◆18 色男の養父と、意外な人物の召喚
ザンジェル公爵家に長年仕えてきた老侍女マーシュが証言台に立ち、被害者マルグリット公爵令嬢と被告ロザネット・リエポール伯爵令嬢との厚い友情を示唆した。
そのうえで、「ロザネット嬢が殺人を犯したとは思えない」と擁護する発言が出て、傍聴席の皆は驚きの声をあげた。
次いで証言台に昇ったのは、被告ロザネット嬢の養父ガルソン・リエポール伯爵であった。
シュッとした身体付きをした、銀髪に碧色の瞳の男で、始終、白い歯を見せている。
三十路になりたての年齢で、とても十七歳の娘がいる父親には見えない。
ゆえに彼が義理の父親であることがわかる。
聖女エールは質疑応答を始めた。
「ガルソン・リエポール伯爵。
貴方にも、その夜の事情を尋ねます。
貴方はマルグリット・ザンジェル公爵令嬢が、リエポール伯爵邸に馬車で来訪したのは知っていましたか?」
「いえ、まったく。
王宮で舞踏会に参加しておりましたら、第二騎士団の方々が大挙して押し寄せて来て、我が屋敷の裏庭でザンジェル公爵家のご令嬢が惨殺されたと聞かされて、驚いたものです。
しかも、義娘のロザネットが犯人として捕縛されるなどと、誰が予想できましょう。
ああ、妻のフランソワをどう慰めたら良いものか」
被告ロザネットの母親フランソワ・リエポール伯爵夫人は傍聴席の後方に座っている。
黒いヴェールで顔が見えない。
身体が小刻みに震えていた。
泣いているのだろう。
エール審議長はフランソワを一瞥した後、視線を正面、証言台に立つ色男に戻す。
「ガルソン・リエポール伯爵。
貴方の来歴を確認させていただきました。
貴方は被告ロザネットの実父ボネが亡くなった後、フランソワ夫人と婚姻を結んでリエポール伯爵家の当主となったのですね」
「はい」
容疑者の実父であるボネ・リエポール伯爵が病没した後、ガルソンは元宗主国であるブランキ帝国からやって来て、リエポール伯爵家の家督を相続した。
ロザネット嬢にとってガルソンは、父が亡くなった後、いきなりやって来て「実家と母親を丸ごと奪ったオトコ」に見えてもおかしくはない。
それを承知していながら、ガルソン伯爵は、「妻の連れ子を気にかける養父」というスタンスを崩さなかった。
「義娘ロザネットにあらぬ疑いがかけられ、私も妻ともども嘆かわしく思っているところです。
是非、真実を明らかにしてもらいたい」と。
エールは審議長席の前の台に肘をつき、
「とはいえ、娘のロザネット嬢本人は、養父である貴方を犯人候補に挙げてますけど?」
と、上目遣いでガルソンを窺う。
露骨な嫌味に、三十男は銀髪を掻き上げて笑った。
「私は少々、夜遊びが過ぎますから、多感な年頃のロザネットには嫌われていまして。
ははは。
これでも元ブランキ帝国の貴族ですからね、お堅いモスリン王国の貴族とは違って、夜遊びに慣れているのですよ。
残念ながら、私がロザネットから嫌われるのは、仕方のないことなんです。
ロザネットは妻フランソワの娘であって、私とは血の繋がりがありません。
ですから、もとより実父のように好かれるのは不可能かと。
でも、私としては、実の娘のように、ロザネットには愛情を注いできたつもりです」
そう語るガルソンの言葉に、かぶせるように罵声が飛んできた。
「何が愛情よ!
いやらしい。
お母様が我慢なさっておられるのがわからないのですか!?」
被告席にあるロザネット伯爵令嬢が、またもやエール審議長の許可なく、口を挟んできた。
感情に任せて吼える彼女を、聖女エールは敢えて静観する。
その方が、今回の殺人事件の裏事情を探るころができると思うからだ。
ロザネット伯爵令嬢は拳を握り締めつつ、養父を糾弾する。
「貴方は、いつも夜遊び!
舞踏会が開かれるたびに、『俺は娼館の常連だ』と周囲の方々にうそぶくそうですね!?
おかげで、学園時代、私は迷惑したものでした。
男性のクラスメイトから、よくからかわれたものです。
『おまえの父親、オトコとして憧れるよな』と。
それだけじゃありません。
この養父は、次第に娘の私にまでいやらしい目を向けてきたんです。
このオトコは、私が十三歳のとき、父が亡くなった後に家に乗り込んできた。
初めは優しい人だと思った。
ネックレスや指輪をお母様にプレゼントして、お母様が羨ましいと思ったりもした。
私にもぬいぐるみや靴やドレスを買ってくれて、大事にされているかと思った。
でも、ベタベタ触ってきて、気色悪いとも思っていた。
すると、案の定、私が成長するとともに、スキンシップがエスカレートした。
十五、六歳の頃には、湯浴みしているところを覗いてきたりして、ドンドン気持ち悪くなって。
極めつけは十七歳の誕生日のとき。
『プレゼントをあげるから、着て欲しい』
と言われた。
ドレスかと思ったら、ブラとパンツの下着、そしてコルセットとストッキングだった。
下着の色は紫とピンク。
しかも毒々しい扇情的な刺繍が施してあった。
養父はニヤけた顔で捲し立てた。
『これは高価な絹の下着なんだよ。
二つの色にしたのは、清楚な君と、淫らな君を交互に見てみたいと思ったからなんだ。
この下着には、僕のイニシャルを縫い付けてあるから、愛用してくれたら嬉しいな。
網目のストッキングも、君の太腿の白さを際立たせる良さがある。
さあ、お母様に内緒で、僕に見せてくれ』
養父ガルソンは両眼を血走らせて、鼻息を荒くしていた。
私は気持ち悪くて仕方なかった。
それなのに、養父に忠実な侍女たちに着替え部屋に連れて行かれたので、仕方なく下着姿になった。
すると、養父は巻き尺を手にして、
『今度、オーダーメイドのドレスをプレゼントするから、バストとヒップ、そして腰のくびれを計らせなさい』
と言う。
養父の囁きはなおも続いた。
『胸もすっかり大きくなって、もう大人だねえ。
それに、香水をつけなくても良い匂いがするよ。
若い女の子の匂いは、野ばらの香りだ。
肌はーーああ、やっぱりお母様よりもスベスベだねえ。
乳首もツンと上向きになって、将来は乳房に張りが出るだろうなあ。
楽しみだ。
おっと!』
とわざとらしい声をあげて、私の胸を揉んだりするんです。
おまけに、
『将来、舞踏会で活躍する際、恥をかかせたくないから、赤の他人の若造と踊る前に、僕がお相手するからね。
君のためならば、毎夜、練習したって構わない』
などと、耳元で囁かれて。
これが養父として、娘に対する態度だと思いますか!?
しかも、お母様が、私が下着をプレゼントされたことを知って、
『はしたない!』
と吐き捨てて、紫とピンクの下着を掴んで、ゴミ箱へと叩きつけたんです。
まるで私が、養父にこんな下品なプレゼントをしてもらうよう、ねだったかのように。
悔しくて、仕方ありませんでした」
ほとんど涙目になって激白するロザネットに対して、養父のガルソンは平然としたものだった。
少し手を上げて、軽口を叩く。
「審議長。
もう、ここら辺で十分じゃないですか?
今、貴女の質問に答える役目は、私、ガルソンにあります。
義娘のロザネットではありません。
それに、ちょっと刺激が強かったせいで、ロザネットには大袈裟に話されてしまって。
なんともお恥ずかしい。
はっはは」
ロザネット伯爵令嬢は全身を震わせるも、唇を噛み締めていた。
これ以上、暴露すると、自分の方が恥ずかしくなってしまうからだろう。
聖女エールは、木槌をガン! と打って、
「では、ガルソン・リエポール伯爵。
改めて、事件当日の夜についてお話しください」
と仕切り直した。
ガルソンは自らの手で銀髪を整えつつ、背筋を伸ばす。
「あの夜は、王宮舞踏会に呼ばれておりました。
満月の美しい夜でした。
妻のフランソワは珍しく着飾っていました。
普段とは違って、黒味がかった、銀色のラメが入ったイブニングドレスでした。
主張の強い衣装だったから覚えています。
義娘のロザネットも舞踏会に出席する予定でしたが、
『聞き分けがないので、折檻した』
と、妻がこれまた珍しいことを口にしたんです。
理由を問うたら、『通いの神父に勝手に話を付けて、修道院に入ろうとしていた』というではありませんか。
だから、部屋で謹慎するように命じた、と。
私は驚きました。
そろそろ良い縁談も見つけなければな、と思っていた矢先だったのに、娘がそんなにも俗世から逃れたがっていたとは知りませんでした。
私は妻を抱き締め、
『良く止めてくれた。
舞踏会で、親交のある貴族家の方々と良く相談して、今後の対策を練ろう』
と話しをして、馬車で舞踏会へ向かいました。
そして、マルグリット公爵令嬢惨殺事件を知ったのは、王宮の舞踏会で、ちょうど国王陛下へのご挨拶を終えたあたりでした。
第二騎士団の方から急報がもたらされまして、なんでも我が家の裏庭に広がる森の中でザンジェル公爵家のご令嬢マルグリット様が殺害されていた、というではありませんか。
しかも、義娘のロザネットが殺人犯として捕らえられた、と。
当時は詳細も知りませんでしたし、義娘が捕まったのは何かの間違いだと信じておりましたので、ザンジェル公爵ご夫妻にお目通りして、共に現場である我が家に向かおうと思いました。
ザンジェル公爵ご夫妻も、舞踏会に参加しておられたので。
でも、ご夫婦とも、私には目も合わせてくださいませんでした。
考えてみれば当然ですよね。
ご夫婦から見れば、『娘を殺した犯人の親』なんですからね、私どもは。
迂闊だったと反省し、結局、第二騎士団の方の先導で、それぞれ別々に殺人現場に急行しました。
私たちが現場に到着したときには、ザンジェル公爵ご夫妻はすでに退去しておられました。
お二人とも膝を突いて泣き崩れていたとのこと。
近々、娘さんが王弟バブレオ殿下の許に嫁ぐと聞いておりましたので、さぞ悲しかったことでしょう。
お察しいたします。
ですが、やはり義娘ロザネットが犯人だとは思えません。
良くは知りませんが、ザンジェル公爵家のご令嬢とは、学園時代から親しくしていたのは知っていました。
若い友人同士の諍い?
カッとなって?
そういう性格は、むしろマルグリット・ザンジェル公爵令嬢の方で、ウチの娘ロザネットの方は元来ごくおとなしい性格をしておりまして、とてもそんな大それたことをするとはーーでも、今現在、この場での発言を見ますれば、存外、ウチの義娘にも激しいところがあったのですね。
知りませんでした」
始終、白い歯を見せたまま、ガルソン・リエポール伯爵は証言台から退去した。
審議場では、声を潜めながらも、激しい議論が交わされ始めた。
誰もが内心、思っていたことは一つだ。
(もしロザネット伯爵令嬢が殺人犯ではないとすると、いったい誰がマルグリット・ザンジェル公爵令嬢を殺したというのか?)
ーーとはいえ、皮肉なことに、ロザネットが真犯人として名指しした二人は、証言することによって、共にアリバイが証明されてしまった。
マルグリット嬢に夜這いを仕掛けた王弟バブレオ殿下はザンジェル公爵邸に居て、マルグリット嬢の行き先を知らなかった。
老侍女マーシュがマルグリット嬢を庇い、王弟殿下に報せなかったと証言した。
一方、ロザネット嬢の養父ガルソン・リエポール伯爵は、妻フランソワと共に王宮に出向き、舞踏会に参加していた。
アング・モスリン国王陛下へのご挨拶までしているのだ。
たとえ自分の家の裏庭であっても、犯行時、現場には居なかった。
傍聴席では活発な意見が飛び交う。
「やはり、ロザネット嬢が殺人犯だろう。
彼女の告発は不発に終わった」
「いや、わからないぞ。
何も自分の手を汚すことはない。
王弟殿下も伯爵も、どちらも従者に命じることができる身分だ」
「そうだな。
バブレオ殿下は、ザンジェル公爵家の侍女と懇意だと言っていた。
ならばそうした侍女を使ってマルグリット嬢を尾行し続け、ついにはリエポール伯爵家の裏庭にまで忍び込ませ、夜這いを袖にした報いをくれてやったのかもしれない」
「いや、養父のガルソン・リエポール伯爵の方がよほど怪しい。
彼は、ロザネット嬢が修道院入りを狙っていると知って、それを唆した者を許せなかったんじゃないか?
舞踏会に赴く前に従者に命じて、ロザネット嬢に修道院入りを焚き付けた人物を抹殺するよう命じたんだよ。
でも、まさかザンジェル公爵家のご令嬢が、焚き付けた人物とは思わなかっただろう。
ましてや自分の屋敷の裏庭に忍んでくるなどと。
だから、従者は相手の素性を知ることないまま、斧で誅殺したーー」
「それもありうるか。
いかにも貴族令嬢らしい服装でいたのなら従者も手を出すまいが、マルグリット嬢もきっとお忍びスタイルでリエポール伯爵邸にやって来ていたはずだからな。
きっと、身をやつした扮装をなさっておいでだったろう」
「たしかに。
バブレオ殿下もガルソン伯爵も、二人とも直接、手を下す必要がない身分だと考えれば、あり得る話だ」
「とはいえ、そうなると実行犯探しが難航するのではないか。
そこまで推測を逞しくすれば、別にお二人だけが怪しいわけじゃなくなってしまう」
「それもそうだな。
そもそも、マルグリット公爵令嬢がリエポール伯爵邸に潜入なさったこと自体が、突発的な出来事だったのだからーー」
本来は静かであるべき傍聴席にありながら、大きな声で喧喧諤諤の議論が展開する。
そうした喧騒の中、いきなり聖女エールが紅い瞳を見開いて立ち上がった。
そして、木槌を高く振りかざす。
「私は誰に真相を語らせるかを決めました。
裁きの神よ。我は求め訴えり。
フランソワ・リエポール伯爵夫人の魂よ、召喚!」
一瞬で審議場が静寂に包まれた。
そして、青白い光が上空から差し込んできて、塊となっていく。
その青白い光が形どったのは、傍聴席に座る、一人の貴族婦人の姿だ。
被告ロザネット嬢の実母フランソワ・リエポール伯爵夫人であった。




