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◇24 - 暴虐の代償

 ルエルラム討伐と共に、街を襲っていた悪魔達も一斉に消滅した。


 悪魔が去って、リエムの街に再び平和が戻った。

 住人の半数近くが死んだこの事件は、結界の展開を拒もうとした魔物の襲撃として、市民に公表された。


 聖杯の儀に参加していた大神官たちと教区長は、最後まで街を守る為に戦って死んだという事になっている。


 事件後はサイドルさんが指揮を執って、教会主導の元に速やかに復興作業が始められた。


 王都から来た教会の師団による救援も有って、事件から二週間経った今、街はほとんど元の姿を取り戻している。




 そんな街の暗がりを、潜むようにして逃げている一人の男が居た。


 その名はサラザール。かつては、この街の教区長として教会を仕切っていた人物である。


 彼は事件の終息と同時にその責任を追及されて、サイドルと神官たちに拘束された。


 一時的に教会の地下牢に閉じ込められていたはずなのだが、意外にも器用な様で、脱走して今は巡礼者たちに追われている。


 かく言う俺も追っ手の一人なのだが、異端ギフト持ちの俺は、他の巡礼者に姿を見られるわけにはいかないので、こうして人気の少ない場所までサラザールが来るのを待っていた。


 サラザールは裏通りの半ばで立ち止まり、追っ手が居ない事を確認すると一息ついた。

 ずっと走りっぱなしだったので、体力も限界なのだろう。


 むしろ、歳の割にはよく逃げた方だと思う。


 俺は【隠密】スキルを解いて、屋根から飛び降り、佇んでいるサラザールの背後に着地した。


「誰だっ!」


 着地の音を聴きつけて振り向こうしたサラザールの首元に、背後から刃を回す。


「おっと、動くなよジジイ」


「だっ、誰だお前は! 教会の暗殺ギルドか!」


 サラザールは怯えた様子でそう騒ぐ。


 暗殺ギルドなんてものが在るのか。教会は想像以上に黒い組織らしい。

 まあ、それを言ったらウチの『闇教会』も、裏ものっぽい感じのギルドなのだが。


「俺はそんな、けったいなもんじゃねえよ。まあ、ちょっと前まで≪アサシン≫クラスだったから、近いものはあるかもな」


 剣を離して、サラザールを突き放す。

 そもそも、こいつを殺しに来た訳では無いのだ。

 向こうが逃げずに話を聞いてくれるのなら、脅しは要らない。


「おっ、お前は呪い持ちの―――!」


 振り向いたサラザールは、俺の姿を見て嫌悪に顔を歪める。


「私を、殺しに来たのか。復讐のつもりか!」


「復讐か……別に、俺個人としてはアンタへの恨みは無いよ」


 この男一人を殺したところで、今更世界が変わる訳でもない。

 俺達は変わらず、呪い持ちのレッテルを張られたままだ。


 その辺りに関しては、何もかも諦めて、今更どうでも良いと思って生きている。

 それは何も変わりない。


 けれど、俺にだってどうしても許せない事の一つくらいある。


「―――だがな、ミラの件は別だ」


「ミラ? そんな奴は知らん!」


 サラザールは白を切る様子も無く、本当にそう言い切った。

 それに俺は、無性に腹が立つ。


「ふざけるな! だったらよく聞け、サラザール。

 ミラ・ウェイス・カームヴィリア。その女の子から、お前は両親を奪ったんだ!」


 苗字を聞けば思い当たる節は有ったのか、サラザールは青ざめる。


「カームヴィリアだとっ! まさか、お前はあの家の縁者か!」


「勘違いすんな。俺はそのお貴族様とは何の関係もねえ。―――しっかし、その反応だとお前、気づいてなかったな。

 ウチのリーダー、『闇教会』の代表はな、そのカームヴィリアの一人娘だ」


「なんだとっ! そんな馬鹿な!」


 サラザールは狼狽える。本当に知らなかったのか。

 ミラは自分の素性を隠して、教会と関わっていたって事か。


「呪い持ちなんてお前らに言われてさ、そりゃあ幸せな家庭とは言えなかったみたいだけどさ。それでも、親なんだよ。

 お前は金と権威の為に、あの子から両親を奪ったんだ!

 十二歳の女の子が、目の前で親が炎に焼かれて死んでいく様を見ていたんだ! その苦しみが、お前に分かるか!」


「うっ、ぐぐぐ……」


 いつもの様な威勢の良い反論は返ってこず、サラザールはただ唸って退く。


「だから、私を殺すのか?」


 ……その言葉に、一瞬考えたりもする。

 ここでこいつを斬ってしまえれば、憂さは晴れるかもしれない。


 だが、一番復讐する権利があるミラは、この男を生かしたままでの解決を望んでいる。

 俺に人殺しはさせたくないと厳しく言って、あの子は俺を送り出した。

 ミラとの約束は、絶対に違える訳にはいかない。


「……いいや。アンタは殺さない。代わりに、良いものを持ってきてやったよ」


 懐から丸めた紙を取り出す。

 閉じている紐を外して、サラザールの目の前で広げる。


「なっ、何だそれは」


「教会本庁からの勧告状だよ。アンタを拘束した後、師団がアンタの身辺を調査して結果を出した。あんた、教区長の地位に納まるために、随分と悪さしたみたいだな」


「馬鹿なっ! どうしてお前の様な者が、そんな物を持っている!」


「サイドルさんはアンタと違って、俺達の能力を正しく評価してくれている。それに、随分と気の利く人だ。わざわざ俺たちの所にコイツを持ってきて、アンタに一矢報いる機会をくれたんだからな」


 本来ならミラこそこの場に居るべきなのだろうが、彼女は全てを俺に託した。

 どれだけ強くなっても、サラザールが牢に入っても、過去の記憶は克服できないのだろう。


 だからここで、俺はコイツに宣告する。

 刃ではなく、言葉をもって。

 血ではなく、苦悩をもって。

 罪の全てを後悔させるために。


「サラザール・リビアへ告ぐ。

 貴殿の背教行為、並びに信徒への略奪行為に始まる数々の犯罪行為は、聖職者以前に人としての道徳観から大きく逸脱したものである。


 到底許せるものでは無いと判断し、エセナ教会は貴殿の教会員権を剥奪する事をここに決定した。


 貴殿の身柄は隔離教区『オルゼーム』に移送する。そこで禁錮567年の刑期を務めよ。

 エセナ神の加護が、貴殿にあらん事を」



 勧告状を読み上げ、議会の名で締める。


 書状から顔を上げれば、サラザールは絶望的な表情を浮かべて蒼白していた。


 『オルゼーム』とは、罪人のみを収容した監獄の街である。世界中から極悪人が集められた、この世の地獄と称される最悪の地。


 特に犯罪者の中には聖職者を嫌う者も多いので、そこへ教会の人間が送られる事は事実上の死を意味する。


 そのため、聖職者から罪人へと堕ちた者には専門の監獄が用意されていたりする。

 これだけで、教会側もサラザールの不祥事を相当重く見ている事がうかがえた。


 しかもそこへ送られるだけに止まらず、禁錮五百年という刑期。

 サラザールが長生きしたところで、二度と生きて外へ出る事は無いだろう。


「どうだい、世界から見放された気分っていうのは?」


 ここぞとばかりに言ってやる。

 この程度の悪態くらい、コイツ相手には許されるだろう。


 サラザールは怒りの表情を、こちらへと向ける。


「調子に乗るなよ、小僧が! ≪ライト・ランス≫!」


 サラザールが魔法を発動し、奴の右手から光の槍が発射された。


 剣を鞘から抜いて、そいつを薙ぎ払う。

 剣に少し魔力を込めただけで、光の槍は消滅した。


「わるいな。俺のレベルは40だ」


「なっ、そんなっ馬鹿な! お前の様な虫けらが、どうしてそんな力を……」


 サラザールはその場にへたり込むと、呆けた様な顔をする。

 もはや全てが無為だと悟った、諦めの表情だった。


「アンタが差し向けた悪魔さ。アイツの経験値は相当な重さだったよ」


 悪魔を討伐した俺たちは、魔物とは比べ物にならないほどの重い呪いを受ける事となった。

 その結果として、俺はレベル40になり、ミラの方は一気にレベル21にまで上がったのだ。


「最終的に虫けらになったのは、アンタの方だったな。地獄の底で残りの人生、罪を悔やんで詫び続けろ!」


 それだけ言い放ち、俺は跳躍して再び屋根の上へと昇る。

 直後に、追っ手の巡礼者たちがやって来た。


 うなだれるサラザールを拘束して、連行していく。

 この街の王を名乗った男にしては、じつに情けない光景だった。


 俺の問題に直接サラザールが関わっていた訳では無いが、少しだけ楽になったような気がした。

 ミラに全てを報告するために見届け、俺は教会へと戻った。

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