◆21 私たちの恩人、聖人アラン様が殺されたーー!?
聖皇暦七七七年七月七日ーー。
ちょうど嵐が近づいた頃で、激しく雨が降り頻る朝、聖人アラン様の死が発表された。
突然の報せで、エールは驚いた。
最近、〈裁きの聖女〉に覚醒したエールを教え導いた聖人としてアランは有名であった。
だから、真っ先にその死を報されると思っていたのに、エールにアランの訃報をもたらしたのは、彼女と同じく聖人アランに見出された仲間、通称「アランチルドレン」の一人によってであった。
教皇庁にあるエールの個室のドアがノックされ、開けてみると、痩せ細った長身男がボウッと突っ立っていた。
丸眼鏡をかけたソーンダイク修道士であった。
彼は「仲間」の中でも、特にエールに批判的な人物で、何かというと、
「君はアラン様の期待にどうして応えようとしないんだ。
怠慢が過ぎる」
と小言を連発する男だった。
だが、その日は悄然とした雰囲気で、丸眼鏡を涙で曇らせながら、
「アラン様が亡くなってしまった……僕らの真の父親ともいえるアラン様が……」
とだけ口にするやいなや、一枚の紙だけを渡して、踵を返して立ち去ってしまった。
聖人アランの密葬への招待状であった。
正直なことを言うと、ソーンダイク修道士があまりに力なさげに肩を落としていることに、エールは逆に驚いていた。
エールは六年も前に、
「おお、この娘だ。この娘だ!」
と、両肩を掴まれて言われた時、すでに聖人アランはヨボヨボのお爺さんだった。
だから、いつお迎えが来てもおかしくないと思っていたから、
(とうとうお亡くなりになったのね。
大往生じゃないかしら)
といった程度の感慨だった。
が、熱心な「アラン信徒」と仲間内でも揶揄されていたソーンダイク修道士にとっては、アラン様の死は相当ショッキングな出来事だったようだった。
おかげで、自分が恩人のお爺さんの死を淡々と受け止めていることは、とても冷たいことなのかとエールは反省し、葬儀の場で仲間の「アランチルドレン」と顔を合わせるのが、気重に感じられてしまった。
それでも、世間的には、聖女エールこそが、聖人アランの「秘蔵っ子」ということになっているので、まさか葬儀への参列を断るわけにもいかないし、一般人に混じっての参列というわけにもいかなかった。
亡くなってから七日後に密葬が執り行われることが決定されて、ごく限られた関係者として、聖女エールも参列する。
せめて白騎士ディアユーグくらいはお供に連れて行こうとしたが、聖人様の密葬に従者を参加させるのは失礼に当たるとのことで、葬儀場となった森の入口まで同行してもらうこととなった。
葬儀場は教皇庁別院の森林の中だった。
初めて入る空間だった。
エールの白黒の騎士らのように、葬儀参列者の従者はすべて、森の外にあるロッジで待機することになっており、ロッジの中では大勢の従者たちでごった返していた。
これほど大勢の従者を率いている、高貴な身分の者が葬儀に参列しているようだった。
エールが森の中へと足を踏み入れると、晴天の夏日だというのに、暗闇となってヒンヤリとした冷気が漂っていた。
森の只中にあって、人々の前に、巨大な石碑が一つあった。
『聖人様の碑』と呼ばれている、巨大な墓石でもある。
聖人様は皆此処に合祀されるからだ。
その石碑の前で、聖人アラン様の葬式がひっそりと行われた。
記帳場で受付をしていたのは、聖人アラン様に見出された「お仲間」の一人、ソーンダイク修道士だ。
白い髪の長身男で、丸眼鏡を掛けた真面目くんだ。
エールが顔を出すと、やおら立ち上がり、頭を下げ、それから片膝立ちとなる。
「ようこそ、おいでくださいました。
裁きの聖女エール様。
貴女様からは記帳していただくには及びません。
お顔を出していただけただけで、聖人アラン様もお喜びのことと思います」
ソーンダイクくんに感化されたのか、周りの人々も私に向けて片膝立ちになる。
マジでやめて欲しい。
「あ、あの、すいません。
突然の訃報で、私、どうしたら良いのか、わからなくて」
エールが両手を振って慌てふためくと、ソーンダイクは立ち上がって眼鏡を光らせた。
「エール様は、悠然となさっておられれば、それで良いかと。
そもそも、聖人様は聖女様の導き手となるために存在します。
辺境の地より見出された貴女様が〈裁きの聖女様〉に覚醒なされたことにより、聖人アラン様は使命をまっとうしたのです。
我らアランチルドレンにとっても、エール様は誇りなのです」
ソーンダイク修道士の涙ながらの演説に感化されたようで、周囲で片膝立ちしている人々までが貰い泣きしている。
あまりに照れ臭い。
エールは逃げるように、その場から立ち去った。
石碑の東側に丸テーブルが置かれてあり、そこに見知った顔の連中が集まっていた。
「アランチルドレン」の面々だ。
いずれも聖人アラン様に見出された仲間たちである。
皆、席を立って、エールに向かって、片膝立ちになる。
エールは顔を真っ赤にさせる。
「や、やめてよ、みんな!
ね、シオリ!
元気してた?」
エールは、堅苦しい雰囲気を少しでも和らげようと、殊更、友達口調になって、呪術師のシオリに声を掛けた。
エールに馴れ馴れしく声掛けをされて、シオリは少しオドオドした様子だった。
だが、彼女も只者ではない。
若手の中では最強と噂されている呪術師だ。
独特の霊気を全身から発していた。
「げ、元気です。
エール様こそ、ご活躍とのことで」
エールはシオリに飛びつくようにして抱擁した。
「そんなことないわよう!
ただね、夜に寝てると、頭の中でいろいろとうるさく訴えかける声が聴こえちゃってね。
その訴え、冤罪を掛けられた人たちの公正な裁きを願う声なのよね。
無視するには重たい話だし、頑張らざるを得なくなって」
女の子二人の会話に、溌剌とした男子の声が割って入る。
「そうか。
〈裁きの聖女様〉ってのは、そういう感じなんだ」
椅子に座り直しながら、金髪碧眼の青年が口を挟んだ。
彼は、黄金の剣を背負う守護騎士のサイト・クルーガー。
彼は、私と同じような田舎からアラン様に拾われて修道院に入ったが、すぐに還俗して、今では大国ベルサイト王国の王宮に出仕している。
呪術師シオリが慌てたように窘める。
「サイトくん、口の利き方!
エールちゃんも今は聖女様なんだよ」
緊張気味のシオリに対し、サイトは鷹揚としたものだった。
「はっはは。
良いだろ、だって、エール自身がいつも通りの口調じゃないか。
実際、俺たちは皆、辺境の田舎育ちの平民上がりだ。
エールだって、むしろ大勢の人たちに傅かれちまって困ってるんじゃないか?」
「そうなのよ!」
サイトの指摘に、エールは食い込み気味に同意する。
「聞いてよ、サイト!
このペルソナ聖皇国では、私が聖女だと知られちゃうと、良い年齢をしたおじいさんまでが私に頭を下げるのよ。
居心地が悪いったらありゃしない。
それなのに裁判をしに諸国に飛ぶと、
『なんだ、あの小娘は!?』
ってな調子で鼻であしらわれる。
そんな中で裁判しなきゃなんないんだから。
私自身の立ち位置がよくわからなくて」
サイトが答えるより先に、女性ならではの、やや高めのハスキー・ボイスがこだまする。
「そうよね。
私たち、まだ十五歳になるかならないかの年齢だものね。
聖女様っていう割にはお子様に見えて侮られるかも。
私もとんがり帽子をかぶってるのに、仮装か何かに思われて、術式を描くのを邪魔されるの、しょっちゅうだわ」
そう言ったのは、黒づくめの衣装をまとう魔導師のクリシュナさん。
十七歳で、アランチルドレンの中では最年長だ。
十五歳で、成人したばかりのサイト・クルーガー守護騎士に軽く説教をかます。
「それにしても、サイト。
やっぱり聖女エール様に対して、ちょっと馴れ馴れしいじゃない。
そんな調子で、よく大国の王宮で勤められるわね」
クリシュナへの対応は慣れたものらしく、サイトは頭の後ろで両手を組みながら声を上げる。
「俺は守護騎士だからな。
基本、白い甲冑を身にまとって、黙って突っ立っているだけだから。
王太子からも、
『プライベートではタメ口で良いぞ』
って言ってもらってるんで」
「甘やかしすぎだ」
「ったく、なんだよ。
クリシュナは相変わらず、口うるさいな。
ははは。
ーーほかのチルドレンは?」
ここにいるのは、ソーンダイク修道士、呪術師シオリ、守護騎士サイト・クルーガー、魔導師クリシュナ、そして私、聖女エールの五人。
あと二人いる。
クリシュナが解説調で受け応えた。
「アイツらは忙しい。
なにせ、魔の森から瘴気が大量発生しているっていうからな。
それに連動して兵を動かす国も多い。
すでに紛争は幾つか起こっている。
私もいつ出動要請があるかわからない。
ま、私は成人して二年程度の年齢だから、今のところは第一線への投入は避けられているだろうけど」
呪術師シオリがボソリと口にする。
「エールちゃん、最近、ライト王国で王妃様を粛清して、王太子を廃嫡に追い込んだって?」
エールはしどろもどろな口振りになった。
「し、粛清だなんて。
正当に裁いただけよ。
赤髪の元婚約者さんが濡れ衣を着せられて処刑されそうだったから、真っ当な裁きにしただけーー」
そこで、クリシュナがテーブルに手を付き、身を乗り出す。
「エールちゃんは、タイマラナ王国でも、美男の商人を助けたそうね。
そのヒト、アルゴ商会の会頭さんのご子息なんでしょ?
噂では、伯爵家の未亡人がえらくご執心で、近々、そのイケメンのご子息が捕まえられちゃって、伯爵位を相続するっていう話よ。
これも、エールちゃんが裏で糸を引いてるの?」
「裏で糸って。
何よ、それ?
私、なんにも知らないわよ」
本気で首を横にブンブン振る。
が、エールのそんな様子を見ても、クリシュナは軽く肩をすくめるばかり。
「出たよ、いつものおとぼけが」
と言いながら。
次いで、サイトが肩を揺らした。
「エール様は、モスリン王国のバカ王弟も、しっかり粛清したって言うしな。
ブランキ帝国にも良い牽制になったろうよ」
エールはマジで首を傾げる。
(なに?
何の話だか、サッパリなんだけど……)
本人の当惑を他所に、話はどんどん先に行く。
「そうだぞ。
エール様のご活躍は凄いものだ」
と、テーブル席での会話に、ソーンダイク修道士が合流してきた。
彼は参列者の記帳を終えたようだ。
「ペルソナ聖皇国からかなり遠い国々でも、ここのところ、問題が多くなっている。
ラステニク王国などについても、いずれ聖なる裁きを下してくださるさ」
ソーンダイクがエラク自分を持ち上げてくれるのが、こそばゆい気がしてならない。
エールは照れ隠しもあって、ソーンダイクに問い返す。
「やめてよ、ソーンダイクくん。
なんか、おかしいよ。
私を変に持ち上げすぎてない?」
「そうだぞ、ソーンダイク」
と、サイト・クルーガーに会話を持って行かれる。
「おまえ、昔はエールちゃんに一番手厳しくなかったか?
『あんな女の子が、聖女様になるはずなんかない!』
って言ってたじゃないか」
暴露されて、ソーンダイク修道士は耳まで真っ赤になる。
「仕方ないじゃないか。
昔、エールのヤツはほんとうにバカだったんだから。
ボンヤリさんだし、サボリ魔だったし。
ほんとうに、どうして聖女様に覚醒できたんだか」
「お、本音がダダ漏れだぞ」
とサイトが揶揄すると、ソーンダイクは眼鏡を嵌め直し、生真面目に受け応えた。
「い、いや。
それだけ聖人アラン様の予見力が優れておられた、というわけだ。
ゴホン、アラン様がおっしゃるには、〈裁きの聖女〉に神様から授けられる権能は言うまでもなく〈魂の召喚〉だが、そのほかにも〈賢者の思考〉というのがあるそうだ。
将来の災難に対処するために、誰よりも先んじて手を下す力が備わっておいでなのだ。
事実、先代の聖女様は、今のように、様々な犯罪が蔓延ることを予見なされて、いろいろと尽力なされた」
トリニティ教を国教とする国では、何か犯罪があった場合、その事件を捜査し、容疑者を起訴し、裁判するシステムを採っている。
都会では騎士団や民兵、農村部では自警団などに事件捜査を義務にして、犯人を逮捕をさせるようにしていた。
それらがすべて先代の〈裁きの聖女様〉の功績だという。
「へ? そうなの?
それまでは、事件が起きて、犯人がまだ捕まっていないってとき、どうしてたの?」
「それまでは被害者自身、もしくはその遺族が犯人を追跡、捕縛するしかなかった」
「え? なに、それ。
だったら、力なき者はハナから泣き寝入りするしかないじゃん?
冤罪どころじゃない」
「そうなんだよ。
先代の〈裁きの聖女様〉は、さらに野心的でね。
ほんとうは事件捜査専門の組織を作りたかったらしい。
でも、諸国の国王や領主などからは主権が侵されるとして反対され、騎士団や民兵、自警団からは、事件捜査は治安維持の延長に過ぎないと主張され、ほとんどの国で成立できなかった」
ペルソナ聖皇国のほか、王権が強い一部の大国だけが事件捜査を専門的に行う警察組織、事件を立件して起訴して裁判に回す検察機構ができている。
「エール様はそうした代々の聖女様が遺した成果によって、聖なる御技を円滑になすことができるようになっているんだよ」
「そうなんだ」
「そこで、お願いがあるんだ。
昔の誼ってやつで、頼むよ、エール様」
「なに?」
ここでソーンダイクは一段と声を潜める。
「是非とも、アラン様の死因を解明していただきたい」
エールは呆気に取られた。
「死因ってーー」
そういえば、死因は発表されていない。
ソーンダイクはエールの耳元で囁く。
「僕はアラン様は何者かの手によって殺されたと思っている」
ソーンダイクの言葉を耳にして、私のみならず、周囲にいたアランチルドレンの皆は絶句した。
(私たちの恩人、聖人アラン様が殺されたーー!?)
皆の視線が聖女エールに集まっていた。
ソーンダイクはエールに訴えた。
「聖人アラン様の魂を直接、呼び寄せればーー。
君になら、できるだろう?」と。




