◇34 - 異端狩り
ギルとエルゼリータが地下墳墓を探索している頃、地上ではミラ達がギルの捜索に動き出していた。
「ご要望の物を持ってきましたよ。ネズミの骨しかありませんでしたが、これでいいでしょうか?」
小動物の骨をバケツ一杯に詰め込んで、ランジェはミラの元を訪れた。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。生物の骨なら、何でも使えますから」
ミラはバケツを受け取るとそれを足元において、死体を敬って礼を捧げた。
「……貴方達の身体、使わせていただきます。≪マヌーヴル・カダーヴル≫!」
ミラの魔法発動と同時に、バケツ内の骨がひとりでに宙を浮いて、組み上がっていく。
そうして、翼で空を飛行する小型のボーンゴーレムが、四体完成した。
「みんな、よろしくお願いしますね。ギルを見つけてください」
ミラが窓を開け放つと、ゴーレム達は街の方へと飛んでいった。
その様子を物珍しく眺めて、ランジェは尋ねる。
「ミラさん、今のは?」
「私のスキルは、骨でああした人形を作る事なんです。つい最近、遠隔操作ができる様になったので、彼らにもギルの捜索を手伝ってもらおうと思います」
「なるほど。便利ですね」
素直に感心するランジェへ、ミラは少しだけ驚いた。
「ランジェさんは、異端ギフトとかあまりこだわらない方なのですね」
「そうですね。貴方がたを見ていると、そういう物はただの悪説の類なのだと気づかされます。
しかし、部下たちに今のを見せない方が良いでしょう。彼らは異端と言うだけで毛嫌いする連中ですから」
「そうですね。気を付けます」
異端狩りとしての気質が未だに残るこの砦の聖職者たちは、皆ミラとギルを目の敵にしている。
初日の拘束騒ぎ以降、直接関わる機会は無かったが、それでも遠目から不愉快な視線を向けられているのはミラにも感じられた。
「それでは、我々も行きましょうか」
ランジェに促され、ミラも捜索の為に部屋を出る。
とりあえずできる事はしようと、ゴーレムを街に放つまではしたが、明確な心当たりという物は全くない。
ギルは逃げた襲撃者を追いかけてそれっきり戻らず、逃げた襲撃者も死体となって発見された。
ミラの手元に、ギルの行先に繋がる手がかりは現状皆無である。
「何か、当てはありますか?」
ミラの問いに、ランジェは難しい顔でかぶりを振った。
「どうでしょうね。城の中は部下たちに調べさせましたから、やはり居るとしたら街の方ではないかと」
「街……もしかして、例の大鎌の女と何かあったとか」
ギルが出ていって十二時間が経つ。腕利きの彼が戻って来れなくなる様な不測の事態が在るとすれば、それは悪魔やそれに準ずる怪異に遭遇した時だろう。
ミラの中に、より一層不安が募る。
その様子を察して、ランジェはミラを励ました。
「きっと大丈夫。悪魔を討伐した実力者ですし、彼は頭もきれる。街の辻斬り程度にやられる人ではないでしょう」
「……そうですよね。ありがとうございます、ランジェさん」
「私も砦の主として、客人を守り切れなかった責任を感じております。必ず、ギルディッドさんを見つけましょう」
ランジェのその言葉に、ミラは聞きそびれていた事を思い出す。
ミラ達を襲った襲撃者のうち三人は、ギルが気絶させて砦の巡礼者たちに捕らえられたはずである。
「そう言えば、あの襲撃者については何か分かりましたか?」
「それが全く。捕えた者たちは一切口を割りません。
それに、あの様な者達が街を出入りした形跡もありませんでした。この街に横穴は在りませんから、正規の街道以外に街へ入って来る方法は無いはずなのですが……」
「では、この街の中で暗躍している何かしらの組織が在るという事でしょうか? 大鎌の女や、悪魔の件もその人たちが?」
「その様な可能性も在るかもしれませんが、現状では何とも」
「そうですか……」
「うちの隊全員で事に当たっていますから、すぐに何か分かると思いますよ」
ランジェは疑いもなくそう言うが、ミラとしてはそれが一番怪しかった。
ここの巡礼者たちが賊の侵入を許してしまった事もそうだが、砦の襲撃に際して彼らは一人も出てこなかったのだ。
ランジェが呼び出して、ようやく気絶した襲撃者を拘束するために現れたほど、対応がずさんだった。
砦の内部で起きている事に対し、警備をしている彼らがそれに気づけなかったとは考えにくい。
巡礼者たちが意図してあの襲撃者を招き入れたのではないかと、ミラは勘ぐっている。
この街の巡礼者が、呪い持ちのミラ達に好意的で無い事は明白だが、それを抜きにしても彼らには疑うべき余地がある。
この街はそれほど広くはない。一ヶ月もの間続いている殺人や巡礼者への襲撃に対して、未だに明確な情報一つ手に入れられていない捜査機関が、正常に機能しているとは思えなかった。
指揮官であるランジェの能力不足を考慮しても、それは少々異常な事である。
「ランジェさん。失礼を承知で言いますが、あの人たちは本当に信用できるのでしょうか?」
「なんです急に?」
「異端審問官たちの事です。あの人たちは、本当に信用のおける捜査員ですか?」
「ミラさんが彼らに対して疑心を抱くのはもっともです。ですが……いや、彼らも教会に属する聖職者です。人を傷つけるような事は無いと信じています」
どこか歯切れ悪く、ランジェは答えた。彼女としても、何か思う所が有るらしい。
とは言え、指揮官という立場で部下を無闇に疑う事も出来ないのだろう。
本来ならば、統率者である以上率先してそれをするべきなのだろうが、ランジェという騎士はその辺りの認識を著しく見誤っていた。
「そうですか」
端から教会を信用していないミラは、どんなものでも疑って然るべきだと考えていたが、今更その認識をランジェと共有する必要も無いかと、受け流した。
そもそも、やむを得ない状況とはいえ、出会って間もないランジェと二人きりで行動を共にすると言うだけで窮屈なのだ。
無闇に対立するよりは、とりあえず合わせて味方につけておいた方が賢明だと考えた。
「―――おや、何処に行かれるのですかな、隊長殿?」
向かいから廊下を歩いてきた僧侶たちが、突然ミラ達の行く手を阻んだ。
気配を察知して振り向けば、退路を塞ぐように背後にも僧侶たちが立っていた。
「貴方達、これはどういうつもりですか?」
咎めるランジェの言葉に、僧侶たちから嘲笑が上がる。
「悪いがね、騎士様。俺達もう、アンタの下で働くのはうんざりなんだわ。そろそろ本来の職務に戻らせてもらいたい」
「本来の職務? 貴方達、何を言って……」
戸惑うランジェへ向けて、僧侶たちの後方から声が上がる。
「それはもちろん、異端狩りですよ」
僧侶たちが左右に退き、声の主が現れる。
僧侶たちと同じく法衣の上に鎧を身に着けた男だった。背中には聖遺物らしき古びた槍を背負っている。
男の姿を見た途端、ランジェは狼狽えた。
「っ! グレアム。貴方が何故ここに!」
グレアムと呼ばれた男は、嘲る様に鼻を鳴らす。
「ここは俺のギルド。こいつらは俺の隊だ。俺がここに居るのは当然だろう?」
「馬鹿を言わないで。教会から聖遺物を奪取した貴方に、もうそんな権限はない!」
「教会なんぞ知るか。異端をのさばらせておく様な、腑抜けた連中に正義など無い。俺達は正常な世界の為に、異端を狩る独立した組織を創った。苦節十年。我々の正義はようやくここに実現する」
「貴方に正義なんて無い。お題目を掲げたただの殺人集団じゃない!」
「ふんっ、能無しの辺境騎士が良く吠える。いずれお前も知るさ。我々の行動によって世界は正しく理解する。異端など世界を害するだけの虫なのだと。不浄な虫は全て踏みつぶし、世界を正しい在り方へと戻す。
まずは手始めに、そこの小娘からだ」
グレアムはミラを指さした。
それを合図に、僧侶たちが一斉に武器を抜く。
ランジェもミラを背後に庇いながら、剣を抜いた。
「貴方達、何をしているのか分かってるの?」
「ええ、もちろん。全ては正常で清潔な世界の為に」
僧侶たちは武器を手に四方からミラとランジェに迫って来る。
彼らと対峙しているランジェだけが、決意を鈍らせて立ち尽くしている。
そんな迷いの気配を感じて、ミラはランジェを叱咤した。
「ダメ、ランジェさん。この人たちはもう手遅れです!」
「しかし……」
この期に及んでも煮え切らないランジェへ、僧侶の一人が斬りかかる。
ミラはランジェを庇って前に出ると、魔法を撃ちだした。
「≪フォンセ・ショック≫!」
闇色の衝撃波を胴に正面から喰らい、僧侶は吹っ飛ぶ。
「ぐっ、抵抗をするな!」
「っ! ―――いい加減にしろ!」
ミラに斬りかかってきた別の僧侶を、今度はランジェが打ち払った。
「逃げましょう、ランジェさん!」
ランジェの決心を感じ取り、ミラがそう声をかけた直後、グレアムが槍を構えて二人の目の前に現れた。
「そう言う訳にはいかないな」
グレアムは槍の柄を使って、ランジェの頭部を殴りつけた。反応する間もない、一瞬の出来事。
頭部への一撃に気を失い、ランジェはその場に崩れ落ちる。
「ランジェさん! ―――あぐっ!」
倒れたランジェへ気を取られた一瞬の隙に、グレアムの槍はミラの腹部を打ち付けた。
槍の底で強打され、ミラはむせ返りながら床に倒れた。
「二人を拘束しろ。ルエヌマに生贄として捧げる」
グレアムの命令に従い、僧侶たちは倒れた二人を即座に拘束する。
獲物を捕らえたのを見届けて、グレアムは僧侶たちに囲まれる中で声高に宣言する。
「同志諸君。我々はついにこの砦を教会の手から取り戻す事に成功した。十年もの間屈辱に耐え、よくぞ俺の帰還を待っていてくれた。
粛清の時は近い! 今こそ我々の正義を世界に示す時だ!」
グレアムの演説に、その場に居る僧侶全員が歓声を上げた。




