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〈裁きの聖女エール〉の異世界裁判記録ーー神の秘蹟「魂の召喚」発動! 他人に罪をなすりつけて平然としている者どもの悪事を炙り出し、鉄槌を下せ!  作者: 大濠泉
第二章 毒入りクリーム事件 美貌の貴族妊婦の頬が焼け爛れた! 毒を入れたのはーー。

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10/17

◆10 変則的な冤罪告発と、新たな事件

 (きら)びやかに装飾された部屋で、エールは朝食を採っていた。

 食後、焼き菓子を頬張って、紅茶を口にした後、はぁと溜息をつく。

 美男の白騎士ディアユーグが近づき、エールの口許を布巾(ハンカチ)(ぬぐ)いながら問いかけた。


「今朝も訴えがあったのですか?」


 世界のどこかで冤罪があった場合、その容疑を晴らしたいとその被疑者が神様に祈れば、その願いが直接、聖女エールの頭の中で反響する仕組みになっている。(どうしてだか、知らないけど)


「そうなのよ。

 そんなに私、眠そうだった?」


「ええ。とっても」


 濡れ衣を着せられた者は、不当に自分に科せられた罪を拭い去りたいと必死になっている。

 しかも彼ら彼女らは、留置所などで拘束されている場合が多い。

 朝から夕方にかけては、ずっと尋問を受けていたりする。

 だから、唯一の自由時間とも言える就寝時に、必死に祈る者が多い。

 夜通しの祈りになったりすることもザラだ。

 おかげで、その必死の願いの言葉が、夜の間ずっとエール頭の中で響き渡ることが多く、彼女の睡眠が著しく妨げられることが多かった。

 銀髪の女の子が、眠そうにしていたり、頭痛に苦しんでいるようなら、世界のどこかで冤罪事件が発生し

たと見て間違いない。


 だが今朝は、その祈りを行った人物が、濡れ衣を着せられた本人ではなかった。

 こんなことは初めてで、エールは当惑していた。


「今回グチグチと祈っていた人、冤罪をかけられた本人じゃなくて、そのお父様なのよね。


『息子の冤罪を晴らして欲しい。

 あの子は女性に対して多少ふしだらなところがございますが、とても嫌疑をかけられたような振る舞いをする男ではないんです』って。


 なんでも、息子さんはかなりの色男で、それでも女性のスベスベした肌が大好きなので、それを荒らすような真似は絶対にしない、だから、息子は冤罪で裁かれようとしている、と訴えているのよ。

 でもそれって、


『息子はたしかに女たらしだけど、女好きだから、女性に酷いことをしたという罪状は、何であれ、似つかわしくない』


 という言い分でしょ?

 なんか、とても間接的というか。

 どーして濡れ衣を着せられた息子本人が訴えてこないのよ?」


「おそらく、冤罪を仕掛けられた息子さんの信仰心が薄いのでしょうね」


 白騎士が顎に手を当てつつ返答すると、銀髪の少女は(あか)い瞳を大きくした。


「そんなものなの?

 私、てっきり訴えかける言葉の真実性を(はかり)にかけて、神様が加担する人物をお決めになっているとばかり思っていたわ」


「神様の御心は、人間には推し量れませんから」


 紅茶ポットを手にしたまま肩をすくめる白騎士を見て、エールは、


(そーいうアンタだって人間じゃないでしょ?

 白鳩の化身ーー神様の御使(みつかい)なんでしょうに)


 とツッコミを入れたくなる。

 が、それはやめておいた。

 辺境の村出身で、十三歳の女の子であるエールには、まだまだわからない事情が、この世界には多すぎるからだ。


 だが、今回の訴えが、どこの国の者からなされていたかは、その祈りの言葉から聞き知っていた。

 エールが住まうペルソナ聖皇国に隣接するタイラマナ王国だ。

 もとより貴族連合の勢力が強い国で、王家でさえも有力な貴族家の一つといった程度でしかない。

 しかも最近は商人階級などの民間勢力の台頭が著しいという。


 それでもエールにとって一番の関心事は、タイラマナ産のスイーツだった。

 ケーキやプリンの種類が豊富で、幾つもの甘い生地を重ねた「ミルフィーユ」なる食べ物も絶品だと評判だ。


「今度の事件は、遠方のタイラマナ王国。

 我がペルソナ聖皇国の中央聖都から馬車で三カ月以上の距離よ。

 でも、聖女の特権で、転移魔法が使えるから、ラッキーだわ!

 おかげで裁判に間に合う。

 見事、冤罪を防いでみせるわ!」


 エールが〈裁きの聖女〉として他国の裁判に向かう際は、教皇庁にある転移室から、その国の教会へと転移して出向くことが許されている。

 トリニティ教の教会が建設されているのならば、たとえ馬車や船で何年もかかるような、海を越え、山を越えた地にある国であっても、瞬時に訪問することができる。

 各地の教会に、転移の魔法陣が描かれた部屋が存在することを知らない、その国の人々にとって、遥か遠方のペルソナ聖皇国にいるはずの聖女様がいきなり現れることも「聖女様の秘蹟」の一つに数えられていた。


 とはいえ、今回、エールが「聖女の特権」で瞬時にタイラマナ王国へ訪問できることを喜ぶのには、冤罪を防ぎたいという〈裁きの聖女〉としての使命感だけではなかった。

〈スイーツ大国〉として名高いタイラマナ王国の喫茶店を幾つもハシゴして、スイーツを堪能するためだ。


 エールの秘めた目的を承知の上で、白騎士ディアユーグは、片手を胸に当てて深々とお辞儀する。


「承知いたしました。

 私の方から教皇様に、聖女エール様がタイラマナ王国へ出向なさる旨を、報告しておきます。

 エール様は今すぐにでも、黒騎士ジャンフリーと共に現地入りするようお願いします。

 教皇様への報告を終え次第、私も後を追いますので」


 白騎士は踵を返して、部屋を出ていく。


 エールの従者である白黒の騎士も、〈裁きの聖女〉の活動を補佐する役割ゆえに、転移室を利用することが許可されている。

 黒騎士ジャンフリーは黒猫の化身だ。

 機動性に富むうえに、人化した際、黒髪イケメンに変貌するので、特に女性のウケが良く、貴族婦人から平民女性にまで広く接触して、様々な裏事情を聞き出す能力に富んでいる。

 エールにとって、白黒の騎士の活躍は、正しい裁決を下すにあたって必要不可欠な要素だった。


「ありがとう。

 お願いするわね」


 聖女エールも、白騎士の背中に声をかけてから、席を立つ。

 それからヴェールをかぶり、木槌(ガベル)を手にして握り締め、気合を入れた。


「さて、今回はどんな事件なのかしらね。

 とにかく、冤罪を掛けられた人であれば、どんな人であれ、助け出してあげなくっちゃ!」


◇◇◇


 聖女エールがスイーツに憧れて舌舐めずりした日の前々日、早朝ーー。


 タイマラナ王国の王都にある、ホイスト伯爵邸にて、キャアアア! と絹を裂くような悲鳴が上がっていた。

 さらに、ぐわああっ! という男性の野太い叫び声も。


 朝の身支度の最中に、若い伯爵家当主シノンと、奥方のアンリエット夫人が、ほとんど同時に、悲劇に見舞われたのだ。


 三十代になったばかりの銀髪のシノンは、若くして名門ホイスト伯爵家の跡を継いでいた。

 結婚三年目にして、ようやく愛する妻のアンリエットが待望のお世継ぎをお腹に宿し、幸福の絶頂にあった。

 そんな若くて美貌溢れる貴族夫婦の肌に、毒が塗り込まれたのだ。


 いつも通り美肌クリームを塗った途端、アンリエット・ホイスト伯爵夫人の顔が焼け(ただ)れてしまったのだ。

 自慢の白い頬が赤黒く染まり、あまりの痛さに金髪も震え、緑色の瞳も涙に濡れた。

 また男性用の整髪剤にも毒が混入しており、ホイスト伯爵家の旦那様であるシノンの頭皮が(ただ)れて、銀色の髪も抜け落ちてしまった。



 その翌日ーー。


 ホイスト伯爵邸に化粧クリームや整髪剤などを搬入する、出入りの商人ウェルモスが捕まった。

 アンリエット・ホイスト伯爵夫人の美貌に傷を付けた罪であった。

 裕福ではあっても、平民の身分が、貴族家のご婦人に傷を与えたとあっては、重罪に処されてもおかしくない。



 それから、さらに一週間後ーー。


 留置所から裁判所に向かう道中、馬車の中で、若い商人ウェルモスは頭を抱えていた。

 彼はいまだ二十代後半、三年前に、アルゴ商会会頭である父から外商の仕事を任されたばかりだった。

 貴族用の作法を頭に叩き込んだうえで、持ち前の美貌を活かして、幾つもの貴族家の御用聞きとして出入りさせてもらうことに成功し、好調に売上を伸ばしていた。

 ところが、突然、貴族の顧客を傷付けた不届者として告発されてしまったのだ。


 念入りに商品チェックはしている。

 今まで問題が起こったことは一度もなかった。

 化粧品についても、宝飾品についても、職人の工房にまでマメに足を運んで製品の品質維持に努めてきた。


 それなのにーー。


 商人ウェルモスは、裁判の場に引き出された。

 興味本位で集まった観衆の声が、様々に聞こえてくる。


「あら、思ってたより美形」


「もったいないわね。

 こんなにイケメンなのに」


「いくら裕福であっても、商人は平民ですからね。

 下手すれば死刑だ」


「でも、ペルソナ聖皇国から裁判官が招聘されたって聞いたけど、ほんとうにあんな子に裁判長が務まるのかしら?」


 裁判官席には三人の蒼い服をまとった人物が座っていた。

 真ん中に座る者が、裁判の進行と裁決を下す権限を持つ裁判長だ。

 が、皆の前に現れた、外国よりやって来た裁判長を目にすると、誰もが奇異な感覚に襲われた。

 ザワザワと喧騒が広がっていく。


 すっかりざわついた雰囲気の中、ウェルモスは顔を上げ、正面を見る。

 すると、思わぬ情景が目に飛び込んできた。

 裁判長席に、女の子が座っていたのだ。


 彼女は「聖女エール」と呼ばれる、トリニティ教会公認の〈聖女様〉だそうだ。

 百五十センチあまりの身長で、銀髪頭から顔に下ろしたヴェールをめくりあげると、(あか)い瞳が爛々と輝いていた。


 だがその容姿は、どう見ても、いまだオトコよりもスイーツに目がないといった雰囲気の、十代前半の女の子であった。

 そんな子供に、自分が裁かれて大丈夫なのだろうか。

 子供のお遊戯同然の振る舞いで、罪をなすりつけられるのではあるまいか。


 不安に(さいな)まれるイケメン金髪男性の心中を察しているふうもなく、銀髪の少女は、手にした木槌(ガベル)を台に振り下ろし、ガン! と音を立てて宣言した。


「それでは、これより裁判を始めます。

 被告ウェルモス、前へ。

 以降、被告人を眼前に据えながら、告発してもらいます」

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