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あれから 満開の桜のそばで 〜目が見えにくいあなたとの物語〜  作者: 綾瀬 桜


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甘さの余韻を その2

「いい食べっぷりだね」

 ショッピングモールの中にあるカフェで、向かい合った彼が嬉しそうに呟く。

「河野さんは何も注文しなくてよかったんですか?」

 チョコレートパフェを口に運びながら尋ねる。

「うん。じっくり眺めてたい気分だから」

「何を?」

「君が、美味しそうに食べてるところ」

 彼が目を細めて微笑む。


「……食べにくいじゃないですか」

「そう?」

「そうですよっ。……ほら、店員さんだって二人で食べると思って、スプーン二つくれてるし」

「じゃあ、一口だけもらおうかな」

「どうぞ」

 新しいスプーンを差し出すけれど、彼は受け取ろうとしない。

「君が食べさせて?」

「えっ!?」

「ずーっと見られてるのと、どっちがいい?」

「……っ」

 手の動きは、完全に止まってしまった。


「選べないくらい恥ずかしいんだ?」

「当たり前ですっ」

「仕方ないなあ……貸して」

 そう言って、私が使っていたスプーンを手に取る。

「はい。あーん」

「えーっ!」

 彼がアイスをすくって、私の口元へと運ぶ。

「君が早く選ばないからだよ? ほーら」

「……はい」

 仕方なく、アイスを口の中に入れる。


「可愛いなあ、やっぱり」

 彼が柔らかく笑う。

「……もう、一口あげませんからねっ」

「え、そうなの?」

「河野さんが、いじわるするからですよ」

 少しぶっきらぼうに言い放つ。

「まぁまぁ。ほら、アイス溶けちゃうよ」


 恥ずかしさよりも。彼の自然な笑顔が見れたことに安心して。

 私は目の前のパフェに集中して、黙々と食べ進めた。


「奈月ちゃん、お土産コーナーに寄っていい?」

「いいですよ。何買うんですか?」

 ショッピングモールの出口へ向かっていた歩みを変えて、歩き続ける。

「うどんとか、醤油豆とか。母さんに頼まれてて」

「そうなんですね」

「持って帰るの結構重たいんだけどなあ。でも、今回はちゃんと買って帰んないと」

「今回は、って。いつもちゃんと買ってるんじゃ」

「まぁね。でも、今回は特に。結構、わがまま言ったから」

「圭太郎さんって、律儀ですよね……」

 前から思っていたことが、ポロッと口に出る。


「……絶妙だね」

 彼が前を向いたまま、小さく呟く。

「え?」

「名前呼びのタイミング」

 ビクッと体が跳ねる。

「あまりにも自然すぎて、余計ドキッとした」

「な……っ」

「もう一回、呼んで?」

 お土産コーナーの前で立ち止まる。


「はっ、恥ずかしいですっ」

「さっきはできたのに?」

「たまたまですっ」

「そうなの?」

「そう、です……」

「そっか」

 彼が小さく頷く。

「無理はさせないって約束だから。またいつか、ね」

 そう言って笑う彼は、本当に……


 だから、安心して甘えられる。

 だからこそ、甘えすぎて負担になりたくない。


「……お土産、どれがいいですかね。一緒に選びましょう」

「うん、ありがとう」


 私にできることだけでも、全力でしたい。

 彼に気付かれないように深く息を吸って、歩き出した。


 帰り道。穏やかな風が、屋内で冷えた体に外気の暑さを馴染ませていく。


「今日は楽しかったね」

「はい、とっても」

「よかった」

 彼の横顔が夕日に染められて、柔らかな光を放つ。

「季節のイベントもいいけど、こういう普通のデートも好きだなあ」

「私もです」

 二人でぴったりと歩調を合わせて、まっすぐな道を進んでいく。


「奈月ちゃん」

「はい?」

「もう一つだけ、わがまま言ってもいい?」

「何ですか?」

「……寄っていい?」

 彼の視線を追うと、別のカップルが歩いている。彼らはすぐに、細い路地へと消えていった。

「君に、触れたい」

 繋いでいる手に、力が込められる。


「……いいですよ」

「えっ」

「……え?」

 彼が、目を見開いている。

「いや……思ったよりあっさり、オッケーもらえたから」

 暑さを残したままの風が、私たちを包み込むように吹く。

「私だって……好き、なんですよ。圭太郎さんのこと」

 彼からは視線を外して、言葉の向かう先は風に預ける。


「……やばい」

 彼の顔に、視線を向ける。

「今のは、心持ってかれた」

 夕日の下でもはっきりと分かるくらい、彼の頬が真っ赤になっている。

「……だから」

 彼の顔が、私の耳元にグッと近づく。

「覚悟しておいて」

 今度は、私の頬が赤く染め上げられる。


 彼の色味をたっぷりと含んだ声が。熱っぽい吐息が。包み込む大きな手が。

 その全てが。体を一気に溶かしてしまうほどの甘さとなって、私の中を駆け巡る。


「行こう」

「……はい」


 今日、あなたがくれた優しさを。愛情を。

 今日という日が終わったとしても。

 この甘さの余韻と共に、いつまでも胸に抱いて。

 私は、これからを歩いていきたい。


 彼の手をギュッと握って、空を見上げた。


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