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◇21 - 魔物の王

 大聖堂に三つある塔のうち、中央の最も高い塔の最上階に『儀式の間』は置かれていた。

 この街で最も高い場所であり、地上の発光植物の光も届かないこの街で最も暗い場所だ。


 俺たちはアイシャに案内されるまま何百段という階段を登り、『儀式の間』へやっとの思いで到達した。


「やっ、やっと着いた」


 最上階に付いた途端、ミラはそう言って床にへたり込む。


 彼女はゴーレム用の骨を棺に入れて背負っているので、他の面々よりも負担が大きいはずだ。

 よく途中で音を上げなかったものである。


「他に移動手段はねえのかよ」


 俺もミラと同様に疲れて、膝に手を突く。

 体力には自信があった方なのだが、これは流石にきつい。


「本来は転送陣が作動しているはずなんだけど、今はどういう訳か動作不良を起こしていて……」


 アイシャも階段の手すりに手を突いて、疲れた顔で言った。


「動作不良だって?」


「うん。技術者に聞いたら、自然界の魔力濃度が下がっているって。街の明かりが消えていたでしょう? あれもその影響なんだって」


「その割には、ここの照明は機能してるんだな」


「教会の聖堂は魔力を溜め込む一個の巨大な魔導具だからね。非常時に照明へ回すくらいの魔力は有るんだって。転送陣は流石に消費が大き過ぎて、今は駄目だって」


 アイシャはそう言って苦笑する。

 いつもなら、こういう場面で真っ先に解説してくれるミュセ先生の姿が見当たらない。


「あれ? ミュセは?」


「しっ、下の方です……」


 ミラが階段の方を指さすので、手すりから下の様子をうかがう。

 四角い階段の遥か下の方で、ミュセが休んでいるのが見えた。

 俺の視線に気付いたかどうかは定かで無いが、ミュセはこちらを見上げてひらひらと手を振った。


「……あいつ、休んでるぞ」


「ミュセは引き籠りさんですからね。体力使うのは駄目なんですよ」


 ミラは困った様に微笑む。

 まあ、確かに運動が得意ってタイプには見えないよな。


「どうする? 彼女が上がってくるまで待つ?」


 アイシャの問いに、俺は首を振る。


「いや、休むのは良いが、流石にあれを待つのはな……先に部屋を調べよう。ここに聖杯があると決まったわけじゃないしな」


 そう言って、儀式の間の扉を開ける。途端に、血生臭い空気が鼻をついた。


「……っ、何だこれは」


 目の前に現れたのは、嫌悪するほどの量の血に染まった白い床と壁。

 未だ乾ききっていない血の臭いが、この場で凄惨な出来事が起きた事を生々しく伝えてくる。


「酷い……ここでいったい、何が起こったのですか?」


 ミラは胸に手を当てて、怯えた様な顔をする。


 ミラの問いに、アイシャはかぶりを振った。


「分からない。ここで発見されたのは、儀式に臨まれた大神官様十八人の死体だけだった。

 儀式は非公開で行われたから、この場に居たのは大神官組と教区長様だけ。

 けれど、肝心の聖杯と教区長様の行方は分かっていないの」


「教区長が大神官たちを殺して、聖杯を持ち逃げしたっていうのは?」


 俺の意見に、アイシャは難しい顔をする。


「それが妥当な考えだとは思うけど、真っ先にそれ言っちゃうのは怖いよ」


「あの教区長なら、やりそうだと思っただけだ」


 アイツは金の為に、ミラの人生を壊した男だ。

 そんな奴にまともな倫理観を望めという方が、無茶というものである。


「……でも、流石にそれは難しいかな。確かに教区長はそれなりに実力のある白魔だって話だけど、大神官十八人を相手に、無傷で居られるほどじゃないと思う。

 それにね、血を見れば分かると思うけど、死体は全て入り口付近に集中していたの。扉は内開きで、最初は死体がつっかえていて開かなかったらしい。そもそも、中に居た人は外に出られないんだよ」


「なるほど。密室だったわけか。出られない部屋から、一人とお宝が消えた。どういう理由が在るにしろ、やっぱりあのジジイが怪しいじゃないか」


「ジジイって……」


 俺の物言いに、アイシャは戸惑った様子で反応したが、それは無視して部屋の中へと入る。

 その辺りの事情に関しては、アイシャは知らない方が良い事なのかもしれない。


 儀式の間は円形の部屋だった。その様はまるで、聖杯を発見した地下墳墓十一層の広間の様だ。


 部屋の中心点に達した途端、一瞬部屋が歪んだような錯覚を覚えた。


「……何だ、今のは?」


「さあ、分かりません」


 ミラも戸惑った様子で周囲をきょろきょろと見回している。


「二人とも、どうしたの?」


 アイシャ一人だけが何も感じていない様で、俺達の反応を不思議がる。


 俺たち二人とアイシャの違い。そんなもの、ギフト以外にないだろう。

 呪い持ちの俺たちにしか感じられない何かが、ここに在るというのか。


 俺とミラは濃くなっていく違和感の元を探して、部屋を見回し、そしてほぼ同時に同じ結論に至った。


「ギル!」


「上か!」


 天井を見上げると、何もない中心点から赤い花が咲いた。

 それは赤い花の様でもあったし、俺達を喰らおうと広がる怪物の大顎の様でもあった。


 赤い花は瞬時に広がって、部屋一面が紅く濁った色へと変化する。

 まるで紅くて半透明な何かが、部屋の表面を覆っている様な、そんな感じだ。


「いったい、これは?」


 アイシャが慄いた様に声を出す。

 彼女の反応はもっともだ。一瞬にして、魔界だが冥府にでも送られてしまった様な不気味さがある。


 だがもし、ここが本当に異空間だというのなら、消えた物はここにこそ在るのではないのか。


「なあ、こけおどしはもうこの辺で良いだろう? そろそろ姿を見せたらどうだ?」


 確信は無い。あくまでも降って湧いた予想を試す程度の気持ちで発した言葉だった。


「い、いきなりどうしたんですか?」


 ミラも戸惑った様子で、俺に行動の訳を尋ねてくる。


 どうせ何も無いだろうと思っていたが、意外にも反応が返ってきた。


「ほう、なかなか冴えているじゃないか。呪い持ちのカスかと思っていたが、侮りが過ぎたかな」


 男の声がして、突然目の前に教区長が現れた。


「嘘だろ、本当に居たよ」


 本当に隠れて居るとは思ってなかったので、思わず声が出てしまった。


 不敵な笑みを浮かべていた教区長は、その言葉に肩透かしを食らったような顔をする。


「……くっ、舐めた小僧だ。どうやってこの空間に入ってきたのかは知らんが、ここで忌々しいお前たちも始末してくれる」


 勢い任せで誤魔化して、教区長は俺たちにそう宣言する。

 彼が掲げたその手には、聖杯が握られていた。


「あれは聖遺物! 教区長様、これはいったいどういう事ですか?」


 アイシャが教区長へ事情を問う。


「見たままだよ、聖女くん。私は神よりもより有益な友と取引をする事にしたのだよ」


 教区長が不敵な笑みを浮かべてそう答えると、彼の目の前の床から黒い何かが浮かび上がってきた。

 黒い流体の様に見えたそれは、人の形をとる。


 髪の長い少女の様な姿をした、漆黒の人型だった。


 目も鼻腔も口も無く、顔はのっぺりとしている。

 黒い塊としか言い表しようのないその体には、いくつも亀裂が入り、内側から赤い光が漏れていた。


 そんな人型の頭上には、赤い線が魔法陣の様な環になって浮かんでいた。


「このお方こそ魔物の王、悪魔ルエルラム様であらせられるぞ」


 教区長は目の前の異物について、まるで自身の権威を示す様にそう高らかに宣言した。


 騒がしい教区長に対して、人型の纏う雰囲気はいたって静かだ。


「魔物の王? 貴方は何を考えているのですか! それは我々教会が撃ち滅ぼすべき敵でありましょう!」


「……何を言っても無駄です。その人は自分さえ良ければ、他の事なんてどうでも良い人なんです」


 教区長を非難するアイシャへ、ミラは静かに告げる。


 ルエルラムと呼ばれた悪魔は、俺達を指さして歪な声で呟いた。


「私ト、同ジ?」


「―――っ!」


 こいつ今、何て言った?

 俺と悪魔が同じと、そう言ったのか?


 ……呪いのギフトは、悪魔が祝福を歪めた物だと人は言う。

 俺たちはずっと、そう呼ばれて罵られ続けて来た。


 いったい、何が同じだと言うんだ。俺とお前は、何が―――


「同じな訳ないでしょう!」


 そう叫んだアイシャの言葉で我に返る。


「この人たちは人間よ! 私たちと何も変わりはしない。私の大事な、親友なんだから!」


 訴える様に、アイシャは叫んだ。

 そんな単純な肯定の言葉が、どれだけ俺を勇気づけてくれる事か。

 やっぱり俺、お前と幼馴染で良かった。


「ありがとう、アイシャさん」


 ミラも同じなのか、その声はどこか清々しい。


「ああ、そうだ。俺達は化け物でも悪魔でもねえ! お前とは違う!」


 剣を抜いて、ルエルラムへと向かう。

 こちらが戦闘態勢に入ったからか、教区長は逃げる様に柱の陰へと逃げ込んだ。大見得を切っておいて、結局は人任せなのかよ。


 ミラのボーンゴーレムと同時に、左右から挟み撃ちを仕掛ける。

 すると、ルエルラムの足元から影が前方へと広がった。


 見覚えのある攻撃に、俺はすぐさま【俊足】スキルで影の範囲外へと逃げる。

 瞬間、影から漆黒の棘が無数に飛び出した。棘は逃げ損なったボーンゴーレムを串刺しにして捕らえる。


「馬鹿なっ!」


「これはまさか、ギルの≪ブラック・ランス≫!」


 俺とミラは、同時に驚愕の声を上げる。

 ルエルラムが放った攻撃は、俺の魔法と全く同質のものだった。


「はははっ、悪魔に呪われたお前たちが使うスキルだ。本物が使うのは当然の事であろう?」


 教区長は呆気に取られている俺たちを嘲笑うように、そう言い放つ。

 本当に耳障りだ―――


「黙れぇ!」


 苛立ちに叫んだ。


 俺たちの怒りを前にしても変わらず沈黙したまま、悪魔は目の前で佇んでいた。

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