◆22 我らは貴女様に追い落とされた怨みを忘れてはいないぞ!
(私たちの恩人、聖人アラン様が殺されたーー!?)
ソーンダイクの見解を聞いて、エールのみならず、周囲にいたアランチルドレンの皆は絶句した。
そして、聖女エールに皆の視線が集まる。
ソーンダイクは白い髪を掻き分けつつ、エールに訴えた。
「是非とも、アラン様の死因を解明していただきたい。
僕はアラン様は何者かの手によって殺されたと思っている。
聖人アラン様の魂を直接、呼び寄せればーー。
君になら、できるだろう?」と。
ソーンダイクが熱い眼差しを向けてくる。
彼の熱意に促されるように、ほかの皆も、聖女エールを見詰め始める。
が、エールは首を横に振るしかない。
「ごめん。
死者の魂は召喚できないんだ。
何度か、試してみて、失敗してるーー」
教会では葬式と埋葬を行っているから、死者の魂の召喚を試みる機会は豊富にあった。
が、一度も成功しなかった。
夢の中で死者が忿懣をぶつけてくるときはあるが、それは死者の側から勝手にやって来る場合で、エールの側から呼び寄せたことはない。
そもそも、「死者の訴え」といった夢見は、ほんとうに死者の魂がエールに語りかけて来ているのか、単にエールが夢に見ているだけなのか、それすら区別がついていなかった。
「どちらにせよ、アラン様から語りかけていただかないことにはーー」
と、エールが呟くと、ソーンダイクは即答した。
「ああ、それは駄目だろうね。
アラン様はエールちゃんに心労をかけたくないって心掛けでしたから。
死後の魂であっても、同様の配慮をなさるに違いない」
「そうですね」
隣で耳を傾けていた魔術師クリシュナも同意する。
そして嘆息した。
「となると、事件の真相は迷宮入りでしょうね。
知ってる?
聖人様って長命が多いけど、最期は不慮の死を遂げる方がほとんどなんですって」
仮に聖人アラン様が殺されたとして、皆、そのときの状況を知らない。
誰が関わったかもわからない。
「でも、良く言うだろ?
犯人は犯行現場に再度、訪れるって」
ソーンダイクは席を立って、アランチルドレンに向けて熱弁する。
「『聖人アラン様の遺言だ』ということにして、ここを葬儀場にしたのは、この森こそが、アラン様の遺体が発見された場所だったからだ。
参列者の氏名が記された帳簿も持って来た」
ソーンダイクは、バサッとテーブルに帳簿を広げる。
彼はこの帳簿を手に入れるために記帳場を陣取っていたのだ。
エールのほか、サイトもシオリもクリシュナも、皆で一緒に、目を皿のようにして帳簿をめくる。
(誰が聖人アラン様を殺したーー?)
と、内心、思いながら。
参列者は密葬だというのに、思いの外、多い。
帳簿に記帳した人名は、百名は超えていた。
やはり、名前を見ただけでは、犯人の推測がつかない。
苛立ちが、かえって募るばかりだった。
期待をかけていた聖女エールの反応が極めて薄いことを見て取って、ソーンダイク修道士は吐き捨てた。
「ちっ、相変わらず、役立たないな!
大恩あるアラン様をお救いできるというのに。
なにが聖女様だよ!」
その苛立ちのあまり発した言葉は、か細い声であった。
が、この場にいるアランチルドレンの誰もが耳にした。
真っ先に、シオリが眉を顰める。
「そんな言い方をしては……」と。
実際、泣きそうな顔になったエールを、クリシュナは抱き締めて慰めた。
「悪いね、エールちゃん。
気にしないで良いよ。
ソーンダイクはクソ真面目なだけで、視野が狭いから。
『もっと視野を広げなさい』ってアラン様からしょっちゅう指摘されていたのに、ちっとも改善されていないんだから」
「ーー悪かったな」
ソーンダイクは、ガタンと音を立てて席に着く。
八つ当たり気味な発言をしたことを、さすがに恥じていた。
だが、そこで意外にも、明るい声をあげる人物がいた。
守護騎士サイト・クルーガーだ。
「ったく、ソーンダイクも、クリシュナも目が曇ってんじゃねえか?
俺にはわかったよ。
帳簿で参列者を見たら、わかった。
さすがは〈裁きの聖女エール〉、すでに手を打っていたんだなって!」
「は?」
クリシュナに頭をナデナデしてもらっている状態で、エールは目を丸くした。
だが、キョトンとしているのはエールだけのようで、サイトくんが参列者の帳簿をめくりながら、何人かの人物の名前に指をトントンと置いていく。
それに連れて、なぜだか仲間たちの顔が晴れやかになっていった。
ソーンダイクくんは眼鏡を外して涙を拭くと、エールにガバッと抱き付いた。
抱擁というにはあまりに力強い抱き付き具合だった。
「僕が悪かった、エール!
僕はもっと君をーーアラン様を、信用するべきだった。
アラン様がお選びになった君が無能なはずがない。
僕なんかより遥かに優れた聖女様なんだ」
守護騎士サイト・クルーガーは腕を組んで満足げに頷いているし、その横で呪術師のシオリまでが浄化の神に祈る祈祷を始めている。
それまでエールの頭を撫でていた魔導師クリシュナまでが手を動きを止めて、私を抱き上げて正面に立たせ、口に指を一本立てて言った。
「エールちゃん、安心して。
私たち仲間は、誰にも口外しないから。
アラン様の敵討ち、お任せするわ。
存分にやっちゃってね。
私たちの分も」
「?」
エールは小首を傾げるばかりであった。
だが、このように、エールを蚊帳の外に置いた状態で、何事かを皆で理解し合って会話が終わってしまうというのもまた、「アランチルドレン」の仲間内では良くあることであった。
それから、しばらくしてーー。
アラン様の棺は、石碑の下にある地下霊安所に納められた。
森の中での葬儀が終わり、皆、帰っていった。
エールはすぐ近くの教皇庁に住まいがあるため、時間に余裕がある。
参列者がどんどん帰っていく中、森の中でポツンと椅子に座ったまま居残っていた。
そして、かつて聖人アラン様と交わした会話を思い出す。
◇◇◇
それは、エールがマーヤ副院長から嫌がらせを受けたおかげで、〈裁きの聖女〉として覚醒した日の翌日、さっそく祝福しにやって来た聖人アランと交わした会話であった。
老人は「どっこいしょ」と長椅子に腰掛けると、杖を正面に突き、それに顎を載せるような姿勢で訥々と語り始めた。
「裁きの聖女となられたエール様にお願いがございます。
ぜひ、お聞き届けを」
恩人のアラン様に、このようなへりくだった言葉使いをさせていると知っただけで、ソーンダイクくんなんかは烈火の如く怒るに違いない。
でも、アランのお爺さんが、こういった調子で私に話しかけるんだから、仕方ないじゃない? とエールは思う。
「はい。なんでしょう、お師匠様?」
老アランは、いつも以上に真面目な顔付きだった。
「裁きとは真実を明らかにして、人心の穏やかさを取り戻すためのものです。
本来、人の心に悪さえ起こらなければ、真実を明らかにするような手間は要らないのですが、人は生来、悪に傾きやすく、真実の光がまぶしくてとかく物事を隠しがちになるものなのです。
それでも、本来、人の心は真実の光に照らされてこそ、安寧を得るものなのです。
裁きの聖女様のお力によって、邪な作為から人の心を解放してやってください」
含蓄のある言葉を聖人様は述べているようであったけど、エールにはピンと来ない。
「でも、真実が明らかになって、かえって動揺が深まる場合もあるんじゃ?」
と、疑問を投げつける。
すると、アランは白い顎髭を撫で付ける。
「たしかに、受け入れ難いことはあるでしょう。
でも、ほんとうにそれが真実に基づいた裁きならば、必ず人心は一新され、新たな境地に進んで、その地点において穏やかさを取り戻すでしょう」
「でも、真実と法律っていうのは違うものでしょ?
真実に照らせば正しい裁きであったとしても、法に悖る場合は?」
「裁きの聖女様は超法規的存在なのです。
〈聖女様〉ですからね。
法律などよりも神様に近い存在なのです。
ですから、真実の光、魂の声に従って、御心のままに裁きを行ってください。
法律などというものは、所詮、国や時代によって異なるもの。
それでも、人の心は、どの国でもいつの時代でも変わらない。
聖女様はその普遍的な価値に従ってくだされば良いのです。
法律なんぞで整合性をつけて治安維持に努めるのは、国家権力の務めです。
我々、教会の勤めではありません」
「??」
なんだか、アラン様はいつも難しい話をなさる。
でも、そんなことを言ったら〈裁きの聖女様〉っていうのは、自分の心のままに他人を裁くことができてしまうことにならないか?
それで皆が納得するのだろうか?
そうだとしたら、裁判とはなんだろう?
皆を納得させる体裁に過ぎないのだろうか?
ーーそういった疑問が、エールの小さな胸の内では湧き起こっていた。
だが、それを直接、アラン様に問いかけると、
「その通りです。
さすがは〈裁きの聖女様〉です」
などと言われかねないので、黙って微笑みを浮かべるしかできなかった。
それからアラン様の皺だらけの手を取って椅子から立っていただき、肩を貸して部屋から外へと運ばせていただいた。
あの時の会話が、最後の顔合わせとなった。
◇◇◇
往時に想いを馳せてボンヤリしていると、エールは声をかけられた。
「お初にお目にかかります、〈裁きの聖女様〉」
片膝立ちになった男たちが居並ぶ。
「貴方たちはーー?」
「私、ヘル商会で番頭を務めております、ダレムと申します。
私のすぐ後ろに控えておりますのは、モンルーユ王国、ブランキ帝国、モスリン王国、それぞれの政府から派遣された者です。
さらに、後方の貴族席に座っておられるのは、ライト王国のラティ侯爵、タイマラナ王国のドット子爵などです。
ほかにも、親しくさせていただいております方々にも参列させてもらっておりますが、敢えて名前は控えさせてもらいたく」
「はあ」
エールは気のない返事しかできない。
この人たち、誰?
そういえば、さっき、サイトくんが帳簿で指を立てていた人名が、今、目の前に居並ぶ彼らだったような気がする。
ヘル商会番頭ダレムは禿頭を手でツルリと撫で付けて笑う。
「さすがは〈裁きの聖女様〉。
悠然としていらっしゃる。
じつは、この者たちは皆、聖人アラン様の葬儀にかこつけて、聖女エール様にお会いして、せめて一言、お伝えしたくて参上したんです。
『我らは貴女様に追い落とされた怨みを忘れてはいないぞ!』と」
思いがけない、まさに招くべきではない参列者たちであった。
「追い落とされた?
私、何かしました?」
「ははは。
さすがに、おとぼけが過ぎましょう。
貴女がこれほどのタマだとわかっていれば、早々に手を打ったものを。
聖人様を手にかけるのが遅過ぎました」
「ま、まさかーー!?」
もしかして、私、聖人アラン様を殺した連中から、自己紹介されてるわけ?
ヤバい。
急いで、白黒の騎士を心中で呼び寄せる。
が、白騎士ディアユーグ、黒騎士ジャンフリーともに森の外で待機している。
いくら白鳩、黒猫に変化できるとはいえ、敵の刃が私に向く前に、この場所に辿り着いてくれるかどうか、わからない。
恩人の聖人アラン様の葬儀場において、聖女エールは絶体絶命の危機に陥っていた。




