365.応援してくれたおかげだよ
「クロエ、すっごぉい!! おめでとう!! 絶対にクロエなら五聖になれるって信じてたよー!!」
ディアモントの円卓会議から戻ったクロエの前に、真っ先に駆け寄ったのはティナだった。その小さな体がクロエにぶつかる勢いで抱きついてくる。
柔らかく暖かいその腕に包まれた瞬間、クロエの体は驚きと嬉しさで軽く震えた。ティナの瞳はまっすぐに輝き、全身でクロエの偉業を祝福してくれていたのだ。
「ははは! ティナが応援してくれたおかげだよ」
「クロエが自分で頑張ったからでしょ!」
ティナの声には、喜びだけでなく誇りや尊敬の色も混じっている。
クロエの胸は温かさで満たされ、互いの手はしばらく離れなかった。
五聖となったクロエは、この喜びと責任を胸に刻み、次なる行動へと踏み出していく。
その一つが、ストレイア王国と接するカジナル領の国境の強化だ。
これまでの国境警備は、文字通り〝見張り〟の域を出なかった。
戦争や侵入の危険に備えるというより、あくまで形式的な配置であり、緊急時の報告があるだけで、国境沿い全体を監視しているわけではなかった。
商人や旅人が行き交い、特に問題がなければそのまま通過できる──そんな、緩い体制が長年続いていたのだ。
しかし、クロエの心からあの悲劇は消え去っていなかった。
グリレル村で起きた惨状。あのときの無力感、失われた命の数々が、胸に深く刻まれていた。
同じ過ちを二度と繰り返させない──その強い意志が、クロエを突き動かした。
人々の命を守るため、クロエはカジナル領に接する国境の全線を封鎖することを決めた。
見張りを増員するだけでなく、許可のない者は通行を一切認めない。国境を越える者はすべて足止めされ、徹底的な調査が行われる。
以前の緩い見張りとは比べものにならない、鉄壁の防衛体制であった。
国境を守るという行為は、クロエにとって単なる軍事的判断ではなかった。
それは、人々の命を守るための決断であり、信念そのものだ。
目に見える安全を確保するだけでなく、目に映らぬ危険を封じるための、精緻に計算された布陣。
そしてそれは、確かに〝最善〟のはずだった。
しかし、その政策が実施されて半年後のこと。
一人の男が、カジナルの庁舎に颯爽と乗り込んできた。
その男の名は、ユーリアス。ベルフォードで〝刹那狩り〟と呼ばれるほどの剣技を誇る、若き剣士だった。
当初、彼の心には怒りしかなかった。
クロエが国境を完全封鎖したことで、国境での小競り合いは確かに減った。しかし、その代償として、人々の流れは対策のなされていないベルフォード側へと移動し、そちらでの小競り合いが頻発する事態となっていたのだ。
その混乱の中、ユーリアスの恋人リザリアが巻き込まれ、命を落とした。自然、矛先はクロエへと向けられる。
庁舎に駆け込んだ彼の怒りは生々しく、涙で濡れた瞳は真剣そのものだった。
クロエは一歩も引かず、彼の言葉を受け止める。互いの感情がぶつかり合う中、クロエは深く悩み、慎重に判断を下す。
カジナル領での通行をかつてのように緩和し、人々の流れを調整してリスクを分散することに決めたのだ。
そうして再び、国境管理は〝バランスを取る〟形に戻された。
鉄壁ではなく、調整と柔軟さを重視した統治。それもまた、クロエの責任感から生まれた判断だった。
そうしてやってきたユーリアスは、帰ることなくカジナル軍に入軍した。ブラジェイが彼を気に入り、半ば強引に入軍させたのだが、クロエの監視をするという側面もあったようだ。
クロエは最初、不安と警戒心を抱いたものの、彼の実力と判断力は想像を超えていた。
若くして〝刹那狩り〟と呼ばれる腕前は、兵士たちの尊敬を集め、クロエ自身も次第に信頼を寄せるようになった。
当初ユーリアスはクロエの采配を慎重に観察していたが、やがてその姿勢を認め、協力的に振る舞うようになったのだ。今では互いに信頼を置く関係にある。
一見は涼やかな金髪の美形だが、情に厚く、胸の奥には燃えるような心を秘めた男。その存在は、組織内の空気を微妙に変え、人間関係にも影響を与えた。
ティナとユーリアスが親しげに接する姿が頻繁に目撃されるようになり、クロエの心には複雑な感情が芽生える。
もちろん、相変わらずブラジェイとティナのからかい合いも目に入り、微笑ましくも気を揉む日々が続いた。
(ブラジェイはユーリアスに遠慮しているのかねぇ……自分の気持ちをちゃんと主張していいと思うんだが)
クロエはそんな彼らを遠巻きに見守りながらも、自分の立場と感情を整理できずにいた。
ブラジェイとティナの関係は、進展していない。そのことに少しほっとする気持ちがある自分に、軽く息を吐きながら苦笑を浮かべるのだった。




