↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
囚人教室  作者: 真先
第六章 真相
51/52

真相(八)

『ありません』


 あっさりと認める智也に。

 その場にいる全員が、唖然とする。

 長々と推理を披露した挙句に、その証拠がない。

 この場にいる誰一人として、この結末に納得していなかった。


「そうだろうね」


 唯一人、林田だけが納得したようにうなずいた。

 

「どんなに推理を立てても、行きつく所は一つだ――証拠だよ。明確な物的証拠がなければ、何も証明することにはできない」


 中学生相手でも、林田弁護士は手加減しなかった。

 智也の推理の致命的欠陥を、容赦なく攻撃する。


「証言を分析し、推理を重ねた所で、証拠が無ければ、君の推理を立証することはできない」

『証拠が無くても、犯罪を立証する方法はあります。違いますか?』


 反論する智也に、林田は片眉を吊り上げる。


「……自白、かね?」

『そうです。全ての真相を知る犯人自身が自らの罪を認め自白すれば、この事件を殺人として立証することができます』

「そして、犯人が自白することはない――絶対に、ありえない」


 答えを予測していたのだろう。

 すかさず、林田が切り返す。


「この場合の犯人とは、加納瑞樹を事故死に見せかけ隠蔽工作を行った人物――つまり、ここにいる四人の教師だ」


 そして、壁際に並ぶ教師たちの方を振り向いた。

 

 日野原中学校長。江副隆弘

 三年A組担任。青木美津子

 体育教師。前田克也

 養護教諭。佐久間玲子。


 所在投げに佇む四人の教師に向かって、林田は言い放つ。


「この教師たちは、初めから全てを知っていた。委員長、君の過失が問われた時も、彼らは何も言わなかった。門脇さんの告発によって騒動が起きた時も、室井さんが怪我をした時も、そして、服部さんが逮捕された時も――彼らは、何もせず、沈黙を続けた」


 そして何より、真相を隠したまま林田を雇い弁護を依頼した。

 これは、依頼人と弁護士の信頼関係を損ねる重篤な裏切りであった。


「話す機会は、いくらでもあったはずだ。にもかかわらず、彼らは何も話さなかった。教師としての良心すら捨て去り、ただ保身に生きる彼らは鉄壁のチームワークで真相に口をつぐんできた――そして、これからも語られることはないだろう。絶対に!」


林田の糾弾を前にしても、教師たちは微動だにしなかった。

 ただ黙って、正面を見続けていた。

 それは、彼ら教師たちの意志の表れでもあった。


『その通りです』


 智也はうなずいた。


『殺人を証明するには、先生たちから、証言を引き出すしかない。だから、大悟社長は、罠を仕掛けたんです』

「罠?」

『大悟氏の出した条件を思い出してください。あの時、大悟氏はこう言いました『三年A組全員を対象に、聞き取り調査を行う』と』

「ああ。それが何か?」

『まだ一人、聞き取り調査を行っていない人物が一人います』

「……? 誰だね、それは」


 林田が訊ねると、智也は懐から紙片を取り出した。


『ここに、三年A組の生徒名簿があります』


 教室から持ち出した生徒名簿を掲げ、智也は指さした。


『ここには、生徒全員の名前が出席番号順に記載されています。そして、一番下にある名前は――青木先生、あなたです』

「……え?」


 突如、名前を呼ばれた青木教諭は絶句する。


『『三年A組全員』つまり――青木先生、あなたも聞き取り調査の対象に含まれるということです』

「……え? 何それ?」

『そして、大悟氏はこう言いました『聞き取り調査によって得た供述により、真相解明につながる情報を提供した者に、賞金として三億二千万円を進呈する』と』

「ちょ、ちょっと待って! ……え? なにそれ、どういうこと?」

『何もしなくていいんです』


 混乱する青木に向かって、智也は言った。


『ただ、黙ってうなずくだけでいいんです。今、僕が話した推理が、真実であることを認めてくださればいい。そうすれば、三億二千万円はあなたのものです――そうですよね、林田先生?』

「……確かに、そういうことになるな」


 苦々しい表情で、林田はうめく。


「ただし、認めた時点で青木先生。あなたは死体遺棄、及び損壊の罪で逮捕されるでしょう」

「ええっ!?」

「青木先生、あなただけじゃありません。隠蔽工作に関与した四人全員が罪に問われることになります。有罪になれば、問答無用で懲戒解雇。退職金も、年金受給資格も全て失い、教職を追われることになります」

『言うまでも無く、三億二千万円は大金です』


 未だ茫然とした表情の青木に向かって告げる。


『ここで罪を認め自供すれば、あなたは賞金を手に入れることができます。警察に捕まろうが、教師を免職クビになろうが関係ない。確実に、一生遊んで暮らせる金を手にすることができるんです』

「…………」

『このまま、先の無い教師生活をつづけるか、賞金を手にして人生をやり直すか――どちらが得か、よく考えてお答えください』

 

 畳みかけるように告げる智也に、青木は沈黙する。


教師としての尊厳、

守るべき生徒達、

同僚である教師達、

社会的立場と世間体、

 そして、三億二千万円。


 それら全てを秤にかけて、


「……いいわ」


 そして、青木はつぶやいた。


「いいわよ。認めましょう。相沢、概ねあなたの言った通りよ。ただ、一か所だけ、訂正しておきたい箇所があるわ」

「なんですか、青木先生?」


 林田が訊ねると、


「私は偽装工作には関与していない。偽装工作を行ったのは――そこにいる、三人の先生達よ!」


 傍らにいる教師達を指さし、あの夜起きたことを一から語り始めた。


「あの日、職員室で帰り支度をしている私は、校長室に呼び出されたの。校長室には校長と前田先生、そして佐久間先生が居たわ。四人揃ったところで、佐久間先生は保健室で加納瑞樹が死亡しているのを発見した事を報告したの。遺体の傍らには妊娠中絶薬があった事から、薬の副作用によって死んだと思われる――と、取り乱した様子で佐久間先生は事件を報告したわ」

「そんな、青木先生!」


 佐久間が叫ぶが、構わず青木は続ける。


「警察を呼ぶことに真先に反対したのは前田先生よ。佐久間先生を養護教諭に推薦したのは、前田先生だからね。事件が発覚すれば、前田先生も責任を問われることになる。だから、事件を隠蔽することを提案したの」

「青木先生! あんた、裏切る気か!?」


 前田の非難にも耳を貸さず、青木は続ける。


「実習棟校舎の屋上を利用したトリックを考えたのは、校長よ。メモ帳と鍵をポケットに入れて、校舎から突き落とせば、事故死に見せかけることができるってね。この人、普段は優柔不断なくせに、いざと言う時になるとを思い切りがいいのよ。不祥事が発覚したら、退職金を減らされる。そうなったら、車のローンが払えなくなる。だから、事件の隠蔽工作を率先して行ったわ」

「青木君、君って人は……」


 軽蔑の眼差しにも負けず、青木は続ける。


「これが、あの夜起きた真相よ――これでわかったでしょう? 私はただ、見ていただけ。隠蔽工作には一切、関与していないわ」


 洗いざらいをぶちまける青木に、

 同僚たちは一斉に非難する。


「ひどい、青木先生!」

「自分だけ逃げる気か!」

「どこまで見苦しいんだ、君は!」


「何とでも言いなさいよ。私はお金がもらえれば、それで満足よ」


 非難の声に、青木は涼しい顔で答える。


「私が教師をやっているのは、生活の為よ。他の誰の為でもない、自分自身の為に働いているの。そんなの、誰だってそうじゃない――林田先生、あなたもそうでしょう?」

「わたしが?」


 唐突に話を振られ、面食らう林田に青木は言った。


「マスコミに聞き取り調査の情報を流したのはあなたでしょう? あんたは自分の仕事の為に、生徒達を利用したんじゃない」

「…………」

「警察だってそうでしょう?」


 沈黙する林田を捨て置いて、

青木は、酒井刑事に向かって叫んだ。


「無実の服部を逮捕して、自供するまで追い込んだのは警察じゃない! 加納大悟を逮捕するために、生徒達を利用したんでしょう?」

「…………」


「マスコミだって、そうでしょう? 報道の自由を振りかざして、生徒を追い回して、怪我までさせたじゃない。PTAも、教育委員会も、みんな自分たちの都合だけを押し付けるだけで何もしようとしないじゃない」

 

 最早、彼女を止める者は誰もいなかった。

 結婚を諦め、教師であることすらやめた三十女を止めることは、誰にもできない。


「教育のため、子供たちの未来のためなんて、ただの建前じゃない! 結局みんな、自分が一番かわいいのよ、そんなの誰だって……」

『それは違う!』


 喚きたてる青木に向かって、智也は叫んだ。


『確かに、今回の事件は無責任で無関心な大人たちが引き起こした結果によるものです。でもたった一人、僕達の事を真剣に考えてくれた人がいたんです』


 智也の言葉に、体育館にいる全ての人々が注目する。

 大人たちの視線の中、智也は迷いのない口調で皆に語りかける。


『大悟社長が賞金を懸けてまで真相を明らかにしようとしたのは、父親としての責任を果たす為です。娘である加納瑞樹の引き起こした事件によって、僕たち三年A組の皆に迷惑が掛からないように――娘の死を引きずらずに、未来を向いて生きて行けるようにと願っていたからです』


 誰よりも自分たちの事を考えてくれた人。

その信頼に答える為に、智也は最後の一言を口にした。


『……加納大悟は、僕達の人生を三億二千万円で買い取ってくれたんです』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。