夏の夜空に その1
太陽が少しずつ沈んで、空がぼんやりと暗くなり始めた頃。屋台から漂う香ばしい匂いが少し遠のいた辺りで、彼と待ち合わせる。街灯の下。行き交う人々の中、彼の姿をひたすら探す。
……やっぱり、もっと明るい時間に待ち合わせればよかったかな。
夜の気配が濃くなるにつれて、心のざわつきも強くなる。
彼は大丈夫と言っていたけれど、せめてマスターの家とか、喫茶店とか。そこから一緒に来た方がよかったんじゃ……
「奈月ちゃん」
気付いたら、隣に彼がいた。
「……っ! こっ、こんばんは」
「……どうしたの?」
「え?」
「今にも、泣きそう」
「だって……」
そう言われると、本当に涙が出てしまいそうで。グッと堪える。
「河野さんと、合流できるか心配で……」
「ごめんね」
彼が私の手を取って、キュッと握る。
「でも、今しかできないかもと思って」
「え?」
「将来、もっと見えにくくなったら。そしたら、こんなふうに待ち合わせるのも難しくなるから。……こっちの方が、デートっぽいのにさ」
「……」
「無理はしないから。だから、わがままを言えるうちは……付き合ってくれたら嬉しい。今回はちゃんと言わずに、不安にさせてごめん」
彼が、頭を下げる。
「……いいんです」
声が、震えてしまう。
「無理だけはっ、しないでくださいっ」
「うん」
「……約束、ですよっ」
涙の波が、すぐそこまで迫ってくる。
「うん、約束」
そう言って、彼が自分の小指を、私の小指に絡ませる。
「嘘はつかないけど、嘘ついたら何にしようか?」
そんな彼の言葉で、少し心が落ち着く。
「……針千本は大変ですもんね」
「そうそう」
二人で笑って、そっと指を解く。
「行こうか」
「はい」
手を繋ぎ直して、ゆっくりと歩き出す。
声が、震えてしまったのは。
涙が、出そうになってしまったのは。
つらい将来を突きつけられたからじゃない。
彼が。
私と一緒にいることを選んでくれて。
前を向いて歩いてくれているから。
そのことが、ものすごく……
「そういえばさ」
「はい?」
「呼び方、戻ってるじゃん」
「えっ」
「下の名前で、呼んでくれないの?」
「……河野さんだって、普段通りじゃないですかっ」
「僕は、前に断られてるから。もうオッケーなら、奈月って呼ぶよ?」
「いえっ! 今まで通りでっ」
「分かった。僕の方は、いつでも歓迎だから」
「……」
「時々、でもいいよ? この前は嬉しかったなあ」
「……」
「でも、君も無理はしなくていいから」
彼の穏やかな声が、優しい夜風に運ばれて。私の心にスッと染み込む。
「はい……」
彼の手をキュッと握って、お祭りの明るい灯を目指して歩き続けた。




