◇28 - ねじれ
カルダート教区は地下水脈に恵まれた地形の影響か、夜になると霧が出る事があるのだそうだ。
街全体が白く染まって、まともに視界の効かないそんな時間帯に、そいつは現れるのだと言う。
獣の頭蓋を面にして、身の丈に似合わぬ大鎌を振り回す謎の怪物。
傍らには黒い人影が常に寄り添い、何をするでもなくただ佇んで揺らめいている。
「ああ、俺はあの夜確かに見たんだ。酔って酒場で眠っちまって、その日は帰りが遅くなったんだが、いくら霧が在るって言っても近所だ。視界が悪くても記憶と感覚で帰れるものさ」
目撃者の男は、俺たちに語る。
「通りを曲がろうとした矢先、唐突に刃物のぶつかり合う音が聞こえたんで、俺は物陰に潜んで様子を窺ったんだ。
アレはすごかったね。怪物女が大の男二人を相手に、一方的な勝負を仕掛けてたんだから。
それでな、唐突に女の鎌が怪しい光を纏ったかと思ったら、男二人を一気にザックリと殺っちまったって訳だ。しかし、おかしなことに斬られたはずの男達は血一つ流していなかった。
俺は怪物女が去った後に教会に連絡しに走ったって訳だ」
男はそう言って、話を締めくくる。
ミラが男に訊ねた。
「その大鎌の怪物は、ただ巡礼者を倒しただけだったのですか? 何か戦利品などを持ち帰ったりは?」
「ああ、そう言えば二人を倒した後に、何かを拾っていたみたいだったな。それが何だったのかは、良く分からない。霧のせいでそこまで鮮明だったわけじゃないからな」
今度は俺が聴く。
「その怪物が女だって、どうして分かるんだ? 顔は隠れていたんだろう?」
「そりゃあアンタ、見間違うはずねぇって。あんなでっけえ胸を見て、誰が男と思いますかってんだ。
ああ、あと、声も聞いたぜ。去り際に、傍に立っていた気色の悪い人影に話しかけていたんだ」
「会話の内容は?」
「上手くは聞き取れなかったが、女の声だったのは間違いねえ。うーん、そうだなぁ……確かダデとかダドとか言っていた気がするんだがなぁ」
「なんだそれは」
この調子じゃ、会話の内容には期待できないか。
まあ、そもそも酔っぱらいの目撃証言だしな。どこまで信用できるか怪しいものである。
「何度も話を聴いてしまって申し訳ない。捜査への協力に感謝を」
ランジェはそう言って、証言者の男に礼を言った。
聖騎士なんて、貴族と同じで偉そうにしているものだとばかり思っていたが、意外にも市民に対しては実直らしい。
ランジェが特別なのかもしれないが、それならそれでランジェへの好感度はかなり上がった。
世の中、そう捨てたものでもない様だ。
「良いって事よ。街を守ってくれているアンタへの協力は惜しまないよ」
証言者の男も気前よくそう言って、ランジェの礼に応じた。
「市民に支持されている様だな」
「だと嬉しいですね」
ランジェは照れを押し殺したような顔で、微笑んだ。
証言者の男は、俺の発言に乗っかってランジェを褒める。
「そりゃそうさね。ザーツネイム卿がこの街に赴任してから、偉そうだった巡礼者の連中も、だいぶ大人しくなったからなぁ。この街のほとんどの人間が、この人に感謝してるよ」
まるで自分の事の様に誇らしく話す男の事はともかくとして、ランジェが支持されているのは本当らしい。
「―――では、失礼いたします」
ランジェに倣って俺達も頭を下げ、男の家を後にした。
巡礼者襲撃の犯人を追う事になった俺たちは、その最初の足掛かりとして、犯行を見た唯一の目撃者に話を聞きに来たという状況だ。
「どうですか? 参考になりましたかね」
ランジェの問いに、ミラは自身の見解を述べる。
「そうですね。今のところは何とも。―――ただ、鎌の女性が使っていた正体不明のスキルから見て、やはり異端ギフト持ちの可能性は強いと思います」
「と言うより、ランジェさんが悪魔の件を疑った根拠が俺には良く分からなかったんだが?」
そもそも俺たち二人が連れて来られたのは、そちらの疑惑があるからだったはずだ。
ランジェにも何か確信の様なものが在るからこそ、わざわざ俺たちを余所から呼び寄せたのだろうと思っていたのだが、今のところその気配は微妙だ。
そもそも"鎌を持った怪物"と説明されたから構えていたが、実際は怪物に扮した女だったのだから、肩透かしを食った気分である。
それに、襲撃者の女が連れていたと言う黒い人影が、必ずしも悪魔とは限らない。
ルエルラムと対峙した経験から言わせてもらえば、アレは人間と仲良く共生できるような相手ではない。
俺の疑問に、ランジェは深刻な顔つきになって答えた。
「……それは、私の口で言うよりも、実際に見ていただいた方が早いでしょう」
ランジェの深刻な様子に、俺とミラは疑問に顔を見合わせる。
俺たちが続けて案内されたのは、憲兵の拠点だった。
ランジェが地下室に降りると言った時点で、彼女が俺たちに何を見せようとしているのかを察した。
心配してミラを見ると、彼女はやはり浮かない顔をしていた。
人の死に対して、抵抗があるのは分かっている。無理はさせない方が良いだろう。
「大丈夫か、ミラ?」
「えっ? ああ、うん。もちろんですよ」
ミラは気張って平静を装うが、外からはバレバレである。
「……無理するな。外で待っていてくれてもいい。いつもと同じで、これも仲間同士の連携みたいなもんだろ?」
そう言うと、ミラは少し躊躇ってからその申し出に応じた。
「……じゃ、じゃあ、頼めますか?」
「ああ。直ぐに戻る」
地上階にミラを残して、俺とランジェは地下に降りる。
「……ミラさんは、死体がダメなのですか?」
ランジェは少し意外そうに、そう聞いてきた。
巡礼者は命がけの仕事だから、そういうのが極端にダメってタイプは確かに珍しい。
「死体と言うよりも、"死"って概念そのものに敏感と言うか、そんな感じです」
「そうなのですか……正直、意外でした。貴方がたにお会いするまでは、異端ギフト所持者というのはもっと、こう―――」
「闇闇しいイメージでも有ったのか?」
「……まあ、端的に言ってしまえば」
ランジェは気まずそうな顔をする。
その認識は一般的な物かも知れない。
得体の知れないモノに、教会が"呪い"だとか"異端"だとか尾ヒレを付けたせいで、俺達は良く分からない怖いものとして見られている節がある。
だからこそ、そうした風評の被害者として言える自論もある。
「≪白魔法≫のギフト持ちにだって犯罪者が居る様に、俺たち異端者だって必ずしもギフトと性格が噛み合っている訳じゃない」
「その様ですね。世の中に浸透している印象というのは、大抵真実とは乖離している……」
どこか影を帯びて、ランジェは呟いた。
その態度の訳が少し気になったが、それを俺が訊ねるのは何だか憚られた。
それはきっと、ランジェの個人的な事情なのだろうから。
「……でも、ランジェさんは初めから、俺たちの事を普通の人間として扱ってくれたじゃないですか」
「それは、この国に仕える者として当然の事です。何者であろうとも、女王陛下が治められるこの地で生まれた民草ならば、それを守るのが我々の使命。貴賤は当然ありますが、不当は無い様に心がけています」
ランジェは淀みなくそう言い切った。
そうした公平さが、さっきの様な市民からの信頼に現れているのだろう。
「そっか……ランジェさんアンタ、良い人なんだな」
「それを言うなら貴方たちの方こそ。正直言って、あの様な無礼を働いた後では、協力などしてもらえないだろうと諦めていました」
ランジェは困り顔でそう言った。
彼女の部下に不当に連行された恨みは確かにあるが、それがランジェの意思とは無関係だったなら、俺達は彼女を咎める気は無いという事で一致している。
「まあ、理不尽にはある程度慣れっこだからな。それに、人を助けろって言うのがうちのリーダーが立てたギルドの方針なんでね」
「なるほど。さぁ、こちらですよ」
ランジェは死体安置所と書かれた部屋の戸を開ける。
ひんやりとした空気の漂う部屋の中には、白いシーツのかけられた遺体が七つ並んでいた。
「これは……」
「殺人の被害に遭った七名の遺体です。ご確認を」
促されて、恐る恐るシーツを捲る。
遺体の首には、螺旋を描く傷とシワが在った。さらに捲れば、両腕にも同じ様な跡が在り、指先に関しては完全に捩じれて妙な形になっていた。
このシワと傷の痕は、捩じられた四肢と首を後から戻したものなのだろう。
それにしても、人体を捩じるなんてかなりの力だ。これを人の手でやったとは考えにくい。
「酷いな……だが、これが悪魔の可能性を提示する根拠になるのか?」
「この様な事ができる魔法を、私たちは知りません。人に見られることなく、人を殺す事ができる人間も同様です」
「どういう事だ?」
「ここに居る七人中三人は、大衆の面前でいきなり体をねじ切られて死亡しました。
この事件の被害者は十一名になりますが、その内の半分は人目のある場所で唐突に死んでいます。
ですが、その場で魔法を使った者を見たという証言は有りません。誰も犯人を見ていないのです」
ランジェの言う事は少しだけ間違っている。俺の【隠密】スキルを使えば姿を消すなんて事は簡単にできてしまうからだ。
人体を捩じ切る様な力を生み出す魔法の存在については俺も知らないが、それだって知らないだけで、誰かが持っているスキルである可能性は十分にある。
これだけで悪魔の犯行と決めつけるのは性急だ。
それに悪魔の能力なら、それこそ一瞬のうちに街の住民全員を殺害する事くらいはやってきそうなものである。
ランジェはあまりにも、悪魔の脅威を過少に見ている。
「見えない犯人か……魔物って可能性は―――それも無いか」
魔物の知能は個体によって様々だが、人目を巧妙に避けて暗殺紛いの事をする様なずる賢さは無いはずである。
「この教区には地下墳墓の入り口が在りません。ですから、魔物に襲撃された事はほぼないのです。出てもせいぜい、レベル1のウィスプ程度だとか」
俺が自ら否定した魔物説を、更にランジェは否定する。
だが、そうなると今度は違った意味で話が変わってきてしまう。
「なるほど。なら、もう一つだけ。教会が悪魔と定義するのは、聖遺物にとり憑いている特殊個体の魔物だけだったはずだ。
だが、この街には地下墳墓が無い。なら、いったい悪魔の出所を疑うべき聖遺物はどこにある?」
そう訊ねた途端、ランジェの態度が少し変わった。
「……やはり、貴方たちを頼ったのは正解でした。そこにまで疑いを向けた勤勉な巡礼者は、この街には一人も居ませんでしたよ」
はぐらかす様に、ランジェは応える。
凛々しい顔つきの中に、わずかな動揺が見えた気がした。
「答えになっていないが?」
「申し訳ございません。それを話す事は出来ないのです。私の権限で、それを貴方に話す事は出来ない。
ですが、これだけは断言します。出処である聖遺物は確かに在り、悪魔はこの街の何処かに居ます」
「断言するのか。悪魔が居ると。アンタ、昨日は正体が分からないとそう俺たちに言ったよな? 俺たちを騙して何を企んでいる?」
「騙したつもりはないのです……いえ、はぐらかしたのだから同じ事か。
確かに、私が貴方達に誤った認識を伝えてしまった事は謝罪します。ですが、敵の正体が分からないのは、本当なのです。
貴方ならもう、気づいているはずです。さっきの目撃者の証言と、ここの死体が矛盾している事に」
……確かにその通りだ。
犯人が鎌を持った女だと言うのなら、ここでねじ切られている犯人の説明がつかない。
つまり、巡礼者襲撃と殺人は別の犯行である可能性が高い。
「なるほど、だからアンタ、昨日はああいう言い方をした訳か」
ランジェは最初から、巡礼者を襲っている犯人について調べてほしいとしか俺たちに説明していない。
「だが、俺たちが勝手に殺人と巡礼者襲撃を同一の事件だと思い込んだ……いや、アンタはそれを否定しなかったな。
それに、根本的におかしいのは、殺人事件の捜査を憲兵ではなく巡礼者がやっている事だ」
巡礼者はあくまでも教会に属する聖職者であり、治安維持を目的とした公務の憲兵は別に存在している。
巡礼者の方が実戦経験を積んだ者が多く居る事から、この前の悪魔騒動の様に、教会が街の有事に出張る事はある様だが、基本は憲兵の仕事のはずだ。
最初は聖騎士が監視役をしている巡礼者たちだから、憲兵と同じような任務に着いているのだろうと思っていた。
だが、このやり取りで、それよりもしっくりくる予測が一つ浮かんだ。
「教会は元々、悪魔を追っていたんだろう? この街の殺人事件を聞きつけて、アンタはこの街に来た。
そして、殺人の捜査と銘打って悪魔を探し出した途端、予測していなかった第三者の妨害に合った。
だからアンタは、俺達にあんな曖昧な依頼をしたんだ。
俺たちが殺人の犯人である悪魔を見つければ仕事は終わり。妨害をしている異端者を捕まえても、障害が消えてアンタには得になる。どっちも解決できれば御の字だ。どうだ?」
俺の推察に対し、ランジェは肯定的な笑みを浮かべた。
「ほとんど正解です。一つ違うとすれば、悪魔がこの街に来る前から、私はこの街に居たと言う事です。
悪魔を追って私が来たのではなく、私の居るところに悪魔が来てしまったんです。だから私は、こんな厄介な任務を押し付けられてしまった」
「……一つ分からないのは、その思惑をそもそも俺たちに隠した事だ。何を口止めされているのかは知らないが、最初から別の事件だと話しても、それは隠せただろう?」
「詳細に話せば話すほど、隠している事実が矛盾となって浮き彫りになってしまう。
昨日の無礼に対する負い目もあって、隠し事をしたまま貴方がたの協力を取りつけるのは難しいと考えていたのです。
それに、犯人の正体が分からないと言った事は、偽りでは無いのです。
本当に、私には見当がつかないのですよ。別の手口だからと言って、犯人が別人と断言はできない。
別の事件だとしても、大鎌の女が捜査中の巡礼者を襲う理由が分からない。
この二つの事件は、間違いなく何かが繋がっているはずなんです」
「なら、最初からそう説明してくれ。俺達がアンタに協力すると言ったのは、アンタを信用したからなんだ」
俺の追及に、ランジェは憂う表情を浮かべた。後悔はしているみたいだ。
「そうですね……すみませんでした。
事件の要点を口外しない様に言いつけられている以上、貴方がたには大鎌の女を追ってもらう過程で、悪魔についても調べていただければと考えていたのです。
都合よく利用しようという、甘い考えだったことは否定できません」
ランジェは悔やむように、そう言った。
そういう意味で言うと、俺たちはむしろ過大な信用を向けられていた訳か。
わざわざ一部隊の長であるランジェが俺たちに同行しているのも、説明不足の結果生じる不測の事態に対処するためだったのだろう。
俺たちに全部隠したままで、そんな風にうまく立ち回れるとは思えないが、この人にも管理職として、頭の痛い事情が在るのだろう。
今回の事は、認識の行き違いくらいに思っておくか。
昨日の時点でちゃんと追及しておかなかったこっちにも、責任が無い訳ではないしな。
「貴女の事情は分かった。ウチも一応は教会に属しているギルドだから、機密に関しては察する。
今後の方針は、二つの事件の関連性を調べると言う事で良いんだな?」
「まだ、協力していただけるのですか?」
「一度引き受けた依頼だからな。うちはキャンセル厳禁なんだ」
それはサラザールと交わしていたルールだが、体裁の為に言ってみる。
この程度の事なら、ミラも外れるとは言わないだろう。あとでちゃんと説明しておくとしよう。




