12 この物語の終わり
「えっ!?」
思わぬ展開に、つい大きな声が出てしまった。
あれ? でも同じように驚いているのは、ステラとマイラとオスカーくらいだ。
確かに他はポーカーフェイスの人達だけど、もしかしてみんな知ってた?
「私が起こしたみたいに言わないで欲しいわ」
既に取り繕うことをやめたらしいロゼッタは、憮然としてウィリアムに向き合う。
「その言い方は、ある程度認めるって事だよね。おめでとう。これで婚約解消は、おそらく確定だ」
口許だけ笑みを浮かべるウィリアムに対して、ふん、とロゼッタは外方を向く。
いつもの可憐さを取り払ったロゼッタは、それはそれで妖しく美しい。
「あの盗賊団は、コルドから来た一味だった。それを招き入れて、匿っていたのは、フローレス領の役人だった男だ」
兄が当時の捜査結果について簡単に話す。あの捜査を指揮したのは、兄だった。何故わざわざ王太子が、と思ったが、そんな背景があったのか。
ロゼッタは、投げ遣りな様子でふっと笑って言った。
「あの一味は、フローレス領でも荒くれ者で、領民たちも困ってた。やっと全貌が掴めたところで、どうせだったらもう一役買ってもらおうと思っただけよ」
「それで、王都に連れて来て強盗事件を起こしたの……?」
ロゼッタと事件の質が結びつかずに頭が混乱する。いや、元々彼女は被害者なんだけど。
「連れて来たなんて。人聞き悪いわね。フローレスの田舎で暴れるよりも、もっと効率良い方法があるんじゃない、って言っただけ」
「それ、十分、犯罪の教唆なんじゃ……」
「姉さん、そんなことロゼッタだって分かってる」
ロゼッタは、変に開き直るでもなく、ただ落ち着いてそこにいる。ウィリアムがその先を説明していく。
「ちょっと街を騒がせて、最後に自分が襲われるように持っていく。そして、護衛騎士に犯人を捕らえさせる。それが狙いだった。おかしいだろ。それまで女性一人でいるところを狙われているのに、敢えて護衛付きのロゼッタを狙うなんて。後は、捕まえた奴から芋蔓式に盗賊団一味を逮捕させて、終了する予定だった」
「私も、護衛から離れて歩くつもりだったのよ。でも護衛としての性分なんでしょうね。そんなに離れられなかったみたい」
「それは護衛としての性分からか、貴女を別の意味で大切に想うからかは知らないけど」
と言ってウィリアムは、先程大講堂で出しかけた新聞紙を広げて見せた。一面記事の下側、王都の少年剣術大会で優勝したという少年達の紹介があった。
優勝した少年と準優勝した少年は、フローレス領の兄弟で、兄がロワール、弟がレイリー。
ロワールって……。
「よく見つけたわよね、そんな古い記事。まだ殿下がミルクを飲んでいた頃のものでしょう」
「色々馬鹿にするなよ。王立図書館には、過去の新聞記事は全て保管されているし、僕は貴女と一歳しか変わらない」
真顔で挑発してくるロゼッタに、ウィリアムがむっとしたのが分かった。
記事の日付は十年前の十月。この時十二歳だったという兄のロワール君は、今二十二歳。
「この人、大神殿の神官様……」
「そうよ」
「弟が、ロゼッタの護衛騎士だろ。ロゼッタが、兄上の婚約者を下りてまで結ばれたいと思っていた相手だ。ロワールへの取り次ぎはレイリーがしていたはずだ。お嬢様を盗賊から守って、更に犯人逮捕の栄誉までくっつけて、これで、兄上がステラに懸想して婚約解消にでもなったら、瑕疵はなくても、敬遠されて縁遠くなる前に、と許される望みがあった」
「殿下は、本当にずけずけと遠慮なく人の心に踏み込んでくるのね。だからお子様だと言うのよ」
またしても、ロゼッタの言葉にかちんと来たウィリアムが口を噤む。
弟よ、それじゃ図星だと言っているようなものよ。
ロゼッタは神妙な面持ちで、そんなウィリアムを見遣ることもなく、じっと新聞記事に目を落としていた。
ああー。私もウィリアムのこと、いつまでも可愛いとか思ってたー。ごめん。
沈黙した弟に変わって、兄がロゼッタに聞く。
「盗賊団逮捕まではそれでいいとして、船の件は違うだろう。あそこでステラが船を戻すところまでが計画だったのか?」
「いいえ。そこまでは操作できません。でも、チャンスだと思いました。ステラが世に広く聖女として認められて、レオナルド様と共に問題を解決される。これ以上ない後押しだと思いました」
新聞記事から目を上げ、兄の目を真っ直ぐに見つめ返して答えるロゼッタは、どこかすっきりした表情をしていた。嘘じゃなく、今までで一番美しいと思った。
兄も、そんなロゼッタの顔をじっと見つめると、
「……そうか。今まで気付いてあげられなくて悪かった」
と、目を伏せた。
この瞬間、兄とロゼッタの関係は終わったのだ。まあ、実際には色々な手続きが残っているのだけど。
「……それで終わりですか。兄上、僕が一番聞きたいのはそれじゃない!」
これまで相手を煽るように、余裕ぶった口を聞いていたウィリアムが、声に怒りを溜めて感情的になっている。
あ。これは危険だと、瞬間的に悟った。
このままだとウィリアムが兄に飛びかかりそうだ。止めなくては!
だが、とっさにウィリアムを抑えようとした手を、誰かに強く引かれる。「わっ」とバランスを崩してよろめいたところで、また肩を支えられて、何とか倒れずに済んだ。
そして、
「私からも、ロゼッタ様にお聞きしたいことがあります」
私の手を引いて、肩を支え、そう声を上げたのはカイルだった。カイルに肩を抱き留められて、「えっ? 何で?」と疑問符が止まらない。
「怪我する前に引っ込んでろ」
「え? ここはウィリアムを止めないと」
「別にいい。兄弟喧嘩くらいさせてやれ」
「いや駄目でしょ」
「お前が止めなくても、男手が一杯ある」
「ええ……?」
「とにかく黙ってろ」
もうふらつきもしていないというのに、カイルの手は私の肩と手に添えられたままだ。顔は見えないけれど、兄の返事を待っている。
勢いを削がれたウィリアムも、いつもは寡黙なカイルの次の言葉を待っている。
「珍しいな。お前から声を上げるのは。言ってみろ」
「ありがとうございます」
私達でも兄と話す機会は少ない。カイルなら尚更だ。カイルの手から、彼の緊張が伝わってくるようだ。ていうか、ちょっと力が籠もってきてるんですけど。痛いよ。
どうして私を保護する人たちは、カイルといいミアといい、力を強く込めるのか。
頭上でカイルの頭が動く気配がする。おそらく今彼の目は、ロゼッタを真っ直ぐに見据えている。
「ロゼッタ様。全ての罪を、アイリーン様に被せようとしたのは何故ですか?」
ウィリアムもぐっと歯を食いしばり、黙ってロゼッタの口を見ている。その後ろでは、アランがいつでもウィリアムを抑えられるよう、身を乗り出して控えているのが目に入る。
ああ、そうか。
設定なら必然だと思っていた、私の悪役令嬢ポジション。私自身は、特に疑問に思っていなかったのだけれど、ウィリアムやカイルにしてみれば、そういうもの、では納得できないのかもしれない。
カイルの大きな手で伝わる力から、そう感じた。
「……別に。丁度良かったの。アイリーン様なら、卒業後にはここからいなくなる。学園内のちょっとやそっとの軋轢や嫌がらせくらいなら、きっとそのうち忘れられると思ったのよ。多少罪に問われても、和平の為に婚約が流れることもないから、揉み消してもらえるわ。私と違って、代わりはいないもの」
ロゼッタの口から、私への悪意とも言っていい言葉が紡がれる。
ロゼッタの言う事は、きっとその通りだけど。その通りなんだけど、何か……。
「姉さん……」
ウィリアムの驚く顔と呟きで我に返ると、自分の両目から涙が次々に零れ落ちて行くのに気付いた。
頭上でカイルが歯噛みする音がして、私の肩を掴む彼の手が僅かに震えている。
「……つまり、アイリーンであれば、どうせ国からいなくなるから傷付けても構わないと。王家が守ってくれるから、罪を擦り付けても問題ないと。そういう訳ですね」
「カイル……、お前……」
兄ですら、カイルの様子に瞠目している。氷の貴公子が怒りを顕にする様は、それ程に珍しい。どんな顔してるんだろう。気になる。
「そうであれば、全校生徒の前で、ステラ様が階段から突き落とされそうになった、と仰ったのは幸運でした。この一言で、嫌がらせについての一件も、なかった事には出来なくなる」
カイルの言葉でステラがはっとする。階段の件が事実であろうとなかろうと、私が犯人じゃなければ、私を死罪へと追い込む讒言となる。
「私……、どうしたら……」
と、ステラが震える。
もうこれだけで、ステラによる虚言だったと言っているようなものだ。
ロゼッタとは無関係なのかもしれない。おそらく彼女なら、こんな下手は打たないし、マイラの話からも察するに、嫌がらせに具体的な指示は出していない。
ロゼッタはもう、ステラに視線を向ける力もなく、俯いて佇んでいる。
その時、ちかちか、と瞬く光の粒が視界に入り、はっと息を飲む。ステラの目がぼんやりと金色に光り始めている。
奇跡の力の兆候だ。
でもこれ、ステラが制御できてる……?
そして直後、光の粒がステラの周囲から湧き出るように一気に増した。
驚愕で、光の粒に飲まれていくステラから、目が離せなかった。その視界が急に暗くなる。カイルが私に覆い被さったのだとすぐに分かった。
何かが起こる、と、カイルの腕の中でぎゅっと固く目を閉じた。
でも、何も起こらなかった。
私を抱くカイルの腕の力が緩み、私もそっと腕の中から頭を出し、部屋の中を確認する。
兄の執務室はそのままで、ただ、ステラの姿が見当たらなかった。
「ステラ様は……」
「ここだよ」
そう答えたウィリアムの足元に蹲る人物が二人。
ステラと、ステラを抑えるアランだ。ステラには、アランの上着が頭から被せられている。
「間一髪だね」
「大博打だったけどな」
「呼吸は出来るように気を付けてよ」
そう言うウィリアムとアランを、兄が「お前達……」と、驚きを込めた目で見る。
ウィリアムが兄の方に向き直る。
「今更、驚くことでもないでしょう。僕一人であれだけ調べたとお思いですか? あのほとんどは、カイルとアラン、ミアが、それぞれの伝手を駆使して調べ上げたものです」
アランの腕の下で、ステラの呼吸が落ち着き、寝入ったように動きを止める。その様子を確認し、ウィリアムが続ける。
「ステラの力は、その目で見た物にのみ有効です。なので実は暗がりには弱い。力の発動前には、目が光り身体から光を発する。それが妨げられたら発動しません。これを見つけたのはアランです。単に兄上の付き添いだけで、大神殿までまめに通っていたわけではないのです」
兄とオスカーとアランが、大神殿に通い詰めていたのは、私達の入学前だ。そんな時から、アランまで動いていたなんて。
そのままウィリアムは、ロゼッタに向かって話す。
「物の言い方なんて、拘っている余裕はありませんよ。貴女にとっては捨て置ける存在でも、僕等には何に代えても守りたい命なんだ」
あっ、お子様って言われたの、根に持っていたっぽい。
何に代えても守りたい、とか言われて、また泣きそうになる。
「特にこっちには、姉の為なら死んでも遣り遂げるって覚悟の奴もいる。まあ、僕もそうかも知れないけど」
そんなに!? ちょっと重たい。けど、そんなにも大切に想われているなんて、想像もしなかった。
そうだな。私も、ウィリアムの為なら命を懸けられる気がする。
「……僕は、同じ兄弟として、兄上にもそうであって欲しいと思っていました」
兄にあてた最後の台詞は、どこか寂しげに響いた。
ウィリアムの言葉に、兄が何か言おうとして、一旦口を噤み、何やら逡巡しそれから、
「そうだな……。悪かった……」
とだけ、口にした。
完璧王子と言われ続けた、兄のそんな辛そうな表情は初めてで、またきゅっと胸が締め付けられた。
ウィリアムも、そんな兄の様子を、何を思っているのか神妙な面持ちで眺めていた。
一頻り、そんな感傷に浸ったところで、
「じゃあ、後は兄上が仕切って下さいよ」
と、ウィリアムは執務室のソファーに寝転んだ。「あー疲れた。二年分疲れた」とかぼやきながら。
再度正式に証言を取る必要があるとして、ロゼッタ、ステラ、マイラに、レイリーとロワール兄弟が拘束された。
正気に戻って、連行される間際のステラに、
「今までごめんなさい。修行が厳しい中、あんなに嫌な思いしているなんて気付けなくて……」
と、本当に久しぶりにちゃんと声を掛けることができた。
するとステラは、その大きな目を涙で揺らしたかと思うと、ぽろぽろと大粒の涙を流し、
「ごめんなさい、姫様。私、王都に来て心細くて、姫様が会いに来てくれる時間が、唯一の楽しみだったのに……! 本当は、姫様のお菓子も、ハーブティーも大好きで、ずっと、仲良くしてもらいたかったのに……。凄いって、綺麗って言ってもらえて嬉しかった……。それなのに……。ごめんなさい」
と、言ってくれた。姫様って、出会った頃と同じように呼ばれて、お菓子もハーブティーも好きだったって聞いて、涙腺が壊れたように、私も泣いた。
本当だったらもっと、こんな風に泣かずに、違う形で仲良くできたかもしれないのに。




