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◇15 - 聖杯の守り手

「≪ブラック・ランス≫!」


「≪フォンセ・セール≫!」


 次から次へと現れるゴーストメイドたちを、魔法で片っ端から倒していき、廊下を強行突破する。


 入り組んではいたが一本道だったので、行き止まりで追い詰められるという展開にならなかったのは幸いだった。


 一つの経路で繋がった部屋と通路を駆け抜けて、それらしい扉へと到達する。


 扉の向こうに何が待ち受けているのか分からない以上、ここで追っ手は一掃しておかなくては。


「ミラ、俺の後ろに!」


「了解です!」


 扉の前で立ち止まって振り向き、ミラが背後へ回り込むのを待って、全体魔法を発動させる。


「≪ブラック・フレア≫!」


 狭い廊下に群がるゴーストメイドの群れへ向けて、漆黒の火炎球を撃ち込んだ。

 黒い炎はゴーストメイドたちを呑み込んで、廊下の突き当りまで吹っ飛んで爆ぜる。


 後には黒焦げになった壁だけが残った。


「ふぅ、何とかなったな」


 一息ついていると、ミラが水筒を差し出してくれた。


「どうぞ」


「ありがとうミラ。……さて、この扉の向こうには何があるのかな」


 ここの扉はこれまでの物とは違い、意匠が細かく施されている。

 権威有る者の部屋か、それとも何か希少な物を保管した宝物庫なのか。


 汚れ過ぎていてそれを細かく読み取る事はできないが、この先にある物が特別である事を明らかに示している。


「いよいよ最後かなって気がします」


「ああ。俺もだ。気を引き締めてかかろう」


 互いに頷き合って準備ができている事を確かめる。

 二人で扉に手をかけ、押した。


 重い金属製の両開き扉は、大した力もかけずにあっさりと開く事ができた。

 ―――というよりも、独りでに開いたという感じもする。

 やはり、この階層は不気味だ。 


 扉の向こうは、円形の大広間だった。

 一見したところ他に出入り口はない様だ。


「何ですかこれは……」


 広間に足を踏み入れた途端、ミラが足元を見て顔をしかめた。

 大広間の床は、一面液体で満たされていたのである。


 黒く濁っていて、粘度の高い液体はまるでスライムの様だ。

 深刻ではないにしても、足を取られて移動に支障が出るのは確かだ。


 動きの素早い魔物が居て、これ自体が獲物を捕らえる罠という可能性がある。


「ミラ、一旦戻ろう―――」


 そう言って振り向いた途端、背後で扉が閉まった。


「いけない! 閉じ込められた」


 ミラが扉まで歩いていく。

 やはり罠なのか扉の裏側に取っ手は無く、引く事も出来ず、かと言って押してもびくともしない扉にミラは苦戦していた。


 途端、俺達の背後で笑い声がした。

 振り向くと、広間の中心点辺りの液体がせり上がって、中から歪な怪物が現れた。


 貴族の様に豪奢な衣服をまとった老人だが、その体にはスライムの様な物が張り付いていて、中から飛び出した動物の骨が四方に伸びている。


 スライムは老人の腐った身体を捕食している様にも見えるが、どちらかと言えば老人にスライムが使役されているという印象を受けた。


 老人は濁った眼を細めて、こちらを見ると、軽快に笑った。心底不気味だ。


「何を笑っていやがる!」


 こちらが剣を構えるよりも先に、老人が動いた。


 老人が手に持った杖を振った途端、前方から何かの圧力を感じた。


 俺が≪ブラック・ウォール≫で防壁を発動させるよりも早く、ミラがボーンゴーレムを前面に出して俺を庇った。


 見えない何かがボーンゴーレムの身体に当たって弾ける。


「ありがとうミラ。助かった―――」


 そう背後に居るミラへ声をかけた途端、ミラが絶叫を上げた。

 振り返ると、ミラは左目を押さえていた。押さえた手元から、大量の血液が流れ出ている。


「ミラっ!」


 急いでミラの元に駆け寄る。


 その隙を突いて、再び老人が見えない何かを放ってきたので、≪ブラック・ウォール≫を広域に展開した。

 黒い防壁に、四連続で何かが当たって弾けた。どうやら攻撃は一打だけでは無かった様だ。


 ゴーレムが受け止められなかった流れ弾が、ミラに当たったのだろう。


「ミラ……見せてみろ」


 うずくまって痛みに呻いているミラをなだめながら、傷を確認する。


 ミラの顔に、斜めの切り傷が走っていた。

 前髪は完全に切り落とされ、右目は斬撃を受けて潰れている。


 傷が深くないのが幸いか。下手をすれば、この一撃で頭を両断されていたかもしれない。


「だっ、大丈夫だ。これならポーションで、傷は治せる」


 ポーションの瓶を取り出して、栓を抜く。手が震えた。


 駄目だ。俺まで不安にやられたら、生きてここを出られない。

 ミラを守るんだ。この子を、こんなところで死なせたくはない。


 ここまでの魔物のレベルを考えれば、敵のレベルは恐らくそう高くはない。

 大丈夫。俺が落ち着けば、勝機はある。


「障壁を張ってある。ここに居れば安全だ。お前は傷を治す事に専念しろ」


「待って!」


 ミラが俺を止めようと手を伸ばす。

 それにつかまれるよりも先に、前線へ復帰する。


 待てるはずもない。

 あの怪物が障壁を飛び越えてきたら、今度こそ二人ともやられてしまう。


「勝負だバケモノ!」


 ≪ブラック・ウォール≫の防壁を飛び越えて、老人の前に出る。


 老人は嫌らしくわらうと、再び杖を一振りした。


 四連撃が来ると分かった途端、見えなかったはずの斬撃をわずかに察知する事ができた。


 【俊足】スキルを腕に回し、魔力を纏わせた剣で四連撃を弾く。


 本来は脚に使うスキルなので賭けだったが、【俊足】スキルで剣を高速に振る事に成功した。

 ただ、やはり負担が大きい。一振りでも腕が軋む。


 この方法はあまり使えないかもしれない。


 だが、一つ収穫はあった。

 敵の攻撃について、今のやり取りで確信を得る事ができた。


 この老人が使っているのは、俺の≪斬破≫と同じスキルだ。


 俺の≪斬破≫は魔力を帯びているから青く光るが、この老人のにはそれが無いから気が付かなかったのだ。


 以前に、魔力の青い輝きは魂の色だと聞いた事がある。

 俺の≪斬破≫は無属性攻撃だから、元のまま青い光を放つのだろう。


 これは予想だが、呪詛で造られた魔物には、魂が存在しないのではないか。

 だから魔力が無色透明なのかもしれない。


 けれど、無色透明でも対策の仕様はある。

 ≪斬破≫はあくまでも、得物を振った軌道にしか飛ばない攻撃だ。


 この老人がどんな風に杖を振っているのかを見極めれば、対処はできる。


 問題があるとすれば、老人はさっきから一振りしか杖を振っていない事だ。


 おそらく同時に、別の何かが≪斬破≫を使っているはずなのだが……


「試してみるか」


 踏み出して、今度はこちらから≪斬破≫を飛ばす。

 老人はこちらの狙い通り、杖の一振りでそれを真っ向から相殺した。


 残り三つの斬撃を、横に飛んで避ける。俺の居た地点の液体が、斬撃によって弾け飛んだ。


「見えたぜ……お前の手品のタネ」


 斬撃を放っているのは、奴が体に纏っているスライムだ。

 スライムの身体から生えている骨の一部が動いて、こちらに斬撃を放ってきたのを確かに目で捉えた。


 しかも、今俺の斬撃を正面から受けたところを見るに、恐らくこいつは、そこまで素早く移動できないのだろう。


 老人が続けて≪斬破≫を放ってきた。


 ≪ブラック・ウォール≫で受け止めて、間髪入れずにこちらも斬撃を飛ばす。

 俺の斬撃を、今度も老人は≪斬破≫で相殺した。やはり避けない。


 しかも今、老人はこちらに注意を向けている。奴の背後は、ミラの居る位置だ。


 パワー型に換装したボーンゴーレムが、老人を背後から奇襲した。

 ゴーレムの爪撃を、スライムが骨を突き出してガードする。


 ミュセのポーションは質が良い。あの回復力なら、少しの時間はかかるが眼も治せるだろうと思っていた。


「ミラっ! 奴からスライムを引き剥がしてくれ!」


「了解です!」


 遠くでミラの応答が聞こえると同時に、ゴーレムが闇属性の爪撃≪フォンセ・セール≫を放った。


 闇色の魔光を放つ巨大な爪にえぐられて、スライムは防御に出した骨ごとけずり取られた。


 スライムの一部を剥ぎ取られ、老人が絶叫する。


「≪斬破≫!」


 老人がひるんだ隙に、別の個所に付いたスライムを両断する。


「――――――ッ!」


 言葉になっていない叫び声を上げて、老人が斬撃を放ってきた。

 やはり、二つに減っている。


 見極めて回避し、残る最後のスライムを≪斬破≫で切り落とす。

 無防備になった老人が、狼狽えた様子で身を振る。


「今だ、ミラ!」


 俺の合図と同時に、ゴーレムが両腕で≪フォンセ・セール≫を振り下ろした。


 老人は振り向いて杖でそれを受け止めたが、ゴーレムの方が力があるのか、膝をつく。


 老人の背中が裂けて、内側から骨が飛び出した。骨は異様に伸びて、両側からゴーレムへと迫る。

 窮地に追いやられて、最後の攻勢に出たか。


「これで、今度こそ終いだ!」


 【俊足】スキルで老人の背後へ接近し、剣で斬りつける。


 老人は断末魔の叫びを上げると、バラバラに崩れた。

 どうやら、スライムが老人の身体を繋ぎ止めていた様だ。


 だとすると……


「ミラっ、急いで液体の無い場所へ移動するんだ!」


 ≪ブラック・ウォール≫を宙に展開し、その上に飛び乗りながらミラへ注意を促す。

 ミラは慌てた様子で、扉前の階段へと避難する。


 途端、唐突に床を敷き詰めていた液体が動き出した。

 液体は一か所に収束し、巨大なスライムとなる。


 スライムは口の様に穴を開けて、こちらを威嚇してきた。

 牙の様に並んだ鋭利な骨が、螺旋を描いて穴の奥へと続いている。


 その奥に、赤く輝く何かがあった。

 禍々しい光を放つそれは、見ているだけで不吉な予感を感じさせる。


「あれが、このスライムの核か?」


「―――レベル25。気を付けてください。コイツは先日の蜘蛛女よりも強い!」


 【鑑定眼】を使ったのか、ミラがそう叫ぶ。


 ただのスライムと侮っていると、痛い目を見そうだ。


 ……そう言えば、コイツに毒ってあるのだろうか?


「なあ、ミラ。鑑定眼で毒の有る無しは見れるのか?」


「えっ? ああ、はい。この個体に毒は有りません」


 それはありがたい。そういう属性も見れるなんて便利なスキルだ。


「そうか。なら、こっちは楽勝だな」


 スライムが体の一部を触手状に伸ばして、こちらへ向けて来た。

 それが到達するよりも先に、俺は腕を突き出して魔法を発動させる。


「≪ブラック・フレア≫! 今度こそ本当に終いだ!」


 魔力を過剰に送り込んで、いつもより巨大な火炎球を作り出す。

 それを、ぽっかり空いたスライムの大口に撃ち込んだ。


 スライムは防ごうとしたのか、触手の軌道を咄嗟に変えたが、それらを全て呑み込んで、漆黒の火炎球はその体内へと到達した。


「≪ブラック・ウォール≫!」


 ミラの前面と俺の前に大型の防壁を展開する。

 直後、スライムが大爆発を起こした。


 爆音が大広間に轟いて、燈色の火炎は果ての見えない天井へと昇っていく。


 燃やす事を想定した攻撃だったとはいえ、想像していたよりも遥かにすごい爆発だった。

 あまりの惨事に、ミラの事が心配になった。


「ミラーっ! 大丈夫か?」


「なんとか、無事です!」


 立ち込める煙の中で、人影が手を振る。

 今の爆発で、部屋を照らしていた燭台まで吹っ飛んでしまった。


 二人の位置を知らせるのは、各々が腰に下げている照明具だけだ。


「わるかった。まさかここまでになるとは思わなくて」


 床に降りてミラと合流し、謝罪する。

 これまでは普通に火が付いて燃えるだけだったので、完全に油断していた。


「いいえ。今回はお手柄です。あんなすごい魔物を、一撃で倒してしまう人なんて、きっとギルだけですよ」


 そう言って、ミラは微笑んで許してくれた。


 不意に、ミラと目が合った。

 今まで遮っていた前髪が無くなったせいで、はっきりと顔が見えてしまっている。


 ミラは恥ずかしそうにして、慌てて目線を逸らした。


「あっ……えっと―――ああっ、そうだ。聖杯を探しましょう! そうです。そうしましょう!」


 ミラは思いっきり誤魔化す様にして、広間の奥へと踏み込んでいく。

 人と顔を合わせるのは、俺と言えどもまだ恥ずかしいのだろう。


「待って。灯りを作る」


 天井へ向かって腕を伸ばし、≪ブラック・フレア≫を作る。

 何とも妙な事だが、漆黒の炎は周囲を照らし出した。


 この光度なら、大広間を一望できる。


「あっ、何かありましたよ!」


 ミラは大広間の中心点に落ちている何かを見つけ、拾い上げた。

 そこは、さっきまでスライムが居た位置である。


「まずいな。今の爆発で壊したかな?」


「いえ、聖遺物は結構頑丈ですから大丈夫かと。それに、入れ物みたいな物に守られていた様です」


 そう言って戻ってきたミラが見せたのは、三角柱型の赤い箱のようなものだった。


 ≪ブラック・フレア≫を解除し、箱を受け取る。


「これって……スライムの核じゃないか? さっき奴の体内で赤く光っていたのはこんなのだったぞ?」


 先程の様に禍々しい光はもう放っていないが、これは間違いないだろう。


 接合部が見られない石を削りだした様な物体で、表面には直線的な溝がいくつも掘られている。


 色々な方向に力を加えながら触っていると、上部と下部に分かれてわずかに回転した。


「あっ……開いた」


 空いた箱をミラの方へと差し出す。

 ミラが箱の上部を取り上げると、中から現れたのは黄金の杯だった。


 ミラは杯に顔を近づけて、興味深そうに凝視した。


「これって、もしかして聖杯でしょうか?」


「ああ。きっとそうだ! やったぞミラ。俺達は地下墳墓最大のお宝を見つけたんだ!」


 気持ちが昂る。

 こんなにも清々しい気分になったのは初めてだ。


 俺たちは間違いなく、すごい事を成し遂げたんだ。


「遂にやりましたね!」


 ミラは心底嬉しそうに、笑った。

 これまで見てきた中で、一番綺麗な笑顔だった。

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