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迫りくる決断の時

響華はこれで最後と言わんばかりに剣を振り下ろした。

その一撃はあまりにも鋭く、櫂流の剣が大きく弾かれ、彼は膝をついた。


「くそっ……!」


櫂流は息を荒げながら、響華を見上げた。

その目には、葛藤と決意が混ざっていた。

健悟が一歩踏み出し、声を上げた。


「ここまで!」


響華は櫂流に歩み寄った。


「櫂流、教えて。なんで私の星華滅妖剣を欲しがるの?」

「…………」


響華は剣を下ろし、櫂流を見つめた。

櫂流は何も言わない

櫂流はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いて立ち上がった。


「……響華、俺はお前を守りたかった」

「守る?」


響華は首を傾げた。


「それと星華滅妖剣を欲しがるのと、どんな関係があるの?」


櫂流は目を伏せ、苦しげに言った。


「月華の儀式……」


響華はその単語を聞いて、直ぐに全てを察した。

櫂流は自分を守るために、星華滅妖剣を要求したのだと。


「魅李弥から聞いた話。……お前の聖力は、伊集院と同じくらい高い。もし、次の儀式が行われるなら、お前が選ばれる可能性が高いんだ」


響華の目が見開かれた。


「それで……私の星華滅妖剣を取ろうとしたの?私が戦えなくなれば、生贄に選ばれないって思ったの?」


星華滅妖剣を妖霊撲滅保安隊に返却すれば、組織を抜けることが出来る。

それは代理でも可能だが、所有者以外が触れれば大怪我をする為、大体が自分で返却しに行く。

櫂流はそれを狙ったんだろう。


「魅李弥はお前らと言った。つまり、俺と響華が最有力候補なんだ。響華がいなくなれば、俺が選ばれると思ったから……」


響華は唇を噛み締めて、櫂流を叩こうと手を振り上げた。

けど、それは櫂流には当たらずに、あと少しと言うところで止まった。


「…………何で?」


櫂流は響華の顔を見た。

響華はボロボロと大粒の涙を流していた。

櫂流の直ぐそこで止まった手を、櫂流の頬に当てた。


「何で私だけを助けようとするの……?」

「お前が好きだからだ」

「……っ!櫂流はどうするのよ!私が逃げたとして、櫂流はどうなるの!?」

「生贄に選ばれて死ぬ。それだけだ」

「それだけ……?そんなわけない!!」


櫂流は淡々と理由を語る。

響華はそんな櫂流に、怒りと悲しみを覚えた。

自分が櫂流を犠牲にしてまで生きたいと思っているのだろうか。

そもそもまだ決まったわけでもないのに。


「私は、背中を預けて闘ってきた櫂流や皆んなを犠牲にしてまで生きていたいなんて思えない。櫂流が私を無理矢理逃したとしても、私は伊集院に行って、自ら生贄になるよ」


響華は自分の覚悟を口にする中で、少しだけ葛藤が生まれた。

本当に逃げなくていいのかと。

でも、そんな思いも直ぐに消えた。

こんなギリギリに妖霊撲滅保安隊を私が辞めたら、魅李弥が真っ先に疑われる。

伊集院だからと見逃されるはずがないし、私も逃げられる保証なんてない。


「櫂流、私もね櫂流が好きだよ。好きだから犠牲にしたくない。好きだから一緒にいたい。だからさ、もし選ばれるとしても、その時まで一緒にいようよ」

「…………」

「まだ決まったわけじゃない。だから、残りの時間を無駄にせずに生きていこうよ」

「響華……」


櫂流は諦めたように笑った。

彼は知っているのだ。

響華は言い出したら聞かないと言うことを。


「お義姉様!!櫂流!!」


ずっと心配そうに見ていた凛華が、二人の元へ走ってきた。

そして、二人に抱きついた。


「喧嘩しないで下さい!凛華はお二人の仲睦まじいお姿が好きなのです!怪我をするようなことはやめて下さい!」


凛華は涙を流しながら言った。

その様子に、二人は顔を見合わせて微笑んだ。


◇◆◇


それから、櫂流が星華滅妖剣を要求することも、響華を無理矢理逃がそうとすることもなくなった。


「響華!そっち行ったよ!!」

「もうっ!何でこんなに量が多いのよ!」

「櫂流!こっち!援護頼む!!」


二人はいつも通り、妖霊撲滅保安隊の任務に参加していた。

どれだけ倒しても湧いてくる妖霊は、何も知らない者達にとっては不思議でしかないだろう。

一週間前に増して妖霊が増えている。

響華も櫂流も、急がないととんでもないことになると察していた。

しかし、いつまで経っても伊集院からの通達がない。

一通り妖魔を倒した後、森の木に凭れかかる者が多かった。


「一体全体何でこんなに妖霊が増えたって言うんだ……」

「伊集院当主が代替わりされたのが原因じゃない?」

「何で伊集院当主が出てくるんだよ」

「あんた学校の授業ちゃんと聞いてたの?この国は、伊集院が張って下さる大きな結界のおかげで妖霊が少ないの。その結界は御当主様が毎晩聖力を注ぎ込んでるから成り立ってるものなの」

「へー」

「御当主様が代替わりされれば、その結界に残る前の御当主様の力が、新たな御当主様の力と反発する。だから、結界が揺らぎ、妖霊が増えるのよ」

「へー」


響華と櫂流は、同期の話に耳を傾けていた。

確かに代替わりは妖霊の増加原因ではある。

しかし、例年よりも増え方が異常なのは誰もが分かっているだろう。

その真相を知るのは、伊集院と響華と櫂流だけだ。

生贄が捧げられ、結界が安定すれば、妖霊は減る。

しかし、二人からすれば目に見える変化があるのは正直怖いだろう。


「咲花様、その後はどうされますか?」


一人の同期が聞いてきた。

同期なのに様付けであり敬語なのは、響華が伊集院から養子に出されたということ、そして瑠璃色の咲花の姓を持つからである。

妖霊撲滅保安隊は身分は問われないものの、上位貴族と揉めたくないが故にこのような態度を取られることが多い。

響華は木に凭れかかったまま考えた。


「そうだな……今後も妖霊が増えるかもしれない。妖霊が現れた時に備えて、星華滅妖剣は手放すな。後は休憩していろ」


そう言う響華は普段の天真爛漫な響華とは別人だ。

響華はメリハリがしっかりしている。

その為、普段と仕事中のギャップがすごいのだ。


「一応結界は張っておくが、警戒を怠るな」


そう言って、響華は隊員を避けながら結界を展開する為に、中心地に向かった。


「妖霊撲滅保安隊第一部隊隊長、咲花響華の名の下に、ここに結界を展開することを宣言する」


教科が言い終えた途端、周囲にガラスから見たような世界が広がった。

それは結界の展開に成功したことを伝える景色だった。


「休憩をすることを許可するが、飲酒や居眠りはするな。した場合は結界の外に放り出して妖魔に食わせるからな」


響華の目は本気だ。

その所為で、隊員からは鬼畜と呼ばれている。

隊長モードの響華には、正直櫂流もドン引きしている。


「体調はどうなさるんですか?見た所休憩するようには見えませんが……」

「ああ、勿論休憩はしないからな」

「……は?」


隊員全員が声を出した。

先程から響華は休憩していない上に、聖力を一番使っている。

普通ならガス欠状態になってもおかしくない。

しかし、響華と櫂流は聖力の量が多いから余裕だ。


「私と緑木は結界の外で巡回をしている。何かあったら結界を内側から攻撃しろ」


そう言って櫂流と共に、響華は結界から出て行った。

その余裕は、隊員が全員どん引きするレベルだ。


「マジかよ……」

「隊長と副隊長やべぇ……」

「やっぱり咲花様が、前第一部隊隊長を下剋上したって噂、もしかしたら本当かもな……」

「隊長怖ぇ……」


隊員達から見えなくなった位置に行ってから、響華は背伸びをした。


「はぁ〜!やっと伸び伸び出来る〜!」

「普段もそんな感じでいいと思うけどな」

「何を言うか!隊長たるもの、しっかりせねば!」

「鬼畜と言われるまでやらなくてもいいんじゃないか?さっきの結界の外に放り出して妖魔に食わせるって


話、どうせガチでやらねぇんだろ?」


「大っ正解!大事な隊員を見殺しにはしないよ」


可愛らしくウインクする今の響華には鬼畜という言葉は似合わない。

響華は空を見上げた。


「……今月はもう満月終わっちゃったよ」

「……そうだな。これじゃあ月華の儀式も出来ない」

「早くしないと死人が出るよ、魅李弥」


◇◆◇


その頃、伊集院の屋敷では別の揉め事が起きていた。


「兄上!!いつまで生贄の選定をされていらっしゃるのですか!」


魅李弥の部屋に押しかけ、声を荒げるのは伊集院都卯樹だ。

魅李弥はあからさまに嫌そうな顔をし、言った。


「そう急かすな。妖霊を抑える為には、じっくりと選定しなければならない。生贄の質は大事だろう?」

「ですが、来月となると妖霊も増えます!星華滅妖剣を持っていたとしても、下手すれば死人が出ます!」


魅李弥は渋い顔をしていた。

響華達を助けたいが、他の誰かを殺したいわけじゃない。

ただ、このままダラダラと生贄を捧げずにいれば、確実に死人が出る。


「…………来月には必ず何とかする」

「……兄上がそのように渋る理由が分かりません。もしや、姉上のことを気にしておいでですか?」


図星だった。

姉上とは響華のことだ。

都卯樹は響華が生贄の最有力候補だと知っている。

一歳差で産まれてきた都卯樹は察知する力に優れている。


「兄上、姉上を庇いたいのは分かります。ですが、当主として国を優先しなければならないのではありませんか? このままでは、妖霊が溢れて誰も守れなくなります」


魅李弥は目を閉じ、深く息を吐いた。

彼の心は、響華と櫂流への個人的な想いと、伊集院当主としての責任の間で引き裂かれていた。

都卯樹の言う通り、妖霊の増加は尋常ではない。

このままでは妖霊撲滅保安隊の力だけでは抑えきれなくなるだろう。

だが、響華を、自分の双子の姉を生贄として差し出すことは、魅李弥にとって耐え難い選択だった。


「都卯樹、お前も伊集院の血を引く者だ。私の立場がどれ程重いか、分かるだろう?」


魅李弥の声は低く、抑えた感情が滲んでいた。


「分かります。だからこそ、決断を急いでください」


都卯樹は拳を握りしめ、声を震わせた。


「姉上が最有力候補だとしても、彼女一人を犠牲にすることで国が救われるなら、それが当主の務めです!」


魅李弥は一瞬、言葉を失った。

都卯樹の言葉は正論だった。

だが、彼の冷徹なまでの現実主義は、魅李弥の心に冷たい刃のように突き刺さった。


「都卯樹……」


魅李弥は静かに口を開いた。


「私は誰も犠牲にしたくない。響華も、櫂流も、他の聖力持ちもだ。この国の歴史は、確かに犠牲の上に成り立ってきた。だが、私はそれを変えたい。別の道がある筈だ」


都卯樹の目が鋭く光った。


「別の道? まさか、月華の結晶の封印を……?」


その言葉に、魅李弥の表情がわずかに強張った。


「その話はどこで聞いた?」


都卯樹は一瞬たじろいだが、直ぐに気を取り直した。


「伊集院の古い書庫に、水晶の封印に関する記録がありました。妖霊を永遠に封じる方法……ですが、代償が大きすぎます。封印を行う者は結晶と一体化し、永遠にその中で生き続ける。生きながら死に等しい状態になるんですよ?」


月華の水晶。

それは、この国にある大きな水晶だ。

伊集院の屋敷の地下にあり、大切に守られているものだ。

水晶が傷つけば、妖霊が今まで以上に発生するとされている。

月華の水晶は異界との境を維持するためにある。

かつて、伊集院葉夜杜は月華の水晶を封じれば、妖霊がこの世から消えることも分かっていた。

しかし、沢山の人が死んだ後、国民の心の拠り所は葉夜杜だけだった。

そんな中、葉夜杜が消えては、国中が混乱しかねない。

そう思った葉夜杜は自分が封じることを諦め、一時的に生贄を捧げる形を取った。

生贄を捧げるか、自分が生贄となるか。

その究極の選択肢を残して、長い年月が経った。

これまでの当主に、生きながら死ぬという地獄を味わう覚悟ができるものは誰一人現れなかった。

魅李弥は書物を手に、静かに目を閉じた。


「月華の結晶の封印……それが妖霊との闘いを永遠に終わらせる唯一の方法だ。だが、初代当主が選ばなかった道を、私が選ぶにはあまりにも重い」

「兄上、代償が重いことは分かっています。ですが、このまま生贄を捧げ続けることが正しいとは思えません。姉上や緑木櫂流を失うか、兄上が結晶と一体化するか。何方かを選ばなければなりません。別の道を探すのには時間は必要だ」


魅李弥は都卯樹の言葉に目を細め、静かに答えた。


「都卯樹、お前は正しい。だが、私はまだ諦めたくない。響華も櫂流も、そして他の誰一人として犠牲にしたくない。自分も犠牲にしたくない」


月はまだ満ちていないが、妖霊の気配は日増しに強まっている。

決断の時は刻一刻と迫っていた。

都卯樹は苛立ちを抑えきれず、声を荒げた。


「時間などありません! 来月の満月までに生贄を選ばなければ、妖霊が溢れて国は壊滅します! 兄上が決断を先延ばしにするなら、私が姉上を生贄に選びます!」


魅李弥の目が鋭く光った。


「都卯樹、それは許さん。響華は私達の姉だ。お前がどんなに正論を並べても、家族を犠牲にする選択は絶対にさせない」


都卯樹は唇を噛み締めた。

辛い思いをしているのは、魅李弥も同じだと分かっている。

でも、被害を最小限にしたい気持ちが大きいのだ。


「……兄上、私は国を守りたいだけです。そして、姉上を失いたくないのは私も同じです。ですが、伊集院の当主として、国民全体の命を優先しなければならない。それが私たちの宿命です。正しい判断をして下さい」


部屋に重い沈黙が流れた。

魅李弥は深く息を吐き、月華の結晶の記録を手に持ったまま、決意を固めるように目を閉じた。


「都卯樹、私は誰も犠牲にしない道を探す。それが私の当主としての務めだ」


都卯樹は一瞬言葉を失い、やがて静かに頭を下げた。


「……分かりました、兄上。ですが、時間がありません。どうか、早急に決断を」

「分かっている」

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