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◇29 - 大鎌の襲撃者

誤字報告してくださった方、ありがとうございました。

 その日の夜、俺はランジェとのやり取りを報告するためにミラの部屋を訪れた。


 俺たちはランジェに提供された砦の個室を、宿代わりに利用している。

 砦とはいえ、ランジェの住まいを兼ねている三階層の個室なので、普段寝泊まりしている教会の部屋よりもずっと快適に過ごさせてもらっている。


「―――なるほど。聖遺物に関しては緘口令かんこうれいが敷かれていた訳ですか」


 事情を聴き終えたミラは、そう呟いて思案顔をする。


「この件、ミラはどう思う?」


「ついこの前リエム教区での事件があったばかりですから、立て続けに悪魔絡みの事件が起こる事で、聖遺物を運用する教会への不信を避ける狙いがあったとも考えられますが……」


 歯切れ悪く、ミラは推察を口にする。


「どうした?」


「いえ、そうなると時期が合わないなと」


「時期ってどういう事だ?」


「殺人事件は一か月前から起きていると言うお話でしたが、私達がルエルラムと遭遇したのは、ほんの二週間前です。

 あれだけの規模の災害をあっさり聖杯のせいだと認めた教会が、それ以前に起きていたこの街の被害を秘匿していたのでは道理が合わない」


 リエムでの事件後に今回の事件が起きていればミラの推測は成り立つが、時系列が逆である現状、そもそも教会がこの事件を秘匿した理由としては成り立たないと言う訳か。


「なるほど。……だとすると、教会が秘匿したいのは悪魔の発生そのものとは別の事情って事か」


「現状、私としては、問題はそこではないと思っています。ギルは、ランジェさんを信用できると思いますか?」


 ミラは真剣な眼差しで俺に問う。

 勿論、ミラは無闇に他人の信を疑う様な人間ではない。


 教会という組織そのものに不信感しか持っていない俺たちにとって、その中で関わっていく相手を見定めるのは生死にも関わってくる事だ。


 サラザールが居なくなった事で、ある程度自由意志を持てるようになった今だからこそ、そこを見誤りたくないのだろう。

 それは俺も同意見だ。


「確かに少し抜けているし、思慮深いとは言えない感じだが、あの人は信用していいと思う。市民にも信頼されているみたいだしな。根は見た目通り真面目な人だ。それに、あれは人を騙してもあっさりボロを出すタイプだ」


 むしろ短所の部分に関して言えば、こんな地下墳墓も無い辺境の街に、聖騎士が派遣されている時点で納得という感じである。


「そっか。ギルがそう言うのなら、大丈夫かな」


「なんだ。俺の見立てを全部信用しちゃっていいのか?」


「それはもちろん。世界で一番信頼しているギルがそう言うんだから、私は何も心配していませんよ」


 ミラは疑いの無い真っ直ぐな瞳でそう言った。

 こういう事を率直に言っちゃうんだもんな。言われてるこっちは恥ずかしいって。


「そっ、そう言う事ならまあ、依頼の件は現状維持で良いな」


「はい。何も変わらず、殺人事件と鎌の女を調べましょう」


 ミラがそう答えた瞬間、部屋の周囲に人の気配を感じた。

 俺は武器を取り、ミラは魔法を構える。


 直後、扉が唐突に開け放たれた。

 扉を開けたのは黒装束をまとう、怪しい人影だった。


 襲撃者は俺たちへ向けて魔法を放とうとする。それよりも先に準備していたミラが、先手を打った。


「≪フォンセ・ショック≫!」


 ミラの放った闇色の衝撃波は、襲撃者の胸部に命中し、対象を吹っ飛ばす。

 廊下の方にまだ見ぬ敵の気配を感じて、俺は部屋を飛び出した。


 廊下に居たのは、同様に黒装束をまとう三人の男だった。

 ナイフで斬りかかって来るのを、順に鞘刺しの剣で叩きのめす。


 腕に覚えがある様だが、レベル差の恩恵もあって、楽に倒せる相手だった。

 正直警戒していたのが拍子抜けだ。


「くそっ―――」


 失神し損なった一人が立ち上がり、走って逃げだした。


「今の音は? 大丈夫ですか!」


 反対側から、ランジェが血相を変えて駆けてきた。


「ランジェさん、ミラと一緒に居てくれ。俺は襲撃者を追う!」


 ランジェにそう頼んで、逃げた襲撃者を追いかける。


 襲撃者は廊下を駆け抜けて外へと飛び出した。

 バルコニーの縁に追い詰められて、襲撃者は足を止める。


 ここは砦の三階だが、崖に面したこの位置はそれ以上の高さがある。

 魔法を使えば眼下に広がる街へ飛び降りる事も出来るだろうが、あまり安全な手段とは言い難い。


「さあ、どうする? 観念して捕虜になるか?」


 できれば大人しく捕まって、ついでに襲撃の目的も白状してくれると助かるんだけどな。


 襲撃犯は悔しそうに唸って、選択を迷っている様に硬直している。

 あともう一押しで、観念させられるか……


 不意に風を切る音がして、襲撃者の肩に矢が刺さった。

 その反動で揺らめいた襲撃者は、悲鳴を上げて真っ逆さまに落ちていく。


 振り向くと、上階の方から無数の矢が俺に目掛けて飛んできていた。

 射手の姿は見当たらない。


 ≪ブラック・ウォール≫で防ぐ事もできたが、縁を乗り越えて襲撃者の後を追う。


 助けられればという、わずかな期待が俺の中に在ったのだろうか。

 目の前で襲撃者が地面に激突し、地表に赤い花を咲かせたのを見て、若干の怒りが湧いた。


「くそっ! ―――≪カウンター≫!」


 地表に衝突する衝撃を跳ね返して相殺し、地面を転がる。


「痛たたっ……本当はもっと華麗に着地する予定だったんだけどな」


 半端に助けようと急いたせいで、他の方法が採れなかった。


 そばに転がった死体に目をやる。頭巾で覆った頭部から血を垂れ流し、完全に事切れていた。


 少しだけ、残念に思う。


 相手は問答無用で攻撃してきた輩だって言うのに、我ながら人が良過ぎるかな。


 不意に、前方から鈴の音がした。

 気持ちの良い澄んだ音を響かせて、霧の中から歪な人影が現れる。


 角の生えた獣の頭蓋を被った、黒いドレスを着た女だった。

 右手には巨大な鎌をたずさえて、左後ろに黒い影を連れている。


 正しく巡礼者を襲っているという、怪物女その人だった。


「あー、本当にダディの言った通りだ」


 活力を感じさせないけだるそうな声で、女は言う。

 体格的には十分大人で、俺より少し背が低い程度だが、口調はどこか幼子の様に頼りない。


 話に聴いていた以上に不気味な相手だ。コイツが人間なのかどうか、確かに怪しくなってきた。

 武器を構えて、女に問う。


「お前は何だ? 襲撃者はお前の差し金か?」


「襲撃者? なにそれー?」


 気の抜けた返事で、女は首を傾げる。


「エルゼリータは、エルゼリータなんだよ」


 怪物女はあっさりと、自身の名を明かした。


 ……どうもコイツ、真っ当な人間という感じがしない。

 会話は成立しているが、人間と話している感覚が皆無だ。


「襲撃者と関係が無いって言うのなら、お前はどうしてここに居る? 偶然、落ちて来た俺の前に現れましたって言うんじゃないんだろう?」


「うん。ダディがね、ここに行けって言ったの。だからここに来たの」


 ……正直に言って、気味が悪かった。

 彼女の言葉は一見すると幼く見えるが、これがそんな単純な物でない事に、言葉を交わせばすぐに気がつく。


 人間的に何かが壊れている。コイツに関わるのはとにかく良くないと、本能が訴えかけてくる。

 そんな危険さが、彼女にはあった。


「……それで? お前はここで何をするつもりなんだ?」


「ボクはね、ダディを探しに来たんだよ!」


 ―――とうとう会話が成立しなくなった。


 エルゼリータが大鎌を両手に持ち替え、こちらに振り下ろしてきた。


 【俊足】スキルで回避し、エルゼリータの懐に迫る。


「いきなり仕掛けてくるなんて、どういう了見だ!」


 彼女に一撃入れられると確信して振るった剣は、意外な事に弾かれた。


 エルゼリータの動きの方が、こちらよりも数段速い。


 間髪を入れずに、エルゼリータは攻撃に転じた。

 半端に接近してしまったせいで、今度はこちらが防御を強いられる。


 大鎌なんてとても実用的とは思えない武器だったが、その認識は改めよう。

 距離を取れば刃に襲われ、懐に飛び込めば、長い柄に遮られて背後から刃に狙われる。


 通常ならこうはならないだろうが、エルゼリータの超速度がそれを可能にしている。

 俺の【俊足】は移動速度だけを加速させるものだが、彼女の力は身体行動全てを加速させている様だ。


 激しい連撃をギリギリのところで受け止めて、彼女からいったん距離を取った。

 剣を鞘から抜く。コイツは手加減できる相手じゃない。


 【俊足】スキルを腕に回し、高速で繰り出される斬撃を剣でいなしていく。攻撃の重さは大した事無いが、これでも相手の速度に対応しきれていない。

 防ぐ事は出来ても、それ以上の事をする余裕が無い


「Aha♪ ―――すごいよ。エルゼの攻撃、ぜんぶ受け止めちゃうなんて。アナタなに者?」


 先ほどとはうって変わって、やたらと気性の高い口調で、エルゼリータは聞いてくる。


「何者って聞かれてもな……そりゃあこっちの台詞って感じなんだが」


「だぁかぁらぁー、エルゼリータだって言ってるじゃん!」


 むくれた様子のエルゼリータが、力任せに大鎌を振るう。

 微妙に噛み合わない会話に、だんだんムカついてきた。


「名前か! 名を名乗れってか! なら耳かっぽじってよぉーく聞け! 俺の名はギルデッド。お前を捕まえに来た巡礼者だ!」


 力任せに剣を振るい、降りてきた鎌を弾き返す。

 やはり力ではこちらに大きく劣るのか、エルゼリータは鎌に引っ張られて体勢を大きく崩した。


 エルゼリータの懐が無防備になる。

 予期せぬ好機を逃すまいと、エルゼリータへ接近し、剣を振るう。


 それをエルゼリータは、寸でのところで回避した。

 体の速さだけでなく、彼女自身の反応速度も速い。才能有っての加速スキルと言ったところか。


 やはりこの子は強敵だ。


「おっと、危ない。―――アハハッ、そう簡単に捕まってなんかあげないんだから」


 はしゃぐ様に、遊ぶように、エルゼリータは笑う。


 戦闘能力は確かに高いが、この子には緊張感が無い。

 きっと本人は油断とも思っていないのだろう。


 エルゼリータは俺の剣を確かに避けたが、俺の間合いからは完全に出ていない。


「≪ブラック・ランス≫!」


 エルゼリータの着地地点に、漆黒の棘を配置する。

 彼女は慌てて体勢を変えると、漆黒の棘を足場に再び跳躍した。


「わっ! 危ないじゃん!」


「その身体能力は認めるが、詰めが甘めえよ!」


 咄嗟の反応だったせいか、エルゼリータの跳躍高度はそれほど高くない。

 中途半端に飛んでいるせいで、彼女は無防備になっていた。


 その頭部を覆う頭蓋骨の面を、剣で両断する。

 エルゼリータは俺の頭上を飛び越えて、背後に着地した。


 真っ二つに割れた頭蓋面を手に持って、エルゼリータは素っ頓狂な声を上げた。


「わわっ! なにこれ、なにこれ!」


 振り向いて見たエルゼリータの素顔は、思いの外幼かった。


 身体つきが良いせいで、年上に見えていたが、俺たちとそう変わらないかもしれない。


 覚めるような青色の長髪をなびかせ、真紅の瞳で俺を見つめている。


「アハハッ、アハハハハハッ! 素敵すてき、とっても素敵! お兄さんをボクのダディにしてあげる!」


「ダディ? 俺はお前のオヤジになるつもりはねえぞ」


 エルゼリータが鎌を手に立ち上がる。まだ懲りずに突っかかってくるらしい。


 あまり手荒な事はしたくないが、この子が大人しく降参してくれるとは思えないんだよなぁ。

 あまりしつこい様なら、少しのケガは覚悟してもらおう。


「ううん。もう決めたの。だから絶対に、逃れられない」


 不吉な言葉をつぶやいて、エルゼリータは鎌を構える。

 鎌が紫の光を纏って、怪しく輝きだした。


 こっちも迎撃の為に【暗黒剣】を発動させる。


 互いに武器を構えて睨み合う。


 ふざけてはいるが、エルゼリータは強敵だ。

 しかも、本格的なスキルを使ってくるのはこれが初めてときている。


 これまでに手に入れた情報だけでは、その性質も判断がつかない。

 次の一撃は本気で構えた方が良いだろう。


 永久にも感じられた沈黙を破って、エルゼリータは動く。


「≪ムエルト・スエーニョ≫」


 静かにエルゼリータがスキル名を発音した途端、世界が固まった。


 外気は消え、霧の流動は停止し、音はその一切が途絶えて、俺の身体は動かなくなる。


 全てが停止した世界の中で、エルゼリータだけが動いていた。


 驚くほど緩慢かんまんな動作で鎌を振り、俺の首を刈りに来る。

 しかし視覚で捉えているよりも早く、エルゼリータの鎌は俺の首を捉えた。


 五感が連携を失い、バラバラに動いている様な、そんな錯覚。

 余りの不快さに吐き気を催したが、それに酔うよりも先に、俺は首を落とされて意識を失った。


 視界が暗転してから風を切る音が遠くで聞こえ、最後に痛みが体を駆け抜けた。

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