極限へ到達した人間
二度にわたる上級生による襲撃。
そして、そこで巻き込まれた形になっての罵詈雑言。
と言っても、それが謂れのない中傷であるかといえばそうでもなく、いや、だからこそ腹立たしい。
何が貧相な胸だ。
そして、幼児体形。
「言っていいことと悪いことがあることもわからないのですが。あの乳だけ女たちは」
佳和羅の屋敷に戻った瞬間、我慢に我慢を重ねた怒りが爆発する。
そして、実は自身が気にしている部分をピンポイントに突いたふたりを罵るようにそう評した綺羅はふたりが夢中になっている男を睨みつける。
「何ですか?あれは」
「魔女だよ。ふたりとも」
「魔女?」
「言っただろう。うちの学校には魔女がいると。あのふたりがその魔女だ。しかも、私が知っている中で最高峰だ」
「おそらく、多くの物語に登場する魔女は彼女たちをモデルにしている」
「まさか」
「そのまさかだよ。まさか彼女たちが高校三年生の年齢だと思っているのか?年齢だけでいえば、彼女たちは生きた化石。そして、多くの人間が一度は望む『不老不死』をほぼ体現したといえる者」
「しかも、彼女たちには人外の者の血は入っていない。つまり、完全な人間というわけだ」
「では、どうやってあの若さを保っているのか?」
「言うまでもない。魔法だ」
「魔法?」
「ああ」
「彼女たちが操る魔法は驚くものだ」
「もちろんそのすべてを知っているわけではない。だが、私が知っているだけでもそれを十分に証明できると言っていい」
「ついでにいえば、私が使用する術の多くは彼女たちが生み出したものがその核となっている」
「綺羅が見た結界。あれは私や人狼のオリジナルというわけではない。彼女が護衛としていた者たちに伝えたものを無償で手に入れたもの。そして、人狼の首を撥ねた風剣や処理をした炎術も同じ」
「そして、彼女たちの若さと美貌。そして、ヨーロッパ人から日本人への転換。さらにそれを既成事実とする多くの事実の書き換え」
「事実の書き換え?」
「ああ。たとえば紫橋薫。彼女は自分の父親はPTA会長と言っていただろう。もちろんそれは誰もが知る事実。だが、それは彼女が魔法を使用して事実を捻じ曲げ娘に成りすましたものであり、彼女の両親にはもともとは彼女の弟ふたりと妹だけしかいなかった」
「うそ……」
「本当だ。そして、そのようなこともできるのだ」
「彼女たちの魔法は」
そこまで言ったところで佳和羅は綺羅を見やる。
「なぜそれをもっと行使しないのか?おそらくそう言いたいだろう」
「魔法で若さを保っているが元は人間。魔法の行使は反動が大きい。特に精神への負担は尋常ではないだろう。しかも、難易度が上がれば上がるほどそれは大きくなる。だから、有効とわかっていても魔法の行使は制限を受ける」
「その点は、私たち吸血鬼その負担はほとんどない。同じ人外の者である人狼も同じであろう。もっとも、彼女たちは魔法をしなくてもこれまで長い時間の間に手に入れた知識や経験がある。魔法なしでも十分に頂点に君臨できる。まあ、それは私も同じ」
「そして、彼女たちが私と婚姻したがる理由であるが……」
「彼女たちも私の正体を知っている。自身の血に私の血を組み込めば更なる高見にいける。そう考えているのだろう」
「もうひとつ」
「如月夜子と紫橋薫。彼女たちについてわかっていることがある。彼女たちの本来の名は、モルガン・リリスとペルセポーネ・ライラックだ」
「ちなみにあの魔女たちは太陽を……」
そこまで言ったところで綺羅は言葉を止める。
当然である。
如月夜子と紫橋薫はともに高校生。
当然日中も活動する。
つまり、その言葉から来る夜のイメージにはそぐわない。
もっとも、魔女以上に夜行性生物のイメージの強い吸血鬼である佳和羅が太陽の下で堂々とスポーツをしているのだ。
最高位の魔女らしい彼女たちが夜だけしか活動できないと考える方がおかしいといえるだろう。
わざとらしい咳払いで仕切り直しをした綺羅が改めて問う。
「それだけ聞けば最強に思えるのですが、魔女の弱点はあるのですか?」
「人狼における銀のようなものを尋ねているか?」
「そうです」
「そういうものについては知らない。まあ、弱点といえば、先ほど言った魔法の制限くらいか」
「つまり、最強は魔女ということですか?」
「さあな」
「最強の意味にもよるが、実際のところ人狼に狩られる魔女も多いし、そもそも身内であるはずの人間にも狩られている。魔女は」
「如月夜子と紫橋薫を基準に魔女の力を評価してはいけない。しかも、魔女の力は簡単に伝承できない。器となる者も力に相応しい才を持っていなければならない。その点、人狼はあの進化を考えればそれが可能なのだろう。さらに基本的能力が高いうえに、相手を食らうことによって才を手に入れられる節がある」
「ただし、人狼は人間に狩られぬよう常に人間の姿をしていなければならない。むろん、本来の姿で暴れれば生身の人間など相手ではないだろう。だが、そうなれば、お返しは必ず来る。どれだけ強靭な体であっても絶対に逃げられない。そうならぬためには人間化の魔法を常に発動させていなければならない。当然その分他の力は制限を受ける」
「つまり、佳和羅は吸血鬼が一番強いと言いたいのですね。ですが、吸血鬼だって人間に狩られる。あなたの言うとおりヴァンパイアハンターが吸血鬼であっても、数多くの吸血鬼が普通の人間に狩られているのですから。つまり……」
「人間が一番強いということになります」
「だが、その人間を餌としている者たちもいる。結局、人間、吸血鬼、その人外は三すくみ。この世界の絶対的な強者はいない。少なくても種族で考えれば」
綺羅の言葉をそう斬り捨てた佳和羅は薄く笑う。
「せっかくだ。もう少し面白い話をしてやろう」
「この学校には、吸血鬼と人狼、それから魔女以外にもさまざまな種族の者が紛れ込んでいる」
「たとえば……」
「エルフ。物語でしか登場しないようなエルフも女生徒に成りすまし紛れ込んでいる。まあ、正確には純粋なエルフではなく、エルフの血が混ざった人間であるハーフエルフの娘であるのだが」
「まあ、その者たちが誰かはそのうちわかる。ついでにいえば、ハーフエルフの特徴は女性だけに現れる。だから、彼女たちにとって女性を産むことが種族を繋ぐ絶対条件になる」
「それは楽しみ。ですが……」
「吸血鬼、人狼、エルフ、そして、魔女までいる。ここは人外動物園ですか」
「……人外動物園」
「言い得て妙。まあ、人外高校という方が穏便であろうが」
そう言った佳和羅は薄く笑う。
「もっともそのような者たちが集まるのは相応の理由があるからだ」
「吸血鬼の親玉がいるから?」
「そういうことだ」
「もしかしたら他の場所にもそのようなところがあるのかもしれないが、そこを支配している者が私ほど寛容かはわからないからな」
「どういうことですか?」
「絶対的な強者であれば大目に見ることができるが、彼我の力の差がそれほどなければ叩かねばならない。それこそ『出る杭は打たれる』のように。そういうことだ」
「そういうことで、魔女たちを含めて人外の者たちにとってもあの学校は居心地がいいのだ。そして、逆にいえば……」
「部外者が手を出し、その安寧が脅かされることがあれば、たとえ本来敵対する種族の者とでも一時的に手を結びその外敵を排除するように動くことになる」
「そういう点で一番危ないのは綺羅だろうな」
「ヴァンパイアハンターとわかればあの学校にいる人外の者全員が敵となるから」
「だから、最終的にどうするかはともかく、今は元ヴァンパイアハンターで現在は吸血鬼としておくべきだろう」




