◇26 - 異端審問官
俺とミラは目隠しをされた後、外へと連れて行かれて乗り物に乗せられた。
揺れの感覚からみて、馬車か何かだろう。
近くに人の気配が一つだけある。
「……そこに居るのか、ミラ?」
「はい。ここに居ますよ、ギル」
どうやら周囲に居るのはミラだけの様だ。
外に居る間は大人しく鎖で繋がれてやっていたが、いつまでもそれに着き合ってやる義理も無い。
「≪ブラック・ランス≫」
足元から一本だけ黒棘を生成して、手枷を破壊する。
見えないので適当なあたりを付けて撃ったが、一発で当たってくれた。
今日の俺はついている。……いや、妙な連中に連行された時点で五分五分か。
自由になった手で目隠しを外すと、そこは箱車の中だった。
壁の木目が向きだした、貨物用のただの箱。
普段から罪人の移送にでも使っているのだろう。
古い血の痕跡や、床に散乱した鎖など、どこか拷問部屋を連想させる様な醜悪さがある。
人を快適に乗せる事を前提とした乗り物ではない。
ミラの目隠しを外してやり、枷も破壊する。
こちらに礼を言いかけたミラを制して、一つだけ開いた鉄格子の窓から外を覗く。
馬に乗って移動する武装僧侶たちの姿が見えた。
どうやらこの箱車を囲んでいるらしい。
「いよいよ俺たちが罪人って感じだな……」
声を潜めて、ミラと会話する。
「ミラは、連中の事を知っているのか?」
「いいえ。あのギルドの紋章は見た事が有りません。アイシャさんは異端審問官と呼んでいましたが、ミュセからそんな部署があるとは何も……」
「そうか。……なあ、異端審問官ってどう思う?」
「あまり気持ちの良い名ではありませんね。『闇教会』は元々、かなり危うい立場で存在しているギルドです。
異端ギフト持ちの私たちが、教会に属している事を快く思わない人たちは、少なくないでしょうから……。
これまではサラザールが都合の良い手駒として私たちを容認していたからこそ、公には秘匿されて教会から問題視される事は有りませんでしたが、悪魔の一件でリエム教区外部の教会組織に、その存在を察知された可能性は高いです」
ミラは苦い顔で、そう答えた。
業腹な話だが、『闇教会』は良くも悪くもサラザールの庇護下でこそ、成立していられたギルドだったと言う訳だ。
俺たちの立場が危うい事は多少なりとも自覚していたが、こうも教会側の動きが早いとは思わなかった。
「どうする? 今すぐにここから逃げるか?」
「……いえ、相手の意図が分からないうちは、下手に動かない方が良いと思います。少し様子を見てみましょう」
「様子見するって言ってもなぁ……」
異端審問官たちはどう見ても友好的な感じじゃなかったぞ。
アイツらは間違いなく、俺とミラを害する敵だ。
……だが、確かにその考えに確信は無い。あくまでも俺が感じた意見というだけだ。
ミラはまずそれを見定めるための時間が必要だと、そう言っているのか。
俺たちの立場は確かに危うい。
一度教会と事を構えてしまえば、それだけで取り返しのつかない事になってしまうくらいに。
「了解だリーダー。それなら、この後の事はミラに判断を任せる」
「はい。必要だと思ったら、すぐにギルの力を借りますから」
「任せろ」
ひとまず床に座って腰を落ち着ける。
馬車がどこへ向かっているのかは分からないが、雰囲気からして時間がかかりそうだ。
「この連中、何処へ俺たちを連れて行く気だろうな」
「想像もつきません……」
そう言って窓を見上げるミラの表情は、不安に満ちていた。
数時間経って、馬車がようやく止まった。
立ち上がって、ミラを背後へと回す。
箱後部の蓋がせり上げられると、僧侶たちが箱車を囲んでいる光景が現れた。
俺たちを逃がさないために、わずかな隙も作らないと言った雰囲気だ。
箱を開けた僧侶は俺たちが拘束を外しているのを見て、腰の剣を抜いた。
「貴様っ、どうやって拘束を!」
「あの程度の拘束、巡礼者なら誰だって破壊できるだろう」
魔法を使える人間相手に、あんな雑な拘束方法を取る方が間違いだ。
「何を馬鹿な事を。それは魔力抑制の魔道具だ!」
指摘する俺に対し、僧侶はそう騒ぐ。
他の僧侶たちも一斉に攻撃態勢に入った。
「抑制って言われてもな、普通に使えたぞ。欠陥品じゃないのかよ」
もしくは、白魔限定だったりしてな。
俺たちはギフト以外にも、他の巡礼者と勝手が違う所が結構あるみたいだしな。
僧侶が唸ってわずかに動きを見せた。
剣で斬りかかって来るのかと構えた刹那、俺達を止める女の声がした。
「―――何をやっている!」
僧侶たちが一斉に声の方を向いた。
箱車の中から見える範囲に、僧侶たちと同じ様な武装をした女が現れる。
兜を装着した僧侶たちと違って、女は何も付けていないので顔がよく見えた。
二十代くらいの若い女性で、凛々しい顔つきをしていた。
戦士然とした風格があるが、髪を後ろで束ねている青い紐に、女性らしい洒落っ気が垣間見える。
僧侶たちは一斉に武器を納め、女を出迎えた。
「ご命令通りに、背教者二名を連行しました」
僧侶の一人が女へ報告する。
どうやら、この女が異端審問官のボスらしい。
女は箱車の中の俺達を見ると、青い瞳を嫌悪に歪めた。
この女も俺たちが憎い類かと思った途端、唐突に女は僧侶たちを叱りつけた。
「何をしているんだお前たちは! 私は二人を賓客としてお連れしろと命じたんだ。この様に連行しろとは、一言も言っていない!」
「しかし、こいつらは異端ギフトの……」
「お前の上官は誰だ?」
反論した僧侶へ、女は冷酷な口調で問う。
「ハッ―――ザーツネイム卿であります」
まるで兵士の様に背筋を正して、僧侶は答える。
どうもこいつらは、普通の巡礼者とは違う様だ。
「ならば私の命令をなぜ貴君の意思で違えた? お前は私の上官か?」
「申し訳ございません!」
そう声を張って返答した僧侶の顔面へ、女は拳を叩き込む。
殴られた僧侶は吹っ飛ぶようにして、地面を転がった。
他の僧侶たちは彼を助け起こすでもなく、静かに固まって微動だにしない。
そんな僧侶たちへ、女は咎めるような口調で言う。
「まだそれほど日も経っていない。前任者の気質が抜けないのは仕方の無い事だが、こうした強硬的な気質を本庁が危ぶまれたからこそ、私が来たことを忘れるな」
それから女は俺たちの前に来ると、深く頭を下げた。
「この御無礼をどうかお許しください。部下の失態は、偏に長である私の不徳の致すところ。申し訳ございません」
俺とミラは顔を見合わせる。
結局どういう事なのか、いまいち事情が把握できない。
「えっと……それで、私たちにどのようなご用でしょうか?」
ミラは俺の背中にしがみ付くように隠れながら、女に訊ねた。
女は胸に手を当てて陰のある顔をすると、
「どうか我々にお力をお貸しください。貴方達に、悪魔を討伐していただきたいのです」
そう言った。




