エリクサー症候群
幸せそうな表情のルナリエの寝顔を見ながら、俺は彼女の髪を優しく撫でてやるのだった。
その時、廊下からなにやら足音が聞こえてきた。
「ナガト殿! 今、お礼の品を持って参りましたぞ!」
まずい、辺境伯が帰ってきてしまった。
辺境伯に、こんなところを見られたら……
俺はルナリエを起こそうと彼女の体をゆするが、いっこうに起きる気配がない。
どうすれば……
くそっ、これしかないか。
俺はとっさにテーブルクロスを引っ張って、膝の上に寝転ぶルナリエを隠した。
「お待たせしました、ナガト殿。おや、どうされました? なにも、そんなに緊張なさらなくても……」
「え、ええ、そうですね……」
俺は乾いた笑いを浮かべながら言った。
どうやら、なんとか辺境伯にはルナリエのことは気づかれていないようだ。
なんでこんなことに……
「これがお礼の品です。ぜひ受け取っていただきたい」
辺境伯が持ってきた木箱から取り出されたのは、布にくるまれた青色の小瓶だった。
星のような輝きを浮かべる液体で満たされた美しい瓶が、十本以上箱に入っていた。
前に何度かだけ見たことがある。これは幻の霊薬の……!
「これは霊薬【エリクサー】です。ナガト殿、今日は娘を助けていただき感謝の言葉もありません。ささやかではありますが、どうぞこれをお持ちください……!」
「そ、そんな……悪いですよ、こんなに受け取ってしまうなんて」
幻の霊薬と言われる最高のポーション【エリクサー】。
全回復に加え、長時間の強力な自動回復効果、身体能力の大幅な向上が得られる冒険者の切り札だ。
その価格は高額で、これだけのエリクサーがあれば家が建つレベルである。
「ナガト殿のおっしゃることはよくわかります。ナガト殿はたいへんな力をお持ちでありながら、なお謙虚なお方。それに、ナガト殿であれば相手が誰であれ助けていたことでしょう。しかし、これを受け取っていただくのは私の望みでもあるのです」
「辺境伯の望み、ですか?」
「左様、あれはまだ私が冒険者として剣を振るっていた頃のことでした……」
辺境伯が真剣な表情で俺に語り始める。
その時だった。
「うーん、むにゃむにゃ……」
テーブルクロスの下のルナリエが、俺の膝の上で寝返りをうった。
彼女の熱い吐息が俺の下半身にかかる。
目の前には真剣な表情の辺境伯。
うっ……まずい状況だ。
なんとか平常心を保たなければ。
「私がまだ冒険者として魔物たちと戦っていた頃です。私は、いつか使うだろうと思いエリクサーを何本も集めておりました。店で見かけることがあれば、ぜひにと買い集め、持っている本数が増えていくごとに、自分の冒険者としての実力が高まったと思っていたのです」
「やはり、辺境伯も冒険者をされていたのですね」
「そうです。そしてエリクサーをいつ使うべきか。私はずっと考えていました。正直、今になって考えれば使うべきタイミングは何度もあったと思います。しかし、その時の私はここではない、今ではないと悩み続け、結局一度も使うことはありませんでした」
「なんと。そんなことが……」
「ここぞというタイミングで格好よくエリクサーを使い、不利な戦局を逆転する……いつかそんな時がくると、いつも私は妄想にふけっていました。私の冒険者としての幕切れはつまらないものでした。切り札を出し惜しみしていた私は追い詰められ、魔物からの一撃を受けそれが原因で引退したのです」
「知りませんでした。勇猛で知られる辺境伯にそんな過去があったとは」
「そう、切り札は持っているだけでは駄目なのです。魔物の一撃で気絶した私は何とか後で仲間に救出され一命はとりとめたのですが、傷を受けてから時間がたっていたためか、もはやエリクサーでも完全に癒えることはありませんでした……」
辺境伯は正義感の強い男なのだろう。
彼はとても悔しそうにその顔をゆがめていた。
「切り札は使ってこそ。冒険者を辞めた私が持っていても意味がない。ナガト殿、これをあなたに役立てていただくのが、私の無念を晴らすことになるのです。わかっていただけますかな」
「わかりました。そういうことなら受け取りましょう。このエリクサー、必ず役立ててみせます」
「おお、ありがたい!」
辺境伯は嬉しそうに笑った。
俺はエリクサーを受け取る。
これは思わず、いい物が手に入ったな。
強敵との戦いでぜひ使わせてもらうとしよう。
俺はさっそく使い道を考えるのだった。
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