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月華の鎖と秘密の書庫

「いやぁ、まさか伊集院の書庫に立ち入ることを許可されるなんてねー」

「お、おい。この本、一冊で伊集院の屋敷が七十軒帰るぞ……」


そんな会話をしながら、伊集院の書庫に入ってきたのは、響華と櫂流だった。

二人は、妖霊増加の原因探しの為に、伊集院にある大書庫に立ち入ることを許可された。

それは、妖霊撲滅保安隊の隊長直々に下された命令だった。

妖霊撲滅保安隊の隊長は、これまでにない程の妖霊増加に頭を抱えていた。

だから、一番くらいの高い第一部隊隊長である響華と、副隊長の櫂流に妖霊の秘密を突き止めてこいと言われたのだ。

普段は絶対に入れないその場所は、二人にとってはかなり新鮮だろう。


「さて、何する?」

「妖霊増加の原因探しだろ?」

「私達知ってるから別によくない?」

「……確かに」


響華の言葉には賛同するしかなかった。

百年前の生贄によって抑え込まれていた妖霊が、聖力持ちを求めて現世に来たということを知っている響華達からすれば、無駄足としか思えない。

しかし、妖霊撲滅保安隊隊長からの命であれば、断ることは出来ない。

そして、響華自身が伊集院の書庫に興味があったというのもあり、二人は大書庫に来ていた。


「立派だね〜。咲花の書庫とは大違い」

「そりゃそうだろ。ここには伊集院の成り立ちの本とかも置いてるだろうし、本の冊数が多いのは当たり前だろ。探せばどっかに月華の儀式のこととか、生贄のことが記された書物があるかもな」


響華は周りを見渡して、本棚に置いてある本に、一つだけ窪みがあることに気がついた。興味本位で押し込んでみると、そこの本棚が動き、隠し通路が出てきた。

櫂流は言葉を失った。

本棚の動きが止まってから、響華が真っ青な顔をして隠し通路を指差した。


「これ、やばいやつ?」

「…………」

「何とか言ってよ!!」

「いや、考えずともやばいやつだろ、これ」

「…………」

「…………」


二人は隠し通路を見て固まった。

どうするかどうか考えていた。

戻そうにも、どうすればいいのか全く分からない。


「…………よし!行くか!」

「駄目だろ!!」


響華の血迷ったような発言に、櫂流はドン引きながらツッコんだ。

それが一番してはいけない行動だと分かっているのだろうか。


「でもよく考えてみて。私達の目的は何?」

「……えーっと、誰も犠牲にせずに妖霊を抑え込む方法……?」

「そう。この先にはきっと、伊集院葉夜杜の手記があるかもしれない」


櫂流はそれを聞いてハッとした。

確かに伊集院の書庫で、隠し扉を使うような場所にある書物であれば、確実に伊集院葉夜杜と書記もあるだろう。

今の所、響華か櫂流を生贄にしなければ、妖霊は抑え込まれない。

伊集院葉夜杜の書記に生贄以外の方法が記されている保証はない。

しかし、他の道を探す参考にはなるだろう。


「行こう。言い訳は後で考えればいい」


櫂流は見つかったらまずいという考えを捨て、隠し通路の先に行く決意をした。


「行こう」


響華は櫂流に手を差し出した。

櫂流は力強くその手を取り、隠し通路の中に歩いて行った。


「暗いね。気をつけないと踏み外しそう」

「道連れはやめろよ?」

「分かってるよ」


真っ暗な隠し通路の中で、不安に苛まれそうになるけど、固く繋がれた手がお互いに安心を与え合っていた。


「そ、そういえば、決闘の後に俺はお前に好きと言ったな」

「え?あー、言ってたね。それがどうしたの?」

「私も好きって言ってたけど、どういう意味で……?」


櫂流はどうしても訊きたかった。

しかし、切り出すタイミングが分からず、ずっとその時を伺っていたのだ。

響華は首を傾げて唸り始めた。


「友情?家族?かな?」


その言葉を聞いて、櫂流がガクリと肩を落としたのには、響華は気づかなかった。

しかし、全く意識されていないことに気づけたのは幸いだった。

このまま勘違いし続け、彼氏面していたらどうなっていたか。

考えるだけで悍ましい。


「あ、扉だ」


扉が襖ばかりのこの世界では、押したり泣いたりする扉は珍しい。

響華は扉の取手を握り、扉を引いた。

そこには、大量の古びた本や、手記があった。

少し歩くと、誰かがいることに気がついた。


「―――」

「――」

「―――」

「――」


二人は急いで物陰に隠れた。伊集院の秘密の書庫に入ったはいいが、人がいるのは想定外だった。

しかも、書庫にいるのは二人。

音を立てればバレる。

最悪死罪になる可能性もある。


「ですから!他に方法などないんですよ!!」


言い争いをしているのだろうか。

話し方から高貴な者と話していることが分かる。

こんな場所に出入りする高貴な身分の者。

それが誰かは分かりきっている。

二人の背中に冷や汗が伝う。


「伊集院がいるのか……」

「うん……」


小声で話す二人は戻ることも出来ないし、動くことも出来ない。

一人は魅李弥ではない。

もう一人の声が聞こえないから判断ができない。

魅李弥であれば、見逃される可能性がある。


「月華の儀式と、月華の水晶の封印以外は方法がありません!」

「…………」

「兄上!!」


その言葉を聞いて、響華と櫂流は息を呑んだ。

兄上。

伊集院の前当主には弟や兄はいなかった。

兄弟のいる若い伊集院の子息。

二人は直ぐに、その場にいるのが魅李弥と都卯樹だと分かった。


「早急にご判断を!儀式の準備には十を要するのですよ?このままでは今月も何もできないまま終わります!」

「分かっている……」

「決断するのが難しいことは重々承知しております」

「頼む、後少しなんだ。もう少し待ってくれ」


魅李弥の声は低く、抑えた感情と疲れが滲んでいた。

響華と櫂流は物陰に身を潜め、息を殺して二人の会話を聞いていた。

隠し通路の先、伊集院の秘密の書庫に足を踏み入れた二人は、こんな重大な場面に遭遇するとは夢にも思っていなかった。

響華の白髪がわずかに揺れ、櫂流の手を強く握りしめた。

緊張と恐怖が二人を包む中、都卯樹の声が再び響いた。


「兄上、このまま誰も犠牲にしないという選択肢が無いままだったら、兄上はどうされるのですか?」

「…………響華も櫂流も犠牲にしたくない。ならば選択すべき道は唯一つ。月華の水晶を封じ、永遠に生き続けよう」


永遠に生きる。

その言葉は、何も知らない響華と櫂流の中に重く響いた。

二人は月華の水晶のことを知っているが、それを封印出来るということは知らない。

しかし、魅李弥と都卯樹の会話からしてとんでもないものだと分かる。

二人が詳細を知る月華の儀式。

百年ごとに、聖力を持つ者を生贄として異界に捧げる残酷な儀式。

そして、都卯樹が口にした、月華の水晶の封印。

妖霊を永遠に封じる可能性を秘めた方法だが、封印を行う者が生きながら死に等しい状態になるという、過酷な代償を伴うものだった。

何方も誰かが犠牲になる。


「都卯樹、月華の水晶の封印について何処まで知っている?」


魅李弥の声は静かだが、鋭い刃のような緊張感を孕んでいた。


「月華の水晶を封印すれば、妖霊はこの世から消える。しかし、封印を行う者は水晶と一体化し、永遠にその中で生き続ける。生きながら死に等しい状態になる。初代当主、伊集院葉夜杜がその道を選ばなかった理由も書かれていました。国が混乱に陥るのを恐れたからだと」


月華の水晶の封印についての詳細を聞いた二人は、酷く驚いた。

他の方法があるならば、その方法を選べばいいと思っていたからだ。

水晶と一体化して、永遠に生き続ける。

それがどれほど残酷なことか、想像がつかない。

響華の胸が締め付けられるように痛んだ。

月華の水晶の封印は、月華の儀式という生贄制度を終わらせる可能性を秘めている。

誰かが永遠に眠りにつくなんて、響華には想像もつかない選択だった。

櫂流もまた、唇を噛みしめ、複雑な表情で床を見つめていた。


「そんな選択、誰がするんだよ……」


櫂流が小さな声で呟いた。

響華も同じ思いだった。

魅李弥がその道を選ぼうとしているのか、それとも他の誰かを犠牲にするつもりなのか。

何方にせよ、受け入れがたい選択だった。


「それと……」


都卯樹が再び口を開いた。


「月華の水晶を封印するには、伊集院の直径、それも当主でなければならないと」


響華と櫂流は、物陰に身を潜めながら、都卯樹の言葉に耳を疑った。

月華の水晶の封印は伊集院の当主でなければならない。

その一言が、まるで雷鳴のように二人の胸に響いた。

魅李弥がその道を選ぼうとしている可能性が、突如として現実味を帯びてきたのだ。

響華の手が震え、櫂流の握る手に力が籠もった。

二人は互いに目を合わせ、言葉にならない恐怖と決意を共有した。

伊集院の当主には、必ず男が選ばれる。

月華の水晶の封印は、それが何故かを物語っていた。


「……ずっと疑問だったんです。何故当主には男子しか選ばれないのか。そして、伊集院の屋敷に、母上以外の女性がいない理由が」

「…………」

「女性は無意識に月華の水晶から溢れる力を吸収してしまうからなんですね」

「…………」

「だから生まれて直ぐに養子に出される。当主は男でないと務まらないし、伊集院にある他とは違う能力は、男にしか現れないから。そうでしょう?」


伊集院の当主が男性でなければならない理由、そして女性が月華の水晶の力を無意識に吸収してしまうという事実。

それは、響華が皇族の血を引きながらも養子に出された理由と直結していた。

響華の白髪と魅李弥や都卯樹の白髪は少しだけ色が違う。

響華の髪は少しくすんでいるが、魅李弥達の髪は雪の様に真っ白だ。

それらが伊集院の血の証であると同時に、月華の水晶と深く結びついた宿命の象徴だった。

魅李弥の声が、静かだが重い響きで書庫に響いた。


「都卯樹、お前はよく調べた。だが、その事実は私を縛る鎖でもある。月華の水晶の封印は、伊集院の当主が自らの命と聖力を捧げることで初めて完成する。私の父上も、祖父上も、その選択を避けてきた。何故なら、それは国を救うと同時に、自身を永遠に失う道だからだ」

「…………」

「歴代当主は永遠に生きる勇気がなかったんだ。恐らく、初代当主も」


響華と櫂流の胸が締め付けられるように痛んだ。

魅李弥がその道を選ぼうとしている。

自分の双子の弟が、生きながら死に等しい状態になる覚悟を固めつつある。

その事実に、響華の心は恐怖と悲しみで押し潰されそうだった。

櫂流もまた、隣で静かに息を詰まらせ、握った手が震えているのが伝わってきた。


「都卯樹、もう一度言う。私は誰も犠牲にしたくない。響華も、櫂流も、他の聖力持ちも、そして私自身もだ。月華の儀式も、月華の水晶の封印も、どちらも選ばない道を探す。それが私の決意だ」


魅李弥の声は力強く、しかしどこか儚い希望に満ちていた。

都卯樹は一瞬黙り込んだが、やがて冷たく、しかし冷静に答えた。


「兄上、その決意はご立派です。ですが、時間は待ってくれません。来月の満月の十日前までに答えが見つからなければ、妖霊が溢れ、誰も守れなくなる。現実を見てください。伊集院の当主として、決断を下すのは兄上の役目です」


その言葉に、響華の身体が再び震えた。

来月の満月の十日前。

それが全てのタイムリミットだった。

魅李弥が決断を下すまでの猶予は、刻一刻と減っている。

響華は櫂流の手を更に強く握り、恐怖を押し殺しながら考えを巡らせた。

月華の儀式で聖力持ちを生贄にするか、月華の水晶の封印で魅李弥が自らを犠牲にするか。

どちらも受け入れがたい選択だった。

魅李弥が苦しむくらいなら、永遠の時を一人で過ごすくらいなら、百年で終われる生贄として自分が捧げられたほうが楽だ。

そう考えてしまわざるを得ない。


「都卯樹、今日は下がれ」


魅李弥の声は静かだが、強い意志が込められていた。

都卯樹は一瞬躊躇したが、深く頭を下げ、書庫を後にした。

彼の足音が遠ざかるのを確認すると、魅李弥は深い溜息をつき、書庫の奥へと姿を消した。

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