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◇19 - 崩壊する街

 闇教会から最も近い隠し穴を使って、墳墓の外へ出た。


 正規の巡礼者ではない俺たちは、正規の出入り口を使う事ができないので、こうして認知されていない通り穴から出入りしなくてはならない。


 この穴は街の郊外に出る事ができ、人目を気にせずに墳墓へ出入りができる立地となっているので、買い出しなどに普段使いしている道だ。


 見上げた街の景色は、見るからに異常な光景だった。


 潜むように全ての家が明かりを消しているのに、怒号やら悲鳴やらが遠くから絶えず聞こえてくる。

 街の各所から黒煙が上がり、一部では燃える炎の光も見える。


「酷い……」


 街の様子を見たミラが、小さく呟いた。


「それで、俺たちはどうすればいい?」


 この手の問題は初めてで勝手が分からない。

 せっかく付いて来てくれているので、ミュセに判断を仰ぐ。


「街の魔物をとりあえず見てから判断を下すべきだろうね。敵が何なのか断定する段階にはまだない」


「敵が悪魔だった場合は?」


 今度はサイドルが答えた。


「聖杯が原因なら本体は聖杯ごと大聖堂に居るはずです。移動するメリットはありませんから」


「なら、大聖堂へ向かいながら街の魔物を見て行こう」


 俺の言葉に一同が頷き、俺達は移動を開始する。


 街の中は荒れ果てていた。

 路上には瓦礫が散乱し、各建物の前にはバリケードが組まれ、一部では小規模な火災が起こっている。


 そして不気味な事に、そんな景色の中には人の気配が無い。

 街の至る所で散見されるおびただしい血の痕跡が、何やら嫌な想像を誘う。


「……なあ 魔物はどうして人を襲うんだ?」


 荒れた街の中を駆け抜けながら、ミュセに訊ねた。


「そんな物は魔物にしか分からないさ。私が知りたいくらいだよ」


 ミュセはやれやれと、かぶりを振る。


「皆さん、前方に何かが居ます!」


 ミラが叫ぶ。

 彼女の言う通り、道の先に何やら黒い集団が居た。


 それは、漆黒の骨格で組み上がったバケモノだった。


 肋骨と腕の骨は人骨の様だが、足は巨大で折れ曲がっていて獣じみている。

 爬虫類の物の様な長い尾を伸ばし、頭部には巨大な平べったい角が両側から生えており、顔が有るはずの部分には大きな穴がぽかりと開いている。

 

 これまで見てきた魔物達とは違い、何と例え様のない奇怪でおぞましい姿をしていた。


 それが一気に六体も居る。こいつらがミュセの言う悪魔の分身だというのなら、楽に勝てる敵では無いだろう。

 俺とミラは戦闘態勢に移行する。


「≪ブラック・ランス≫!」


 影を伸ばし、地表から影の棘を突き上げて悪魔達を攻撃する。

 二体は捉えられたが、四体は素早く宙に飛び上がって回避した。


「二体は私が引き受けます!」


 ミラがそう叫んで、ボーンゴーレムを前に出す。

 四体のうち二体をミラに任せ、俺は残る二体へ≪斬破≫の連続斬りを放つ。


 こちらへ飛び掛かってきた二体の悪魔は、それぞれ両断されて黒い粒子となって四散する。

 視界の端では、ボーンゴーレムの≪フォンセ・セール≫で、同じ様に悪魔が切り裂かれて消滅していた。


 俺は【俊足】で≪ブラック・ランス≫に捕らえられた残る二体へと駆け寄り、剣で片づける。


 他の巡礼者が苦戦していると聞いていたが、随分とあっさりした手ごたえだ。

 高レベルの俺はともかく、ミラですらほぼ一撃で倒していた。

 これはどういう事だ?


「……思ったよりも弱かったな。ミラ、今の奴のレベルは見たか?」


 俺の問いに、ミラは難しい表情で首を傾げる。


「それが、見えなかったんです。今の敵に関する情報は、私の眼では一切得られませんでした」


「……そんな事があるのか? ……いや、レベル差のせいか? でも、それにしては弱かったし……」


 疑問符を浮かべる俺に、ミュセは言う。


「こっちでも呪詛の濃度を調べたが、組成が魔物とは少し違う様だね」


 そう言うミュセの手には、何やら見慣れない道具が持たれていた。

 計器の付いた機械には試験管が刺さっており、その中には今倒した悪魔の黒い粒子が入っていた。


「……なんだそれ」


「呪詛の濃度を調べる装置さ。元は墳墓の瘴気濃度を、鑑定眼の代わりに調べる物なんだ。性質は同じだから、魔物の一部も採取できればレベルが図れる」


「なら、ミラが今【鑑定眼】で調べたんだから必要ないだろう」


「そうでもないさ。ダブルチェックは何事においても重要だよ。それに、これでしか分からない事も有った。

 この粒子が通常の瘴気とは別物なんだから、今の怪物も普通の魔物じゃないって分かったわけだ」


「……やはり、悪魔という事ですか?」


 ミラの言葉に、ミュセは苦笑いを浮かべた。


「面白くはないが、その可能性は高くなってきたね……」



 ―――ガタッ。



 突然、近くで物音がした。見れば、ゴミ入れなのか、木製の箱が置いてあった。


 みんなに目配せして、用心しながら木箱に近づいて、蓋を上げた。


「ひいぃっ!」


 箱の中には、青年がうずくまっていた。

 彼は怯えた様子で顔を覆い、それから腕の間から俺の様子を伺ってきた。


「なっ、なんだ。びっくりした。……巡礼者か、良かった。助けに来てくれたんだな」


「あっ、ああ。大丈夫か?」


「これが大丈夫に見えるのかよ」


 手を貸してやると、青年は苦笑いを浮かべて箱から出て来た。

 青年は俺の姿を見て、怪訝な顔をする。


「黒い法衣なんて珍しいな……いや、お前の顔どこかで……―――っ!」


 慄いた様に、青年は跳び上がって俺から距離を置く。

 ……思い出した。この青年は、以前俺に石を投げて来たグループの一人だ。また厄介な。


「おっ、お前は呪い持ち! この魔物はお前の仕業か! 俺たちに復讐するつもりなんだな!」


「待てっ、俺たちはアンタたちを助けに来たんだ」


 伸ばした手を、青年は強く払いのける。


「触るなっ、悪魔めっ!」


「落ち着きなさい、私達は教会の者だ」


 サイドルも青年を落ち着かせようと声をかける。

 しかし青年は、サイドルにまで噛みついた。この状況に追いやられて、落ち着いてサイドルの法衣を見ている余裕は無いのだろう。


「うるせぇ! オッサンもどうせ、コイツの仲間なんだろう! 俺たちを皆殺しにするつもりなんだろう!」


 そう叫んで、青年は走り出した。裏路地へ向かう暗がりへと逃げていく。


「おいっ、待てよ!」


 周囲にはまだ悪魔が居る可能性がある。

 青年の身を案じて引き留めようとした刹那、青年が消えた暗闇の向こうで悲鳴が上がった。


 湿った音を鳴らしながら、赤く濡れた悪魔が暗闇から現れる。


「くそっ!」


 向かってきた悪魔へ、魔力を込めた剣を振り下ろす。袈裟斬りに切った悪魔は即座に霧散した。


「……」


 なんて後味が悪い。


「……これが、君たちの守ろうとしているものだよ?」


 ミュセが俺の背にそんな言葉を投げる。

 こんな状況で、なんて事を言う女だ。


「ミュセ、それは―――」


 止めようとするミラの言葉を遮って、ミュセは言う。


「こんな連中を命をけて守る価値が、あると思うのかい?」


「……」


 ミュセの言う通りだと思う。

 この街の連中は意味も無く傲慢で、俺達をギフト一つで全て決めつけて、こんな状況下でまで"悪"と罵る。

 救いようのない、冷酷な連中だ。


 でも、だけど、俺は守れなかった事が苦しい。目の前で人が死ぬのは、こんなにも後味が悪い。


「連中が俺をどう言おうと、それでこんな死に方をするのが、いい気味だとはとても思えない。下らない感傷かも知れないが、やっぱり見過ごせないんだ。こんなの、見て見ぬふりをする方が気持ち悪いだろう?」


 俺の返答に、ミュセは哀しい顔をした。


「君という男は……」


 それっきり、ミュセは口を閉じた。

 これ以上の問答は無いのか、ミュセは後ろに下がる。


「サイドルさん、大聖堂へ案内してください」


「……はい。分かりました」


 それまで不安そうに様子を見守っていたサイドルは、唐突に話を振られて少し驚いた様だったが、すぐに真剣な顔になって頷いた。


「ついてきてください。こちらです」


 サイドルの先導で、再び移動を再開する。


 大聖堂は街で最も大きな建物で、どこからでもその姿を見る事ができる。

 常にその姿を見て育ってきたが、不思議な事に実際に行くのは初めてだったりする。


 教会の拠点本部であり、巡礼者たちの集会所であり、地下墳墓への正規の出入り口もそこに在るのだと聞く。


 かつてはアイシャと共に、あの聖堂へ入る将来を思い浮かべていたものだ。


 ……そうだ。俺がこの街を守りたい一番の理由はそれだろう。


 俺はこの街が心底嫌いだが、ここは俺達の故郷で、アイシャが好きだと言った街だ。


 アイシャは無事で居るだろうか?

 彼女はそれなりの有名人だから護衛も多い。墳墓内ならともかく、地上なら安全だとは思うが心配だ。


「参ったな、これは」


 サイドルは立ち止まって苦々しく呟いた。


 俺たちの前に立ち塞がったのは、巨大な門だった。

 門の扉は閉じられて、その前には更にバリケードが敷かれている。


「ここは?」


「住宅区と商店区を分ける門です。普段は開いているのですが……」


 俺の問いに、サイドルは答えてくれた。

 防災用に建てられた防衛門なのだろう。

 確かに今の状況下でこそ使うべき物だが、これでは外側に住んで居る連中は逃げ込めないではないか。


 大聖堂が近くに見える分、よけいにこの門が閉まっているのがもどかしい。


「回り道できるかな?」


「ええ。裏道からも行けます。ただ、街の構造的にかなり大回りになってしまいますね。一応は防衛用の門なので、その辺りは不便に造られていますよここは」


 ミュセの問いに、サイドルは苦い顔でそう答える。


「これならば、地下墳墓から直接大聖堂に向かった方が早かったな」


 渋い顔でそう呟くミュセ。


 元々は街の魔物をどうにかしてくれという話だったので、全員が先に街の様子を確認する方向へ思考が寄っていた。

 今更そんな事を言ったところで、仕方の無い事である。


「あの道はどうでしょうか?」


 ミラが門脇に建つ建物を指さした。

 門と建物の間に、わずかながら隙間が空いている。


「あそこを通って裏側に回り込めないでしょうか?」


「随分と狭いな。あれ、道じゃないだろ」


 カニ歩きでもしないと通れなさそうだ。アレは単なる隙間という感じだ。


「街の防衛に欠陥有り――ってかい?」


「どうでしょうね」


 ミュセとサイドルも懐疑的にミラの意見を受け止める。

 しかし、聖堂に着くのは早ければ早いほど良い。


「まあ、一応行くだけ行ってみようか。戻る事はいつでもできるんだ」


 俺はそう言って、建物の隙間に潜る。


「通れたら反対側から呼ぶ。みんなはここで待っていてくれ」


「気を付けてくださいね、ギル」


「おうっ」


 ミラたちに見送られ、横歩きで狭い隙間に沿って進む。

 うまい具合にコの字になっていて、門の向こう側へと通る事ができた。


「意外とうまくいったな…………」


 隙間から出て、目の前に広がったのは惨い光景だった。


 棍棒と照明を持った群衆が、何かを囲んで群がっていて、その周りには滅多打ちにされて身体が折れ曲がった巡礼者の遺体が複数体倒れていた。


 どうして群衆が巡礼者を襲ったのか、それは分からない。

 だが、群衆を取り巻く気配は、何かがおかしかった。


 群衆が一斉に振り向いてこちらを見た。

 疲弊しきった顔、血走って見開かれた瞳。


 焦点の有っていない瞳は、俺の方へと向けられている様だった。


 殺気は無い。群衆にはそもそも、明確な意識など無いようにも見える。

 それでもただ、殺されるという気配があった。


「……これは不味いな」

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