ふたりの護衛
「それから……」
「明日から護衛をつけることにしたる」
唐突ともいえる佳和羅の言葉に綺羅は首をかしげる。
「護衛?」
「ああ。もちろん肩書は同級生。そして、女子」
「必要ありません。そんなもの。そもそも、あなたが手配するということは、その護衛というのは……」
「吸血鬼だ」
「聞いたことがありません。吸血鬼に護衛されるヴァンパイアハンターなど」
「私も知らないな。ヴァンパイアハンターを護衛する吸血鬼など。だが、綺羅が私の家の住人であり、守ると言った以上やるしかないだろう」
「それなら、あなたが守ればいいでしょう」
「つまり、傍にいてもらいたいわけか。私に」
「馬鹿」
顔を真っ赤にして起こる綺羅を笑いながら眺める佳和羅はさらに言葉を続ける。
「すでに紫橋薫の親父が学校に話をつけている。明日転校してくる」
「ふたりともなかなかの美人。いや。どちらかと言えば、かわいいと言った方がいい。だが、腕は相当なものだ」
「私よりも?」
「本気でやったら厳しいかもな」
「どっちが」
「分が悪いのは綺羅だろうな」
そして、翌日。
佳和羅の言葉どおり、ふたりのクラスに転校生がやってくる。
この中途半端な時期に転校してくること自体不自然なのだが、やってきたふたりが同じクラスに編入されるなど特別な力が働かなければ起きないことであろう。
「……これがPTA会長の力というところでしょうか」
綺羅はそう呟き苦笑いし。それから千奈結衣と松雪美月というふたりの転入生に目をやる。
吸血鬼臭など微塵も感じさせない。
これだけでも相当な実力者ということになる。
「たしかにかわいいですね。あの顔と声なら単純な男はイチコロです。彼女たちがその気なら餌には困らないでしょう」
「まあ、それはあの男にも言えることですが」
そう言って、ふたりの雇い主の男を見る。
「まあ、とりあえず話だけは聞いてあげましょうか」
当然のようにふたりは綺羅のもとにやってくる。
むろん笑顔。
ただし、その笑顔から漏れ出す言葉は辛辣だった。
「……弱そうね」
「まったく。こんなのに狩られるとはヨーロッパの者たちは軟弱者ばかりのようです」
そう言ったふたりは綺羅を見る。
間違いなく、嘲りの成分が濃い笑みとともに。
「だけど、私たちがいるかぎり安心です。よかったですね。ヴァンパイアハンター」
「あなたたち、こんなところで……」
綺羅は焦る。
いや。
焦った。
だが、すぐに気づく。
佳和羅や人狼が使った結界が展開されていることを。
まったく気づきませんでした。
「結界が使えるのですね」
「当然でしょう。というか、ヴァンパイアハンターとやらが結界を使わずにどうやって狩りをしていたのか不思議になります」
「まったくね。それから……」
「私たちは典型的な二重人格者。注意してね」
会った瞬間にやってきたこれでもかと言わんばかりの罵詈雑言に綺羅は顔を膨らませたところで、結衣が指を鳴らす。
そして……。
「よろしくお願いします。久家月さん」
「仲良くしてくださいね。久家月さん」
この女狐コンビが。
ほんの少し前の言葉をなかったことにしたふたりの少女を睨みつけながら、綺羅もふたりに負けないくらいの偽りの笑みを浮かべる。
「こちらこそ」
カタログスペックは高い。
だが、それだけという可能性はある。
実をいえば、ヴァンパイアハンターにもそのような者たちは山ほどいた。
逆に、カタログスペックは低いのに格上の敵を狩ってくる者もいた。
簡単に言ってしまえば、実践向きかどうかということになるのだろう。
だが、この点に関して綺羅はこう考えていた。
スペックの低い者はいずれ上位者に狩られる。
そして、最終的に生き残るのはスペックが高い実践向きの者のみ。
では、スペックは高いが実践向きではない者はどうなるか?
むろん狩られる。
それが生と死の間で生きる者の宿命。
さて、このふたりはどうなのか?
適当な敵でも現れないでしょうか。
期待半分。
皮肉半分。
そのような気持ちで心の中で呟いた綺羅の言葉は、その放課後実現する。
「……校門で堂々と待っているとは……」
綺羅とともに下校するふたりのうちのひとり松雪美月が薄い笑みを浮かべる。
「人間ではないのですか?」
「いや」
「人狼は知っていますか?」
「もちろん」
「あれはその仲間で九尾の者」
「九尾?」
「『九尾の狐』と呼ばれる妖狐の一族がいるのです」
「そして、こうして待っているということは狩りにきたのでしょう。もちろん狙う吸血鬼の血。ですが、私も結衣も気配を消している。つまり、三人の中で吸血鬼と認識できるのはあなただけ。だから、彼女が狙っているのはあなたということ」
「それで、その妖狐はどのような戦い方を……」
「九尾を知らなければ戦い方などわかるはずがない。まあ、それが狙いでしょうね。自分たちの戦い方を知らぬ者は格好の標的ですから」
「だから、とりあえずあなたは見ていなさい」
「そろそろ間合いに入ります。では、いきましょうか」
その言葉とともに風景は変わらぬものの、自分たちと校門の前に立っていた他校の制服を着た女子生徒以外の生徒は消える。
「残念だったわね。九尾の一族」
「おまえたちもその女の仲間なのか。まさか、吸血鬼……」
「当たり」
「それに免じて楽に殺してあげる」
「死になさい。化け狐」
その言葉とともに女子生徒の首が落ちる。
そして、次の瞬間、人間は狐の姿に変わる。
「……楽をしようとするとこうなるのです。野狐クラスひとりを佳和羅様のいる場所に送りこむなど愚かの極み」
「せめて白狐クラスが来るべきでしたね」
「……野狐とか白狐とは?」
「妖狐のクラスのこと。野狐は最下位の妖狐で白狐は上位種のひとつ。そして、九尾の頂点のひとりは『葛の葉』という名です。ちなみに、九尾の幹部はすべて女です」
「ところで……」
「あなたたちはどこに住んでいるの?」
綺羅の言葉はもっともである。
佳和羅の屋敷でふたりを見たことはない。
つまり、別の場所に住処がある。
さらに言えば、転校と言っていたのだ。
そこは近場ではないはず。
そうでなければ、あれだけ人外の者が集まり、吸血鬼が身を隠すには好都合な場所を選ばないはずがないのだから。
「私たちはここから北にある別邸に住んでいます。形式上は屋敷の主に仕える住み込みの使用人の娘ということになっています」
「ちなみにそのような場所は他にもいくつかあります」
「群れで生活するのですか。日本の吸血鬼は」
「まあ、それの方が狩られる可能性が減りますから。もっとも……」
「佳和羅様の支配下に入っていない所謂ハグレ者の吸血鬼もいます。そのような者の動向に関して佳和羅様は預かり知らぬこと。その者たちの悪行はその者たちだけが責を負うべきなのです」
「そして、日本における吸血鬼が起こした事件のほぼすべてはこのハグレ者のおこないです」
「でも、佳和羅はその者たちを野放しにしているのであれば、責任はあるでしょう」
「ないですね」
「そう。まったくないです」
綺羅の言葉に結衣が即答すると、それに続いた美月は綺羅を睨みつける。
「では、あなたに問います」
「他人の悪行について、隣人というだけで責任を負わせられるのですか?人間社会は」
「そんなことはないでしょう。それと同じです」
「佳和羅様が責を負うのは自身の保護下にある私たちのおこないだけ。そして、そこにはあなたも含まれます。ですから、あなたも佳和羅に迷惑をかけぬよう心掛ける義務があります。それが守れぬ場合には容赦なく斬ります」
「あなたたちは強いのね」
「他の方もあなた方と同じくらいの強さがあるのなら、他の種族を制圧することなど容易いように思えますが」
「そのとおり」
「と言いたいところですが、そうではない」
「どういうことですか?」
「たしかに私たちは強い。噂によれば、あなたはヴァンパイアハンター協会の最強のヴァンパイアハンターのひとりらしいですが、私も美月も一対一でも確実にあなたを倒せる。ですが……」
「人狼や妖狐たちも同じように倒せるかといえばそうではない。なぜなら、私たちが相手にしているのは彼らの中では中位以下の者たち。最高位の者となければこうはいかない」
「そんなに強いのですか?」
「強いですね。絶対に勝てると断言できるのは佳和羅様くらいでしょう」
「……そんなに強いの?」
「あなたがどちらの話をしているのかわかりませんが……」
「もし、佳和羅様を咲いているのだとしたら……」
「佳和羅様と対峙した瞬間あなたは自分がヴァンパイアハンターであることを後悔する。それくらいの差があります」
「それだけの力を持っているのなら、なぜ佳和羅は世界を制覇しようとしないのですか?」
「それが真の支配者の姿だそうです。人間の世界にも似たような言葉があるでしょう」
「君臨すれども統治せず」




