甘さの余韻を その1
お盆最終日の前日。彼と待ち合わせている駅は、普段よりも圧倒的に家族連れが多い。それだけで、今は特別な時期なんだなと実感する。
「奈月ちゃん」
彼が私に気付いて、にっこりと笑う。
「早いですね、やっぱり」
「待たせたくないからね。君の方こそ、時間、まだ早いよ?」
「あなたがそれ、言います?」
「僕はいいんだよ、僕は」
「どうしてですか」
「どうしても」
彼が、私の頭をポンポンと軽く叩く。
「……もういいです」
クスッと彼が笑う。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
……なんだか、こんなやり取りも久しぶりだなあ。
どこからか聞こえてくる風鈴の音が、懐かしさに浸らせてくれる。自然と、笑みがこぼれた。
「まだまだ暑いね」
「そうですね。お盆が終わったら、少しはマシになるんでしょうか」
二人で歩く道には、容赦なく太陽が照りつけている。
「……あのさ、一つお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
ハンカチで汗を拭いながら尋ねる。
「無茶な頼みだとは思うんだけど」
「え?」
「今日だけでもいいから……忘れてくれないかな」
「何、を……」
「僕の、目のこと」
「……」
気付いたら、どちらからともなく歩みを止めていた。
「最近、気にしてるよね」
「それは……」
握りしめたハンカチに視線を落とす。汗のシミが、やけに濃く見える。
「……言わない方がよかった、かな」
「そんなことっ!」
「前より」
彼の声が、硬い。
「笑うこと、減ってる」
彼の言葉に、瞬きすらできない。
「……君には笑っていてほしい。できれば、僕の隣で」
ゆっくりと、顔を上げる。
「だからさ……どうか、今日だけでも」
彼と、目が合う。
「……じゃあ」
頬に、耐えられないほどの太陽の熱を感じる。
「どうすればっ、いいんですか……」
泣き叫ぶような声が、耳の中でキンキンと響く。
グイッ。
彼が、私の腕を引いて歩き出す。
「え!?」
無言で、細い路地の方へと向かう。
「ちょっ……」
唇を、重ねられる。
「……んっ」
深く、甘く。
何も考えられないくらい、激しく。
「……これでどう?」
彼が囁く。
「……っ! こんな所でっ!」
真夏の暑さも感知できないくらい、顔中が熱で覆われる。
「僕だって恥ずかしいよ」
「なっ!」
「だから。お詫びなら後でいくらでもするから、とりあえず行こう」
そう言って、彼がしっかりと私の手に指を絡める。
「……カフェで一番高いパフェ、奢ってください」
「いいよ」
「ケーキもいいですよね?」
「勿論」
彼が大きく頷く。
やり方は強引だったけれど。
本当に忘れられるわけじゃないけれど。
彼の気持ちは、精一杯受け取りたいから。
「なら、早く行きましょう」
とびっきりの笑顔で、力強く歩き始めた。




