◆12 侍女、覚悟の告白
いまだ少女ながら、短期間に幾度も人を裁いてきた聖女エールは、鋭い観察眼を養っていた。
亜麻色髪が美しい十代後半の女性が、傍聴席の後ろの方に座っていた。
その女性が、ざまあみろとばかりに口の端を綻ばせたのを見逃さなかった。
エール裁判長は、興味本位で目を輝かせている周囲の聴衆たちと、まるで注意を払う場所が違っていたのだ。
事件に関わる人物を丁寧に調べ上げている白騎士ディアユーグに耳打ちするだけで、彼女の名前を知ることができた。
名前さえ知れば、聖女エールは、その者の魂を召喚することができるのだ。
「ホイスト伯爵家の侍女ナタリーの魂よ、語りなさい。
貴女がどのようであったかを!」
このとき、そばかすの侍女ナタリーは、裁判長から急に自分の名前を叫ばれて、うろたえた。
(なぜ、私の名前がここで?
そもそも、召喚ってどうゆうことなの?)
わからないことだらけだった。
が、現に、今、目の前、法廷の証言台に、自分の姿そっくりの青白い光が立っている。
ナタリーの額からは汗が吹き出し、心臓は鼓動を早めていく。
裁判長のことを小娘だと舐めていたことを、後悔した。
これから、きっと心密かに秘めていた所業が、大勢の人々の前で明らかにされてしまうのだろう。
そのように、ナタリーには予感された。
そうなれば、当然、無事では済まない。
悪くすれば、処刑されて、生命を落としてしまうだろう。
それでも、同時に、銀髪の少女が鋭く光る紅い瞳でこちらを凝視しているのを知ると、奇妙な安らぎを感じ始めていた。
(いいわ! 覚悟を決めた。
私の生命、聖女エール様にお捧げいたします!)
ホイスト伯爵家の末席侍女ナタリーは、傍聴席後方で両手を合わせて跪き、瞑目する。
ほんとうの問題は、ホイスト伯爵家の内部にあった。
そのことが、侍女ナタリーの魂の独白により、明らかとなった。
魂は正直に語るーー。
◇◇◇
ご主人様と奥方様の整髪剤と化粧クリームに毒を混入したのは、私、ナタリーです。
私は、ホイスト伯爵家で、アンリエットの奥方様に仕える侍女でした。
アンリエットの奥方様によって専任侍女に選ばれたのは、奥方様が妊娠する前のこと。
奥方様から、性格の明るさを褒められたことを、今でも良く覚えています。
私も、ホイスト伯爵家に雇われ、奥方様のお付きになることができたのを喜びました。
実際、入りたての頃は、奥方様から、私は随分と可愛がってもらえました。
でも、時折、出入りの若い商人が来るたびに、侍女頭のジェベルナ様から、私は部屋の外に出るように命ぜられたものです。
不思議には思ってはいたものの、ジェベルナ様からは「貴族家には秘密が付き物なのよ」と言われたので、言いつけを守りました。
どうやらアンリエットの奥方様は、結婚して三年経つのに妊娠していないことを気に病んでおられたようでした。
ですから、様々な策を講じなければならない、ということでした。
いまだに、それはどういうことを意味するのか、私には計りかねております。
ですが、そういった「様々な策」とやらが功を奏したのか、奥方様は幸いなことに妊娠いたしました。
若い商人の来訪はますます頻繁になりましたけど、その度に侍女頭のジェベルナ様から口外せぬようキツく言われたものです。
とにかく、お世継ぎが生まれたことはめでたいこと。
名門伯爵家ほどになると、お家は大変なんだな、と思いました。
ですが、まさか、貴族家の後継問題が、自分の身に降りかかってくるとは思いませんでした。
それからしばらくすると、アンリエットの奥方様が妊娠して手がつけられなくなったためか、性のはけ口を求めて、シノンの旦那様に私の身体が求められてしまいました。
いわゆる、私は「お手付き」になってしまったのです。
それから幾夜となく、私は旦那様に抱かれることになりました。
お仕えする奥方様には申し訳ないとは思いましたが、シノンの旦那様からは「拒むようなら、この家から出て行ってもらう」と凄まれてしまいました。
ですから、誰にも悩みや苦しみを打ち明けられませんでした。
ほんとうに辛かったです。
それなのに、侍女頭のジェベルナ様をはじめ、先輩侍女たちは誰も私を助けてくれませんでした。
そればかりか、嫌がらせ同然で、何度も床や壁を掃除させられたり、これ見よがしに身体を蹴られたり、私の食事を勝手に捨てられたりしました。
「旦那様に可愛がられてると思って、図に乗らないでよね!」
と、先輩侍女から、吐き捨てられたものです。
挙句、私は妊娠してしまいました。
シノンの旦那様のお子さんを、私は孕ってしまったんですーー。
◇◇◇
ザワザワと、聴衆が騒ぎ始めた。
アンリエット・ホイスト伯爵夫人にとっては、夫が新参の侍女に手を出していたことを初めて耳にしたようで、目を丸くする。
その横で、先程の威勢は何処へやら、シノン・ホイスト伯爵は小さく縮こまっていた。
侍女ナタリーの魂の独白は、まだ続く。
◇◇◇
アンリエット奥方様の身体は丁寧に扱われ、出産間近で幸せの絶頂でした。
その一方で私、ナタリーは、同じ男に抱かれて妊娠したにもかかわらず、誰からも祝福されず、なおかつ先輩侍女たちから多くの嫌がらせを受けつつ雑務こなす毎日でした。
ほんとうに地獄のような日々でした。
シノンの旦那様に押し倒されても、奥方様に対する罪悪感もあって、ちっとも気持ち良くはありませんでした。
吐き気がするほど、嫌でした。
そんな折、体調が悪くなったのです。
おかしいと思いました。
月のものがなくなって、どうやら妊娠したとわかったのです。
でも、あまりにも酷い状況でしたから、かえって私は密かに「これはチャンスだ!」と思い直しました。
私は貴族とは名ばかりの貧乏男爵家の三女の生まれです。
名門ホイスト伯爵家当主のお妾さんになれるなら、大出世といえます。
しかも、男子を産むことさえできれば、郊外の別荘でもいただけて、小間使いを何人か付けてもらって、暮らしていくことができるかもしれない。
そうなれば、どんなに幸せか。
そう思ったのです。
さらに、今まで通り、アンリエットの奥方様に可愛がってもらって、奥方様のお子様とも、ウチの子が仲良くできたらーーと、夢を膨らませました。
その夜、期待に胸を膨らませながら、私はシノンの旦那様に妊娠したことを告げました。
そうしたら、旦那様は蒼い瞳を見開いて立ち上がり、しばらく間を空けてから、
「名案がある。
君はロンクロール地方を知ってるかい?」
と言われました。
「あの湖の美しいところですね!」
と答えて、内心、私はウキウキしました。
旦那様はロンクロールの湖畔に瀟洒な別荘をお持ちでした。
その別荘をいただける、と思ったからです。
ところが、話がまるで違う方へと進んで行きました。
「彼の地には、私の年老いた伯母ローヌ・アルデンヌ元伯爵夫人が住んでおられてね。
面倒を見る人手が足りなくて困っているんだ。
そうだ。君も知っているだろう?
下男のフレッド。
アレなんかは薪割りにはちょうど良い。
君はアレの許に嫁いで、一緒に伯母の家に奉公に行ってもらいたい。
伯母の介護をしながら、二人の子として、その子を育てれば良い。
なぁに、フレッドのヤツは力はあるが、頭は少し足りないから、何ヶ月で子供が産まれるかも知らないはずだ。
だから、このまま君がアレと関係を持ったら、そのお腹の子を自分の子供だと思って喜んで育てるだろう。
ははは、それが良い。
我ながら名案だな、これは!
伯母も男一人より、夫婦で来てもらった方が嬉しいと言っている。
君なら細々とした世話ができるし、赤ちゃんの子育てには良い環境だろ?
伯母の最後の晩年も賑やかにしてやることができる」
旦那様が得々と話すのを耳にして、私は頭が真っ白になりました。
名門伯爵家の奥方の座には付けないだろうとは、わかっていました。
私の出自の低さから、それはあり得ない、と。
ですけど、子供を宿したからには、母胎である私も大事にされるものーーそう思っていたのです。
それなのにーー。
なんという酷い仕打ちなのでしょう。
フレッドなんてーー他の下男からもバカにされている、片足を怪我して引きずっている、木偶の坊なのに。
アレが私の夫で、このお腹の子の父親になる、というの!?
ふざけないでよ。
あんな愚鈍な男が、私の夫になるというの!?
ああ、こんな伯爵家なんかに奉公したばっかりに。
私だったら、もっといいところにお嫁に行けたのに。
旦那様のせいだ。
私は奥方様に散々尽くしてきたのに。
それなのに、この仕打ち。
悔しいーー。
その翌日、私はさっそくお腹の子の始末を付けました。
自らのお腹を何度も殴り付けた挙句に階段から転げ落ち、お腹の子供を上手く流すことに成功したのです。
ホイスト伯爵家付きの医師から流産したのを聞き、ようやく侍女頭のジェベルナ様は事態を掴み、私に言い付けました。
「決してこのことを旦那様にも奥方様にも言うんじゃないよ。
子供が流れたことも当然だけど、妊娠したこと自体、言ってはダメ。
奥方様の耳にでも入ったら、必ずあなたは家から追い出されるか、手酷い罰を受けることになる。
あなたもここで勤めていたいのなら我慢しなさい」と。
ああ、思い返しても、納得がいきません。
どうして私は、こんな目に……。
私だって幸せな結婚をしたかった。
子供を産んで、幸せになりたかった。
それなのに旦那様が……。
◇◇◇
侍女ナタリーの魂を宿した霊体が、シクシクと泣き始める。
その一方で、実際の肉体のナタリーの方は、傍聴席に居て、周囲の人々から注目を浴びながら、耳まで赤くなって俯いていた。




