本物の魔女がいる高校
「……なるほどな」
綺羅からその概要を聞いた佳和羅はそう応じると、薄い笑みを浮かべる。
「そういえば、我々が通う学校には魔女がいるのだが、それは知っていたか?」
「魔女?」
「ああ。しかも、自称魔女だとか、コスプレ魔女とかではなく本物の魔女だ。おそらく人間という種族。その進化の到達点のひとつだろうな。彼女たちは」
「へえ。それは是非お会いしたいもので……いや。ちょっと待って。佳和羅」
「たち?たちということはひとりではないの?その魔女というのは?」
「ああ。ふたり。その使い魔的役割を果たしている魔女見習いを含めれば十人はいる」
「その魔女たちの吸血鬼の敵なの?」
「吸血鬼の敵というわけではないのだが、私個人としては彼女たちの面倒ごとに巻き込まれている」
「佳和羅が困っている?ということは、ヴァンパイアハンターとしてはありがたいことということですね」
「まあ、そうかもしれないが、ほぼ確実に綺羅もそこに巻き込まれたと思う。だから、先に謝っておこう。悪いことをした」
「意味がわかりません」
「まあ、すぐにわかるが、すでに謝罪したので迷惑料の支払いは勘弁してもらう」
「はいはい。わかりました。すべてを水に流します」
この時、綺羅は佳和羅の言葉を軽いジョークと受け取った。
だが、それからまもなくその言葉は事実、いや、実態を相当薄めた事実だったことがわかり、大いに頬を膨らませる。
むろん、すべてが後の祭りとなるのだが。
そして、唐突にその時はやってくる。
その日の昼休み。
廊下がいつも以上に騒がしい。
気にはなったものの、注意力は常に佳和羅に向けている。
集中、集中。
心の中でそう呟き、再びその男へ視線を動かした直後、その騒ぎは熱を帯びた声へと変化する。
「夜様」
「如月先輩だ」
大別すれば、それがその声となり、前者は女性、後者は男性のものとなる。
「……来たのはキサラギ、ヨルという奴か」
綺羅は呟き、視線を移し、驚く。
長身。
長い黒髪の冷たさを秘めた美人。
「男どもが騒ぐのはわかるな。確かに」
だが、すぐに気づく。
やってきた彼女に熱い視線を向けているのは男子だけではなかったことを。
いや。
その熱量だけでいえば、女子の方が遥かに上と言っていい。
「なるほど。それでヨル様か」
「だが、そのヨル様がこのクラスに何のようなのだ?」
むろん、綺羅の呟きは誰にも聞こえぬくらいに小さなもの。
だが、まるでその声が届いたかのように夜は綺羅を見やる。
そして、挑発するように鼻で笑うと、そのまま佳和羅のもとに向かう。
「ごきげんよう。六条野君。私の未来の夫」
むろんそれが事実であれば、佳和羅は話をしているはず。
つまり、これは嘘。
いや。
冗談と言ったところか。
だが、それにしては随分となまめかしい物言い。
そして、その言葉を聞いた佳和羅は露骨に嫌な顔をしている。
明らかに迷惑している。
「毎度のことながら勝手に俺の結婚相手を決めるな」
「決めたわけでわけではありません。決定していることを教えてあげているだけ」
「なるほど。だが、あんたがそれを予言というのなら、今後は占いなどやめるべきだな。言っておこう」
「俺はあんたとは絶対に結婚しない。それは単にあんたの妄想だ」
「つまり、あなたは私よりあの馬鹿女のほうがいいというの?」
「ちょっと待て。なぜそうなる?そもそも二択というのがおかしいだろう」
「いいえ」
「私か紫橋薫があなたの妻になるというのは神託。つまり、これは神が決めたさだめ。たとえあなたでもそれを守らねばなりません」
「まあ、そのことについては別の機会に話しましょう。今日来たのは別の幼児です」
「あなたが同級生を侍らせているそうですね。とりあえずその愚かな娘にも忠告してあげますので、その娘を教えなさい」
「まあ、聞かなくても誰かは想像できますが」
そう言った夜の視線は、多く者に導かれるように動き、綺羅のもとに辿り着く。
「あれが六条野君の愛人になった女ですか?」
「あなたは随分とおかしな趣味をしていますね。一見しただけでわかる幼児体形の女を愛人にするとは。もしかしてロリコンの気があるのでしょうか?」
「あるわけないだろう」
「それを聞いて安心しました。では、あの女はおもちゃということですか」
「そういうことなら大目に見ることにしましょうか」
そう言って、もう一度笑う。
明らかに見下し、嘲りの色を濃くして。
幼児体形。
むろんそれがどのような意味かは綺羅も知っている。
そして、それは外見上はっきりとわかる自分のある部分についてピンポイントに突いている言葉であることも。
だが、ここまで言われては黙ってはいられない。
「ちょっといいですか」
一度自分のその部分に目をやってからヨルという名らしいその女生徒を睨みつけながら綺羅は立ち上がる。
「言っておきますが、私はその男のおもちゃなどではありません。訂正してください」
「訂正?」
だが、綺羅の言葉をわざとらしく聞き直した夜子はニヤリと笑う。
「幼児体形が生意気な」
「だいたい幼児体形というのは失礼です」
「そう?」
「では、聞くけど、あなた何カップ?」
むろん、その場には佳和羅をはじめ、多くの男子生徒がいる。
そのような場でそんなものを問うなど最上級のセクハラ。
だが、それを聞いているのは同じ女性というところが微妙な雰囲気を作り出す。
「ちなみに私はEだけど」
「E……E」
そう言われて綺羅は相手のその部分を見やる。
自分とは雲泥の差であることはあきらか。
むろん、それは盛ったものという可能性は否定できない。
本物かどうかなど見なければわからない。
だが、それをここで指摘するということは、先ほどの言葉以上のセクハラとなる。
つまり……。
完敗である。
だが、こうなっては言わざるを得ない。
そうでなければ、勝手に決められ、幼児体形確定となってしまう。
やむを得ません。
「シ、シーで……」
「ないですね。というか、それは希望サイズ。実数は頑張ってもBがせいぜい」
「服の上からでも見ればわかる。私、そういう才能があるから」
瞬殺である。
「まあ、そういうことであなたは幼児体形であることは確定したわけですが、なんでしたっけ」
「……だから……」
「私は佳和羅のおもちゃではないです。もちろん、彼女でもないです」
「つまり、ただの同居人というわけね」
「はい」
「わかりました。では、改めて聞きましょうか。ただの同居人。名前は?」
「久家月綺羅……です」
「久家月綺羅。理解しました。私は如月夜子。この学校の三年で第一生徒会の会長でもあります。詳しいことは六条野君に聞いてください」
「……はあ」
「ついでに言っておきますが、この学校には形式上生徒会がふたつありますが、間違っても、偽組織である第二生徒会になど入らないように注意しておきます」
「第二生徒会?そんなものがあるのですか?」
それは聞いていませんでした。
むろんヴァンパイアハンター協会にとってはどうでもいいことであるのだから、たとえ知ったとしても情報として扱わないのはわかる。
だが、この学校の生徒である佳和羅は違う。
最低でも生徒会がふたつあるくらいは教えておくべきだろう。
気が利かない男だ。
そのおかげで私は要らぬ恥を掻いたのです。
最後はあきらかに濡れ衣であるが、とにかく綺羅は佳和羅を睨みつける。
帰ったらお仕置きです。
数瞬後、綺羅は如月夜子に視線を戻す。
「なぜふたつ……」
「決まっています。紫橋薫。あの女が生徒会会長選挙には不正があったなどとぬかし、別組織をつくったからです。自分の負けを認めぬ愚かな行為なのですがなぜか学校はそれを認めたのです。まあ、あの女が親に泣きついたのでしょう。紫橋薫の父親はこの学校のPTA会長ですから」
「とにかく面倒なことをしてくれたものです」
そこまで話したところでチャイムが響く。
「では、ごきげんよう」
そして、次の休み時間。
当然のようにもうひとりが現れる。
紫橋薫。
黒髪を靡かせる如月夜子に負けない美人。
ただし、例の部分についてはかなりの割引がある。
もっとも、それでも十分なサイズではあるのだが。
「昼休みに乳だけ女が来たらしいですけど……」
「どうせまた訳のわからない妄想を語ったのでしょう。本来私とあの女は全く関わりがないのですが、とりあえず同じ女として謝っておきましょう。ところで……」
「あの件はどうなりましたか?」
「あの件?なんだ。それは」
「もちろん私が会長を務めるこの高校の正当な生徒会の副会長を引き受けるという話です。もう何度も言っているではありませんか」
「ああ。それについてはそれこそ何度も言っているだろう」
「生徒会がひとつになるというのが役員を引き受ける条件だと」
「あの女に気遣いは無用ですよ」
「別に気遣いなどしていない」
「それなら結構」
そう言って話をあっさりと切り上げる。
つまり、彼女がここに来た本当の目的はそれではないということだ。
そして、それが何かといえば……。
「そういえば、最近、どこかの野良猫を拾い、飼いだしたそうですね。その猫はどこにいますか?」
「あそこだ」
「ああ。あれですか」
「貧相な胸で見栄えも悪いし、あの様子では中身も外見同様でしょうね。名前は?」
「久家月綺羅」
「わかりました。久家月さん」
「可和羅は将来私の夫になる男です。一緒に住むことくらいは大目に見ますが、迷惑をかけないようにしてくださいね」




