◆11 想定外の召喚
スイーツが美味しいタイラマナ王国の裁判所において、平民の商人ウェルモスを被告人とした裁判が開かれようとしていた。
ホイスト伯爵家のアンリエット夫人の美しい頬を、そして当主シノン伯爵の頭皮を傷付けた、という嫌疑を受けていたのだ。
ウェルモスは、ホイスト伯爵邸に化粧クリームや整髪剤などを搬入していた。
が、その搬入物の中に、毒物が混入していたというのである。
この事実をもって、意図的に貴族家に害そうとしたと見做されたのだ。
アンリエット・ホイスト伯爵夫人が、裁判長席の前に立って告発する。
白いヴェールで顔を覆ってはいるが、白い肌が赤黒く変色してしまっているのは、外からも窺えた。
若くて美貌溢れる妊婦でもあったから、余計に痛々しい。
純白ドレスも、自慢の金髪も、碧色に瞳の輝きも、燻んで見えた。
「こちらの商人を信用していました。
それなのにーー」
と喉を詰まらせるアンリエットに対し、聖女エールは問いかける。
「いかほどの頻度で、彼を屋敷に招きましたか」
「月に一度ほどです」
「どのような商品を購入しましたか?」
「今回、火傷した化粧クリームとか、ネックレスなどの装飾品から、指輪に嵌める宝石まで」
次いで、ホイスト伯爵家の侍女頭ジェベルナ立ち上がり、証言する。
彼女が主人にクリームの器を手渡していた。
「クリームはいつも通りにご用意したものでした。
まさか、毒が入っているだなんて。
アンリエットの奥方様はご出産を控えて、幸せの絶頂ですのに。
おいたわしい」
侍女頭の証言を耳にすると、夫のシノン・ホイスト伯爵は我慢ならず、足を踏み鳴らす。
蒼い瞳に怒りの炎を宿していた。
整髪剤の油にも毒が混入されていたので、彼の頭皮が爛れて、自慢の美しい銀髪もたくさん抜け落ちていた。
ホイスト伯爵家夫妻の、相思相愛の熱愛ぶりは社交界で有名だった。
それだけにシノンにとっては、若妻の美貌に傷が付いたことが、自分の頭皮が焼け爛れたことよりも許せなかったのだ。
シノン・ホイスト伯爵は大声を張り上げた。
「アルゴ商会には、父の代からどれだけ便宜を図ってやったことか。
信頼を裏切られたも等しい。
この外商の男には極刑(死刑)を望む!」
ザワザワとした喧騒が広がる。
自分たちの国が身分制社会であることは、誰もが弁えている。
だが、火傷をさせただけで、死刑になるほどのことか、とも思った。
シノン・ホイスト伯爵の発言は、明らかに、
(平民ごときが、貴族の奥方に怪我をさせやがって!)
といった身分差別感情が入り込んでおり、そこに不公平感を人々は感じ取っていた。
それぐらい、ここタイマラナ王国では、貴族の特権性が希薄になりつつあった。
近年では、商人階級の台頭がみられ、それゆえに、その頭を押さえつける実績を積みたい、とシノン伯爵は内心、思っているであろうことは明白だった。
貴族の社交界で、シノン・ホイスト伯爵は名を挙げたかったのだ。
一方で、裁判の被告席に座らされたことによって、商人ウェルモスは意を決していた。
被告人として弁明の機会を与えられると、朗々とした美声で、以下のように訴えた。
「ホイスト伯爵家ご夫妻に起こりました不幸な事故について、私もじつにおいたわしいことと存じます。
ですが、私ども、アルゴ商会が扱う製品に、そのような毒物、劇薬はございません。
第一、私が毒を混入するはずがありません。
メリットがございませんから。
何かの間違いーーいえ、実際にこうしてホイスト伯爵家の奥方様の頬が焼け爛れ、旦那様の頭皮が赤く剝けておられるのは、見るだけでうかがえますがーーですが、断じて、私どものアルゴ商会が意図したことではございません。
何かしらの陰謀が働いたとしか思えません。
たしかに奥方様を、私なりにお慕い申し上げておりました。
でも、だからこそ、そんな私が奥方様のお顔を汚そうなどと思うはずがございません。
それでも、貴族としての面子を重んじて、ホイスト伯爵家の方々が、私を罪なくして殺すーーもしくは我がアルゴ商会を潰そうとなさるのならば、こちらも覚悟を決めるしかありません。
ゆえに、正直に申し上げます。
私、ウェルモスは、アンリエットの奥方様から愛されておりました。
必要以上に、度が過ぎるほどに!」
会場は、一瞬、静寂に包まれた。
若い商人ウェルモスの顔が良いとは、傍聴席に座る誰もが思っていた。
彼、ウェルモスが「香水は、これなどがいかがでしょう?」と甘い声で囁いて、貴族夫人の素肌に塗るさまが容易に想像できた。
しかも、それを人払いをして、二人だけで部屋に籠って、となるとーー。
ガヤガヤと、傍聴席に座る連中が騒ぎ出す。
一方で、アンリエット・ホイスト伯爵夫人の相貌からは血の気が退いていた。
商人の苦し紛れの弁明を耳にして、案の定、シノン・ホイスト伯爵は激昂して席を立ち、隣のアンリエットを睨みつける。
「アンリエット!
おまえ、まさか、出入りの商人などとーー!?」
アンリエットは白い扇子を広げて、紅い口紅が塗られた口許を隠す。
内心、動揺していたものの、それゆえにかえって平然を装うことにしたようであった。
「ーーほんの遊び程度です。
貴方も思い違いをなさらないで。
貴族婦人が平民なんかと交わるはずがありませんでしょう?」
シノン・ホイスト伯爵は唇を噛む。
見るからに怒り心頭に発しており、被告席の若い商人に視線を向けて、改めて大声をあげた。
「どちらにせよ、この者は死刑だ!
貴族婦人たる我が妻の美しい頬を焼いたのだ。
到底、許すことはできん。
しかも妊娠中だというのに。
いや、まさか、その胎に宿したのはーー」
アンリエット伯爵夫人は、扇子をパチンと閉じる。
「そんなことは断じて、ありません!
ほんの触れ合う程度で。
接吻だけで子供が授かるはずがないのは、誰だってわかりますでしょ!?」
アンリエットは夫の疑念を抑えようと発言したが、かえって商人ウェルモスとの仲を疑われる結果となってしまった。
(キスはしたのかーー!?)
そう思って、傍聴席の観衆は盛り上がる。
果たして、あの高貴な伯爵夫人のお腹に宿る子供は、どちらの男の胤であろうか、と不謹慎な予想を囁き合う。
裁判席の両端に座る裁判官たちは、真ん中にいる少女の頭越しに視線を送り合い、互いに頷き合う。
そして左右両面から、裁判長である聖女エールに向かって進言した。
「我が国の法に照らせば、死刑が妥当です」
「貴族婦人が平民に肌を許したとなれば、一代の醜聞となります。
なるがゆえに、そのような嫌疑を持たれるように仕向けるような発言を、平民がなすのはキツく罰せねばなりません」
少女エールは明らかに驚いた顔をした。
ペルソナ聖皇国には聖職者が存在し、ほとんど貴族のような扱いを受けている。
が、肌を傷付けられただけで、その犯人を死刑にするほどの苛烈な身分意識は存在しない。
シノン・ホイスト伯爵は立ち上がり、銀髪を振り乱して怒鳴り散らした。
聴衆たちに、自分の妻の貞操について興味本位に語られるのが我慢ならなかったのだ。
「そうだ。聖女エール!
貴女は神から権能を授かり、真実を明らかにできるとのこと。
だったら、妻の言っていることが真実かどうか明らかにして欲しい。
むろん、この御用聞きの若造は死罪に決まっておるがな!」
妻のアンリエット・ホイスト伯爵夫人も、少し膨らんだお腹をさすりながら、白いヴェールの奥で碧色の瞳を輝かせ、毅然とした態度で言い放った。
「望むところです。
私の真実を暴いてくださって結構です。
ついでに、この無礼な商人に神の鉄槌を!」
少女裁判長エールは紅い瞳を細めて、裁判用の木槌を振りかざした。
「されば真実を明らかにしましょう。
裁きの神よ。我は求め訴えり。
ホイスト伯爵家に仕える侍女ナタリーの魂よ、召喚!」
エールの宣言とともに、青白い光が天から降りてきて、形を成していく。
それは傍聴席で縮こまるようにして座っている、新参者の侍女ナタリーの姿だった。




