の敵を目の前にする事態になろうとは。

 じつに危ないところでした」


 と息堰(いきせき)切って語れば、黒騎士ジャンフリーは、エールのすぐ後方で身構えながら、


「葬儀の間に狙われていたらアウトだったぞ」


 と忠告する。

 馴染みの二人が到着してくれたおかげで、エールは、


「誰なの、あの人たち?」


 と問い掛けるゆとりが出来た。

 白騎士ディアユーグは、腰に提げていた刺突剣(レイピア)を抜いて、


「今までの裁判で、エール様の裁きと弾劾のおかげで処断され、没落、処刑された者たちの関係者ばかりですよ」


 と解説した。


(ああ、そういうーー)


 ようやく合点が入ったエールは、眼前に居並ぶ者どもを代表する、禿頭のダレムに問いかける。


「復讐に来たのですか?」と。


 禿げ親爺は手を大きく振る。


「いえいえ。滅相もございません。

 そのつもりでしたら、自己紹介などせずに、即、動いておりますよ。

 ほんとうにご挨拶にーーこの目に貴女様のお姿を焼き付けるために来たんですよ。

 裁きの聖女エールの姿を」


 エールは思わずゾクッとして、全身で身震いする。


「もう裁きは済んだのですから、私が貴方たち会う必要もないでしょう?」


 ダレムは「ご冗談を」とばかりに、肩をすくめる。


「個人としては、たしかに。

 でも、私どもは何処にでもおりますのでね」


「??」


 エールは目を白黒させる。

 彼らの背後には、諸国に跨がる組織がある、とでもいうのだろうか?

 ダレムはお辞儀をして禿げた頭頂部を見せつけてから、下から窺い見るような目線で見詰めてくる。


「念のために(うかが)いますがーーどうして〈裁きの聖女様〉は、裁判に首を突っ込みなさるので?」


「どうしてってーーこれでも一応、〈裁きの聖女〉って言われてるからかしらね……」


 おそらくはトリニティ教が布教している範囲内ではあろうけど、どこの国であろうと、冤罪があった場合、その容疑を晴らしたいとその被疑者が神様に祈れば、その願いの言葉が直接、エールの頭の中で反響するから、安眠を得るためにも裁判に出向かざるを得ない、というのが実情である。

 もっとも、信仰心がなければ、冤罪にかけられた者でも、その声がエールの頭に響くことはないようだが。


「エール様を相手に、冤罪を晴らしていただきたい、と祈る者の声が聞こえるのでしょうかね?」


「いえ。私なんか、まだまだ聖女に成りたてですからね。

 もっぱら神様を介して、濡れ衣を着せられた人の言葉が聞こえてくるのですよ」


 冤罪にかけられた人も、今のところ、誰も聖女エールに向けて直接、祈っている事例がない。

 皆、神様に祈っていた。


「いったい、どの神様に祈るのでしょうかねえ。

 裁きの聖女様の守護神であらせられる審神エンマ様でしょうか?」


「さあ。

 直接、冤罪を受けた方々と個人的にお話を交わしたことがございませんから、なんとも」


 今のところ、聖女エールによって冤罪を免れた者は皆、トリニティ教を信仰していた。

 でも、トリニティ教には複数の神々が信仰対象とされていて(七人の聖女がいるように、その守護神となっている神が、少なくとも七柱存在する)、そのうちのどの神様に、それぞれの人が祈っていたかなどという統計は取っていないから、やはり祈るべき神様が特定されているのかどうか、わからない。


 ただ、〈裁きの聖女様〉の守護神は〈審神エンマ〉と言われている。

 やはりエンマ神相手にお願いした場合に、良く祈りの文言が届けられていると想定される。


 でもエールには、そういった重箱の隅を突くような尋問をされるような(いわ)れはない。

 なんだか、このダレムという禿げ親父は、人から話を聞き出す能力に長けているような気がする。

 伊達に悪徳商会で長年番頭をやっているだけある。

 でも、正直、鬱陶しい。

 エールはあかい瞳に力を込めた。


「腹の探り合いは面倒だわ。

 貴方が隠している本心を引き出してやる!

 ヘル商会番頭ダレムの魂、召喚(サモン)!」


 アレンのお爺さんを殺したかもしれない連中なのだ。

 正直に、何を企んでいるか語ってもらおう。

 エールは、そう思ったのだ。


 ドン! という爆音とともに、青白い光が天から下って来る。

 そして、その光は次第にダレムの、太った禿オヤジの形を成していく。


 ダレム本人は海千山千の商売人で、エールのような十三歳の小娘では本音を引き出すことなど不可能だろう。

 だが、エールは裁きの聖女の権能として、指定した人物の魂を召喚できる。

 その魂はエールの求めに応じて、嘘偽りが言えない。


 エールは胸を張って宣言した。


「ヘル商会番頭ダレムの魂よ。

 今、この場で、貴方がこれから成そうとする計画について語りなさい。

 そして、知っているなら、聖人アレン様を誰が、何のために殺したのかを(つまび)らかに語りなさい!」


 ダレム本人は、諸国の貴族たちを背後に控えたまま、目の前で前屈みの姿勢で立っている。

 それでいながら、彼の魂は青白く輝く霊体となって、本体のすぐ隣で真っ直ぐに立っていた。

 そして、エールの方に顔を向けて、ゲラゲラと笑い始めた。


「はっははは!

 上手くやったものだな。

〈裁きの聖女〉に成りおおせるとは。

 さすがは魔女の末裔よ!」


 エールはビックリした。

 魂がエールの求めにはまるで答えず、しかも、本体以上に感情も露わに語るのは初めてだ。


「な、なによ『魔女の末裔』って?」


 動揺を隠し切れないエールの言葉にも、まるで答えない。

 本体だけではない。

 何でも真実を語るはずの魂すら、エールの質問に答えず、まるで関係のない発言をする。

 なぜ!?


 両目を見開いて魂の青白い霊体を見詰めたが、その顔からは(あざけ)るように口許を歪めて笑うさましか窺われない。

 そして、突然、無表情になって、黙り込んでしまう。

 しかも、次第に光の輝きが失われて、魂の姿が薄くなっていく。


「どうしたの?

 なによ、答えてよ!?」


 聖女の権能を使って魂を召喚したのに、ここまで要求に答えてくれないのは初めてで、エールは本気で狼狽(ろうばい)していた。

 どうして、魂の容姿が消えて行こうとしているのか?

 その疑問についてはすぐに氷解した。

 本体の方が死にかかっていたからだ。


 青白い魂のすぐ横にいるダレムの本体を見たら、短刀で自らの喉笛を突き刺していた。

 ヘル商会番頭ダレムが、いきなり自害したのである。


「な!?」


 慌ててエールはダレムに身を寄せる。

 魂の方に手を伸ばす。

 が、腕は宙を切るばかりで何も掴めない。

 その隣では、グフッと禿げオヤジが口から血を吐き、うずくまる。

 その本体の様子を、隣の魂が眺めているようで、


『残念だったな……死者になれば、〈裁きの聖女様〉でも、魂は呼び出せまい』


 薄れゆく魂を宿す霊体が、勝ち誇った表情を浮かべて、最期に言葉を遺す。


『いずれ知ることになる。

 なぜ、貴様が聖女となって、裁きを続けることになったのかを。

 そして、恐れ(おのの)くが良い。

 この世界の成り立ちの理不尽さを。

 まさに、神様の悪戯(イタズラ)ーーははは、苦しむが良い。

 神は観測し、しかも偏愛するのだと知ってな!』


 ダレムの魂は煙のように消え去った。

 その隣でダレム本体が血溜まりの上でうずくまっていた。


 そして、静寂が周囲を包み込む。


(落ち着くのよ、エール。

 こんなことで怯えていたら、聖女様なんて、やっていけないわよ)


 エールは自分の銀色の髪を撫で付けながら、自らに言い聞かせる。


 いきなり、エールの裁きによって不利益を被った商人が目の前に現れて、自害した。

 エールのことを「魔女の末裔」と言い捨てて。

 まさに異常な事態であった。


 だが、エールは自分の能力について、新たなことを知ることができた。

 本体が死ねば、魂も同時に消失すると。

 ダレムは死んで、その魂も消え去ったからだ。

 そして、なぜだかわからないが、魂がエールの質問に答えてくれない場合もあるーーと。


(だけど、まだ何度でも試すことができるわ!)


 エールは、ダレムが倒れたあと、姿が露わになった後方の人々に目を遣った。

 ダレムが連れて来た大勢の貴族どもが、いまだこの場には残っていた。


 モンルーユ王国、ブランキ帝国、モスリン王国、それぞれの政府から派遣された者、さらに、ライト王国のラティ侯爵、タイマラナ王国のドット子爵、そのほか、十人近くの名前も明かされていない貴族及び貴族婦人が固まっている。


 ちょうど、黒と白の騎士を呼び付けていたのが到着していて、それぞれ猫や鳩の姿から人の姿を変化させていた。

 エールは彼らに命じた。


「この者どもを捕えなさい。

 聖女である私を脅迫しました。

 森の外に待機する聖騎士団に連絡してーー」


 聖女エールは任意の者の魂を召喚することはできるが、一日に一人と決められている(らしい)。

 だが、これだけの人数を捕縛すれば、後日、何度でも魂を召喚すれば、いずれ吐かせることができる。

 そう思ったのだ。


 ところが、この諸国の貴族及び貴族婦人は、思いも寄らぬ行動に出たーー。


「考えが甘いですな」


 豪華な服を着込んだ貴族紳士が一人、自分の首を(かたむ)けて頸動脈を短刀で斬り付ける。

 血飛沫がバッと噴き出す。

 その途端、ほかの全員も、いっせいに短刀を取り出し、自らの喉を突き刺した。


「ちょ、ちょっと待ってよ!?」


 エールだけではなく、白騎士ディアユーグ、黒騎士ジャンフリーも呆気に取られて立ち尽くす。

 貴族紳士たちがいっせいに自らを短刀で斬りつけて自殺した。

 その後方に貴族令嬢も何人かいたが、彼女たちも毒をあおって自害していたのだ。


 エールたちの目の前の地面には、禿げ親爺を先頭に、二十名近い、富裕な者たちの、自害した死体が血溜まりの上に横たわることになったのである。

 呆然とするしかなかった。


(な、何よ、これ??

 いくら何でも、生命が軽すぎるでしょ!?)


 これで後日に魂を召喚して、様々なことを聞き出そうとする試みは不発に終わってしまった。

 数々の怪しげな台詞(セリフ)を吐かれたものの、真相はわからず仕舞いだ。


 エールは気味が悪かった。


(私が『魔女の末裔』?

 何それ?

 単なる田舎農民の娘なんですけど?

 ほんと、わけのわからないことだらけ……)


 いつの間にか、聖女エールは、大きな政治闘争の渦中に投げ込まれているようだった。

 ひょっとして、自分は何も気が付かないうちに、幾つもの国家を股に掛けた巨大な組織と、正面からぶつかっているのだろうか?

 エールはいろいろと思いを馳せるが、何も掴めない。


 白騎士ディアユーグは鳩に変化して、森の外に待機する騎士団に事態の急を告げに飛んで行った。

 森の中に残った黒騎士ジャンフリーは人の姿のままで、エールの肩を抱き、耳元で(ささや)いた。


「負けるなよ、嬢ちゃん。

 どんな奴らが何を狙ってるのか、皆目見当がつかねえが、俺が必ず嬢ちゃんを守るからな!」


「ありがとう」


 エールは突然のホラー展開に怯えて震える自らの身体を落ち着かせる。

 何が起こっているのか、まるでわからない。

 でも、確実に何かがあって、自分を狙ってくる勢力があるらしい。

 だけど、怖がる必要はない。

 私にはトリニティ教会の仲間がいるし、七人の聖女様だっている(まだ全員に会ってはいないけど)。

 襲ってくる敵を迎え撃って行けば、いずれは、聖人アラン様を殺した連中にもぶち当たるに違いない。

 今はまだ霧が深いようだけど、いずれは何が起こっているのかを必ず明らかにしてみせる!


 エールは拳を握り締める。


「休暇は終わった、ということね。

 これからはより一層、気を引き締めて裁いていくわ!」


 私は裁きの聖女。

 任務を忠実に果たすのみ。

 そのように決意を新たにするエールであった。

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