11 第二王子と公爵令嬢
週刊アリアくらいしか情報源を持たなかった私には、正直ウィリアムの話す内容がほとんど分からなかった。
一体この子等は、いつの間にこんなに調べて……?
あと何故私は、私の侍女に後ろ手に拘束されているの……?もしかして保護のつもり? にしては痛いんだけど。
ウィリアムに問い詰められたステラは、俯き加減になって答えなかった。
答えに詰まって、そして人集りの中に視線を向けた。
ウィリアムはステラの視線を追い、その口許に再び笑みが戻る。ただ真っ黒な笑顔なんだけど。私の天使はどこに行った。
「今日が本番だとは踏んでましたが、あんな早々にロゼッタ嬢から動くなんて、意外でした」
「……何の事か分からないわ」
「あのまま噂だけ煽っていれば、そのうち解消できたかもしれないのに」
「噂……? 知らないわ」
ウィリアムに言葉を投げ掛けられたロゼッタも、いつになく強張った面持ちをしている。いつもの柔らかい雰囲気が感じられない。
「ではそれでいいです。そこで聞いてて下さいね。全部、貴女が扇動していたって根拠を説明していきます」
そう言って、ウィリアムは手にした資料の中から新聞紙らしいものを取り出した。
途端に、強張りながらも平静を装っていたロゼッタの顔が、狼狽し、泣き出しそうに歪む。
「もしかして、それは……」
「もうやめろ、ウィリアム!」
ロゼッタのか細い声より強く、レオナルドの声が強く響いた。
その声で、ざわついていた会場内が、しんと静まり返る。兄の力強い視線に、ウィリアムも一瞬たじろいだようだ。だがすぐに、同様に鋭い視線を兄に返す。
「親睦会の空気を乱してまで、全校生徒の前でステラやロゼッタを糾弾することに何の意味がある」
「責任の所在を履き違えないでいただきたい。この場を乱したのは、ロゼッタであり、ステラであり、兄上だ」
「まだ続けようというのか」
「続けます。何の意味があると仰りましたね。大いにありますよ。この話には、姉上の命と名誉が掛かっている。場所を移したっていい。でも絶対にやめません」
ウィリアムの強い言葉に、胸が締め付けられるようだった。ミアが私を握る手にも、ぎゅっと力が籠る。痛い痛いって……。
「分かった。場所を移そう」
* * *
もうとっくに親睦会の雰囲気ではなくなっていたが、料理もあり、この為に着飾ってきた生徒達がいる。
残された生徒会役員と、有志によって、親睦会は続けられることになった。
そんな中、私達は王宮の王太子の執務室へと移動した。
ウィリアムが、「僕達兄弟に、ステラ嬢、ロゼッタ嬢、マイラ嬢、あとオスカーにアラン、マクラウド姉弟もお願いしますね」と、ちゃっかりメンバーを仕切って引き連れてきた。
「それで、ウィリアムが無理にでも続けたい話とは何だ」
いつもの王子様スマイルを取り払って、厳しさを全面に出した兄が、ウィリアムを促す。
こうして見ると、国王である父に似ている。兄のこんな顔は初めて見る。
「この下らない嫌がらせとか、兄上の浮気の噂だとか、それらの一切が、ロゼッタ嬢の計画によって為されているという話です」
先程と打って変わって、ウィリアムは落ち着いた表情と声で、静かに話し始める。
「嘘よ! そんな事、私知らないわ……」
そう言って、震えながら涙をぽろりと一粒零したロゼッタを、マイラが肩を支え不安そうに見つめる。
ウィリアムはそれを白けた目で見ている。
「動機からいきましょう。まず、ロゼッタには、兄上の他に想う方がいます。ただ、王太子の婚約者である今のままでは、到底添い遂げることは叶わない。そこに、聖女候補として、ステラが現れました」
「私はレオナルド殿下を心から慕っています! それを浮気者のように言われるなんて、ウィリアム殿下とて無礼です!」
「ロゼッタ、黙っていろ。まずはウィリアムの話を聞く」
泣きながら取り乱したロゼッタを、兄が制止する。威圧感のある声に、ロゼッタも息を飲んで、二の句が告げなくなる。
ロゼッタが静かになったのを横目に見て、ウィリアムが続ける。
「聖女であれば、王太子妃として不足はありません。しかし、兄上はステラに特別惹かれることもなかった。そこで利用されたのが姉上です。この人、過剰にステラを気に入ってますからね」
ちらっと何やら呆れ気味な視線を、ウィリアムに向けられた気がする。
「姉が大神殿に頻回に顔を出すのを利用して、ステラから兄上に、姉上から嫌がらせを受けているって相談をさせた。そして、兄上は姉上が大神殿に面会に行けないよう指示を出した。合ってますね?」
「確かに。そのような事があった。アイリーンがそんな悪質な事をするとは思えなかったが……」
「まあ、昔から奇妙な事言っていましたもんね。受け取りようによってはさもありなんと思ったのでしょう」
「そうだ」
何か、兄と弟から揃って馬鹿にされてるんですけど。これって、私の無罪証明をする場でもあるんじゃなかったっけ?
「その為の布石は最初から打っていた。姉上に誤情報を伝えたロワール神官は、フローレス領出身で、ロゼッタの言う事なら何でも聞く」
「そんな……。領民だからって……」
「まあ、それは後でいいです。そして、不安だからという訴えを聞いて、兄上は大神殿に通うようになり、そのうち、王太子殿下は聖女候補にご執心だという噂が流れる。実際、通っているという事実があるんだから、一度流してしまえばあっという間に拡散される」
でも、噂なんて勝手に広がるなら、ロゼッタが流した証拠はないのでは……。
なんて考えが透けて見えたのか、更にウィリアムが続けた。
「噂の出処も突き止めました。大神殿に出入りする女官、フローレス公爵家のメイド、ロゼッタの従姉、あと王宮のメイド、彼らがそれぞれの視点から、事実の中から疑わしい内容を抽出して話したんです。それが合わさり廻り廻れば、兄上とステラが真に恋人かのような話が出来上がる。巧妙です」
ロゼッタが、息も忘れてウィリアムを見つめている。
本当に、いつの間にこんなに……。
「次に行きます。兄上とステラは恋仲ではなかったけれど、オスカーは違う。彼は本当にステラに一目惚れをしてしまった。それを面白く思わないのがマイラです。おそらく、ロゼッタに相談したのでしょう」
マイラが目を潤ませて、唇を噛む。
オスカーは、赤面しつつ罰が悪そうな顔をして俯いた。
「ここで再び利用されたのが姉上です。ステラには、兄上に姉からの嫌がらせが怖いと言ってべったりくっついているように示唆する。あのドレスは、おそらく兄上の名前で注文しオスカーが選んだとか何とか言って煽った。母から姉のドレスの色を聞いたロゼッタは、ステラにも同じ色を催促させて、さも姉に動機があるように……」
「……違うわ。ドレスは、ステラさんが、オスカーと踊るのを楽しみにしてるって聞いて。オスカーも、ステラさんのドレスを、妖精みたいだって褒めてて。それで私、堪らなくなって……。ごめんなさい……」
ウィリアムの言葉を遮って、マイラが目に涙を湛えて必死で話す。話し切ってから、遂に堪えきれずに泣き出してしまった。
「マイラ様……」と、ステラがマイラのその様子をじっと見つめる。
兄もその二人の姿を静かに見守っていたが、小さく息を吐くとウィリアムに向き直る。
「ウィリアム、先を続けろ」
「はい。裁縫の教科書についてはいいですね。他にも細かい物がいくつもなくなっているはずですが、それらはマイラによるものです。おそらく一時的になくなっては返ってきている」
「オスカーが、ヘアピンを贈ったとか、香水を贈ったとか聞くと悔しくて……。私……。でもやっぱり、こんな事悪い事だって思って……」
なんと。ステラは実際に嫌がらせを受けていたのだ。
やっぱりマイラは、あまり深く考えず思い込んだら即行動ってタイプに違いなかった。こんなに思われてオスカーは幸せ者……なのか。
ウィリアムが不意に、大きく息をついた。
そして、更に緊張感のある声で、「でも」と切り出した。
「でも、ロゼッタの本来の目的は婚約解消です。しかし、どれだけステラをけしかけても、いつまで経ってもそこに近づく気配もない。そこで焦ったロゼッタが起こした事件が、昨年秋の、連続強盗事件です」




