◆13 それぞれの顛末と出逢い
侍女ナタリーの魂による告発をもって、裁判は一気に結審となった。
蒼い修道女服を身にまとう少女裁判長エールは、ガンガン! と木槌で台を打ち据え、被告らに向かって判決を言い渡した。
「私は神から授かった権能を持つ裁判長として、判決を言い渡します。
商人ウェルモスは、三ヶ月の入牢と鞭打ち三十回とします。
貴族夫人に手を出したとしても命令に歯向かえなかったであろうし、どの程度まで関係を持っていたのか明らかにし難いため、このような罰としました。
加えて、これからは貴族家へ商品を搬入する御用聞きとしての出入りを禁じます。
また、侍女ナタリーには、主人であるアンリエット・ホイスト伯爵夫人の顔が被害を受けると承知しながら毒を混入した罪は重いゆえ、罰は免れません。
加えて、いくら不義理をしたとはいえ、シノン・ホイスト伯爵という立派な貴族の頭皮を焼いた罪も加算すると、本来なら二十五年以上の禁固刑となるところです。
とはいえ、情状酌量の余地があります。
ですから、五年の禁固刑に加えて、今後、貴族家への奉公を禁じます。
よろしいですね」
侍女ナタリーは傍聴席で声もなく頷く。
そして再度、聖女エールは木槌でガン! と大きな音を立てた。
「次いで、ペルソナ聖皇国より派遣された裁判官として、以下の者を弾劾いたします。
シノン・ホイスト伯爵。
アンリエット・ホイスト伯爵夫人。
侍女頭ジェベルナ。
そして、侍女ナタリーにキツく当たった侍女たち。
即刻、彼ら、彼女らを被告として、新たに裁判を行うことを、タイマラナ王国ラブレー国王に要請しておきます」
エール裁判長の発言を受け、騎士団が法廷に入り込んで来た。
タイマラナ王国では王権が弱く、平民階級の台頭が見られて、結果として信仰心も薄くなりつつあったものの、世界に七人しかいない〈聖女様〉に対する崇敬は強く維持されていた。
〈聖女様〉の意向に従うことは、トリニティ教を信奉する国の騎士にとっては常識だった。
裁判所は、騎士の甲冑が奏でる金属音と、逃げ惑う被告たち、傍聴者たちが声をあげるざわめきで大騒ぎとなった。
アンリエット・ホイスト伯爵夫人は、騎士によって包囲された状態で、ヒステリックに夫を罵倒した。
「なによ、最低ね、貴方!
私を不貞呼ばわりしておきながら、あんな新米侍女になんか手を出して!」
旦那のシノン・ホイスト伯爵も負けていない。
顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「おまえこそ、平民男に媚を売るなど、許せん!
そのお腹の子も、いったい誰の子なんだか!」
アンリエットは涙目になって、縄で縛られた拳を震わせる。
騎士に連行される最中も、金切り声を張り上げていた。
「酷い! 言いがかりよ!
私、平民に身体を許すなんてことはしません!
なによ。
いつもいつも、後継ぎ、後継ぎって要求して。
ほんとうは私を愛していなかったのね!」
ホイスト伯爵家の夫婦が互いに罵り合っている一方、その家に仕えていた者たちも仲違いをしていた。
侍女頭ジェベルナが、他の侍女から攻撃を受けていたのだ。
「嘘つき!
旦那様はナタリーから誘惑されたって言っていたのに!」
「そうよ。
それに、奥様の方から商人を部屋の中へ連れ込んでいただなんて!」
「それを知ってしまったから、ナタリーを悪者に仕向けたんでしょ!?
私たち、乗せられただけよ!」
ジェベルナは黒髪を振り乱して地団駄を踏む。
普段の、テキパキと家事をこなす姿とは、まるで違った振る舞いになっていた。
「うるさい、うるさい!
侍女が奥様を最優先にして当然でしょう!?
私は奥様に忠誠を尽くしただけよ!
悪い!?」
女同士で髪の毛を引っ張り合う大騒ぎになってしまっていた。
彼女たちのあまりの剣幕に、騎士たちですら近づくことさえできず、彼女らを拘束して詰所へと連行できたのは、一刻も過ぎてからのことであった。
◇◇◇
侍女ナタリーの毒物混入事件によって、ホイスト伯爵家の内情が明らかになったことで、銀髪シノンと金髪アンリエットの夫婦仲は、決定的に悪くなってしまった。
かと言って、名門伯爵家ゆえ、今更これで離婚というわけにもいかない。
実際、後日、ラブレー・タイマラナ国王の名のもとに新たに開かれた裁判では、彼ら、ホイスト伯爵夫妻は、さして重く裁かれなかった。
アンリエット・ホイスト伯爵夫人が身重であることも考慮されたからだ。
ホイスト伯爵家夫妻は共に半年の謹慎を言い渡されただけで、侍女頭ジェベルナとその他の侍女たちも三ヶ月の労役に従事した後、様々な貴族家に雇われていっただけであった。
だが、その後、いずれも幸せな生活にはならなかった。
ホイスト伯爵家夫妻は冷たい夫婦仲となり、旦那のシノン・ホイスト伯爵は酒浸りで人相も悪くなってしまった。
アンリエット・ホイスト伯爵夫人も、自ら宿した子が商人の子かも知れぬとの嫌疑を払拭することができないと怯えて、謹慎中、妊娠四ヶ月にもなって、子供を堕した。
その結果、母胎を傷つけて、二度と子を産めない身体となってしまい、ますます部屋に引き籠ることとなった。
裁判前までは相思相愛の熱愛夫婦と言われていたのに、タイラマナ王国の王侯貴族たちにとっては、信じられない末路となってしまった。
黒髪の侍女頭ジェベルナのほか、ホイスト伯爵家に仕えていた侍女たちは、後輩イビリの経歴をいつまでも囁かれ、それぞれの奉公先で縮こまって過ごす日々となった。
一方で、亜麻色髪の侍女ナタリーは模範囚だったために、刑期を三年と短くしてもらい、出所した。
出所後も、聖女エールが紹介状を出したことによって、トリニティ教会での奉仕を始めることもできた。
その結果、わずか半年で、ナタリーは教会で知り合った農夫と、無事に結婚することができた。
ナタリーの夫は文字も読めない平民だったが、果樹園で働く、明るく前向きな性格であった。
田舎で仲良く暮らすようになり、子宝にも恵まれ、「聖女様のおかげで、私は幸せになりました」と、ナタリーは周囲の人々によく語ったという。
商人ウェルモスも、ナタリーのように、裁判後に人生が好転した人物となった。
彼を訴えたホイスト伯爵家の面々とは逆に、裁きを受けた後、栄転を重ねることになったのである。
模範囚としてわずか二ヶ月で出所した後、半年後にはタンプル伯爵家の未亡人と結婚して貴族となり、伯爵号を得ることに成功したのだ。(御用聞きとして貴族家を訪問したのではなく、アルゴ商会の店舗で接客した際に、ウェルモスは未亡人にたいそう気に入られた)
それからもウェルモスは、商業に通じた貴族として重宝され、財務省や商務省で勤務して、王室の信任も厚い人物にまで出世することになった。
後になって、ウェルモス・タンプル伯爵は蒼い瞳を細めて、
「あのとき、聖女エール様が寛大な裁きをしてくださったおかげで現在の私があります。
いくら感謝しても足りないぐらいです」
と、酔うたびに口にしたという。
ちなみに、寡黙で無愛想な父親が、神様に祈りを捧げた結果、聖女エールがタイラマナ王国へと出向くことになったということは、父の死後まで、息子のウェルモスが知ることはなかった。
父の遺言書で、父の祈りで自分が冤罪を免れたと知らされたウェルモスは、信仰を篤くし、教会への寄進を積極的に行うようになった。
◇◇◇
そして、そうした顛末が明らかとなるより、ずっと前。
裁判から二週間ほど経って、ホイスト伯爵家の騒動が落着した頃ーー。
ペルソナ聖皇国の教皇庁では、聖女エールがタイラマナ王国名物のスイーツに舌鼓を打っていた。
パティシエに教わった製法で、白騎士ディアユーグがプリンアラモードを作ってくれたのだ。
「そうそう、これ、これ。
これなのよ!」
十三歳の銀髪少女は紅い瞳を輝かせて、プリンの上に乗るさくらんぼを摘んで口にして悦に浸っていた。
エールはスプーン片手にスイーツを堪能しながら、同時に、昨夜、脳内で反響した感謝の言葉を思い出してはフフフ、と思い出し笑いを浮かべていた。
「ほんとうにタイラマナ王国に出向いて良かったわ。
ナタリーも、ウェルモスのイケメンさんも、ほんとうに心を込めて感謝の言葉を何度も口にしていたわ。
『さすがは聖女様』
『お慕い申し上げております』
『銀色に輝くお髪も美しい』
『紅い瞳も情熱的に輝いておりました』
って、誉め殺しかっていうぐらい」
「良かったですね」
白騎士ディアユーグが端正な顔に笑みを浮かべると、主人のエールは素直に喜び、プリンを口に含んで頬を赤らめる。
「ほんとに。
これでナタリーは、もう二度と貴族家に奉公したいとは思わないでしょうね。
この二人は、これで幸せになっていくでしょうね。
私も彼らの幸せにあやかりたいものだわ」
ところが、いつもマイペースの黒騎士ジャンフリーが、ソファで寝そべったままの姿勢で、主人をからかう。
「仕事ばかりの嬢ちゃんじゃあ、無理でしょうね」と。
聖女エールは、ちょとむくれた。
「〈裁きの聖女〉だって、幸福になるぐらい、構わないでしょ!?」
主人が不機嫌になっても、黒猫の従者はからかうのをやめない。
黒髪を手で撫で付けながら、赤い舌を出す。
「嬢ちゃんの言う幸福って、えらく人並みっていうか、平民の娘が思うヤツでしょ?
だったら、お相手がいないと。
でも、〈聖女様〉と添い遂げようとする男性なんか、いるとは思えないな」
銀髪の主人は、顔を赤くして、テーブルに身を乗り出す。
危うく食べかけのプリンアラモードが器ごと倒れてしまうほどだった。
「そんなの、わからないわ。
私にだって、運命的な出逢いがあるかも。
ジャンフリー、貴方との出逢いだって、唐突だったじゃない!?」
マジでお怒りの主人を見て、「こりゃあ、からかいが過ぎたか?」と思い、黒騎士は肩をすくめる。
すると、すぐに人化を解いて黒猫姿となった。
そして、ミャアと鳴いて、窓から外へと立ち去ってしまった。
同僚騎士の振る舞いを目にして、白騎士のディアユーグは紅茶を淹れ直しつつ、
「ジャンフリーは照れているのですよ。
あまりお気になさらず。
猫というのは気まぐれな生き物だと、ご存知でしょう?」
と主人のエールに囁く。
だが、エールの心は穏やかではなかった。
頬杖を突いて、頬を膨らます。
「でも、ジャンフリーって、私の従者っていう自覚が欠けてると思うわ。
きっと、今でも元のご主人を慕っているのよ」
エールはぼんやりと窓の外に広がる中庭に目を遣りながら、黒猫だったジャンフリーとの出逢いに想いを馳せるのだった。




