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◇32 - 退行の呪い

 地下墳墓探索に移る前に、一旦エルゼリータの部屋に戻った。


 俺の方は特に準備するものも無かったが、エルゼリータはどうやらまともに睡眠をとっていない様だったので、寝かせる事にした。


 どのくらいの時間、墳墓内を歩き回るのかも分からないので、体力の調整はしておくに越した事は無い。


 俺は気絶している間に十分寝た事になっているのか、まったく眠気が来なかったので、今は適当に部屋の中を見て回ったりしていた。


 女の子の部屋を家探しするのは気が引けるが、今は緊急事態だ。

 何か使えそうなものが在れば、探索に持って行きたい。


 特に保存食なんかが在ると助かるのだが。


「ん? なんだこれは」


 棚の上に置かれた小箱の蓋がわずかに開いていたので、中を何の気なしに覗いた。

 箱の中には形状も色も様々な宝石が、全部で九個入っていた。

 

 エルゼリータの財産なのだろうか。


「―――それは、魂の石なんですよ」


 背後から突然声をかけられて振り向くと、エルゼリータが起き上がってベッドの上に座っていた。


 今、別の誰かに声をかけられた気がしたのだが、気のせいだったのだろうか?


「魂の石ってなんだ?」


「僕のスキルですよ。九個の石に、九人の被害者。もう分かりますよね?」


 エルゼリータは静かな笑みを浮かべて、俺に問う。


 彼女に襲われて意識を失った巡礼者は全部で九人。

 どんな術で意識を奪われたのか、誰も解明できていないと聞いた。


「―――つまり、お前が襲った巡礼者の魂って事か」


「その通りです。僕のギフトは≪幻影術≫。こういう、ちょっと変わった事をするのが得意なギフトなんです。

 一応は幻術と変性魔法の混合という事になっているみたいですけど、名前がちょっと怖いでしょう?

 しかも、職種クラスが≪グリムリーパー≫なんて事になってるせいで、いよいよ異端と呼ばれてしまった」


 自身の事をそう話すエルゼリータは、雰囲気が先ほどとはまるで違う。

 精神的な年齢が、年相応になったと言う感じである。そのせいか、顔つきまでどこか凛々しく感じられる。


「お前、本当にエルゼリータか?」


「ええ。正真正銘、本物のエルゼリータさんですよ。むしろ、こっちが本来の僕なんけどね」


「本来の?」


 それはどういう事だ?


「僕には、退行の呪いがかけられているんですよ。……いや、祝福なのかな」


「退行の呪い?」


「ざっくりと言ってしまえば、僕の精神は絶対に四歳時点よりも上には成長できないというモノです。

 まあ、正確にはこうして一月に一度は元に戻るので、成長はしているのでしょうけれど」


 つまり、普段している思慮の足りない言動は呪いのせいで、無理矢理ああなってしまうという事なのか。


「昔の事です。僕は他人よりもスキルの獲得が少し早くてですね、四歳の頃にはもう、初期スキルを扱う事ができた。

 周りができない事をできてしまうのだから、友達に自慢したい年頃です。


 ですがそれを見た父親は、僕に外で絶対にスキルを使うなと厳しく言いつけました。

 今思えば、父はスキルを見た時点で既に異端ギフトである事を見抜いていたのでしょう。


 父は僕を授紋式にも参加させず、僕のギフトを秘匿し続ける為に家を捨て、二人で旅に出ました。

 ですが最終的に異端審問官に捕まって、僕の正体はあっさりと露見。


 僕を守ろうとした父は審問官にその場で斬り殺されました」



「随分とあっさり、自分の過去を語るんだな」


 平静な様子で世間話の様に語るエルゼリータを不思議に思ったが、彼女はそんな俺を笑う。


「悲哀を込めて話してほしかったですか? こう見えても、十分に悲しいし、腹も立つ。けれど、そんな事を思ったところで、僕はあと数分もすれば、それすらよく分からなくなってしまうんですよ」


「……呪いは、異端審問官がかけたのか?」


 エルゼリータはかぶりを振る。


「あんな連中に、そんな力はありません。退行の呪いは、僕自身が願ったものです」


「自分で願った? 誰かに頼んだって事か?」


「ええ。聞いて驚くなかれ。僕は悪魔と会った事があるんです。悪魔って奴は義理堅く契約を守る存在の様で、条件付きで僕の願いを叶えてくれたんです」


 以前、サラザールが言った契約という言葉を思い出す。

 結局あの意味を問いただす事は無かったが、今思えばルエルラムがアイツの言いなりになっていたのは、何か約束事を交わしたからではないか。


 悪魔は人と何かを契約するモノ。

 であれば、エルゼリータは本当に悪魔と出会ったのか。


「悪魔って言うのは、あの黒い人影か?」


「まさか。アレはいつの間にかくっ付いて来ていた、良く分からないモノ。


 僕が出会った悪魔は、異端審問官たちが運んでいた荷物から突然現れたんです。

 黒い人影なのは同じでしたが、もっとはっきりと人の形をしていて、少女の姿をして居ました」


 ……ルエルラムと同じだ。やはり本物か。


「悪魔は僕に訊ねたのです。"命を捧げるのなら、望みをかなえる"と。

 激情に駆られた僕は悪魔に、審問官たちの命を捧げました。


 審問官たちは、その場で身体を雑巾みたいにしぼられて即死。

 僕は悪魔に退行の呪いをかけられて、今に至ると言う訳です」


「どうして、そんな呪いを願ったんだ?」


「直接、僕からそうしてくれと言ったわけではありません。

 ただ、あの時は目の前で父が死んで、僕自身死ぬかもしれない目に遭っていたので、そういう衝撃的な物を全部、忘れてしまいたかったのだと思います。


 それを悪魔が勝手に察して、こんな厄介な呪いを残していった。おかげで僕は、未だに死んだ父の代わりを探す痛い女になってしまった」


 エルゼリータは自嘲気味に笑った。


「……何て言うか、災難だったな」


「別に。同情を買いたくて話したわけではありませんから。僕はただ、これから僕の面倒を見てくれると言ってくれた貴方に、事情だけ知ってもらえればと思ったまでです。ね、お兄様?」


 からかう様に、エルゼリータは首を傾ける。少しだけ、可愛いと思ってしまった。


「お前までそう呼ぶのか」


「言ったでしょう。どちらも僕だと。記憶の混濁や精神面での縛りはあっても、ボクは僕のまま」


「……辛くないのか?」


「厄介だとは思うけれど、これは僕が人を殺した事への罰だと受け入れているから」


 ……父の仇とは言え、復讐で悪魔に相手を殺させた。

 それは、罰せられるべき罪なのだろうか? 幼い子供が抱いた怒りを、そんな風に咎められる資格が、いったい誰にあると言うのだろうか。


「治したいって、思うか?」


「……できる事ならば。けれど、僕にはその手段が無い。僕にこの呪いをかけた悪魔の所在は分からないんです」



「いいや、そうでもねえぞ。お前さっき、悪魔が審問官をしぼり殺したって言っただろう?

 今この街で、全く同じ殺され方をした死体が出ている。俺は元々、そいつを調査するために呼ばれたんだ。


 おかしいと思わないか? 異端審問官が運んでいた荷物から現れた悪魔と、元審問官たちが駐在しているこの街に現れた悪魔が、全く同じ能力を有している事に。

 それ以前に、異端審問官と悪魔がここまでそう何度も繋がるなんて事があると思うか?


 悪魔って言うのは、一個体で街そのものを滅ぼせる大災害だ。そんなものがそうポンポンと世に出ていたら、今頃世界は滅んでる。

 おそらく、この事件の犯人はお前に呪いをかけた悪魔と同じ個体だ。そして、この件には異端審問官たちも関わっている」



「僕は悪魔に関しては専門外だけど、貴方はそうでも無い様だ。それで、兄さんの予想は?」



「俺だってそこまで専門家って訳じゃないが、心当たりは有る。

 俺は依頼主から、異端審問ギルドが、十年ほど前に不祥事を起こしたという話を聞いた。ギルドはその影響で、解散されたらしい。


 おそらくその不祥事って言うのが、エルゼの事なんだろう。

 ただ、教会の体勢転換でギルドの解散が決まっていたとはいえ、ギルド解散前ならば、その事を真っ当な職務範囲内の行動だったとして、揉み消すくらいの事を教会は平気でする。


 なら、何を不祥事としたかだ。

 たぶん、その事件で異端審問ギルドは、運んでいた聖遺物を紛失していたんだと思う。


 それが今頃になって誰かの手に渡り、この街で悪さを始めた。

 異端審問官たちは、ギルドの再起か何かの為に、それを自分たちの手で解決しようとしているんじゃないかな」



 ランジェは自身を監視役と認めたが、それでも現在異端審問官たちを率いているのは彼女だ。

 彼女が審問官たちと何か企てをしていたのなら、それを言えなかった事も一応の筋は通る。


 部外者の俺達を通して教会に企てを知られれば、それは元審問官たちにとって厄介な展開になるだろう。


「僕としては、審問官たちをどうにかしようという意思はもうありません。僕はただ、この呪いが解ければいい。

 あの悪魔がこの街に居ると言うのなら、ボクは最悪アイツを倒してでも解呪を迫ります」


「利害は一致したな。改めて協力しよう、エルゼリータ」


「ええ。ボクの事を、どうか頼みましたギルディッドさん」


 エルゼリータと握手を交わす。

 途端に、エルゼリータのまとう雰囲気が変わった。


 エルゼリータは不思議そうにして、首を傾げる。

 どうやら呪いが再発して、今のやり取りを忘れてしまったらしい。


「どうしたの、お兄ちゃん?」


 無垢な瞳を向ける彼女の頭を撫でてやる。

 優しさに擬態した哀れみを、こんな形で向ける事でしか、このやりきれない感情を処理できない。


「……いや、なんでもないよエルゼ。おはよう」


「うん。おはよう!」


 エルゼリータは明るく微笑んだ。

 この子を助けてあげたいと、心の底から思う。


 それしか方法が無いと言うのなら、悪魔と何度だって再戦してやる。

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