思い描く道
やっと梅雨が終わり、カラッとした空気が体を覆う。
……そろそろ、新しく買った日傘を使えるかな。
そんなことを考えながら、大学へ続く道を軽い足取りで歩いていく。
「おはよう」
「おはよう。今ちょっと、きり悪い」
「はーい」
美幸の向かいに座ると、積まれた分厚い本が目に留まる。彼女の手元をよく見ると、いつもの深緑のブックカバーではない。
「お待たせ」
美幸が、本から顔を上げる。
「それ、卒論の?」
「そう。なかなかいい文献に出会えないんだよねー」
「私も。テーマはわりと早く決まったんだけどなあ」
美幸が本をバッグに仕舞って、クッキーを取り出す。
「食べる?」
「うん」
「なんかさ、四年生になって授業は減ったけど、やることは多いじゃん」
「そうだよね」
「卒論もだけど、就活もしなきゃだし」
「ほんとにねー」
二人でクッキーをボリボリ言わせながら、肩をすくめる。
「そういえば、美幸はどういう会社に応募してるの?」
「私は、出版関係」
「そっか。じゃあ、県外?」
「うん。県内だけだと少ないからね」
「だよね」
「奈月は?」
美幸が、クッキーを食べる手を止める。
「私は、事務系で探してるんだけど……県内に、残ろうと思う」
「そっか」
美幸が、レモンティーを一口飲む。
「……彼とは、どうするの?」
「え?」
「卒業したら一緒に暮らすのかなーって、思ってた」
「えっ、全然……」
考えて、なかった。
なんとなく、このままずっと。そう、思っていた。
でも……
「……遠距離、って難しいのかな」
急に、どっと不安の波が押し寄せる。
「どうだろう……私はしたことないからなあ」
「でも、向こうは、家族の関係で県外に行ってるから……」
私が、彼の近くで就職する……?
そんなの、想像できない。仕事だって、上手くいくのかも分からないのに。住み慣れた場所を離れるなんて。私には……
目の前が、急にチカチカし始める。
「奈月っ」
美幸が身を乗り出して、私の手を掴んでいる。
「ごめん、不安になること言っちゃって……」
「ううん。私が、いけないんだよ」
そっと、彼女の手を解いて、姿勢を直す。
「ちゃんと、考えてなかった」
「奈月……」
「一緒に、いたいのに……」
涙が、こぼれそうになる。
「奈月」
美幸が、優しい口調で続ける。
「今度、彼が、奈月のお母さんに挨拶に来るんでしょ?」
「……うん」
「だったら、彼は考えてくれてるよ、きっと」
「……」
「だから、いつか彼と話し合ってみれば? 二人のことなんだから」
「うん」
目元を、そっと拭う。
「ひょっとしたら、卒業のタイミングでプロポーズされるかもよ?」
「えっ!?」
顔が急に熱を帯びて、耳まで真っ赤になる。
「そそっ、そんなことっ、あるわけっ」
「でーも。今、ちょっと想像したでしょ」
美幸が、パッと明るい笑顔を見せる。
「……っ」
そんな未来ではなかったとしても。
彼と、私。お互いの道が、いつか、どこかで。
今は、それだけで……
「そういえば」
私もミルクティーを一口飲む。
「美幸は、付き合ってる人……家族に紹介、したことある?」
「ないよ」
「え!?」
「だって、そんな話にならないんだもん」
「でっ、でもっ、今付き合ってる人、結構長いよね?」
「うん。でも、たぶん、そのうち別れるから」
「えっ」
「分かるんだよねー、なんとなく」
「……」
「たぶん、私が県外に就職したら、かな」
「そっ、そうなんだ……」
「でもまぁ、その時はその時で。また新しい恋してもいいし」
美幸が、次のクッキーに手を伸ばす。
「あ、もし県外になっても、時々こっちには帰ってくるから。遊ぼうね」
「ほんと?」
「うん。あ、その頃には、奈月の苗字、変わってるかもねー」
「えっ!? その話、まだ続いてたの!?」
「うん」
彼女が、にっこり笑う。
「だって、想像するのはタダでしょ? あー、奈月のウエディングドレス姿、楽しみ」
「なっ! まだ何もっ」
「結婚式、絶対呼んでよね」
「それはまぁ、そんなことになったら呼ぶけど……」
「あと、赤ちゃんできたら一番に教えて」
「あっ、赤ちゃん!?」
彼女の膨らみすぎるイメージに、私の頭からは勢いよく蒸気が噴き出している。
「あ、一番は奈月のお母さんだよね。その次でいいから」
「美幸っ……もう、卒論の続きしようっ」
「えー、せっかく盛り上がってるのに」
「そんなあるかも分からない話より、今は目の前のことだよっ」
「それもそっか」
話を切り上げてくれる様子に、フッと肩の力が抜ける。
「……でも」
美幸が、こちらをじっと見つめる。
「幸せになってね」
彼女の柔らかい笑顔に、心がじんわりと温かくなる。
「……ありがとう」
クッキーを食べ終えて、卒論の資料を広げる。二人で、別々の本を読み始める。
飲みかけの紅茶が二人分。夏の日差しを浴びて、眩しく光っていた。




