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命のやり取り

彩花の甲高い声が人気のないこの場所に響いた。

俺が知ってる彩花は、こんなにも勇ましかっただろうか。

狂人を目の前にして声を荒らげることの出来るほどの強い女だったろうか。


ポカンとしている俺を尻目に彩花は殺人鬼と相対する。


「ヒッヒッ、威勢がいいねぇお嬢ちゃん。殺り甲斐がありそうだ」

「そうやって余裕ぶっこいてられるのも今のうちだけよ」


彩花が臨戦態勢に入った。大きく深呼吸をして腰を落とし、構えた。

その姿は垢抜けていて、素人のそれとはまったく比べ物にならない。


彩花、空手か柔道か、やってたっけ…?


俺の知る限り彩花はそんなものやっていない。どちらかと言うとお嬢さまキャラが似合うような、そんな感じ。


色んな事象が混在していて俺はただ思考し突っ立っているだけだった。


刹那、ナイフを持った男が彩花に向かって走り出しナイフを振り下ろす。


彩花はナイフを持っている手の首を掌で突き、たじろいだ所で溝に正拳突きを入れる。


殺人鬼は狼狽え、先程までの余裕だった表情は跡形もなく消えて、自分よりも若い女にしてやられた怒りで染まっていた。


「絶対殺してやる…絶対殺してやる…絶対殺してやる…」


殺人鬼は彩花を一点に見つめ、ぼそぼそと言葉を放つ。


雨は一層降りしきり、ずぶ濡れになった殺人鬼の狂気を際立たせ、彩花の美しさを一層際立たせた。

せっかく過去に戻ってきたのに彩花のために何もしてやれない。

ましてや俺は守られてすらいる。


このままではだめだ。俺も心を決めて殺人鬼の前に立ちはだかる。


「こ、紅?!きちゃだめ!早く私の後ろに下がって!」

「俺は男だぞ彩花。彼女に守られる男なんて、情けねぇよ。俺も戦う。せっかく命投げ捨て過去まで戻ってきたんだからな。」

「え?」


刹那、殺人鬼は彩花のその隙を見逃さずナイフを持ってまたこちらに走り出してきた。

殺すことのみを考えている目、はっきりとした殺意に俺も一瞬たじろいでしまう。


殺人鬼は俺めがけて一直線に走ってくる。

俺は男として情けないが、こんな時に殺意に恐怖してしまった。

恐怖が俺の行動を鈍らせて、思考が出来なくなる。


どうしたらいいんだろうか。どうせなくなる命、ここで燃え尽きるまで彩花に尽くそうと思ったのに恐怖に怖気付いてしまう。

ああ、俺、死ぬんだ。


世界がスローモーションに見えた。男はナイフを振り上げ俺に狂気の笑顔を向ける。


「かっこ悪い彼氏さん、さようなら」


俺はもう目を瞑ることしか出来なかった。



* * *


ブスッ、という生々しい音が聞こえてきた。

不思議と痛みはない。死ぬ時って案外こんなものなのかな。

恐る恐る目を開けると先程まで前にいた殺人鬼の姿なく、彩花の背中がそこにはあった。地面には赤い液体が点々としている。それはどんどん量が増していきこの状況を理解するのにしばらく時間がかかる。


「あ、彩花…?」

「紅…大丈夫?その様子だと大丈夫そうだね。よかった。ほんと、よかった…」


彩花は膝から崩れ落ちる。崩れ落ちて目の前に殺人鬼が視界に映る。


「ヒッヒッ、俺に、俺に逆らうから悪いんだよ!ばーか、ばーかばーか!」


そう言って殺人鬼はナイフを捨ててどこかへ走り去っていった。


俺はすぐに彩花を抱き上げる。


「彩花、なんで、なんでお前が俺を守るんだよ。なんで…」

「紅はおどおどしてて優しい人だから、あんなやつと面と向かって勝負なんてできないでしょ。」


吐血しながらも笑顔を浮かべるその姿に悔しさが込み上げる。

両の手で刺されたところを抑えているけど、こちらの気など関係なしに見たこともない量の血が、雨と一緒に流される。


「でも私は死んでもいいの、元々ない命だったから。紅を守れて本当に良かった。」

「元々ない命?それってどういうこと…?」


深呼吸をして息を整える彩花、こんな時しゃべらせない方がいいんだろうけど、それに気が回らないほど俺は狼狽していた。


息を整えた彩花は消え入りそうな幽かな声で確かに言った。


「信じてもらえないかもしれないけど、私ね、未来から来たの。」

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