幻のワインで乾杯
ここは、豪華な家具にいろどられた辺境伯の屋敷の一室。
俺は、領主に招かれ豪華なもてなしを受けていた。
白いクロスがかけられた長テーブルに、次々と料理が運ばれてくる。
どれも珍しい食材ばかりだ。
貴族の家は、いつもこういうのを食べているのだろうか……
「さあさあ、ナガト殿。遠慮は無用ですぞ!」
辺境伯、ゲオルグの合図で料理を持ったメイドたちが部屋に入ってくる。
鉄板に乗せられ運ばれてきたのは、分厚いステーキだ。
煙と共に、食欲をそそる香りが漂ってくる。
「どうぞご賞味くだされ。特上クラスの【フローズンバッファロー】のステーキです!」
「フローズンバッファロー!? す、すごい……いいんですか、いただいても?」
「もちろんですとも。今日は、ナガト殿の為に特別に手配させました。ナガト殿ほどの優秀な冒険者となれば、やはり良いものを食べて英気をやしなってもらわねば。これも領主の務めというものです」
「では、お言葉に甘えて。……いただきます」
フローズンバッファローとは、ごく稀にしか見つからないアングリーバッファローの希少種だ。
怒りっぽく好戦的なアングリーバッファローと違い、性格は冷静かつ警戒心が強く仕留めるのは困難を極める。
青黒い毛並みが特徴のフローズンバッファローの、その肉は霜が降ったように見事な脂がのっていて、非常な美味として知られているのだ。
まさかフローズンバッファローのステーキをお目にかかれるとは……
俺はナイフで切り分けたステーキを口に運ぶ。
あふれ出る肉汁、濃厚な肉の香りが鼻を抜けていく……
肉質はとても柔らかく、まるで口の中で溶けるようだ。
「こ、これはうまい……!! こんな肉、今まで食べたことない!」
「気に入っていただけて何よりです。おお、ルナリエの料理も出来上がったようです」
部屋に入ってきたのはルナリエだった。
彼女も何か作っていたのだろうか。
ルナリエは白衣姿で、長い銀髪を後ろで束ねている。
「お待たせ、ナガト。私の得意料理を持ってきたわ」
ルナリエが持ってきたのは、なにやら変わった形をしたパンだった。
それは平たい皿のような形をしていて、上にチーズや香草、そして見たことのない赤い果実が乗せられている。
「へえ、珍しい料理だね。ルナリエ、これは?」
「これは、最近貴族の間で流行っている料理なの。ほら、こうやって切り分けて食べるのよ」
ルナリエは慣れた手つきでそれをきれいに等分していく。
香ばしいパンとチーズの香りがたまらない。
「さあ、どうぞ。熱いから気を付けてね」
ルナリエに進められ俺はその一片を口に入れた。
香ばしいパンの香り、そして溶けたチーズのまろやかさ。
そこに赤い果実のみずみずしい酸味が合わさって、とてもうまい。
これならいくらでも食べられそうだ……!
「うまいなあ! ねえ、この赤い実は何かな?」
「これは最近、新大陸で見つかった野菜なの。いろんな料理とよく合うわ」
「へえ、すごいなあ。ルナリエは料理がとても上手だね」
「えへへ……そんなに褒められると照れるわ。ナ、ナガトにならいつでも作ってあげるわよ?」
ルナリエは顔を赤らめて、気恥ずかしそうにしていた。
とびぬけた美少女と言っていいルナリエだが、家庭的な白衣もとてもよく似合っている。
彼女にこんなことを言われたら、こっちも勘違いしてしまいそうだ。
「あっそうそう、お父様。そろそろ例の物を、どうかしら?」
「ああ、そうだな。私はナガト殿へのお礼の品を準備してきます。あとは二人でどうぞごゆっくりお楽しみくだされ」
辺境伯はお礼の品を準備すると席を立ち、そのまま部屋から出ていった。
やれやれ、そんなに気を使わなくてもいいのに。
辺境伯はずいぶん義理堅い人物のようだ。
辺境伯が部屋から去ったのを確認すると、ルナリエはなにやら意味ありげにニヤリと笑った。
「……よし。お父様は行ったわね。ねえナガト。ちょっと喉乾かない? そろそろお酒が欲しくないかしら?」
「えっ? まあ、そうだなあ。どうしたの、ルナリエ? なんだか悪いことでも考えているみたいだ」
「うふふっ、見てよこれ。じゃーん!」
「こ、これは!?」
ルナリエが白衣の中から取り出したのは一本のワインだった。
いかにも年代物といった感じのその瓶に書かれた名前をみて、俺は驚愕した。
「ま、まさかこれは幻のワイン【レミー・コンティ】!? な、なんでこれがここに?」
「ふふっ、さっきお父様の部屋からこっそり持ってきたの。さあ、これで乾杯しましょ!」
「だ、駄目だろ……このワイン、いくらするか知ってるの? こんなこと辺境伯に知れたら大変だ」
年代物のレミー・コンティとなれば数百万ディナールはくだらないだろう。
きっと辺境伯の大切なコレクションなのだ。
なんとかルナリエを止めなければ……!
「大丈夫だって。どうせお父様、いつまでも飲まないんだから。こうした方がお酒も喜ぶわ。それっ!」
ポンッ! という軽い音。そして立ち込める芳醇な葡萄の香り。
俺が止めるまもなく、ルナリエは瓶の栓を開けてしまった。
俺は思わず頭を抱えてしまう。
「うーん、いい香りだわ。さあナガト、グラスを出して」
ルナリエはレミー・コンティを惜しげもなくグラスに注いでいく。
二つのワイングラスが赤い液体でいっぱいに満たされた。
た、高いワインってこういう風に飲むものなのかな……
「いい出会いには、やっぱりいいお酒が必要ね。じゃあ乾杯よ。さあナガト、ぐっといってちょうだい」
「わ、わかったよ。じゃあいただくとするか……」
やれやれ、どうやら腹をくくるしかないようだ。
すまない、辺境伯。せめてよく味わうとしよう。
俺とルナリエは、同時にグラスを口に運んだ。
これは……なんというか、複雑な味だ。
けっこう苦いな。
これが数百万ディナールの味か。
……正直、他のワインとの違いがよくわからない。
けど、たぶんすごくいいものなんだろう。うん、そうに違いないな。
「うわぁ! なんて美味しいのかしら。やっぱりレミー・コンティは違うわね。ねえ、ナガトもそう思うでしょ?」
グラスを空にしたルナリエが興奮気味に俺に聞いてきた。
……さすが貴族ということか。彼女にはどうやら違いがわかるらしい。
「そ、そうだね。なんというか大人の味って感じだ」
「さすがナガト。違いのわかる男ね。うーん、なんだか私、気持ちよくなってきちゃったわ……」
ルナリエは顔を赤くして、体をふらふらとさせていた。
「おいおいルナリエ、大丈夫か。まさか、もう酔ったのか?」
「なんだかナガトが二人に見えるわ。……ねえ、ちょっとだけこうやって休ませてほしいの」
俺の隣に座っていたルナリエは、俺の膝を枕にして寝転がるのだった。
「やれやれ、しょうがないなあ……」
まいったなあ。これじゃあ俺が動けないぞ。
ルナリエはすぐに、すうすうと寝息を立てて寝てしまった。
「ナガト、ずっと一緒にいてね……」
幸せそうな表情でつぶやくルナリエの寝顔を見ながら、俺は彼女のつややかな髪を優しく撫でてやるのだった。
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