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◇18 - 聖遺物の罠

「失礼します!」


 夕食の最中、突然玄関の戸が開いたかと思えば、焦った様子でそう叫んで誰かが入ってきた。


 唐突な来客に驚き、俺とミラとミュセの三人は食事の手を止めて、一斉に出入口の方へ視線を向けた。


 そうして聖堂の扉を開けて現れたのは、以前訪ねて来た神官長のサイドルだった。


「サイドルさん、また今日はどうしたんですか?」


 ここまで駆けてきたのか、長椅子の背に手をついて苦しそうに息を吐くサイドルへ駆け寄る。


 サイドルは飛びつく様に俺にすがりつくと、激しく動揺した様子で言った。


「街に魔物が現れたんです。しかも大量に。巡礼者が迎撃に出ているのですが、相手のレベルが高い様で殲滅せんめつに時間がかかるうえ、相手は際限なくどこからか湧き続けている。

 どうか、皆さんにもご協力願えないでしょうか?」


「ですが、私達が地上で活動するのには問題が……」


 ミラが躊躇ためらう様に反論する。

 俺やミラの意思はともかく、地上で公然と俺たちが力を振るう事を、あの教区長は許さないだろう。


「事は一刻を争う事態なのです。悠長ゆうちょうな事は言っていられません。問題が起これば、私が責任を負います!」


「―――それは聞けないね」


 焦った様子のサイドルに対して、ミュセはきっぱりとそう応じた。


「どうしてだ、ミュセ? 俺たちは別に構わないぞ」


「そうです。街の危機というのなら、今こそこの教会の意義を示すときです」


 肯定する俺とミラに対しても、ミュセはかぶりを振る。


「駄目だ。前回の救助活動とは話が違う。もし世間に二人の存在が露見した場合、その責任をそこの神官長様一人の処分で片付けられるとは思えない。

 私としては、二人の身に危険が及ぶような事はさせられない」


「危険て……地下で魔物と戦う以上の事が起こるって?」


「そうだ。人間は魔物なんかよりもよっぽどタチが悪い。君たちはそれをよく知って居るはずだが?」


 ミュセは睨む様な鋭い眼を、俺に向ける。


「だいたい、教区長はどうしている? 奴もそれなりの力を持った白魔だったはずだ。それに、奴の取り巻き共は全員がレベル15以上の巡礼者だったはずだが?」


「よくご存じで……ですが現在、教区長の行方は分からなくなっているのです。

 それに大聖堂では、教区長付きの大神官たち全員の死体が、つい先ほど発見されたばかりで……教会内は混乱状態です。今指揮をとれる権限のある者は、私一人だけになってしまいました」


「なら、なおさら君はここに居るべきでは無いだろう。自分の持ち場に戻りたまえ」


 神官長相手だというのに、ミュセはおもねるどころか命じる様にそう言い放つ。


「今必要なのは貴方がたの力だと判断したからこそ、私はここに居るのです。聖杯を発見した、貴方達だからこそ!」


 サイドルは引き下がるつもりは無いと言う様に、強くそう言った。

 彼のそんな様子から、地上でよほど深刻な事が起きているのだろうと察する事ができる。


 しかしミュセは他に気が向いた様で、サイドルの言葉を聞くなり顔色を変えた。


「聖杯か……なるほど。大聖堂で神官共が一斉に死んでいたと言ったな。教区長は聖杯を起動させたんだね?」


「えっ、ええ。儀式の間で、結界張りの儀式を行うと聞いておりました。……それが何か?」


 ミュセの唐突な指摘に、サイドルは少し戸惑いながら答える。


「おいおい。君も結構抜けているね。クレチラ教区だよ」


 ミュセは呆れ笑いを浮かべて、サイドルにそう指摘する。


 サイドルはその言葉に何かを察した様子だったが、俺もミラも理解できずに首をひねる。


「何なんだ、そのクレチラ教区って」


「君たちが生まれる前の話だから、知らないだろうね。

 第九教区クレチラは、二十年前に魔物の襲撃によって滅んだ町なのさ」


 ミュセは深刻な顔でそう答えてくれた。


 魔物が街に現れるのはよくある事だが、街が滅ぶ規模となると聞いた事も無い。せいぜい一匹二匹現れてケガ人か死人がニ、三出る程度である。


 その話には十分に脅威を感じるものがあったが、それが今何の関係があるというのか。


「魔物の襲撃でそんな事が? ……でも、それが今の状況とどう関係しているんだ?」


「クレチラに魔物が大量に現れたのは、聖遺物が原因だったとされている。聖遺物にとり憑いていた魔物の存在に気づかず聖遺物を発動させてしまった結果、手に負えない事態に発展したらしい」


「聖遺物に魔物が? そんな事あり得るの?」


 ミラも初耳だったのか、怪訝な顔をする。


 聖遺物は魔物を倒すための装備品だと教わってきたのだ。それに魔物がとり憑いているなんて、どうもしっくりこない話だ。


 そんな俺たちに、ミュセは説明してくれる。


「いくら聖遺物が魔物を倒す事に特化した道具とは言え、それはあくまでもそうした機能を内包した道具であるというだけで、存在そのものが魔物除けになる訳ではないんだ。


 むしろ、機能していない状態であれば、あれは高濃度の魔力を内包した置物だ。呪いと魔力によって形作られる魔物にとって、あれほど取り込み易い材料も無い。


 そう言った例は少なからず確認されていてね。大抵は、聖遺物を取り込んだ魔物ほど強力になる傾向があるんだ」



 ミュセの話には覚えがある。

 十一層の奥で聖杯を守っていたスライムこそ、まさにそれだったのだろう。


 聖杯を核として成立していたあのスライムは、地下墳墓の中でも別格の強さを誇っていた。

 俺に燃焼系の魔法が無かったら、もっと苦戦していたはずである。


「なるほど。十一層で聖杯を守っていたスライムは、そういう事だったんだな」


「でも、だったら尚更なおさら、ギルがあのスライムを倒したのですから、聖杯に魔物が付いているなんてありえない事です」


 ミラは反論する。

 確かに彼女の言う通り、聖杯を核にしていたスライムを倒したのだから、それ以上何かが憑いているという事は無いはずである。


「だとすれば、聖杯自体に問題があったかだ。

 君たちが戦ったスライムは、あくまでも聖杯を入れていたガワの箱に憑いたモノだったのかもしれん。

 中に保管されていた聖杯自体に何か影響が出ていた可能性は捨てられないよ。

 それだけ、聖杯は聖遺物の中でも別格の魔力を内包している装置だ」


 ミラの指摘を受けても、ミュセは聖杯に原因がある可能性を否定しない。


「そもそも、聖遺物を起動する前には、そういった事を考慮して慎重な鑑定が行われるものだ。

 発見して三日で起動なんて、随分と性急な話だと思っていたよ。

 大方、目の前の成果に目がくらんで慢心していたのだろうがね。やはり、あの男は教区長の器では無かったな」


 ミュセは呆れたようにそう言う。


「……ミュセは聖杯を随分と疑っているみたいだけど、何か理由が在るのか?」


 ミュセの頑なな姿勢の訳が気になって、訊ねる。

 しかしそれに答えたのは、ミュセではなくサイドルだった。


「クレチラで発動された聖遺物は、聖杯に匹敵するほどの強大な結界を張る事の出来る盾の一部でした。

 そしてそれに憑いていた魔物は、たった一匹で教区内の住民を皆殺しにしたのです」


「たった一匹? さっきは大群で押し寄せたみたいな言い方だったじゃないか」


 俺の言葉を受けて、ミュセがサイドルの話を引き継ぐ。


「―――大群には違いない。その魔物はね、個でありながら、群体だったのさ。

 聖遺物を核として存在する一体が居る限り、聖遺物の能力を介してその範囲内に自分の分身を無限に造り出す、そんな奴だったのさ。


 今回の件に似ているだろう? 街全域をカバーする結界に乗じて、此度の魔物も分身を現界させているのだろう」



「天敵である聖遺物を逆手に取っている訳か。タチが悪いな」


「そうさ。だからそういった魔物は、教会内では特別な分類で呼ばれている。畏怖を込めて、悪魔とね」


「悪魔、ですか……」


 ミラは恐れる様に、その名を復唱する。


 俺たち呪い持ちが、散々市民たちから浴びせられてきた罵倒の言葉だが、ここでご本人登場とはな。

 それがその市民たちを本当に脅かしているとなれば、いよいよ笑えない冗談である。


「相手が悪魔であれば、話は変わってくるな。さっきの言葉は撤回しよう。この件は君たちにしか解決できない」


 ミュセは一転して意見を変え、俺たちに告げる。


「聖杯を確保した君たちでなければ、敵に対処する事は難しいだろう。―――いや、君たちであっても今回ばかりは苦戦を強いられると断言しよう。


 正直、君たちに仇なす市民たちを助ける道理も無かろう。今すぐにここから逃げて、本庁からやって来る聖伐せいばつ隊に任せるのも一つの手段だ。


 それでも、君たちは行くのかい?」



 そんな分かり切った問いを、ミュセは俺たちに投げかける。


 ミラの顔をうかがうと、彼女は俺の方へ決意のこもった瞳を向けて頷いた。


「私は行くよ、ミュセ。この教会はね、困っている人を助ける為にあるんだから」


 ミラは迷いなく言い切る。

 自分を害し、否定し続けてきた有象無象たちへ、それでも救いの手を差し伸べるのだと。


 それは、俺が彼女に示してしまった善意。

 正義感としか言いようのない、青臭い無償の行為。


 けれどミラは、それに憧れたと言った。

 だから真っ直ぐに、その遺志に準じようとする。


 俺はそんなミラを、見守り続けると誓ったのだ。


「ああ。俺も行くよ。俺達の価値、連中に思い知らせてやる」


 俺は不敵に装って、そう宣言する。

 正直、今回ばかりは不安の方が強いが、ここは強がるところだろう。


 ミュセは俺たちを交互に見つめて、呆れたように微笑んだ。


「やれやれ。どうしようもないお人好しどもめ。それなら分かった。今回は私も付き合おうじゃないか」


 俺たちの話を聞いて、サイドルは晴れた表情で喜ぶ。


「ありがとうございます、皆さん」


 深く頭を下げるサイドルへ、ミュセは念を押す様に言う。


「いいか、大神官。責任を負うと言ったさっきの言葉を忘れるな。この子たちに何かあれば、君が全力で守るんだ」


「ええ。この身に変えても、それはお約束します」


 サイドルは固い決意をその表情に表し、ミュセの言葉に答えた。

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