捨てた願い(三)
続編です、ラストまで残り1話、よろしくお願いします。
「止めてっ! 、お母様を殺さないでえぇぇ」
ロゼの悲痛な叫びも虚しく。
皇后の首は、血飛沫を上げ切り落とされる……筈だった。
彼女を掴み、今まさに首を切り落とそうと当てられた刃だが、その剣を握っている敵兵の腕は、ブルブルと震えるのみで、首に当てた位置から動きを見せる事が無く、とまった状態を維持している。
「そんな……、手が動かないっ!」
「何をくずくずしておるっ! 、さっさと切り落とさぬかっ!」
皇帝の怒号が、大聖堂にこだまする。
しかし皇后の首に当てられた刃は、微動だにする事が無かった。
「はぁ?私の首を切り落とすですって?、やって貰おうじゃない!」
「き、貴様っ!」
皇后は拘束を解かれてはいない、その皇后の口からは何時もの上品な物言いではなく、だが確かに聞き覚えの有る口調で、言葉を発していた。
「貴様っ 、皇后では無いなっ!」
「大正解っ━━━!」
そういった後、彼女を囲んでいた兵達は、弾き飛ばされた。
皇后には、そんな強力な魔法が有る筈は無い。
間違い無く別人だが……。
その正体は、彼女が姿を変えた事で判明した。
「ラクテルっ! 、貴女がどうしてここへ?」
「何時、皇后と入れ替わったんだ?」
俺とロゼは同時に彼女へと、質問する。
俺達だけじゃない、この場の全員がラクテルの登場に度肝を抜かれた。
「あんた達が、神殿の周りで騒いでいるスキにここへ忍び込んだわ、皇后は見付からない場所に隠してるわ、後で私が連れて帰るから安心しなさい」
あの大して長時間でもない戦闘の間に、七夜城へと潜入して皇后を助け出し、彼女と入れ替わったと言うのか、全く呆れた早業に見事と言うしか言葉が無い。
「おのれ魔女があ、小賢しい真似を……」
そう言い残し、皇帝は姿を消した。
「急ぎなさい、皇帝は皇王の居場所へ向かった筈よ!」
「ラクテル、御父様は何処に居るの?」
「きっと玉座の間に居るわ、まだ皇帝の腹心が居るから気を付けるのね」
急転直下の出来事で、俺達を取り巻く状況が一変した。まさか第二の魔女ラクテルが、七夜城との戦いに参入して来るとは、想像すらしなかった。それは彼女が、俺達に対して一切介入しないと言ったからだが、時を越えて死ぬ筈だった二人を助けた事で、未来が変わった?。
この場にラクテルの介入が無かったら、皇后は殺されていた。
二人を助け、歴史を変えた事は間違いでは無かった。
「玉座の間は、このずっと真直ぐ行った先よ……、早く行きなさい」
「ラクテル……、有難う。歴史を変えた事は間違いじゃ無かった」
「はぁ?…、何を訳わかんない事を、ってまさかあなた達は……」
その先の会話を交わす事無く、彼女の指差した大聖堂の奥へと駆け出した。
途中には、敵兵が次々と襲って来たが、俺達を止めるのに雑魚では無理と言う物だ。玉座の間へと走る俺達に、波の様に押し寄せる敵の大群。
大量の白銀矢で打ち抜かれる者、灰燼と化し燻ぶっている者、或は氷に閉ざされ衝撃波で破壊されて行く者。広く長い通路には、敵兵の無残な残骸が俺達の後ろに出来上がって行く。
その通路の先、別の部屋が在る事を意味している入り口が見えた時。
俺達は、強烈な波動を感じ足を止めた。
「隠れて居る者っ! 、出て来い!」
「ふっ、流石に見抜かれたか。だが、この先へは一歩も通さぬ!」
「ここは、私に任せて貰えるか?」
アネスは、自分がこの敵に対峙すると俺達の前へ出た。
奴の武器は剣、弓の彼女に勝算は有るのか?。
「問題無い、心配は要らん馬鹿者っ!」
こんな時にも、馬鹿者を欠かさない彼女は……。
しかしその顔に、自信しか見て取れない、俺はそれを信じて彼女にこの場を預ける事にした。
「玉座で待っているからな……、必ず来いよっ!」
「当然だっ! 、ユキヒト行けっ!」
二人を迂回して、俺達は先へと進んだ。
両手に剣を取り、二刀を構えるのが俺の視界に入った。
「愚かなエルフが……、貴様一人で我と対峙する等、自殺行為と知れっ!」
「その愚かなエルフに、貴様は一撃も入れる事は叶わぬと知るが良い」
「ほざいたなっ、小娘がぁぁ!」
俺の後方で、二人の戦闘が始まった。彼女の無事を祈り、俺と六名の女達はこの先に居る皇王を救出し、皇帝を倒す為に通路を駆け抜けていった。一つの入り口を抜けた先の短い広間には、敵兵の姿は見えない。俺達は、誰にも邪魔される事なく、最期と思える扉の前へと辿り着いた。
「この先に……、御父様が居る」
「ああ、そして皇帝もこの中に居る筈だ。ロゼ、いよいよ最期だ」
「私達も居る事を、忘れないで下さいね!」
マリネの言葉を聞きながら、俺はその扉を押し開いた。
大聖堂の広さこそ無いが、この広間もかなりの広がりを見せている。
その視線の行き着く奥、玉座が設置されている高みへと続く階段と、皇王とその身体を拘束している皇帝、二人の姿が見えた。
「御父様っ! 、ご無事ですか?、直ぐに助けますっ!」
ロゼは、皇王の姿を見るなり玉座の傍へと走る。
「ローゼスよ……、この私ごと皇帝を焼き払うのだっ!」
「馬鹿な事……、そんな事が出来ましょうか!」
「両方を滅さぬ限り、この永い因縁を断ち切る事は出来ぬ、やるのだロゼっ!」
皇王とロゼの会話を制止、皇帝ベルトーゼが口を開く。
「遂に、この場へと辿り着き居ったか……だが我が身を滅する事は不可能だっ!」
「やってみなきゃ、分からないぜっ!」
「愚かな異世界人め……、おのれの限界を知らんと見える」
自分と一緒に、皇帝を滅し去れと皇王はロゼに言う。
だが、父親を助けに来た彼女にそんな残酷な行為が、平気でやれる無い。彼女は今、必死に父親を助けた上で、皇帝を永久に滅し去る法方を思案しているに違いない。
二人を焼き払う以外に、一つだけ法方は在る。
神殺しの刀、あの刃を持って皇帝を倒すことで、永久に続くこの戦いに終止符を打つ事が出切る。だが肝心のその刀は、初日に宮殿を襲撃された時に、奴等に奪われている。皇帝の身体を観察していたが、あの刀をその身に、持っては居ない。
奴が、誰にも渡さずに自分で管理すると、神殺しの刀を後生大事に持ち歩いている筈と、俺は予想していた。何とかスキを衝いて刀を奪い返すつもりが、それは儚くも消えた。
「どうした異世界人、我を切り裂くか?、だが皇王と共に斬らねば何度でも再生するぞ?。どうするのだ?皇女よっ!、我と共に父親を焼き払うか?」
「くう……、手が出せない……。一体どうすれば良いの?」
戸惑い、どうする事も出来ない俺達に、皇王は再びその思いを告げてきた。
それは、焼き払うと等しく、ロゼにとって耐えられる物ではなかった。
「異世界人よ……、頼む、私と共に皇帝を斬ってくれ、御主ならそれが可能な筈じゃ。太古の昔からこの世界に続いて来た厄災を、御主の手で止めて欲しい」
「馬鹿な事を言わないで、御父様っ!、ユキヒトそんな事、しないわよね?」
ロゼの哀願している声が、俺の耳に響く。
彼女のそれは、これで二度目だが今回の願いは、皇王の想いとは反する。
どっちの願いを叶えるにしても、究極の選択に違いない。
「主殿、どうするおつもりか?」
「ユキヒトさん……辛い選択をしなければ成りません」
「マリネ……、頼む来てくれ!」
「ユキヒト様……」
「止めてユキヒトっ、変わっちゃダメよマリネっ!」
「来いっマリネっ!」
「はい……、ユキヒト様」
マリネの身体は、桜吹雪となり俺の手の中へと剣が握られた。
ロゼがすがり付いてくる。
「お願いよっ! 、御父様を斬らないでっ!」
「ロゼ……、これしか救う手立ては無い!」
「ほお、我と共に皇王を斬るか?、だがそれも不可能なこと」
皇帝は、その身を皇王と共に斬られる事を避け、何処かへと転移するつもりだ。
その前に、全てに片を付ける。
「ユキヒト止め…
彼女の言葉は、俺が時間を止めた事で遮断された。
その後、俺は剣を構え二人の傍へと飛び込み、剣を突き立て払った。
時間停止が空けた……。
「御父様っ!……、斬られていない?」
「ぬおおおおぉ、何故わかったあっ!」
時間を止めて、俺が切り裂いたのは皇帝の胴体だけだ。
自分を滅する事が出来る物を、一番安全に隠すとしたら……。
「それは、自分の内に隠すよなぁ、皇帝ベルトーゼ!」
両断した皇帝の胴体から、神殺しの刀がその姿を現した。
俺は、素早くその刀身を抜き、宙に飛んだ皇帝の半身へと跳んだ。
「止めろおおおぉっ!」
「貴様は、次元の彼方へと消え失せろっ!」
宙に飛んでいる半身を切り裂き、床へと下りると残りの半身も切り裂いた。神を滅し去る刃、それで切り裂かれた奴の身体は、黒い霧と成り次元の彼方へと消え去った。奴が再び身体を取り戻し、城へと戻る事は二度と無い。
「御父様っ!」
「おお……、ロゼよ再びお前に触れる事が叶おうとは……」
「ロゼ様……、本当に良かったぁ!」
感極まったマリネは、自分の事の様に嬉しさの余りに涙を浮かべた。
彼女ほどでは無かったが、他の女性達もやはり目頭が熱くなっている様だ。
「決着が付いた様だな……」
相手に触れさせないと豪語はしたが、全身傷だらけのアネスが立っていた。
あの騎士相手に、死闘を繰り広げ勝利したのは、すぐに分かった。
「えっと……、感動の対面中悪いんだけど、皇帝が消えた後はこの城はどうなるのかな?。まさかと想うけど……」
七日目を前に、皇帝は消え去った……。
この城の主だけが先に居なくなったら、この城は七日目まで存在する?。
俺がこの質問をした時、皇王は慌て顔を上げ話し始めた。
「む、いかん……、この城も主同様に次元の彼方へと滅するのじゃっ!」
「ちょっ御父様、それはマジ?」
「うむ……、この場に居たら私達も巻き込まれる事に成るぞ……」
「じ、冗談じゃないわっ、早く逃げましょ!」
ロゼの言葉の後、激しい振動が俺達に襲い掛かった。
それは、床面だけでなく、空間その物を揺らしている。
「いかん……、始まってしまった!」
「イリス…、扉を開いてっ!」
「駄目ですロゼ様、空間が揺れて……、上手く扉が開けません」
「ええっ! 、じゃどうやって逃げれば……」
ロゼの転送魔法は、四人しか飛ぶ事が出来ない。
全員を、連れて逃げる事は無理だった。
七夜城へ乗り込み、皇帝を倒し皇王、皇后の二人も無事に救えはした。
だが、その後に俺達はとんでもない窮地を迎えてしまった。
俺達も、皇帝と七夜城と同じ運命を辿り。
次元の彼方へと消え去るのか……?。
有難うございました。