◇27 - 不測の依頼
異端審問官のリーダーらしき女に連れられて、俺達は彼らの砦へと案内された。
箱車を降りた際にわずかに見えた街の景色は、リエム教区とは別のものだった。
「なあ、ここはいったいどこなんだ?」
前を歩く女に訊ねる。
「アイツらは行先も言わなかったのか。申し訳ない。ここはカルダート教区だ」
そう言われてもピンと来ない。
聞いておいてなんだが、リエム教区から出た事の無い俺が他の地名を聞いても分かるはずが無かった。
女について行くまま、俺達は砦の階段をひたすら登っていく。
砦の一階部分は武器などが配置された物々しい雰囲気の場所だったが、三階まで登ると一転して貴族の住いの如く豪華になった。
廊下には赤い絨毯が敷かれ、灯りも松明ではなく金製の燭台に代わる。
俺たちが案内されたのは、そんな三階の一部屋だった。
「さあ、こちらの部屋にどうぞ」
女は大扉を開いて、中に俺たちを促した。
扉の向こうは食堂の様で、それほど広くも無い部屋に円卓と椅子三つが置かれていた。
内装と言い、調度品と言い、全てが高価な物であるという雰囲気をバリバリに発している。
超庶民派の俺には、不慣れを通り越して恐ろしい。
壊したりしたら、請求額はいくらになるのやら。
「どうぞ、お座りください」
女はそう言って、円卓を囲むように俺たちを促す。
円卓の上に並べられた食事は大変旨そうだが、それに喜んで飛びつくほど呑気でもない。
未だにこの状況が上手く呑み込めていない俺とミラは、互いに顔を見合わせた。
ミラもどうして良いか分からないと言った不安顔で、俺を見る。
「とっ、とりあえず座りましょうか」
「そっ、そうだな」
おそるおそる椅子に座る。見るからに高価な椅子が、俺の体重を支えて音を立てた。
……生きた心地がしない。
「はははっ、両人ともそう緊張なさらずに。貴方がたを害するつもりはございませんので」
俺達の前に座った女は、軽快に笑ってそんな事を言う。
俺たちが緊張してるのは、別の理由なんだよな……。
いかんいかん。金の力に気圧されてどうする。
俺達は被害者側なのだから、もっと気丈に振舞っていいはずだ。
「そ、それで、俺達をここに連れてきた理由は? どうしてアンタの部下は、俺達を拘束なんてしたんだ?」
俺がそう訊ねると、女は目を閉じて難解な表情を浮かべると、また頭を下げた。
「……それについては重ねて謝罪申し上げる。彼らは異端審問ギルド故、その気質が抜けきっていないのです」
「異端審問ギルドですか?」
今度はミラが訊いた。
「はい。あまり公にはされていませんが、異端ギフト……―――失礼。特殊なギフト持ちを取り締まる部門として、このギルドは七百年前より存在していました」
「別に、俺たちに気を遣う必要はない。要はあれだろう? 呪い持ちを捕まえて殺し回っていたギルドだろう?」
その昔、異端と分かった子供は、その時点で教会によって処刑されていたと聞く。
何人たりとも、生きる事を許されなかった時代があった。
今でこそ教会はそこまで過激な事をしないが、その気質は今も庶民たちの中に強く根付いている。
八歳になると国民全員が受ける事になっている授紋式だって、元は呪い持ちを発見するために始められた、選別の儀式だ。
女は俺の言葉に、神妙な顔で頷いた。
「ええ。貴方の言う通り、このギルドはそれを正義と信じて、あらゆる残虐を尽くしてきた血塗られた組織です。
ですが、今はもうそう言う時代じゃない。異端ギフト持ちであっても、それを処刑するのは正当ではないと、教会本庁も意向を変えられました」
「だったら、俺達をあんな風に脅して拘束したのは何だったんだ。言っている事と、やってる事が違うじゃないか」
「部下たちは、現状に納得しないまま、未だに自分たちが異端審問官であると自称しているのです。
……異端ギフトの所持者が生まれるのは本当に稀な事ですから、ギルドの仕事もそう多くは無い。ただでさえ待機業務ばかりが続く中で、教会側が異端ギフト所持者を罰しない方針に切り替えた事で、ギルドの仕事は完全に無くなったのです。
だと言うのに、このギルドはその意向には従えないとして暴走し、不祥事を起こしてしまいました。
それによってギルドは解体され、そのメンバーは普通の巡礼者としてこの街に再配属されました」
「つまり、異端審問官なんて肩書は、本来ならもう存在していない訳か」
「その通りです。ですが、彼らは自分たちを今でもそうであると言って聴きません。異端排除の任を負っていた彼らは、誰よりも強く異端者に対して厳しい意識を持っている。
長年染みついた習慣は、十年そこらで消えるものでは無いのでしょう。
彼らの本質を見極めきれずに貴方たちの元へと使いに出したのは私です。今回の事はすべて私に責任があります」
頭を下げるつもりだったのか、女は再び立ち上がろうとしたので、俺達は慌てて止めた。
「それはもう、分かったから!」
「そう何度も謝られると、私達も困ります。―――ギルももういいよね?」
「ああ、そうだな。つい、責め過ぎた。こっちの方こそ悪かった」
「いえ、こちらがした事ですので」
女は座り直して、俺たちに名乗る。
「そう言えば、まだ名乗っても居ませんでしたね。失礼を。私はランジェ・エルト・ザーツネイムです。ランジェとお呼びください」
「ギルディッドです」
「ミラです。―――ランジェさんは、貴族なのですか?」
ミラの問いに、ランジェはかぶりを振る。
「いえ、私の家は聖騎士の家系です」
聖騎士は、教会と貴族院に並ぶ国家の三大勢力の一つだ。
貴族で在りながら教会に属し、仕えているのは教皇ではなくこの国の女王という、どこまでも中立的な組織だ。
しかし裏を返せば、全ての勢力と関りを持ったその立場を利用して、常に監視の目を光らせている国王の手先とも言える。
この国が教会という勢力に完全に呑み込まれていないのは、聖騎士団の貢献があるからだとも聞く。
「聖騎士が、潰れたギルドの監視役をしているのか?」
「まあ、監視役と言うならば、その通りかと。彼らはギルドを解体されて以降も何かしら陰で動いているらしく、これ以上の問題行為を起こされてはたまらないと、本庁が私をここへ出向させたのです。
一応は、ここの巡礼者を統率する役を負っています」
それが分かっていて、俺たちの所にあの僧侶たちを寄越したのだから、この人も随分と間が抜けている。
それとも、人を信用し過ぎる質なのか。ここの人手がそれほどまでに少ないのか。
どちらにしてもいい迷惑である。
「あっ、あのっ、それで、私達が呼ばれたのはいったい、どういう理由が在るのでしょうか?」
ミラが訊ねる。
随分と話が脱線したが、そもそもはそれが聞きたかったのだ。
「俺たちに悪魔を倒してほしいって、そう言ったよな?」
ランジェは小さく頷いた。
「この街では、一ヶ月ほど前から殺人が起きているのですが、事件を捜査していた巡礼者が次々と倒れるなんて事が起きて居ましてね。
今のところ、やられた巡礼者は九人。
いずれも腕に覚えのある戦士たちでしたが、全員が昏睡状態で未だに意識が戻っていません。しかも妙な事に、全員が無傷だったのです」
「無傷なのに、意識が戻らない?」
「ええ。医療班は何か呪術的な要因を疑っているようですが、その原因解明には至っていないそうです。
偶然見かけた市民の証言によると、捜査員を襲った犯人は大鎌を持った怪物だったと」
「その犯人が、悪魔なのですか?」
ミラの問いに、ランジェは眉を寄せて悩む様な顔をする。
「はっきりと、断定はできません。ですが、その怪物は人語を話していたそうで、傍らに居た黒い影と会話をしていたのだとか」
黒い影と聞いて、ルエルラムを思い出す。
思わずミラの方を見ると、彼女も戸惑う様な表情でこっちを見て、頷いた。
「私達が知る限り、そんな魔物には前例が在りません。下の連中は街に異端者が出たと騒いでいますが、一部の冷静な者の中には、それだけでは説明できない事も多すぎるのだと主張する者も居て。
私はどちらの件にも詳しくないので、悪魔と遭遇し、それを討伐した事が在ると言う貴方がたに、助言をいただきたいと思った次第です」
ランジェの言い分は良く分かったが、それにしても不可解な事がある。
悪魔討伐の件は、教会側で処理したと言う事しか公開されていないはずだ。
俺と同じ疑問を抱いたようで、ミラが物申した。
「なるほど。ランジェさんの事情は分かりました。ですが、私達の存在をどうやって調べたのですか? 我々はリエムでも秘匿されたギルドであると自覚しておりましたが」
「それは、こちらに。悪魔について問い合わせたところ、神官長のサイドル様からこの様なお返事を頂きました。てっきり、すでにお話は回っているものと思っておりました」
ランジェはそう言って、ミラに書簡を渡した。
席を立って、書簡を覗き見る。
書簡には、黒い影の事が報告に聴いた悪魔の特徴と共通している事や、悪魔を討った巡礼者であり、同時に異端ギフト持ちである俺たちなら、この街の捜査に役に立つかもしれないと言う、サイドル本人の考えが書かれていた。
しかもサイドルは俺たちに話を通して、確認を取ってみると言う旨まで書いている。
「……あのオッサンを責めたいところだが、ここには一言も了承したとは書いてないぞ。どうして俺たちを迎えに来たんだ?」
そう指摘してやると、ランジェは途端に目を丸くした。
「えっ……すまない。貸してくれ」
ミラから書簡を受け取り、その内容を読み返すランジェ。
彼女は書簡から顔を上げると、ひきつった笑みを浮かべた。
「あ……あのっ、これはそのっ―――当方の早とちりでした。重ねて、お詫び申し上げます!」
ランジェは椅子から立ち上がると、腰を直角にして頭を下げた。
部下の不祥事どころか自身の不手際だったので、ランジェの態度はこれまでで一番焦っていた。
真面目でお堅い軍人に見えたが、人って意外と分からないものである。
「ど、どうしましょうか?」
ミラも困った様子で俺を見る。
「良いんじゃねえの? これも人助けだろう」
うちの教会の理念は、"人を助けて認めてもらおう"だ。
部下の連中はともかく、ランジェ自体は良い人そうなので、頼みを聞くのはそんなに嫌ではない。
「そうですね。それじゃあ、そうしましょうか」
ミラは微笑んで、ランジェの名を呼ぶ。
ランジェは頭を上げて、気まずそうに俺達を見る。
「私達『闇教会』は、貴女のご依頼を受ける事にいたします。殺人事件の調査と、犯人の捕縛もしくは討伐でよろしいですね?」
ミラがそう言った途端、ランジェは一瞬笑顔を浮かべて、すぐに硬い表情を取り繕った。
「その依頼内容で間違いありません。よろしくお願いいたします」
「だが、条件を付けたい」
俺は二人の会話に割り込む。この街の教会はどうも不穏だ。安全策はうっておきたい。
「教会が協力的である事と、妨害をしない事だ。この二つが守られなかった場合、俺達は何があっても依頼を降りる」
「……部下たちには厳しく言っておこう。それと、捜査には私が同行する。それであれば、妙なちょっかいを出す者も控えるだろう」
ランジェは俺の言いたい事を察して、そう約束してくれた。
抜けてはいるが、基本的な所ではしっかりしている様だ。これならば、頼りにしても良いだろう。
こうして俺たちは、知らない街で新たな依頼を受ける事となった。




