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騎士アンナは、それでも愛する人を守りたい 〜あなたを忘れる方法を、私は知らない〜  作者: 長岡更紗
光の剣と神の盾〜筆頭大将編 第二部 激動〜

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505/528

502.ほん、もの……?

 仕事始めの一日は、朝から容赦がなかった。

 筆頭大将ともなればなおさらで、その付き人として動くルティーにも、休む間はない。


「これは各将への通達分で、こっちは支援統括隊に、あとで補給隊への申請書類をまとめて……」


 抱えきれないほどの書類を両腕に載せ、落とさぬよう細心の注意を払いながら廊下を進む。

 その先、談話室の前に、一人の男が立っていた。


「選ぶのは、こちらだ」


 低く落とされた言葉は、まるで独り言のように空気に沈み、そのまま彼は振り返ることなく歩き去っていく。

 ルティーは思わず足を止め、その背を目で追った。


(トラヴァス様……?)


 いつもと変わらぬ無表情。だが、その奥に宿るものが違った。なにかを定めた者の、揺るがない静けさ。

 遠ざかる足音が廊下の喧騒に紛れて消えていく。それでも、耳に残った言葉だけは消えない。


 しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてはっと息を呑んだ。


「……いけない」


 抱えていた書類の端が、ずるりと滑りかける。慌てて持ち直し、小さく息を吐いた。


(今は、仕事を優先しないと)


 そう自分に言い聞かせ、再び歩き出す。だが、胸の奥に引っかかった違和感は消えないままだった。

 トラヴァスのあの声音。

 低く、静かで──それでいて、どこか決定的な響き。


(選ぶって……なにを?)


 なにかが動き出している──その感覚だけが、肌の内側をひやりと撫でた。

 言葉の意味は掴めない。だが、ただの気のせいにできない冷たさがあった。


 廊下を曲がると、慌ただしく行き交う騎士たちの姿が視界に広がっていく。

 ルティーはその違和感を押し込めるように、足早に各隊へと向かっていった。





 その日の終業後。

 ルティーは一人、宿舎へと続く道を歩いていた。


 冬の風は強く、木枯らしが乾いた音を立てて吹き抜けている。

 日が落ちきる前の、薄暗い時間帯。街の灯りが少しずつ増え始めた。


 白い息が空気に溶ける。

 ふと、かつての筆頭大将が脳裏を過ぎった。

 太陽のように明るく笑うその姿に、胸がひりつく。


 今の王宮は、どこか噛み合っていないように感じる。

 誰もが優れた将であるはずなのに。


 だからこそ、彼女を思い出してしまったのだろうか。

 彼女の部下たちの結束と忠誠が、やたらと懐かしく感じた。

 だが、その後──散り散りになった仲間たちからの連絡は、ない。


 無意識に唇を噛み締め、足元だけを見つめて歩いてく。


 その時、視界の端に、影が差し込んだ。


 ひとつではない。ふたつ──動かない。


 気づけば、足元はその影に覆われていた。


 ルティーははっと顔を上げる。


 目の前に立っていたのは、背の高い二人組。


「……う、そ……」


 声がかすれる。


 似ている、と思った。


 そんなはずはないと、すぐに否定する。


 五年も音沙汰がなかったというのに。


 視界が揺れる。


「ほん、もの……?」


 問いかけながら、首を横に振る。


 違う。こんな都合のいいこと、あるわけがない。


 それでも、目が離せなかった。


 一人は妖しい目元を流し。

 もう一人は、誰よりも柔和な笑みを浮かべていて──


 その仕草も、立ち方も、声をかける前のわずかな間さえも。


 忘れたことなんて、一度もなかった。


「お久しぶりです、ルティー」

「綺麗になったな」


 その声を聞いた瞬間。


 堰が、切れた。


 ルティーは迷うことなく、二人の間へ飛び込んでいく。


「ルーシエさん! ジャンさん!」


 一瞬だけ、二人の表情がほどけた気がした。

 抱きとめられた腕の中で、押し殺していたものが一気に溢れ出す。


「……ほんとに……来てくれた……っ」


 震える声が、途切れ途切れにこぼれる。


 顔を埋めたまま、必死にしがみつく。


 触れているのは、確かなぬくもりだった。


 幻じゃない。

 夢でもない。


 ちゃんと、生きている。


 約束は、途切れていなかった。


「頑張っているようですね……私はあなたを誇りに思いますよ」

「アンナの傍にいてくれて、ありがとう……ルティー」


 その言葉は、あの頃となにも変わらなくて。

 胸の奥が、優しく満ちていく。


「う、ぅ……あああああっ!!」


 喉の奥から溢れ出る声を抑えきれなかった。

 積み重ねてきた日々。押し込めてきた感情。そのすべてが、今この瞬間に解き放たれていく。


 叫ぶように泣くルティーを、二人は何も言わず、ただ静かに包み込んでくれる。


 かつてアリシアのもとで働いていた直属の部下。

 副官だったルーシエと、諜報員だったジャン。


 アリシアの死とともに国を去り、ある人物を探すと言って消えた二人。

 その彼らが、今ここにいる。


「ジャンさん……ルーシエさん……っ」


 しゃくり上げるたびに、声が途切れる。


「ルティー。こんなところで泣いていては、冷え固まってしまいますよ」

「俺たちはマックスの家に行くつもりなんだ。行こう、ルティー」


 当然のように差し出される言葉に、胸の奥が温かく満ちていく。

 ルティーは何度も頷き、そのまま二人の後について歩き出した。




 王都の街を、今日はどこか夢の中のような感覚で進む。

 マックスの家は、一般区に入ったすぐの一軒家だった。ジャンは迷いなく扉へ向かい、ドアノッカーを使うこともなく手をかける。開いた瞬間、カランカランと軽やかなベルが鳴った。

 さらに一歩踏み込んだジャンが、玄関脇の呼び鈴を鳴らす。澄んだ高い音色が室内に響いた。


(そういえば、マックスさんの奥さんは……)


 ふと思い出し、ルーシエを見上げた。彼はわずかに頷くだけだ。

 やがて、奥から女性の足音が近づく。


「はぁい、お待たせし──」


 その声が、途中で止まった。


「ジャンさん……!?」

「久しぶり、セリカ」


 セリカの目が大きく見開かれ、そのまま潤んでいく。


「入ってください……! すぐにマックスも帰ってくると思いますから!」


 促されるままに中へ足を踏み入れると、外の冷気とは別世界のような温もりが迎えてくれた。


「どうぞ、座ってください。今、お茶を淹れますね。ジャンさんには、もちろんミルクティーを」


 セリカは落ち着かない足取りで台所へ向かった。その背を見送りながら、ルティーはそっと息を吐く。

 隣にはルーシエ。向かいにはジャン。

 それだけで、胸がいっぱいになる。


(……本当に、いる)


 もう二度と会うことはないかもしれない──そう思っていた。

 目の前にいることが、まだ信じられずにいる。


 やがてカップの触れ合う音がして、セリカが戻ってきた。

 湯気の立つ紅茶が置かれた、その直後。玄関のベルが鳴る。


「ただいま、セリカ!」


 帰宅を知らせる大きな声とともに、リンリンと鈴の音が重なる。

 セリカが顔をほころばせて迎えに行き、室内の空気が一段と柔らぐ。


「ねぇ、今日はお客さまが来てくれたの」

「客?」


 近づいてくる足音。ソファーに座る二人は、嬉しそうに目を細めている。

 マックスはどんな顔をするだろうか──そう思うと、ルティーの胸もわずかに高鳴った。


「客って一体──」


 扉が開く。

 騎士服姿のままのマックスが現れ、その動きがぴたりと止まった。

 視線が、ゆっくりと二人へ向けられる。


「お邪魔していますよ、マックス」

「変わり映えしないな」


 ルーシエの柔和な声。

 ジャンの含みのある笑み。

 

 しばらくの間、立ち尽くすようにして二人を見遣る。

 マックスの瞳が、揺れた。

 その奥に、堪えきれないものが浮かび上がる。


「……来るなら、連絡くらいしろよな……っ」


 なにかを飲み込むようにして。

 彼は、袖で目元を拭っていた。

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