作戦会議 その3
湿気を帯びた空気。雨と土が混ざった匂い。少し肌寒い風が吹いているけれど、空は久しぶりに晴れている。
……相合傘、したかったな、なんて。欲張りな自分が嫌になる。
「お待たせ」
彼がにこっと笑う。
「毎回思うんだけどさ、もう少し、ゆっくり来てくれても大丈夫だよ?」
「え?」
「だって、待ち合わせ時間より、まだ結構早いよ」
彼が携帯の時計を見る。
「でも、河野さんだって、もう着いてるじゃないですか」
「僕はいいんだよ。君を待たせたくないから」
「私だって……移動距離の差、少しは考えてください」
「距離なんか関係ないけど。……でも」
彼が穏やかな笑顔を見せる。
「二人ともがこんなに早めに来てたら、待ち合わせの意味、ないね」
「ですね」
どちらからともなく、手を繋ぐ。肌寒さが和らいだ緩やかな風が、私たちを包み込む。
「今日、晴れてよかったね。相合傘できないのは残念だけど」
「はっ、はい……」
「せっかくだから、久しぶりに公園でも行こうか」
「はい」
何気ない会話が、なんだかくすぐったい。
「あの?」
「ん?」
「さっきから、何してるんですか? ……指」
彼の指先が、私の手を撫でるように動いている。
「あぁ。手、気持ちいいなあ、って。つい」
「くっ、くすぐったいっ、です!」
「そう? じゃあ、お詫びに、僕にもしていいよ」
「えっ……しないですよっ」
「……してほしい、って言ったら?」
「……っ」
少し、悩んだけれど。そっと、撫でてみる。
「……気持ちいい」
「っ!」
反射的に手を離そうとしたけれど、彼がそうさせてくれない。
「……」
彼がキュッと手を握って、そのまま歩き続ける。
恥ずかしい、けれど。それ以上に、嬉しくて。
いいのかな。こんなにも、幸せで。
そっと、彼の横顔を見て、一人で切なさに浸りそうになった。
公園の土は、まだ少し水気を含んでいて。踏みしめると、二人の足跡が残っていく。木々には、拭いきれていない雨粒が淡く光っている。
「最近、大学の方はどう?」
ベンチに、二人並んで腰掛ける。
「そうですね、授業はあまり入れてないので、のんびりしています」
「そっか。卒論は、もう始めてる?」
「はい。でも、まだ資料を探してる感じです」
「そうなんだ。あと、就……いや」
「え?」
「……卒論、頑張ってね。無理しない程度に」
「はい! ありがとうございます!」
私のはきはきとした声が、空の高い所まで届く。
「そういえば、聞いてもいいのかな?」
「え?」
「電話で言ってた、お話」
「あっ、そうでした……」
「もしかして、忘れてた?」
「いえっ! 忘れてなんかっ」
「どうかなー?」
彼が、いたずらっぽく笑う。そんな彼を見るのも……好きで。
胸が、ドキドキしてくる。
「えっと……」
「うん」
彼が、真剣な顔になる。
「おっ、お母さんがっ」
「うん」
「河野さんに、会いたいっ……って、言ってます」
「……」
「ちょっと話するだけでいいって……どっ、どうしましょう?」
「……」
どんな答えが返ってくるのだろう。
たまらずに、視線を地面へと向ける。
「僕も」
彼が、ゆっくりと話し始める。
「そろそろ、ご挨拶に行こうかなって、思ってた」
「そっ、そうなんですか?」
「うん。遅くなりすぎると……後で、困るかなと」
「……」
やっぱり。彼は私より、大人で。
私だけ……
急に、胸が苦しくなる。
「僕は。今日、これから行ってもいいけど」
「えっ!?」
心臓が、飛び跳ねる。
「……準備して、次、来る時にしようか」
彼が、優しく笑う。
「……はい」
大人になりたい、けど。今は、まだ。
あなたの優しさに甘えても、いいですか?
スッ、と彼の方に手を伸ばす。
そっと、彼の手に重ねる。
「ありがとう、ございます」
「……どういたしまして」
ふわーっ、と暖かい風が吹く。木の葉に溜まった雨の雫が、優しく光っていた。




