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〈裁きの聖女エール〉の異世界裁判記録ーー神の秘蹟「魂の召喚」発動! 他人に罪をなすりつけて平然としている者どもの悪事を炙り出し、鉄槌を下せ!  作者: 大濠泉
第三章 親友を殺した令嬢 美しい月明かりの夜、公爵令嬢が血塗れになって倒れていた。凶器を手にしていたのはーー!

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19/24

◆19 独白の終わり

 聖女エールが魂を召喚して語らせることができるのは一度だけ。

 だから、誰の魂を召喚するかの判断が、極めて重要になる。

 誰に正直に語らせると、事件の真犯人が明らかとなるのか。

 それを、エール自身が見極めなければならない。



 今回の審議において、フランソワ・リエポール伯爵夫人の魂を召喚したのは、数々の証言を基に考察した結果であった。

 第二騎士団のデヴォグロ・ロビーデバド団長は、


「リエポール伯爵家の使いにより、誰か他所のご令嬢が倒れているとの急報がもたらされーー」


 と語っていた。

 ということは、リエポール伯爵家の何者かが、第二騎士団に事件を知らせるよう命じたことになる。


 ちなみに、王弟バブレオ殿下は、ザンジェル公爵邸にあって、殺害現場であるリエポール伯爵邸の裏庭には行っていない。

 また、ガルソン・リエポール伯爵は、マルグリット公爵令嬢が自身の家の裏庭の森に来ていたことも知らなかった。

 そして、ロザネット嬢ですら、自宅の裏庭に親友のマルグリット嬢が来訪しているのを知ったのは、すでにマルグリットが裏庭の侍女屋敷に入り込んだ後のことであった。


 となると、マルグリット嬢をあらかじめ裏庭の侍女屋敷に招き入れた何者かが、事件を伝えに使者を第二騎士団に派遣したと考えられる。

 そんなことが可能な人物は、一人しかいないーー。


 傍聴席後方に座るフランソワ・リエポール伯爵夫人は、いつの間にかヴェールを脱いでいた。

 そして、証言台に顕現した自分の魂を目にしながらも、狼狽(うろた)えることなく、端然としたままであった。

 四十歳を数える熟成した女性らしく、すでに真実を暴かれる覚悟をしていたようだ。


 彼女、フランソワ伯爵夫人の魂は、語り始めた。


◇◇◇


 ほんの四年前、先代のボネ・リエポール伯爵が病没して以降、私、フランソワの運命は大きく狂ってしまいました。

 実家のレオン子爵家より、このリエポール伯爵家に嫁いでから十五年ーーいきなり私はリエポール伯爵邸から追い出されようとしていたのです。


 もとより女の身では、我がモスリン王国では家督は継げません。

 法律でそのように定められているからです。

 それゆえ、私はもちろん、娘にも我が家の家督を相続させられません。

 息子でも産んでいれば、相続させられたものを。


 嘆き悲しんでいると、私に縁談が舞い込みました。

 なんと王家からのお声がかりで、ブランキ帝国貴族の男を迎え入れろというのです。

 なんでも帝国との(よしみ)を通じるために、都合が良い縁談なのだとか。

 彼、ガルソン・ルイーズの実家は男爵家ながら交易で財をなしているそうで、モスリン王国にその商圏を取り込めることができたら、ブランキ帝国との豊かなパイプを手に入れることができる、というのです。

 ガルソンを迎え入れたらリエポール伯爵家はより豊かになる、とアング・モスリン国王陛下とティア王妃殿下に勧められたのです。

 モスリン王家の仲介ゆえに、そして、私がこの屋敷に居残るためにも、私にはこの縁談を断ることはできませんでした。


 ガルソンは見栄えの良い男でした。

 イケメンで、礼儀作法も(わきま)え、会話にもユーモアがあり、亡き夫よりよほど洗練された貴族紳士でした。


 ところが、私よりも十歳も年齢が若く、しかも性にふしだらなオトコでもありました。

 いつも夜遊びに明け暮れ、娼館の常連にもなっていました。

 実際、街中で愛人を囲っているとの噂もありました。

 舞踏会に行くたびに、懇意にしていた貴族夫人から同情され、身が縮む思いをしたものです。


 それでも耐えるしかありません。

 今や、このリエポール伯爵家の主人は、このガルソンなのですから。


 次第に、いつ、この十歳年若い男が、私を捨てるのか、不安でたまらなくなりました。

 それに、ガルソンの心変わりだけが怖いわけではありません。

 もし娘のロザネットが成人して他家に嫁ぐなどして、我が家を出て行ったら、私はどうなるのでしょう?

 家督も取られ、年老いた女である私は、実質的にこのリエポール伯爵邸の中で押し込められるに決まっています。

 私に代わって、ガルソンが街で囲っている平民の愛人が主人面して、このリエポール伯爵邸に乗り込んでくるに違いありません。


 ところが、今のところ、夫ガルソンはいくら夜遊びしても、家に帰って来ます。

 愛人の家には泊まりません。

 理由はわかっていました。

 夫は、娘ロザネットに欲情していたからです。


 娘のロザネットが十六歳になった頃から、ガルソンは娘の湯浴みを覗くようになっていました。

 まめにネックレスや指輪などを、私、フランソワにプレゼントしてくれましたが、そのついでに、という体裁でありつつも、いつも娘にもぬいぐるみや文房具、赤い靴などを買ってあげていました。

 じつは本命は、娘向けのプレゼントであることはわかっていました。

 金銭的には、大人向けのプレゼントの方が高価です。

 とはいえ、娘向けのプレゼントであるぬいぐるみや靴は、相当にこだわった逸品で、プレゼント選びに夫ガルソンが腐心しているさまが目に浮かぶようでした。


 娘のロザネットがいくら気持ち悪がっても、夫ガルソンの娘へのアプローチは激しくなる一方でした。

 娘が十七歳の誕生日を迎えたとき、夫ガルソンは、下着やストッキングをプレゼントしたのを知りました。

 さらに、


「今度、オーダーメイドのドレスをプレゼントするから、バストとヒップ、そして腰のくびれを計らせなさい」


 と巻き尺を自ら手にして舌舐めずりするさまは、見ていられませんでした。

 私は部屋の外から、夫と娘のやり取りを、密かに覗いていたのです。

 その後、娘から、


養父様(おとうさま)から下着をプレゼントされました。

 お母様には内緒だと言われてーー」


 と泣きながら告白されたとき、私は思わずカッとなってしまいました。

 その下着を掴んで、ゴミ箱へと投げ捨て、


「はしたない!」


 と叫んでしまいました。

 娘が悪いわけではないことを百も承知していながら、許せなかったのです。


 ガルソンのことを娘は嫌がっていましたが、私は娘が羨ましかった。

 夫に、女として求められていることが、羨ましかったのです。

 私は女としての器量勝負に、自分の娘に負けてしまいました。

 それが悔しくて仕方ありませんでした。


 でも、同時に、嬉しくもありました。

 私の身体では、夫ガルソンを我がリエポール伯爵家に縛り付けることができそうもありません。

 ですが、娘がいます。

 この娘ロザネットの身体がある限り、私はこの家から出て行かなくて済むと思ったのです。


 ところが、ロザネットが突然、思いもしなかったことを宣言しました。

「家を出て行く」とか「修道院に入る」とか言い始めたのです。

 舞踏会で王宮に出向く直前に、そんなことを言われました。


「マルグリット公爵令嬢と、修道院に入ることを約束したの。

 すでに神父様にお願いしてあるわ。

 修道院には学校もあって、そのまま修道女になるのも良いし、他国へ留学するのも良いんですって!」


 といった内容を口走ったのです。


「そんなことは、お義父様が許しませんよ」


 と言っても聞きません。


「その義父が気持ち悪いから、出て行くのよ!」


 と娘は言い張ります。

 おまけに、


「マルグリット様と、一緒に修道院に入るって約束したのよ。

 私は親友を裏切れない!」


 と言います。

 こんな状態の娘を今、舞踏会に連れて行ったら、他の貴族の方々を相手に何を言われるか、わかったものではありません。

 私は娘に部屋での謹慎を命じて、侍女に監視するよう命じました。


 そんな折、ザンジェル公爵令嬢の馬車が、我がリエポール伯爵邸に来訪してきました。

 私付きの侍女が報せてくれたのです。

 マルグリット公爵令嬢はひたすら、


「ロザネットに取り次ぎなさい」


 と訴えてきたといいます。

 思わず、


「娘は謹慎中です」


 と突っぱねようと思いましたけど、私は思い直しました。


「事情がおありのようですので、裏門から入って、裏庭の森にある侍女屋敷でお待ちください。

 旦那様に知られるわけにはいきませんので」


 と応え、裏門を開け、マルグリット嬢には、侍女屋敷に身を潜めてもらいました。


 私が向かいますと、侍女屋敷では、侍女たちが珍しがって、マルグリット公爵令嬢は注目の的になっていました。


「内密に話をしたい」


 とマルグリット嬢がおっしゃったので、侍女たちには平常の暮らしをするように言いつけて、私たちは二人で森の奥に入りました。


 満月の美しい晩でした。

 月の光が森全体を見渡す限り照らしていました。


 ちょうど下男たちが森の樹々を伐採する途中だった場所で、切り株を椅子代わりに腰掛け、私たちは話し合いました。

 私は単刀直入に尋ねました。


「今夜は王宮舞踏会の日なのに、何があったのですか。

 婚約者の王弟バブレオ殿下が、貴女をエスコートするはずですのに」


 すると、マルグリット嬢は、


「ロザネットを呼んでください」


 と語ってから、貝のように口を閉ざしてしまいます。

 私は娘ロザネットから、


「マルグリット様と修道院に入る約束をした」


 と聞いていたので、意を決して、彼女に頭を下げてお願いしました。


「マルグリット様。

 どうか、修道院に入るのは思い止まってくださいませ。

 このままリエポール伯爵家から修道院に行かれたら、ザンジェル公爵家のみならず、王弟バブレオ殿下からも嫌われてしまいます」と。


 そしたら、笑われたのです。

 扇子を広げて、高らかに。

 まさか、年若い令嬢に嘲弄される日が来るとは、そのときまで思いもしませんでした。

 マルグリット様は言いました。


「貴女のようなご婦人がいるから、女性を軽んじるオトコがつけあがるのです。

 王国貴族婦人としての誇りはないのですか。

 娘のロザネットからも嫌われてしまいますよ。

 ーーああ、貴女は娘から、すでに軽蔑されているのですね。

 ですから、私と一緒にロザネットは修道院に入ってくれるのよ。

 もう見たくないんです。

 自分の母親が、下品なオトコ相手に、これ以上尻尾を振る姿なんか。

 哀れなことですね。

 娼館通いを誇るようなオトコに媚びる、それでも振り向いてもらえないなんてーー」


 一瞬の出来事でした。

 私は思わず、斧を握り締め、力一杯彼女に向けて振り下ろしていました。

 近くの切り株の傍らに、伐採作業に使った斧が置いてあったのです。

 魔がさしてしまいました。


 斧で額を割られたマルグリット様は、両目を見開き、驚いた顔をしていました。

 でも、口許はまだ(ほころ)んだままです。

 これ以上、嘲笑されたくない私は、何度も何度も斧を振り上げ、彼女の身体に叩きつけました。


 ハアハアと息を切らし、気付いてみれば、私のドレスも血塗れになっていました。

 私は我に返ると、急いで隠蔽工作を始めました。

 衣服を全部脱いで川べりの方まで歩き、土の中に埋めました。

 川水で身を清めて、下男が使う木樵(きこり)小屋に行き、干してあったシーツを身にまとい、侍女屋敷まで走って潜伏したのです。

 そして人目を盗んで、侍女見習い用の衣服を着て、本屋敷へと逃げました。


 途中、私付きの侍女に見つかりましたが、何か大変なことがあったのだろうと察してくれて、何も言わずに本屋敷の私の部屋まで通してくれて、その後すぐに舞踏会用のドレスに着替えることができました。


 まるで夢の中で動き回っているかのようで、実感がありませんでした。

 ほんとうにマルグリット公爵令嬢を自分が殺したのか。

 悪い夢で見ているだけなのではないか。


 ーーそうも思いましたが、自分の身体にこびりついた血の匂いは消えていませんでした。

 もし洗い損ねた血糊があれば、いつもの白系統のドレスでは、目立ちかねない。

 そう思って、ダークな色合いのドレスーー銀色のラメが入った紺色のイブニングドレスーを着て、夫の許に向かいました。


 そして、その途上、侍女に命じて、貴族街にある第二騎士団の駐屯所に出向いてもらって、


「見知らぬ貴族令嬢が亡くなっているのを、屋敷の裏庭で見つけた」


 と伝えるよう言いつけておきました。

 それも、「私たち夫婦が馬車に乗って王宮へ向かってから、半刻後に駐屯所に出向くように」と指示して。

 そうすれば、私がマルグリット公爵令嬢を殺した犯人とは思われないはず。

 殺害の正確な時刻なんて、誰にもわかりませんものね。

 マルグリット嬢が殺された時刻に、私は旦那様と王宮舞踏会に参加している最中だった、と思わせられれば、それで良いーーそう思ったんです。

 

 実際、王宮の舞踏会場で、アング・モスリン国王陛下へのご挨拶を終えたあたりで、第二騎士団の方から急報が入りました。

 想定通り、我が家の裏庭の森の中で、ザンジェル公爵家のご令嬢が殺害されていた、と知らされました。

 内心、私は安堵しました。

 うまくいった。これで私が殺人犯とは思われないし、娘も修道院行きを諦めてくれるーーそう思いました。


 ところが思いもしなかった報せが続きました。

 娘のロザネットが殺人犯として捕らえた、というのです。


 娘が殺人犯として捕まったと知り、私はその場で青褪めて座り込んでしまいました。

 まさか、娘ロザネットがあの現場に行ってしまっただなんて。

 マルグリット嬢が侍女屋敷で身を潜めたことは、多くの侍女が見知っていました。

 そして、私の勧めでマルグリット嬢が一緒に森の奥へ向かったのを、娘付きの侍女が見ていて、後になって忠義面をして娘に報せたに違いありません。


 ああ、なんて馬鹿な子。

 だから部屋で謹慎していなさい、と言ったのに。

 そうしたら、使用人の誰かに濡れ衣を着せて事を終わらせることができたのにーー。


◇◇◇


 こうして、フランソワ・リエポール伯爵夫人の魂による独白が終わりを告げた。

 その頃には、審議場はシンと静まり返っていた。

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