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囚人教室  作者: 真先
エピローグ
52/52

エピローグ:終幕

 そして、事件は幕を閉じた。

 

 既に終業式は終わっている。

 解散を命じられた生徒達は、そのまま下校した。

 PTAや教育委員会と言った来賓たちも全員、学校を出て行った。

 これ以上関わり合いになりたくないらしく、逃げるように学校から出て行った。

 マスコミもまた、前代未聞の大スクープを配信すべく慌ただしく動き出した。


 警察も、今は席を外している。

 事件に関与した教師達に対して、逮捕状を請求するための手続きをしているのだろう。

 手続きが済み次第、教師達を日野原署まで連行する予定だ。


 そして、体育館に残っているのは、青木教諭と林田弁護士の二人だけになった。


「さあ、賞金を頂きましょうか」


 人目を気にする必要が亡くなった途端、青木は早速、賞金を要求して来た。

 先程の智也の言葉も、まったく気にした様子もない。


「本当によろしいのですか、青木先生?」


 あらためて、林田は確認する。


「今更何を言っているのよ! 自白したんだから、約束通り賞金をよこしなさいよ」

「この賞金を受け取るという事は、生徒達や同僚の先生方の信頼を裏切ることになるのですよ。直接関与しなかったとしても、隠蔽工作を黙って見ていた事は事実です。罪に問われなくても、マスコミや世間からも非難を浴びることにもなる」

「そんなことぐらい覚悟の上よ」


 弁護士の忠告を、青木は一蹴した。


「あたしは今まで、すべてを犠牲にしてこの学校の為に尽くしてきたわ。やりたくもない進路指導をやって、ガキどもからクソババアなどと罵られながら、婚期を逃してまで仕事に打ち込んで来たわ」


 結婚が出来ないのは、確実に本人の人格に問題があるからだと思うが――それを指摘するほど林田は愚かではなかった。


「それも、今回の事件で全て台無しよ。これ以上、教師を続けたって、先は見えているわ。でもね、三億二千万あれば、人生をやり直すことはできる」

「わかりました。そこまでの覚悟があるならば、もう何も言いません」


結婚を諦め、教師である事すらやめた女に、逆らえるものなどいない。

大きく息をつくと、林田は鍵を差し出した。


「賞金は校長室の書類用金庫にあります。場所はわかりますね?」

「……これで、賞金は私のものね!」


 すでに、林田の声は聞こえていないのだろう。

 目を輝かせて鍵を見つめる青木に、林田は冷たく言い放つ。


「それはどうでしょうか」

「……どういう意味?」

「言い忘れましたが、加納家の遺族――長女の久保田早苗さんから、賞金の返還要求があったんです」

「え?」

「賞金は加納大悟氏の一存でやった事で、家族は承知していない。大悟氏が死亡した時点で、賞金は無効になるはずだ、というのが加納家側の言い分です」

「そんな……」

「金庫を開けるには、鍵とは別に暗証番号を打ち込む必要があります。賞金を手に入れるには、校長から暗証番号を聞き出さなければならない。裏切り者のあなたにみすみす、賞金を渡すくらいならば、校長は返還に応じるはずです」

「ちょっと、そんな話聞いてないわよ! 何とかしてよ、あんた弁護士でしょう!?」

「お断りします」


 慌てふためく青木教諭を、林田弁護士は冷めた眼つきで見つめる。


「私は転落死事件の事後処理のために、日野原中学に雇われたのです。事件は解決した。そして、あなたはもうこの学校の教師ではない。私の仕事は終わりました。ここから先は、あなたの個人的な問題です」

「そんな……」

「覚悟しておくことですね。あなたも大概ですが、大悟氏の長女、久保田早苗さんも相当な業突く張りですよ。あらゆる手段を使って、あなたから賞金を取り戻そうとするでしょうね」

「…………」


 真っ青になって絶句する教師の顔は見ものであった。


「そろそろよろしいですかな? 林田先生」


 話が終るのを見計らって、酒井刑事がやって来た。

 既にほかの教師たちは、警察署に連行されている。

 残っているのは、彼女だけだ。


「詳しい事は、署で聞きましょうか。さ、こちらへ」


 背後で待機していた野本刑事が、青木を拘束する。


「ちょっと待って! そんなのってないわよ!」


 野本刑事に引きずられようにして体育館を出て行く青木を、酒井と林田は見送った。


「まったく、呆れたものですな」


いつものように飄々とした様子で、酒井刑事はつぶやく。


「あれで教師だって言うんだから、呆れるしかありませんよ」

「私たちも人の事は言えないでしょう」

「違いない」


 林田が言うと、酒井は苦笑する。


「まあ、何にしてもこれで一件落着ですな。この度はいろいろとお世話になりました」

「こちらこそ。ありがとうございます」


 互いに、軽く会釈する。

 いろいろあったが、酒井刑事に遺恨はなかった。

 弁護士として、警察として、互いに職分を全うした。それだけだ。


「これから、どうなさりますか?」

「服部真美さんの身柄を引き取りに行きます」


 服部真美は現在、拘置所にいる。

 真相が明らかになった以上、彼女も証言を取り下げるはず。

 彼女を開放することが、林田の弁護士としての最後の仕事だった。


「そうですか。迷惑かけてすまなかった、と、彼女に伝えておいていただけませんか?」

「ご自分でどうぞ」


 意地の悪い言い方をすると、刑事は苦笑した。


「そうしたいのはやまやまなんですが、私もこれから用事がありましてね。これから先生方を署まで連行しなければなりませんので。それでは失礼します、先生」


 そう言い残し、酒井は体育館を出て行った。


 ○


 刑事と別れた後、林田は体育館を後にした。

 校舎の中に、人影はない。

 静まり返った廊下を歩く途中、掲示板に目を止める。

 そこには『日野原市主催。クリスマスチャリティーパーティー』のポスターが貼ってあった。

 クリスマスツリーが描かれたポスターを見て、今日がクリスマスだという事を思い出した。


 無性に父親らしいことをしたくなってきた林田は、懐からスマートフォンを取り出した。

 娘の中学も今日から冬休み。

 きっと、家にいるはずだ。


「……もしもし、未希か? ……うん、お父さんだ」


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