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あれから 満開の桜のそばで 〜目が見えにくいあなたとの物語〜  作者: 綾瀬 桜


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19/29

その日の前に

 蝉の声と眩しい日光が降り注ぐ並木道。背中からは汗が絶え間なく流れているけれど、足取りは軽くて。カラッとした風が、心を軽やかに運んでくれる。


「奈月、こっち」

 大学の図書館。長テーブルの片隅で、美幸が小さく手を振る。

「おはよう」

 私も小声で返して、向かいの席に座る。美幸は既に視線を本に戻している。私は荷物を置いてから、そっと席を立つ。

 本棚に並ぶ無数の本から、卒業論文に使えそうな文献を何冊か手に取る。席に戻る前に、小説の文庫本コーナーに立ち寄る。

 前から読みたいと思っていた本が返却されていた。手に取って、少しだけ読んでみる。


 彼は、どんな本を読むのかな。

 ふと、思う。

 今まで、何度か映画は観に行ったけれど、本の話はあまりしたことがない気がする。私が無意識に、話題として避けていたのかもしれない。でも。それって、私の勝手な線引きで。彼に嫌だと言われたわけでもないのに。

 聞くことが、彼を傷付けることになるのか。

 聞かずにいることで、彼を傷付けてしまっているのか。

 私には分からないけれど。

 やっぱり。伝えないと、分からないことも多いから。

 ……今度、聞いてみよう。

 小さく頷いて、本を閉じた。


「頭使うとお腹空くねー」

 一歩先を歩く美幸の三つ編みが、ポンポンと跳ねるように揺れている。

「奈月はお米と麺と、どっちがいい?」

「美幸の好きな方でいいよ」

「じゃあパスタね」

 ツヤツヤな彼女の髪が日光を反射して。その眩しさに、目を細める。

 彼女みたいに……

 何度も思ってきたことを。

 もう知ってるよ、と。風がさらっていく。


「よかったね、花火、彼と一緒に行けることになって」

 カルボナーラの卵をくずしながら、美幸が呟く。

「うん」

 私もたらこクリームをパスタに絡ませながら応える。

「浴衣、着て行ったら? 可愛いやつ、持ってたよね」

「……うん」

 パスタを一口食べると、大葉の爽やかな香りが鼻を抜けていく。


「でも、浴衣は、やめとこうと思ってる」

「なんで?」

 彼女が珍しく驚いた表情を見せる。

「動きやすい方が、いいかなと思って」

「……そっか」

 彼女が、うんうんと頷く。

「じゃあさ、前に着てた白のワンピースとかは? 帰り、家まで来てくれるなら、それに合いそうなアクセ、貸してあげるよ」

「ほんと? ありがとう」


「奈月」

「ん?」

「いい顔してる」

「え?」

 美幸がパスタを食べる手を止める。

「本当はさ、ちょっと心配してたんだ」

「……え?」

 私も、手を止める。

「彼と付き合い始めて。遠距離でしょ? 奈月がつらい思いばかりしてたらって」

「……」

「けど、彼もよくこっちに来てくれてるし。奈月が大事にされてるのは分かったから」

「うん」

「それに、奈月が彼を本気で想ってることも」

「うん」

「でもね、私は何よりも。奈月に幸せになってほしいの」

「美幸……」

「だから、いい顔をしてる奈月を見れて、安心した」

 彼女がにっこりと笑う。


「あ、クリーム固まり始めてる!」

 彼女が急いでパスタをほぐす。

「こっちも!」

 私も慌ててフォークを動かす。


「美幸」

「ん?」

「ありがとう」

「何のこと?」

 彼女がパクッとパスタを頬張りながら、微笑む。

「いっぱい。本当にありがとう」

 自分も笑顔になっていることが分かった。


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