◆2 赤髪の悪役令嬢
喧騒の最中、悪役令嬢ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢の裁判が開かれた。
被告人のヴィクトリーヌ嬢は、堂々と胸を張った居住まいで、赤髪をなびかせつつ、被告席に座っていた。
彼女は喪服をまとうが如く、黒いドレスで身を包んでいる。
だが、彼女に死を悼むような意図はまるでなく、普段から彼女が好む服装の色合いが黒色なだけということは、ライト王国の国民なら、誰もが知っていた。
そうした、いつも通りの平然とした態度の彼女を目にした傍聴席の人々は、さらなる怒りを募らせていた。
傍聴席の最前列には、グレタ嬢のご両親であるラヴェル子爵夫妻も座っている。
被害者の母親ジャンジェ・ラヴェル子爵夫人は、まだ裁判も始まっていないのに、涙を拭く白いハンカチが手放せないでいた。
騒然とした雰囲気の中、整った金髪頭をした、筋骨逞しい青年が、白甲冑をまとった姿で証言台に立つ。
王太子付きの近衛騎士団長キャラコ・ベルメ子爵だ。
彼は胸を張って、朗々とした声をあげた。
「あの日ーー私は王宮の侍従から、ルヴァイユ王太子殿下の婚約者であらせられるグレタ・ラヴェル子爵令嬢が、王宮の接客の間で倒れている、との報告を受け、駆け付けました。
私が到着したときには、すでに血塗れとなって、グレタ嬢は息絶えておられました。
まことに残念なことですーー」
検屍を行ったキャラコ近衛騎士によると、グレタ子爵令嬢は、自らの手で喉を掻き毟って死んでいたという。
相当、毒がキツかったようだ。
さらに、何か細いモノで、何度も酷く打ち据えられた跡が、顔面にも、胸にも、身体の方々に残っていた。
キャラコ近衛騎士を含め、誰もが犯人を、かねてからグレタ子爵令嬢と敵対関係にあったヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢だと思った。
ゆえに、すぐに事情を尋ねようと、捜査にあたった近衛騎士団がエスパルト公爵邸を訪問したのだ。
ところがヴィクトリーヌ嬢を相手に尋問するのには、相当に手間取ることになった。
彼女の部屋に入ることを、近衛騎士団が拒絶されたからだ。
父親のユウリナス・エスパルト公爵に願い出て、ようやく部屋に入ることができたのは半刻後のことであった。
だが、それからの展開は早いものだった。
彼女の化粧台の引き出しから、毒が入ったガラス壺が見つかったのだ。
白甲冑姿の近衛騎士たちは色めきだつ。
が、ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢本人は平然として答えた。
「これは私用です」と。
近衛騎士団を率いるキャラコ・ベルメ子爵は、金髪を掻き上げ、
「毒が私用ですと?」
と問い返す。
すると、ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢は、ゆっくりと頷いた。
「はい。
暴漢に襲われた際に貞操を守り、自害するための毒物です。
これは亡き母フランメからいただいたもの。
自害のための毒物は、ライト王国貴族家の婦人なら、誰もが持っている嗜みです」
残念ながら、近衛騎士団には男性しかいない。
それゆえ、王国貴族婦人の嗜みについて知る者はいなかった。
とはいえ、高位貴族の令嬢や婦人ならば、あり得る覚悟に思われた。
キャラコ近衛騎士団長は、
「なぜ我ら騎士団の訪問を拒んだのか?」
と問うと、ヴィクトリーヌ嬢は、まっすぐキャラコを見詰める。
「私は舞踏会で不当に弾劾され、ルヴァイユ王太子殿下から婚約破棄を言い渡されました。
その際、強引に会場から連れ出されたのです。
王太子付きの騎士から、あまりにも無礼な仕打ちを受け、追い立てられました。
あの時の騎士と同じ者が来たのだと思われましたので」
事実、その通りであった。
王太子付きの近衛騎士団長キャラコ・ベルメ子爵が、ヴィクトリーヌ嬢を舞踏会場から追い出したのだ。
バツが悪くなって、キャラコ子爵は話題を換えた。
「グレタ・ラヴェル子爵令嬢の殺人現場において、この扇子が見つかっております。
血塗れになった黄金製の扇子です。
これは貴女のですね?」
「ええ。
でも、あの舞踏会以降、見かけませんでしたわ。
何処かで失くしたんです。
おそらくは、例の舞踏会場かと思われるんですがーー。
良かったわ、見つかって。
返してくださらない?
それは亡きお母様からいただいた大切な形見なんです」
キャラコ近衛騎士団長は黄金扇子を握ったまま振りあげ、ヴィクトリーヌ嬢には渡さない。
そして言い放った。
「返すわけにはいきません。
貴女が殺人を犯した、重要な証拠ですから!」
ーーこうした内容を得々と語るキャラコ近衛騎士に対し、被告席に座るヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢は何も言わない。
ただ蒼い瞳で、ジッとキャラコ近衛騎士の様子を窺っていた。
キャラコが語る、グレタ子爵令嬢の検屍後にあった一連のやり取りを耳にして、裁判長である聖女エールはガン! と木槌で軽く一打ちした。
「逮捕時の状況はわかりました。
では、その殺人事件の一週間前に開かれた舞踏会について、お聞かせください」
王太子の婚約者であったヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢が、突然、婚約破棄され、代わりにグレタ・ラヴェル子爵令嬢が婚約者に収まった。
それが、事件の一週間前に開かれた、春の舞踏会での出来事であった。
いったい何があったのか。
貴族令嬢同士の関係と、その背景を窺うためにも、裁判長エールは知る必要がある。
要請を受け、舞踏会でヴィクトリーヌ嬢を弾劾した令嬢方が、次から次へと証言台に昇る。
ヴィクトリーヌともグレタとも学園同級生であった彼女らは、晴れの舞台だとばかりに、皆、綺麗に装っていた。
まずは、亜麻色の髪をしたメロウ・カリアーノ伯爵令嬢が証言した。
「ヴィクトリーヌ公爵令嬢に強要され、私は仕方なく、グレタ子爵令嬢の教材をゴミ箱に捨てました」と。
次いで、茶髪のアナスタ・マクシム子爵令嬢も告白した。
「試験前に、グレタ子爵令嬢の筆記用具を噴水池に沈めるよう、ヴィクトリーヌ公爵令嬢から命ぜられました」
さらに、銀髪のポワレ・デルフィ男爵令嬢が、白い扇子を広げて眉を顰めた。
「舞踏会直前に、グレタ様のドレスをズタズタに引き裂くよう、ヴィクトリーヌ様が私にお命じになられました。
もちろん、お断りいたしましたけど」
これらの証言から、かなり酷いいじめにグレタ子爵令嬢は晒されていたと思われた。
とはいえ、そのいずれも、じかにグレタ子爵令嬢に暴力を振るったものではない。
だが、次の証言は、それらと一線を画する、重大な犯罪行為についての証言であった。
黒髪のフィルミ・ラティ侯爵令嬢が、扇子を広げつつ、爆弾発言をしたのだ。
「私はヴィクトリーヌ公爵令嬢から、暴漢を雇って、グレタ・ラヴェル子爵令嬢を襲わせるよう、命じられました」
裁判長エールは身を乗り出す。
「その暴漢は、今、何処に?」
初めて、確とした犯罪行為の証人が得られる気がしたのだ。
だが、フィルミ侯爵令嬢は、ゆっくりと首を横に振る。
「数日前、ラント川で死者が打ち上げられたと聞きました。
その人かと」
暴漢を雇って、恋仇を傷モノにしようと画策し、挙句、上手くいかなかったら口封じのために謀殺するとは!
傍聴席に座る人々は、騒ぎ始めた。
「なんて悪女だ!」
「いくら名門貴族のご令嬢だろうと、許されるべきではない!」
「極刑に処すべきだ!」
傍聴席に座る平民たちは、貴族令嬢に向かって罵声を叩きつける。
ですが、被告席に座る悪役令嬢ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢は、まったく堪えていない。
彼女は赤い髪を払って胸を張り、高らかに言い放った。
「おほほほ。
まったく、おかしいったらないわ!」と。
裁判官席には三人の裁判官がいた。
中央に座る聖女エールのほか二名は、左右に離れて座っている。
彼らは白髭を蓄えた老裁判官であったが、いずれも被告であるヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢の態度に我慢がならなかったようだ。
「不謹慎な!
ここは法廷ですぞ!」
「ヴィクトリーヌ嬢!
貴女は糾弾される身なのです。
少しは場をわきまえなされ!」
ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢は、いかにも悪役令嬢らしく、老裁判官たちを睥睨するかのように見渡した。
「だって、どれもこれも、私の身に覚えがないことばかりですもの。
そう言えば、この度の法廷、ちょうどお父様のユウリナス・エスパルト公爵が王宮での御前会議に出席するため、こちらに出向くことができない、そういうタイミングで開くよう、王宮から強く指示されたようですわね。
これで私が死刑となったら、わがライト王国に正義はないと天下に示すことになりますよ」
赤髪の悪役令嬢ヴィクトリーヌに煽られた!
そう感じ取ったのは老裁判官のみではない。
傍聴席の聴衆たちは、いっせいに足を踏み鳴らす。
ダンダン! と音が高鳴って、地響きとなった。
「恐ろしい!」
「なんと傲岸な態度だろう」
「こんな悪女は縛首だ!」
会場のざわめきが、一段と激しくなった。
「断罪せよ、断罪せよ!」
と、聴衆が叫び立てる。
だが、裁判長エールが木槌を振り下ろし、ガンガン! と激しく音を立てた。
それから放った言葉は、意外なものであった。
「被告のヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢の言う通りです。
これはまったくの茶番劇、ヴィクトリーヌ嬢を罪に陥れんがための、何者かに画策された冤罪事件です!」




