◆20 反省なき顛末
魂による真相告白から、しばらくしてーー。
聖女エールは、ガンガン! と木槌で台を打ち据え、「被告人、前へ!」と声を出す。
被告ロザネット・リエポール伯爵令嬢は、指示に従い、審議長エールの前に立つ。
が、身をそり返し、視線は後ろ、傍聴席に座る母親フランソワに向けていた。
フランソワ・リエポール伯爵夫人は傍聴席後方にあって、皆の視線を浴びながらも、端然としていた。
とうに覚悟を決めていたようであった。
「お母様…… あなたは愚かで弱いオンナのまま生涯を閉じるのですね。
私は違います。
さようなら、お母様」
ロザネット伯爵令嬢は涙を滲ませる。
彼女に構わず、左右の席を立った審議官たちが中央に座す聖女に深々と頭を下げ、左右からヒソヒソと耳打ちする。
それから聖女エールは厳しい顔付きで立ち上がり、審議の結果を口上した。
「私は神から授かった権能を持つ聖女として、審議結果を発表します。
ロザネット・リエポール伯爵令嬢は無罪。
また、その母親フランソワ・リエポール伯爵夫人を、マルグリット・ザンジェル公爵令嬢を殺害した犯人として告訴いたします。
他にも、審議長として、以下の者を弾劾いたします。
ガルソン・リエポール伯爵、アルフレッド・ザンジェル公爵ーー共に未成年の娘の保護者としての責務を全うしないばかりか、迫害して追い込んだ嫌疑があります。
そして王弟バブレオ殿下ーー殿下にも貴族令嬢に対する強姦未遂罪で告訴いたします。
たとえ相手が婚約者であろうとも、いや婚約者であればこそ、その態度は不遜で傲慢、許される範囲を大きく逸脱していたと考えます。
即刻、彼らを被告として、新たに審議を行うことを、モスリン王国アング国王に要請します。
さあ、何をしているのです、第二騎士団団長デヴォグロ・ロビーデバド伯爵!
被告人どもを拘束なさい!」
「ハッ!」
と声をあげ、第二騎士団デヴォグロ団長が貴族服姿のまま立ち上がり、右腕を掲げる。
「聖女エール審議長による決議がくだされた!
フランソワ・リエポール伯爵夫人、ガルソン・リエポール伯爵、アルフレッド・ザンジェル公爵、そして王弟バブレオ・モスリン殿下を捕えよ!」
それまで扉近くで待機していた鎧騎士が、外から近衛騎士団を呼び込んできた。
十名近くの白甲冑姿の騎士が、いっせいに審議場に雪崩れ込む。
わあああと声が上がり、審議場は騒然となった。
傍聴席の最後列に腰掛けていたリエポール伯爵夫人は、静かに立ち上がっておとなしく縛に繋がった。
が、そのほかの者たちは、それぞれに異議を唱えて騒ぎ立てた。
傍聴席前列にいた、アルフレッドとジュルのザンジェル公爵夫妻は、
「ふざけるな!
私たちは娘を殺された遺族なんだぞ!」
「そうよ!
だって、王弟殿下が脅すんですもの。
私たちが従わざるを得なかったのは当然でしょう!?」
と、両手両足をジタバタさせて叫ぶ。
王弟バブレオは、
「この無礼者!
余を誰と心得る!?
国王陛下の弟であるぞ!
王位継承権上位の者だ。
触れるな!」
と喚いて、生唾を飛ばす。
だが、無駄であった。
後ろ手に縛られて、床に顔を押し付けられる。
それまで逃げ惑っていた貴族たちも、王弟バブレオの姿を見て、歓声をあげる者が相次いだ。
「とても王族とは思われぬ、下品な振る舞い。
報いを受けろ!」
「何が王弟殿下だ、みっともない!」
「性格に相応しい末路だわ!」
貴族紳士はダンダン! と足を踏み鳴らして罵倒する。
貴族婦人たちは扇子を広げ、嘲笑する。
王族のみが強者であったモスリン王国の権力バランスが、変革されようとしていた。
養父ガルソン・リエポール伯爵は、近衛騎士に両腕を後ろに回されながらも、ロザネット嬢に向けて、つんのめりつつ訴えた。
「ロザネット!
そんなに僕を嫌っているとは思わなかったんだ。
だからね、優しくなっておくれ。
いくら親友だったマルグリット嬢が殺されたとはいえ、君は実の母上を処刑台に送ろうとしているんだぞ。
聖女様に向かって許しを乞うべきなんじゃないかな!?
それに、この養い父たる私、ガルソンを助けてくれ。
実際に、何も知らなかったし、君がそんなにも修道院に入りたいんなら、認めてあげるから。
でも、これだけは言わせておくれ。
そんなに僕のことを気持ち悪がるだなんて、心外だ。
僕はこれでも大人の男、君みたいな小娘に色香を感じたりしないよ。
君のお母さん共々、勘違いだ。
男を知らなすぎるんだよ、君たちは!
だから、ね。
優しい心を取り戻して、聖女様に嘆願をーー」
ロザネット嬢はそれまで母のフランソワ伯爵夫人へと向けていた視線を一瞬だけ、養父ガルソン・リエポール伯爵へと振り向けた。
だが、侮蔑の色を、碧の瞳に宿しただけで、すぐに瞑目し、踵を返す。
そして聖女エールに向けて黙礼してから、審議場から立ち去って行った。
その動きを止める者は、誰もいなかった。
◇◇◇
二週間後、アング・モスリン国王の名の下で審議が行われた。
が、その前日に、フランソワ・リエポール伯爵夫人は留置所で首を吊って死んでいた。
ドレスの裾を引きちぎって紐に結えて首を括ったのだ。
おかげで審議未了のままだったが、実質死刑囚同然の扱いとなり、フランソワ夫人はリエポール伯爵家の墓にはもちろん、貴族用の墓地ですら埋葬されることは許されず、身元不明の平民と一緒に共同墓地で埋葬されることとなった。
旦那のガルソン・リエポール伯爵は爵位と領地を剥奪されて、国外追放処分となった。
故郷ブランキ帝国へと帰ったが、実家ルイーズ男爵家からも勘当されて、行き場を失った。
せっかく築き上げたモスリン王国とのパイプを失い、ブランキ帝国皇帝ロンクラムからも不興を買っていたのだ。
おかげでガルソンは帝都の娼婦街に出没し、様々な娼婦の恋人となって生活していると噂される。
一方で、審議の結果、ザンジェル公爵夫妻は軽い処分で済んでいた。
王弟バブレオに娘マルグリットを婚約者に差し出すように要求されて、応じざるを得なかった被害者であることを誰もが知っていたからだ。
とはいえ、可愛い娘を、親である自分たちと同じような年齢の王弟に差し出すのは、貴族としてあまりにみっともなかったのではないか?
そのように考えて、マルグリット・ザンジェル公爵令嬢に同情する声が大きくなる一方であった。
結果、彼らザンジェル公爵家夫妻は屋敷に引き籠るようになり、社交界で姿を見ることはなくなった。
同時にモスリン王家に対する非難が集中した。
国王夫妻が王弟バブレオを持て余していたのは知っていた。
だがしかし、どうしてその横暴な振る舞いを矯正し得なかったのか。
絶大な権力を有していながら情けない、と王族連中は詰られ、他の様々な政治的決定や、内政や外交の方針にも厳しい批判の目が向けられるようになった。
結果、三年後には貴族連合の署名が集まった大憲章が制定され、王家も法律に従うよう要請される。
それを受け入れる形で国王が退位し、代わって王太子が即位した。
貴族との合議制による新体制となったのだ。
そうしたモスリン王国の変革の原因となった王弟バブレオは、市中引き回しの上、斬首された。
婚約者マルグリット・ザンジェル公爵令嬢に対する暴力と強姦未遂のみならず、若い頃から何人もの侍女や町娘を強姦した末に殺している余罪が追求されたのだ。
今まで王権が強大すぎて誰も捜査できず、娘を殺された遺族ですら僅かな賠償金で黙らされてきたが、今回の審議を機に堰を切ったように、王弟バブレオに対する非難が集中したのだ。
これ以上、王族に怒りが集中しないよう、国王夫妻は王弟バブレオに対して毒による自裁を勧めた。
が、バブレオはこれを拒否。
結果、貴族や民衆の強い要望に従い、市中引き回しのうえ斬首と決定したのであった。
荷台に乗せられ民衆から石をぶつけられている間、王弟バブレオは怒鳴り声を張り上げた。
「おのれ、愚民どもめが!
俺様を誰だと心得る!?
国王陛下の弟なるぞ!
王位継承権上位の者だ!
その俺に石を投げつけるなどーー痛っ!
やめろ、痛いではないか。
やめろ、やめてくれ!」
断頭台に昇らされて首を押し付けられると、強気な発言から一転し、バブレオは泣き喚いた。
「助けてくれ。
悪かった。
怒っているなら、謝る。
でも、おまえらに被害はないだろ?
俺がいつ、おまえらを殴ったっていうんだ?
いつ蹴ったというんだ?
俺が殴ったり蹴ったりしたのは侍女や町娘、婚約者だったマルグリットぐらいだ。
でも、侍女どもは屋敷から追い出したし、町娘は処分し、マルグリットは殺された。
だから、アイツらはもう俺に文句を言えない。
そうだよ、俺が実際に襲った女どもが黙っているのに、なんで関係のないおまえらが俺に石をぶつける?
俺様を非難する!?
ーーははは、そうか、そうなんだな。
おまえらも俺と一緒なんだ。
イライラが昂じて、殴ったり蹴ったり、石をぶつけたりするーーそれだけなんだ。
俺様と一緒だったんだ。
ははは。
生意気なヤツらめ、薄汚い平民の分際で、王弟である余と同じなどとは!」
そう叫んだ瞬間に、王弟バブレオは首を切断された。
金色の髪の毛を引っ張って掲げると、民衆は歓声をあげた。
◇◇◇
それから一ヶ月後ーー。
エールは読んでいた手紙を閉じる。
ロザネット・リエポール伯爵からの手紙であった。
「良かったわ。
彼女が無事にリエポール伯爵家の家督を相続できて」
家督相続は男性のみとされていた法律が改定され、女性にも認められることとなった。
もっとも、その相続法の正式な施行は来年以降のことで、いまだ未決段階であったが、特例としてロザネットの家督相続は決定された。
公的にもロザネットはリエポール伯爵と名乗ることになり、実際に領地経営に乗り出していた。
まずは領内での改革を推し進めているようで、今のところ好評らしい。
聖女エールは瞑目しつつ呟く。
「大変になるのは、領地内における現実問題に直面してからのことね。
家宰や、現場を取り仕切る代官などが行っている慣例のすべてを変えるわけにもいかないし、現実問題に対してどこまで応じられるか、今後は器量が問われることとなるでしょう」
実際、リエポール伯爵領において、わずか半年後に問題が起こる。
今まで不当に権勢を誇った老害どもを失脚させるまでは良かったといえる。
だが、女性ばかりを抜擢する傾向があった結果、不満を持った若い男性の領民が領地から続々と出て行ってしまったのだ。
他の貴族家と利害がぶつかって揉め事が起こった際にも、リエポール伯爵家の騎士団が動いてくれなかったりと、問題が数多く起こるようになった。
だが、それはしばらく後の話である。
黒騎士ジャンフリーは、ソファで寝転びながら伸びをした。
「とりあえずは、良かったじゃないですか。
教会へのご寄付もたっぷりといただけたようだし」
リエポール伯爵家はもちろん、モスリン王家やその他の貴族からも、教会への献金が集まっていた。
聖女エールが魂を召喚させる奇蹟を見せたことで、改めて聖皇国ペルソナの権威を諸国民に誇示した格好になっていた。
紅茶を口に含みながら、聖女エールは満足げに頷く。
「いずれロザネットの男性不信も和らぐと良いわね。
亡くなったマルグリット嬢もそうだけど、今まで身近にいた男性に碌なのがいなかった……」
白騎士ディアユーグが、紅茶を淹れながら受け応える。
「もっとも実際の殺人犯は、女性でしたけどね。
娘の母親というよりも、オンナとしての本性を捨てきれなかった、といえるのかな」と。
だが、即座に黒騎士が黄金の目を見開き、反論する。
「いや、家督相続制度のせいだろ。
女性も家督を継げたら、なんの問題も起きなかった」
「そうかな?」
と白騎士が首を傾げるが、ジャンフリーは力強く、
「そうだよ!」
と断定してから、視線を主人のエールに向ける。
「ーーところで、エールの嬢ちゃんにもあるんじゃないですか?
男性不信」
いきなり話を振られて、聖女は頬を膨らます。
「なによ、私が身近に置いているのは、貴方たち、男性ばかりじゃない?」
主人の反論に、背後から白騎士ディアユーグがティーカップを差し出しながら答えた。
「私どもは、猫と鳩の化身です。
人間の呼称によれば〈オス〉となりますが、〈男性〉とは言われません」
「なによ。純粋な人間の男性を従者に加えろ、と?」
思いもしなかった提案に、聖女エールは反問するが、ディアユーグは当然とばかりに居住まいを正す。
「そうです。
できれば神職の方が良いですね。
教皇庁内で動きやすくなります」
ソファから起き上がった黒騎士も、これに同調する。
「女の子と猫と鳩じゃあ、舐められますよ。
いかに聖女エールの名声を持ってしても」
だが、聖女エールは従者二人から突き上げられても、応じる気はなかった。
正直に言えば、エールにとっては、自分が女子修道院において副院長などに執拗にいじめられた経験上、男性よりは女性の方にむしろ苦手意識があった。
男性は総じて表情から内心が透けて見えがちだが、女性はそうではない。
心の奥底に秘めた想いが深く、そしてそれを表に出さないでいられるのは、女性の方だろうという印象があった。
とはいえ、それも自分の体験から来たイメージに過ぎないことは承知している。
それに、「女の子と猫と鳩じゃあ、舐められますよ」といった、ある意味ストレートな現実的状況を、そのまま追認したくもなかった。
「そんなよこしまな理由で、従者を雇ったりはしません。
私は裁きの権能を発揮できたら、それで満足なんですから」
エールは紅茶の芳しい香りを楽しみながら、カップに口を付けるのであった。




