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◇20 - 混乱の街を越えて

 一人がうめく様に叫んだ途端、それに呼応したかの様に、群衆が一斉に叫んで押し寄せて来た。


 人間相手では無闇に攻撃魔法をぶっ放すわけにもいかず、とっさに≪ブラック・ウォール≫を展開する。


 薄黒の障壁を隔ててすぐ目の前に、群衆が殺到する。


「異端者ヲ殺セ!」

「呪イ持チヲ許スナ!」


 障壁を激しく叩いて、群衆は叫ぶ。


「くそっ、またこれかよ!」


 およそまともな状態とは思えなかったが、それでもこの連中が暴れている理由は、ひとえに魔物の襲撃を引き起こした犯人の討伐らしい。

 そしてその矛先はやはり、こちらに向けられている。


 ほんの少しでもこいつらへの情があれば、結構ショックを受けていたかもしれないが、生憎と俺はとっくにこの街の連中を諦めている。

 今さら誤解で犯人扱いされたところで、揺れる感情なんか有りはしない。


 しかし、これはミラには見せられないよな。


 先に進めそうにも無いので、隙間を戻ろうとした途端、唐突に城壁門の大扉が爆ぜた。


 扉の破片が舞う中、ミラを背に乗せたボーンゴーレムが現れる。


「ギル! 大丈夫ですか!」


「ミラか! 逃げろ、こいつらは正気じゃない!」


 群衆の視線が一斉にミラへと向く。

 攻撃で対処ができない以上、どうやっても俺たちにはこいつらを止める術がない。


「やれやれ、また厄介な事になっているな」


 壊れた門をくぐって、ミュセも現れる。


「ミラ、ギル、少しの間息を止めて居なさい」


 そう言ってミュセは、ポーチから取り出した瓶の栓を抜く。

 大口の瓶の中には、紫色の液体が入っていた。


「≪ウェネーヌム・アニマ≫」


 迫る群衆を前に、ミュセは落ち着き払った様子で魔法を発動する。

 途端、瓶の中から紫色の煙が出始めた。


 ゴーレムの背に乗って宙を浮かぶミラは、それを見て両手でしっかりと口元を塞ぐ。

 俺もならってミュセの指示通りに口を塞いだ。


 紫の煙を浴びた群衆が、前列から順番に倒れていく。その様はまるで、ドミノ倒しの様だった。

 それほど時間も経たずに紫の煙は周囲を満たし、群衆は一人残らず動かなくなった。


「はい。おしまい」


 ミュセがそう言って手を叩いた瞬間、紫の煙はミュセの足元に置かれた瓶へと戻って行った。

 再び紫の液体で満たされた瓶を拾い上げ、ミュセは言う。

 

「もう息をして良いぞ」


 そろそろ限界だったので助かった。

 思いっきり酸素を吸い込む。


 ついでに≪ブラック・ウォール≫も解除して、ミラたちの元へと向かった。


「二人とも、助けに来てくれてありがとう。こっちがヤバいって、よく分かったな」


「門越しに声は聞こえていましたから。焦りましたよ。無事でよかったです」


「しかし、これなら余計な事をせずに、最初から門を壊して通れば良かったな」


 ミュセはそんな事を言って、軽快に笑った。

 門をくぐってきたサイドルは、そんなミュセへ反論する。


「なるべくなら、壊したくはなかったのですがね。一応は、魔物の侵入を防ぐ防壁なんですから」


「どうせ聖杯の結界を通して全域に召喚されているんだ。道を塞げばどうにかなる問題でも無いさ」


 少々投げやりなミュセの返事に、サイドルは困り顔で笑った。


「とは言え、この方たちはいったいどうしてしまったのでしょう?」


 サイドルは倒れている群衆たちを見て、哀しい顔をする。

 暴徒たちの行動をうれいている様だった。


「例の如く、異端者を殺せとわめいていたけどな。こいつらの凶行はそれだけが理由じゃない気がする。何かに操られていたみたいだった」


 俺の所見に、ミュセは推察を述べる。


「一種の催眠かもしれないな。一応今は毒で意識を失っているが、死んでいる訳じゃない。数時間もすれば目を覚ますだろう。その時こいつらが手遅れだったら、後は教会の方で処理するんだね」


 ミュセの言葉に、サイドルは顔をしかめる。


「処理などと……この方たちは、魔物の襲撃で気が動転していただけなのでは?」


「それでもいいけど、巡礼者を殴り殺してる事実はどうあっても消えないさ」


 ミュセの指摘でようやく気付いたのか、サイドルは道端で倒れる巡礼者の変死体を目にして、顔色を変えた。


「こっ、これは……なんてことだ」


「酷い……こんな事って」


 ミラも顔を背ける。

 直視するにはあまりにも惨い死体だ。ミラには耐えられないものがあるだろう。


「この街に起きているのは私たちの理解を超えた、呪いのそれだ。このままいけば、クレチラ教区の二の舞になりかねない。君が指揮官だって言うなら、一刻も早く大聖堂へ戻って対策を指示する事だ。

 まさかここまで状況が悪いとはね。正直、君が私達を呼びに来たのは、失敗だったんじゃないかな?」


 ミュセの容赦ない指摘に、サイドルは目を伏せる。


「そうですね。私自身、事態を軽んじていたかもしれません。

 発覚を避ける為に私自らおもむきましたが、構わず使いを送るなりするべきだったかもしれません。

 ……いえ、そもそも貴方がたの存在を一部の大神官以外には秘匿していた事自体、間違いだったのです。

 並の巡礼者では苦戦する悪魔を一撃で討伐する力、状況に適した判断力。教会は、貴方達を軽んじるべきではない」


 サイドルは嘆く様に、悔やむ言葉を口にする。

 ミュセはそんなサイドルをいさめた。


「その話は今すべきじゃない。先を急ごう」


「……ええ。そうですね」


 ミュセの仕切りで、俺たちは再び移動を再開する。

 大聖堂はもう目の前だ。





 聖堂の入り口では、避難民の行列ができていた。

 結構な人数が逃げて来ている様で、行列の最終地点は遠すぎて見えないほどだ。


 聖職者たちが避難民を整列させながら、大聖堂の中へと誘導していた。

 その中に見知った顔を見つけて、俺は足を止める。


 教会の拠点なのだから、彼女が居るのは当然なのだが、今更ながらに気まずい。


「アイシャか……」


「どうしました?」


 止まった俺を気にしてか、サイドルが訊いてきた。


「いや、何でもないです。行きましょう」


「ギル……平気?」


 ミラまでも心配そうに俺の方を見る。


「大丈夫だ。別にやましい事がある訳じゃなし、普通にすればいい」


 そう言って一歩踏み出した途端、行列の中に居た市民の一人がうめき声を上げてうずくまった。

 近くに居たアイシャは、すぐにその市民へ駆け寄る。


 何か嫌な予感がして、【俊足】スキルを発動する。


「あっ、ギル?」


 置いてけぼりをくらったミラの声が後ろから聞こえたが、説明は後回しだ。


 俺の予想通り、うずくまった市民はさっきの暴徒たちと同じ様に変貌していた。

 そばに寄ってきたアイシャへ向かって、暴徒は襲いかかった。


「させるかよっ!」


 暴徒の胴を思いっきり蹴り飛ばして、アイシャから引き離す。

 地面に暴徒を押し付けて、その腕を背中で組んで拘束した。暴徒はそれでも暴れ続ける。


 体が壊れるのもお構いなしといった風に身をよじって暴れ、俺を振り落とそうとする。

 言葉にもなっていない声で叫んでいるし、やはり普通じゃない。


「……大丈夫か、アイシャ?」


「はっ、はい。……って、えっ! もしかして、ギルなの?」


 予想通りというか、当然というか、アイシャは目を丸くした。


「久しぶりだな」


「本当だよ。心配してたんだからね」


 アイシャは少しむくれてそう言いながら、しゃがんで暴徒に手をかざした。


「おい、危ないぞ」


「お願い、少し押さえていて。―――≪クリア・カース≫」


 アイシャは高位の白魔法である解呪の魔法を暴徒にかける。

 ≪クリア・カース≫はかなりの修練を積んだ白魔法使いが、やっとの思いで習得する物なのだそうだ。


 使える者が希少だからこそ、レベルアップの儀式などは聖遺物で代用するのが一般的だと聞いた。


 ≪神聖術≫は優秀なギフトだとは聞いていたが、こんな魔法をもう習得しているとは。

 やっぱり、アイシャは優秀だな。


「これで大丈夫」


 アイシャの言葉通り、暴徒はついさっきまでの暴れっぷりが嘘の様に大人しくなっていた。

 意識を失い、眠った様になっている。


「なるほど、解呪の魔法で鎮静化ができるのか。だとしたら、暴徒の凶暴化も悪魔の仕業かな」


 追い付いてきたミュセが、今のやり取りを見ていたらしくそう述べた。


「貴女は? ……っ、サイドル神官長、お戻りでしたか!」


 ミュセの隣にサイドルの姿を見つけ、アイシャは立ち上がってサイドルへ礼をする。


「ああ。こんな時に現場を離れてしまって済まなかったね。状況は?」


「はい。神官長様の御指示通りに。現在、市民の避難は七割ほど完了しております。魔物の襲撃は未だ収まる気配もなく、西地区は止むを得ず放棄したと。各防衛線で食い止めてはいるものの、負傷者ばかりが増えている状態です」


「教区長はどうなりましたか?」


「それが、未だに姿が見えず……こんな時に人員を裂く訳にもいきませんから、他の神官と話し合って、捜索は一時保留にしています」


 アイシャは苦い顔をする。

 緊急事態に指揮を執るべき人間が一人も居ないというのは、組織に属する人々からすれば一大事なのだろう。


「分かりました。現時刻より、私が指揮を引き継ぎます。教区長様の捜索は、彼らにやってもらいますので」


 サイドルの説明を受け、ミラは『闇教会』の面々を見て不思議そうな顔をする。


「……ギル、貴方達はいったい?」


「まあ、ざっくり言うと教会の最終兵器ってところかな」


 俺が茶化してそう答えると、ミラが困り顔で反論した。


「それは少し、言い過ぎな気もします」


「貴女は?」


 アイシャに問われ、ミラは驚いた様に跳び上がると、わざわざ俺の背中に回って隠れた。


 アイシャはそんなミラの反応に、気まずそうな顔をする。


「あれっ……私、なんかしちゃった?」


「いや、ミラはちょっとだけ人が苦手なんだ。別にアイシャが嫌いな訳じゃないと思う」


 俺がそうフォローを入れると、ミラは俺の背後からわずかに顔を出して名乗った。


「こっ、こんな形で失礼します。わっ、我々は、教区長直下の特命ギルド【闇教会】です。私は、そこの代表をしているミラと申します。……ついでにギルの……こっ、恋人です」


 思い切った様子で、ミラは宣言する。

 頬を朱に染めて、恥ずかしそうに口元をふにゃふにゃとさせている様子が何とも可愛らしい。

 ……って、そんな事言っている場合じゃない。


 見れば、アイシャがこれまで見た事も無い様な驚愕の表情を浮かべていた。


「こっ、恋人!」


「それ、今言う事か!」


 ―――って言うか、俺達ってそういう関係だったのか? いや、確かにそういう話はしたが、はっきりそう名乗られるとなんだか照れくさいものがある。


「ギル君。どういう事なのか、説明してもらえませんか?」


 アイシャが冷徹な微笑みを浮かべて、俺に迫る。

 口調も聞き慣れない感じに丁寧になっていて、それがより恐ろしかった。


「あっ、あの、アイシャさん? どうして怒ってるんですかね?」


「いいえ。別に怒ってなんかいませんよ?」


 殺気にも似た"圧"を発するアイシャのそんな返答には、全く説得力が無い。

 というか顔が近い。笑顔なのに睨まれている気がするのは、絶対に気のせいじゃない。


「はいはい、せっかくの再会ですが、じゃれるのはその辺で」


 サイドルが仲裁に入る。

 アイシャは即座に真顔に戻ると、サイドルへ頭を下げた。


「申し訳ございません」


 びっくりするほど切り替えが早い。昔はこんな要領の良い奴じゃなかったのに。成長したんだなぁ。

 ……って、何目線だよ。


「それで、その特命ギルドはいったい何をするのですか?」


 アイシャは俺に訊ねた。幼馴染ではなく、教会の神官として。


「大聖堂の何処かに、この襲撃の原因があるかもしれないんだ。俺達はそれを見つけて対処するために、ここに居る」


「ここに? それが本当の話だとして、熟練の巡礼者が苦戦する魔物の元凶相手に、貴方が立ち向かえるのですか?」


 アイシャは怪訝な顔をして、鋭い眼をする。

 怒りではなく、心配してくれているから、こんな強い態度を取ってくれているのだろう。


 俺は『能力紋』を開いて、ミラに見せる。


「これは……って、レベル32! いつの間にこんな……」


「こんな数字じゃ何も証明なんてできないとは思うけど、俺は―――いや、俺達は自分の仕事をするためにここに来た」


 アイシャはサイドルの反応をうかがう。

 サイドルは黙ってただ、頷いた。


「分かりました。……神官長、私も彼らと同行させてください。装備品を見る限り、彼らは戦闘職。支援の手は必要でしょう」


 アイシャはそうサイドルに申し出る。

 サイドルはミュセにうかがいを立てた。


「どうでしょう?」


「戦闘になったら私は役に立たないのでね。戦う二人に訊いてくれ」


「俺は……」


 危険に巻き込みたくないなんて、今更どんな立場でそんな事を言えばいいのか。

 それに姿を隠す必要が無いのなら、戦闘になっても障害にはならないはずだ。


「俺は構わない」


「私からも、お願いします」


 ミラも俺の背後に隠れながら、アイシャに応える。


「分かりました。では、後の指揮は私が。皆さんは聖堂内を捜索してください。儀式の間は最上階にありますから、まずはそこから見てみるのがよろしいかと」


 サイドル言葉を受け、アイシャが先導する。


「では、私が案内します。付いてきてください」


 俺達はアイシャの後を追って、大聖堂の中へと入った。

 アイシャは教会内で地位も有り、顔も利くので、一緒に居る俺たちもいぶかしがられる事なく、すんなりと移動する事ができた。

 この状況はかえって良かったかもしれない。


「まさか、こんな形で一緒に戦う事になるなんてね」


 隣に並んだアイシャが、そう言って苦笑する。


「ああ。何が起こるか分からないものだな。こんな事は二度とないだろうって、諦めていたのにな」


 昔の夢の形とは大きく違っているが、お互い巡礼者として武器を取り、今一緒に魔物退治へとおもむいている。

 こんな事態は、全く想像もつかなかった事だ。


「……ごめんね、ギル。わたし、何もできなくて」


 急にアイシャは、哀しい顔をしてそう言ってきた。


 なんだか、不快とも苛立ちとも表現しがたい、もやもやとした気分になった。

 きっと俺は、こいつにこの言葉を言われるのだけは嫌だったのだろう。


 俺の身に起きた事を、アイシャが自分のせいみたいに思うのだけは、忍びなかった。


「謝るな。誰が悪かったって話をすれば切りがないくらいだが、間違いなくお前は違う。俺の方こそ、ずっと気にかけてくれていたのに、突き放して悪かったな」


「……ううん。私の方こそ、気にしてないから」


 アイシャは顔を背ける様に、再び正面へ視線を向けた。

 視界の端に一瞬だけ捉えたアイシャの横顔は、泣いている様だった。

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