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◇31 - 忘れさられた地下迷宮

「―――やっと眠ってくれたか」


 睨めっこ八割、雑談二割で三時間ほど粘った結果、ようやくエルゼリータが寝てくれた。

 椅子の上に腕を組んで、これまた奇妙な寝相で眠りこけている。


 拘束自体はいつでも外せるのだが、エルゼリータと正面切って戦うのは避けたかったので、こうして隙ができるまで待っていたのである。


 エルゼリータのギフトやスキルには未知の部分が多い。

 一度負けている以上は、その能力に最大限の注意を払いたい。


 枷の状態を確認しようと背後を振り向いた途端、すぐ前の方で気配を感じた。

 エルゼリータが目覚めたのかと思いきや、目の前に立っていたのは漆黒の壁だった。


 見上げれば、黒い人影が俺を見下ろしていた。

 一言も発さず、息遣いも感じられない、およそ生物とは思えない虚無の存在だったが、こちらに向けられた敵意らしきものははっきりと感じ取れる。


「っ! お前、一体何者なんだ?」


「……」


 黒い人影は沈黙したまま、板の様な身体から腕を伸ばし、俺の首を掴んで絞めてきた。

 呼吸が止められる。いや、この力加減は骨をへし折るつもりか。


「ぐっ―――」


 ≪ブラック・ランス≫を発動し、腕を拘束していた鎖を破壊する。

 自由になった腕で、人影の腕を引き剥がそうと掴んだ。


 実体が有る様で、掴む事ができたが、体温が感じられない。コイツは本当に何なのだ?


「何してるのダディ! 止めて! 殺さないで!」


 エルゼリータの悲鳴が聞こえ、彼女が人影を背後から抱きかかえる様にして、引っ張っているのが見えた。

 そのおかげか、人影の力が若干緩んだ。


「どけっ、エルゼ!」


 ≪ブラック・ランス≫を人影の下に設置し、一突きに攻撃する。

 漆黒の棘に貫かれた人影は、霧散して消滅した。


「あぢゃっ!」


 反動でエルゼリータが後ろ向きにすっ転び、奇妙な悲鳴を上げる。


「はぁ、はぁ―――逃げたのか?」


 息を整えて、周囲を確認する。人影の気配はもう、この部屋の中には無い。


「大丈夫、ダディ? 血が出てる……」


 鎖を破壊した時に、誤って抉ってしまったのだろう。右手の肉が少し削がれて血が出ていた。


 エルゼリータは跳び上がる様にして俺の前に来ると、痛々しい顔で俺の右手を取った。


「お前……」


 そんな顔も出来るのか。やっぱりコイツ、根は悪い奴じゃないのかもな。


「このくらい、ポーションを飲めばすぐに治る。それよりも、助けようとしてくれて、ありがとうな」


「ううん。ボクがダディを縛っていたのが悪いんだ。……ボクのダディがごめんね」


 エルゼリータは哀しそうにそう答えた。

 ダディがいっぱい居て、分けわからなくなってきた。


「ああ……段々ややこしくなってきたな。もう、あれだ。俺の事をダディとか呼ぶな。俺の事はギルでいい」


「……でもなー」


 不満そうに、エルゼリータは呟く。どうしても俺をお前の保護者にしたいのか。


「でもなー、じゃねえよ。俺はまだそんな歳じゃねえ。だいたい、お前いくつだよ」


「えっとねー、十五」


 エルゼリータは指を折って数えてから、気の抜けた調子で答えた。


「俺と一つしか違わないじゃないか。それじゃあ、あれだ。兄貴とかそう言う風に呼べ」


 適当に思い付いた代案だったが、エルゼリータは途端に瞳を輝かせた。


「おおー! 分かった! お兄ちゃん!」


「ぐふっ―――」


 自分で提案しといてなんだが、こっちの方が羞恥心が強い。

 自分から言わせるのは何かダメだ。


「……やっぱりギルじゃダメ?」


「ダメ。お兄ちゃん!」


 ズビシッと人差し指を俺に突きつけて、エルゼリータは頑なな姿勢を見せる。

 これはもう、確定しちゃったな。


「やれやれ……まあいい。それよりも聞きたい事がある。あの黒いのは、今みたいによく人を襲ったりするのか」


 エルゼリータはかぶりを振る。


「ううん。こんなの初めて。ダディは普段動かないし、ここに誰か連れてきたのも初めてだから」


 つまり前例が無い訳か。

 ここに初めて連れて来られた俺は、いよいよもって運が無い。


「ダディが動かないって言うのはどんな感じなんだ? いつもああやって突っ立っているだけなのか?」


「うん。初めて会った時からずっとそう。手が伸びたの初めて見た」


「なんだかなぁ……アイツはいったい何なんだ。

 まあ、いい。とりあえず外に出て、ミラ達と合流するか。ダディがここに戻ってくるとは思えないしな。お前も来い、エルゼリータ」


「うん、行く!」


 エルゼリータは疑う事なく、頷いた。

 素直というよりも、何も考えていないと言うのが正解か。


 ダディの指示で巡礼者を襲っていたという話だが、それもきっと、命じられるままに動いていたんだろうな。


「……エルゼリータ。一つ、俺と約束してほしい事がある。

 これから俺はお前の兄貴だ。それでいい。だからもう、あの黒いダディの事は一旦忘れろ。またアイツが出て来ても、アイツが何を言っても、耳を貸すな。俺だけについて来い。良いか?」


「分かった。お兄ちゃんの言う事だけ聞く」


「良い子だ」


 なんだか騙している様で悪いが、こうでもしないとエルゼリータがまた敵に回る可能性がある。

 それにこれ以上、この子があのへんな奴に良い様に使われるのも、なんだかしゃくだった。


「良い子なら、頭撫でて」


 そう言って、エルゼリータは頭を突き出してきた。犬かコイツは。

 とはいえ、今は信用を得る事が大事だ。この子の行動に合わせてあげよう。


「えへへー」


 頭を撫でてやると、エルゼリータは嬉しそうに笑った。

 こうして居ると、可愛げがある。物騒な鎌を振り回しているよりもずっといい。


「さて。それじゃあ外に出るか。どこから出るんだ?」


 部屋を見回してみても、出入口らしき扉は無い。

 不思議に思っていると、エルゼリータが天井を指さした。


「こっちだよ。ああ、でも、危ないから武器を持って」


 そう言って、エルゼリータは壁に立てかけてあった大鎌を手に取ると、近くのテーブルを指さした。

 俺の荷物はテーブルの上に、ひとまとめに置かれていた。


 荷物を回収して身に着けると、エルゼリータが鎌で天井を叩きだした。

 すごい音がして、頭上から梯子が降りてくる。


「上から出るの」


 エルゼリータは埃が舞う中、梯子を軽快に昇っていく。


 後に続いて上に上がると、そこには見慣れた光景が広がっていた。


 土が剥きだした天井。朽ちた死体の眠る壁。植物の根が絡まった、遺跡の名残。


 ここは正しく、地下墳墓の中だった。


「どういう事だ? この街に地下墳墓は無いはずだ」


 ランジェからはそう聞いていた。

 彼女が何を隠していたのかはともかく、そんな直ぐに分かる様な嘘をつくとも思えない。


 俺がどのくらい気を失っていたのかは知らないが、別の街にいつの間にか移動していたと言うのも、考えにくい事である。


「どうしたの?」


「いや、何でもない。君の隠れ家が地下に在った事に、少し驚いただけだ」


「うん。ダディがここにしろって言ったの。絶対に見つからない秘密基地なんだって」


「秘密基地ねぇ……」


 だとすると、ここはまだ教会にも発見されていない、未開の地下墳墓という説も考えられるか。


「ここに魔物は居ないのか?」


「ううん。居るよ。だから転移魔法で地上に出るの」


 そう言って、エルゼリータはすぐ目の前に在る小部屋へと入って行った。

 中は真四角の部屋で、何もないただの空間だった。


 エルゼリータは辺りを見渡して、首を傾げる。


「あれっ? おかしいな」


「何もない様だが?」


「いつもはここに、陣が在るんだ。さっき帰ってきた時も、使ったんだから」


「って事は、魔法が切られたか。……転移魔法を設置したのはあの黒いのだな?」


「うん。そうだよ。部屋に有った荷物も全部、ダディが運んでくれた」


「って事は、少なくとも≪白魔≫じゃねえな」


 ≪白魔法≫に転送系のスキルは無かったはずである。


 候補としては≪空間魔法≫や≪変性魔法≫などのレアギフトが考えられる。

 レアとは言っても、人口で言ったら俺たち異端ギフトよりははるかに多い、普通のギフトだ。


 珍しいギフト所持者ほど教会にスカウトされる傾向があるので、そうしたレアスキル所持者は、ほぼ巡礼者になっているはずである。


 これで、あの黒い影が巡礼者である可能性が出てきたと言うわけだ。


 だが、そうなると教会の人間が、同じ教会の構成員を襲撃させる理由が分からない。

 現段階では、推測を断てるにも材料が足りないか。


 少なくとも、俺の中では奴が悪魔だと言う説は完全否定されている。

 わざわざ手動で首を絞めにかかってくる様な奴が、そんな大それた物とはとても思えない。


「さて、こうなると徒歩でここを出なくちゃいけない訳だが、他に出口はあるか?」


「分からない。いつも転送魔法で出入りしていたから」


 そうなると実に厄介な話である。


 転移魔法で移動できる範囲はそう広くないが、地下墳墓は縦に狭く、横に広い。


 転移魔法が垂直に移動する様に設置されていたとすれば、階層の深さはそれなりのものになるはずだ。


 しかも、地下墳墓は迷宮になっている構造上、別の階に移るのにかなりの時間を要する。


 古代の魔法で守られたこの遺跡は、崩れかけた見た目に反して、魔法で破壊したりはできないため、直上に無理矢理上っていくのも不可能である。


「マジか……ここまで来て、また墳墓探索とはな。この周囲を探索した事はあるか?」


「あるよ。向こうに階段が在った」


「上りか?」


「うん。上に上がるやつ」


「って事は、少なくとも一層じゃないって事だな」


 階層も分からない地下墳墓のど真ん中に放り出されたって訳だ。

 そもそもこの遺跡自体が見つかっていないのだから、出口があるとも限らない。


 なんだか気の重くなる状況だった。

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